アスランさんの手が、俺の頬を触っている。
ベッドとアスランさんにサンドイッチされてる、俺。

目を閉じた。頬に触れくるアスランさんの手の感触が、もっとリアルい伝わってくる気がする。
特別大きいわけでもないアスランさんの手は、それでもあちこちにタコのようなものがあって、(それはMSに乗る人間なら誰にだって出来るものだ)節だって骨ばっていて、女の人みたいなものじゃないけど。
この人が、アスランザラなんだって、俺は胸の中が熱くなるのを覚えながら、感じていた。

そうだ、軍学校の教官が言っていたんだ。あの教官はMS工学だったかな。授業の途中で、ふと話はじめた脱線話だった。
先生はな、あのヤキンドゥーエ戦に出たんだ、と。
砲弾とビームライフルの閃光と爆発が飛び交う中、生き残った事を誇りだと言っていた教官は、その戦場であのアスランザラが乗るジャスティスも見た、と。
フリーダムとジャスティス。その戦いはまるで鬼神のようで、戦場で引いてはいけないと判っているものの、あまりの撃墜の凄さに震えが止まらなかった、と言っていた。他を圧倒するその存在と、圧倒的不利な現状をものともせず道を開いていくだけの技術と操縦能力とタフさ。目の当たりに見れて生き残れた事が幸運であり誇りなのだと。
(とても凄い人)
俺の最初の印象はそんな。
そういえば、どこかの食堂でも女子が騒いでいた。アスランザラを見たことある、と。あれは何処だったっけ。俺は昼寝したかったのに、彼女達の会話が全部聞こえてきて。聞きたくもないけれど、眠りたかった俺の脳に彼女達の言葉がこびりついてくる。アスランザラってラクスクラインの婚約者で。偶然見たことあって。青い髪が綺麗で。すっごい頭よさそうって。いや実際頭いいんだよ学校の最高レベルだったんだ。今までそのスコアを破ったものはほとんどいない。
…頭よくて、かっこよくて、声もいいの、って言っていた。俺は眠りに入りたかった蕩けた脳で、(それじゃイイコトずくしで悪いトコないじゃん)ってちょっとムッとしたけど、やっぱりそのぐらい凄いんだろうなって思った。
女の人はみんな一様に彼を「素敵」だと言い、戦場で戦ったパイロットは皆「凄い」という。その大戦の英雄が。今、俺の上に。

「---シン」
名を呼ばれて、目を開ける。優しい微笑みの中で、その表情の下にどれだけの事を抱えて生きてきたのか俺はよく知らない。データベースにのっていた表面的な出来事と、生い立ち、それから人づてに聞く武勇伝。そして俺が知っている、このアスランザラという人。
普段は優しくて、でも俺には平気で殴る。誰にでも優しくて、でも俺には優しくない時しょっちゅうで。普段は、ぼーっとしてんじゃないかと思うぐらい呆けている時もある。けど、ログを見る速度なんかはむちゃくちゃ早いし、MSのシステムやら運用効率設定なんかは整備班のやつらよりも詳しい。戦場で被弾したところなんて見たことないし、エネルギー切れも無い。…ありえないだろ。
人あたりもよくて、怒った事なんて少ししか見たことなくて。…俺以外に怒鳴ったりしてるのも無い。誰かに冷たくしているのも見たことない。顔よくて。声優しくて、不器用だけど頭よくて。伝説になってるMSパイロットで。…前プラント最高評議長の息子のボンボンで。婚約者はあのラクスクライン。どれだけ揃ってるんだよ。こんな人間、作るのおかしいよ。コーディネーターだからって出来すぎだ。
雲の上…というか、現実はなれしすぎていて、実感も沸かなかった人だけど。…でも、今こうして傍にいる。同じ艦に乗って、同じもの食べて、同じ言葉喋って、同じ空間にいて、同じベッドにいる。もうすぐ俺の中にも入る。

俺、その人に抱かれるんだ。

緑色の目が、俺を覗き込み、近づく。キスはこれで3回目。…セックスはこれが初めて。
唇が触れ合って、吐息が重なって、この人のにおいも体重も身体も、俺のものになった。
そして、知る。
この人の、ことを。