とりあえず、「優しく」て、「穏やか」に見えるアスランさん。
けど…。

「意外と車は飛ばすんですね」
「え?」
MTのシフトノブを握り、人より少し大きめの細くて長い指で器用にシフトチェンジをするけれど、そのつなぎは結構荒い。…これじゃ車傷めるんじゃないかと思うぐらい。
当然、乗っている俺達にかかる負担も結構なもので、俺はさっきからアクセルやシフトを踏み込む度に、ちょっとしたGを感じている。

優しいモンだと思っていたんだけど。アスランさんの運転って。

オーブの海沿いの道。アスランさんの乗っている車は、馬力幾つだよってぐらいのスポーツカーだった。まぁ似合うといえば似合うけど、恐ろしい程ローダウンしてるし、タイヤもデカイ。
車はMSとは違うんだから、人の好みも出るんだと思うけど、にしてもアスランさんてこういうのが好きなんだ。


オーブの海岸線沿いは綺麗だ。水も綺麗だし、波も穏やかで、砂浜も白い砂ばかり。亜熱帯の植物、肌にまとわりつくのは熱気だけれど、乾いたもので不快じゃない。太陽が近いような気がする。この国では。
アスランさんが、デートしようと言ったのは、昨日。
明日時間が取れるから、と。でも突然だったから別に行きたい場所なんて思いつかなくて、夜は2人でベッドの中に居たけれど、朝起きてみて「どうしようか、」って。
ベッドの中にずっといるのも吝かでは無かったけれど、でも天気が凄く良くてもったいなくて。だからドライブしようって事になり、こうして海岸線沿いを飛ばしてる。この先にシーフード料理店があるそうだ。オーブは海の国だから魚介類もうまいし。

「シンは車は乗らないのか?」
「俺どっちかっていうとバイクです。車も乗るけど」
海沿い走るなら、バイクがいい。このオープンカーもイイけど、助手席に乗ってるって、それはなんか女みたいで。まぁ…今はデートだけど、確かに俺は女役だけど。…認めたくないんだけど仕方ないからとりあえずそういう位置にいるんだけどさぁ…なんか…。あんまり。
俺も運転したいし、上に乗りたい。
意外と荒い運転だったアスランさんの横顔を見つめながら、MSの操縦とは全然違うなと思った。俺はアスランさんのMS操縦を体験してみた事があるから。
…あぁそうだ、あるんだよ、あの時だ。
「……そういえばあの時大変だったなぁ…」
「何がだ?」
ふと、思いついた言葉は、自然と口に出てしまっていたらしい。…言うつもりは無かったんだけど。
「いえ、ちょっと思いだしただけです」
「?」
不思議そうな顔をして小首をかしげてくるのがちょっと可愛くて、俺は思わず笑った。

MSの操縦と、アスランさんの車の運転。
それは似ているようで似ていなくて。それをまざまざと知ってしまった時の事を思い出した。もう笑うしかないような話だったんだけど。


***


ミネルバのMS格納庫には、実戦のシュミレーションを兼ねた、戦闘シミュレーターがあった。
コックピットだけをそのまま抜き出したようなつくりのものだったけれど、周辺の機器はプログラムも含めたら、実際のMSより多いかもしれない。
そこらへんのゲーセンにあるようなものとは全然比べ物にならないぐらいの高性能で、使い方も通常のMSと同じ。ただ実際に戦場に立ってないだけで、シュミレーションする敵機も、実際の戦闘データから取ってきたものだと整備班のプログラマーが言っていた。
俺達はそのシミュレーターで訓練し戦場に出るわけだけど、ミネルバのパイロットの中で、シミュレーターの最高成績を出したのはアスランさんだ。
俺もルナもその記録を追い越すべく、結構何度もシミュレーターに座ったけど、…全然駄目だ。

アスランさんには2つの戦い方があるようで、スコアも2つに分けられる。敵機をバカスカ落としていく鬼みたいな戦い方と、いかに敵機を撃墜させずなおかつ自機の損害も無く目的をクリア出来るか、の2通りのようで、前に言ったほうは、もう恐ろしいぐらいのスコアになる。敵機撃墜しないようにミッションにいどんだ場合のクリアは平凡なスコアだから、俺やルナでも追いつける。けど、問答無用の無慈悲といえるぐらいの凄さで敵機を落として行くほうのスコアは、…もう、なにこれ?シミュレーター壊れてんじゃないの?ってカンジだ。さすが前の大戦であの無敵と言われたストライクを撃っただけの事はあるなと思うし、ザフトの超トップエリートだと思うけど。
で、そのシミュレーターっていうのは、もう1つ有効な使い方があって、優秀なスコアを残した成績者の操縦は、リプレイする事も出来るんだ。しかも画面だけのリプレイじゃなくて、操縦桿やシート移動なんかも全部忠実に再現してくれる。
右に操縦桿を切ったなら、やっぱり右に傾くし、バーニアを吹かせば、シートも動く。強いGは感じなくても、臨場感はよく判る。
試しにルナがアスランさんの最高スコア時のリプレイをやってたけど、降りてきて早々言った言葉が、「…ありえないわ」っていう感想だった。「反応が物凄く早いの。なのにむっちゃくちゃ正確なんだもん。シャレにならないわ」だそうだ。ルナマリアいわく。
で、俺もリプレイ体験してみろって言われて、でも嫌で。断り続けてた。だってさぁ、プライドってものがあるんだ。アスランさんが凄いのは判ってるけど、あの人の方が優れてるって認めてるけど、認めたくない。
だから俺は、今以上にシミュレーションに精を出し、なんとかあの人の最高スコアに近づき、でも追いつけなくて。
それからしばらく経った日。俺が夜勤の時だった。いつものようにあの最高スコアを越えるべく、シミュレーターの前に座ると、最高スコアのケタが上がっていた。…え。
見間違いだろ?嘘だろ?嘘だってこんなのありえないって!…こないだまで最高スコア、92,000だったのに、なんで103,200になってんだ!?…お、俺やっと90,000台になったっていうのに…!物凄いショック。しばらく落ち込んで、呆然とするしかなくて。
…けど、どうやったら100,000台なんて出るんだ?ありえない。裏技でも使ってるんじゃないのか?…だんだん、腹がたってくる。だって俺がめちゃくちゃ集中して、思いつく限りの技術でやってるのに、90,000が精一杯で。ありえない。ありえねぇって。こんなスコア、絶対なんかズルい事やってんだ、きっと!!…いや、あの人の性格上、そんな事しなさそうだけど、でもだって信じられない。
そうだ。このスコアは、なんか裏技だ。きっと。
認めたくない思いで、最高スコアを見つめる。その横には『REPLAY?』の文字。…あぁそうか。これで見てみればいいんじゃん。ホントにあんなスコア出るのかどうか、俺がみてやるっての。
…で、俺はついリプレイを押してしまい、…そして激しく後悔した。

15分後。
シミュレーターからやっとの事で降りて、ふらふらと自室に向かい、ベッドに倒れこむ。心臓がバクバクしていて溜まらなかった。…あぁどうしよう。レイがいなくてよかった。…もう…どうしてくれよう…。

アスランさんのリプレイは確かに凄かった。スロットルの調整も反応速度も正確さもとんでもないものだ。アレがあの人の実力なんだって思うと、鳥肌が立った。あれがアスランザラ。あれがフェイス。…とてもじゃないけど勝てない。今の俺じゃまだ勝てない。圧倒的な敗北感だったけれど、やる気にはなった。いつか必ずあのスコアに近づきたいし、追い越すつもりだ。俺だってまだ成長出来るはずだと。
そう思ってみるものの。…けど、俺の心臓のバクバクは、別の理由だった。
操縦桿を握り締め、シートの衝撃や旋回の横揺れを感じながら、あの人の腕を知る。すげぇなんだこれっ?っていうのは、最初の1分で嫌という程判った。しばらくして自分とは違うアスランさんのMS操縦技術に指やら身体やら足が違和感を覚えるようになる。俺ならもっと、ばーっと踏み込むのに、アスランさんの操縦は緩やかに踏み込まれていた。で、後から一気に開放。その方が、特攻力がつくから。旋回も、小刻みに揺らされる。大きくは揺れない。出力ゲージは極力控えめに。けれど1発でしとめなければならない時は、強引なほどの力で放つ。
…あぁなるほど。リプレイをしながら、あの人の癖、みたいなものが伝わってくる。
…なんていうか、優しいんだけど、穏やかなんだけど、いざとなったら凄い強引で容赦ないっていうか。

(…あれ、でもまてよ…?)
こんな感覚、俺、覚えがあるぞ?

あの人のリプレイを身体で感じながら、思い出す。右手の操縦桿が穏やかに動き、両足のスロットルがアスランさんのリズムで押し込まれる。腕の動きはソフトタッチなのに、足というか腰から下の動きは、かなり力強く踏み込まれて、一気に奥まで。
…それで、ふ、と気づいてしまった。

「うわ、あ、わ、あ!!」
思わず声を上げた。暴れそうになる俺に構わずに、操縦桿もスロットルもアスランさんの操作で動き続ける。
「これ、これッ、嫌だッ!!」
リプレイは途中で止まらない。ついでにいうと、ベルトもきっちりしているから、シミュレーターから離れる事も出来ない。身体を預けているシートが、だんだん人肌のように感じられて、さらにいたたまれなくなった。

踏み込む優しい動作から、一瞬で激しい扱いに変わり、抑えるところはじわじわと押さえ込みながら、左右に揺さ振る。回避運動はランダムだけれど、直線を使って強引に……って、それって、それって…!!

『シン…』
記憶が幻覚のように頭の中に浮かび上がる。
俺の目の前にはシミュレーターのMS撃墜シーンがあるはずなのに、そこに浮かぶのはアスランさんの顔だった。しかも、その、俺に挿れようとしている時の、ちょっと潤んだ瞳の。
ぞくぞくと鳥肌が立つ。
やさしい手が頬に触れた気がした。…そう。優しそうに触れてくるかと思ったのに、孔を強引に指で押し広げさせられて、そこにねじ込むように先端が挿入されてくる。俺はいつもシーツとかアスランさんの髪とか肩とか引っ張るのに、そこだけは容赦なくて。ずぶりと先端を埋め込むまではどんだけ泣いてもわめいても止めろと言っても言う事を聞いてくれない。その代わり、先っぽさえ挿ってしまえば、あとはゆっくりと押し込むように入れてくる。だからそこは気持ちよくてたまらない。痛みを通りぬけて異物感を感じながらもアスランさんがいるって判るから。
揺さ振る動作はとてもやさしいのに、時々俺を振り回すように腰を持ち上げてみたり奥底まで入れて動かなくなったり。…俺が焦れて何かリアクションを起こすのを待つアスランさん。
俺が耐え切れず動けば、よくできましたと言わんばかりに一番気持ちいいところをずくずくと突いてくる。

おんなじだ…!まったくおんなじなんだよ、ちくしょうっ----!!
くそ、あの人…あの人…!!
MSの操縦も、人の抱き方も同じだ…!!!

「くう……っ」
癖があるんだから、それは仕方ないことだ。…仕方ない無いけど、実際に抱かれている俺はとんでもない状態になる。だって、思い出してしまう。挿入された時の感覚も、焦らされる時の優しさも。
「か、…かんべんして…っ」
それでも、シートは揺れ続ける。手は動き足は踏み込まれる。うっ…ヤバい…俺の身体が…。…あぁ…もう…最低…。

「……アスランさぁぁんッ…!!!」
俺の行き場の無い怒りと動揺は、人も少ないMS格納庫に響いて消えた。