まだ寝入りばなだった。 もう少し眠っていたいと思っていたのに、そのアラームはシンの頭上の端末から無粋にも甲高い音で流れている。 止めなければ、永遠にピーピーと鳴り続けるから、まだ体力も回復してない身体をもぞもぞと動かして、腕だけをシーツから差し出し、アラームを止めた。 2度寝は厳禁だ。これでヤツの部屋にいくのが遅れたら、また何を言われるか判らない。 あの赤服の隊長は、どうにも時間に厳しくて、シンが少しばかり遅れただけで、角を立てて怒る。 現在、軍のトップガンであるシンを怒る人間は少ない。艦長でさえ、今となりで眠っている白服の男でさえ、そうあからさまに怒りはしないのに。 「…ちょっ、離してくださいよ」 腰に絡み付いている腕をなんとか離そうとするが、その腕はビクともしない。こんな細腕の1つが何故外れないのか。シンとて軍人だ。なのに、この細い腕は接着剤でもつけたかのように離れない。 「…ん…もう…?」 「もうだよ!行かなきゃいけないの、俺は」 「……さっき寝たばっかりだよ…?」 薄目を開いて、暗闇の中に緑色に発光する小さな数字を読み取る、紫色の瞳。 「まだ2時間も寝てないじゃないか…」 「アンタが寝させなかったんだよ!!俺がどんだけ言っても!」 「僕の所為?」 「そう。あんたの所為」 「じゃあ責任とる」 「---どうやって」 聞いてはみたものの、嫌な予感しかしない。まだシンの腰にキラの腕が絡みついていて、しかもあろうことか、シンの足にあたるのは、何も身につけていないキラの下半身だ。 嫌な予感、どころじゃない。 嫌な事が起こる確信、だ。 「は、離せよ?」 「だから責任取るって言ったじゃないか」 「な、何を!!」 「行かせないよ?彼のトコになんか」 「アンタねぇッ…!」 言っている間に、シンの身体が引き寄せられ、組み敷かれ、腕を固定されて、唇に舌をぬるりと入れられる。 「んっ、!」 シンは肩をすくめた。舌が入ってくる瞬間のねとりとした感触が嫌いだ。いくら抱かれてもセックスをしても唇を開いても慣れない。しかもキラはそれが判っていてわざと唾液を絡ませながら挿入してくる。キラは容赦なく行為を続ける。 「ほら、シン」 ねとりと絡ませた後、一旦唇を離し、ゆっくりと目を開いたシンをキラの紫が目を細めて見つめていた。間近での見詰め合いに、シンが目を逸らす。あの透明な紫は何でも見透かすようで。 「舌、出して」 「……い、やだ」 「シン、」 「それ、俺が嫌いなの知ってるくせに、」 そっぽを向いたまま言う事を聞かないシンに、キラは小さな声で仕方ないなぁ、と一人ごとのようにつぶやく。 「じゃあ仕方ないね」 「…っ、…」 柔らかな口調と正反対に、シンの顎を掴みあげて、強引に顔を正面にもってくる。 キラの顔が近づいて、通常のキスで譲歩したのだろうと、シンが唇を開いた。しかしそこに触れた感触は、唇ではなく、キラの舌だった。 「…っ、…」 (噛まないでね?) 声に出さずとも、細められた目で、キラの言いたい事は判る。…判ってしまう。 キラの舌が、シンの唇を一舐めした後、僅かに開いたシンの唇に舌を差し入れる。それは唇の当たらないキスだった。 舌を伸ばして唇を触れ合わせずに、舌だけが咥内に入りこむ。行儀良く収まっていたシンの舌に、挿入させた舌先で触れ、歯をなぞる。そうしてシンが震えているのを楽しんだ後、ゆっくりとじっくりと唇を合わせるのだ。 (…このキスも、…好きじゃない、のにッ…) 眉を顰めてやり過ごす。 舌を入れてから、唇をくっつけるキスは、最近キラが好きで良くやる行為の1つだ。 最初の内はそれが嫌で、キラの舌を噛んだりしていたけれど、でも慣れてしまえば、そういうものだと受け入れるようになり、悲しいけどちょっとエロく成長した、とシンは自分の性に愕然とする。 こんなセックス、望んでいたわけではなかったはずなのに。 キスの種類もいくつも覚えた。このキラヤマトと、あともう1人から。 唇を合わせずに、舌だけでするキスも今練習中だ。キラによって強制的にさせられる練習ではあるけれど。 「もう行くってば…」 キスが降りて、首筋を辿る。シンがむず痒そうに首を振った。 「うん、ちょっと待って」 キラの舌がシンの首筋を一通り舐め、そして狙いを定めたらしく、ある一箇所を、強く吸い上げた。首筋の上の方だ。耳に近い位置をキラの唇が絡みつく。 嫌な予感がする。キラの肩を押しのけようと肩を掴んだが、キラの行動の方が早かった。 「…ぁ…あ!」 ちくんと痛む皮膚。それも構わずキラはシンの柔らかな皮膚を吸い、時折舌でもなぞりあげた。 「ちょっ、やッ…」 首を振って逃れようとしても、キラの頭が邪魔で首も動かない。 ちくちくと感じる痛み。けれどそれ以上に、毒に犯されたような甘い感覚が全身に染み渡っていく。…間違いなく快感だ。キラはわざとそれを広げようとしている。 「ちょッ……てめッ……!」 このままでは本当に怒られてしまう。シンは腕を振り上げた。こうなったら、この男の頭をかち割ってでも引き剥がすしかない。その拳が振り下ろされる直前、キラの身体がふわりと離れた。危険回避能力だ。 「何そのこぶし。物騒だね、シンは」 「アンタが悪いんだろ!?なんでも人に責任転嫁させんのやめろよ、お前!」 「責任転嫁なんて、難しい言葉よく言えたねシン」 「うるさい!!」 これ以上構っていられるかと、シンは毛布を蹴り上げ、床に足を落とす。途端、白獨の体液が、あらぬところから内股を伝った。 「うわ、気持ち悪ぃ」 「酷いなぁ…」 シーツを手繰り寄せ、乱暴に垂れた部分を拭うと、床に落ちたままの下着を身に着ける。さっさと行かないと本当に怒られてしまう。あの人はそういうのはホント、俺にだけ厳しいから。 「処理しないでいくの?今から作戦の打ち合わせでしょ?アスランと、2人で」 嫌に語尾に力を込められる。アスランと、2人で、と。 --またヤキモチかよ…。 平然とした顔を装い、笑顔まで浮かべながらも、ベッドの中からシンを見上げてくる上目遣いは笑っていない。 キラのわがままとも言うべきヤキモチだ。そんな事を言って、いつもシンの罪悪感を煽ろうとする。 「キラの所為で遅刻して怒られるなんて嫌だ」 「でもほら、そのキスマークみたら、アスランきっと許してくれるよ」 君、軍服の襟を正さないから見えちゃうし、と。 まるで免罪符か何かのつもりでキラはいけしゃあしゃあと言う。違う。こんなの免罪符でも罪ほろぼしでもない。ただの嫉妬だ。 --別に君が誰と何人と付き合っていたっていいよ、と最初に告げてきたのはキラで。 (俺、なんか悪い事してるか?…だって、元々俺、アスランさんと付き合ってたんだぞ?そこに入りたいからって無理矢理入ってきたの、キラじゃないか。…アスランさんの許可はもう取ったから、ってすごい事言って) 最初は冗談じゃないと返していたのに、あの笑顔と人懐こさでいつの間にか接近し、懐に入り込み、シンの気持ちの一部まで奪っておいて、身体までいつの間にか奪われた。 俺にはアスランさんがいるのに、と言ったのに、それでもいいと良いと言われた。 ありえないような3人の公認関係は続いている。アスランは良い顔をしなかったが、キラが本気で言っているのだと知った途端、それ以上何を言っても無駄だと悟ったらしく、何も言ってこなくなった。ただ、今のように、アスランと会う前にキラと会っていると知れば、良い顔をしないだろうけど。 「2人から愛をもらえて、全然違うセックスも出来る。良かったね、シンは」 「どこが、イイって?何が全然違うセックス?」 「違うでしょ。僕とアスランの抱き方は」 シンを見上げながらも、ベッドにうつぶせになり、腕の上に顎を乗せて、足をばたつかせる。世界で一番優れているコーディネーターは、楽しげにいってあくびをした。 (俺は体力を2倍使って、お互いバッティングしないように気も使って…それのどこがいいって!?) 言ってやろうとしたが、キラには効かないだろう。何を言っても、この男は能天気に笑うだけだ。性的観念が人より薄いのか。それともただ単に遊びのつもりなのか。…けれど遊びならばアスランは黙っていないだろう。シンとアスランは本気で付き合っていたから。 まだ滑つく身体に、無理矢理赤い軍服の袖を通す。シャワーを浴びたくて仕方ないが、時間がない。赤服のフェイスであるアスランは忙しくて、これ以上遅刻すると、本当に会議の時間が短くなってしまう。…ただでさえ、会える時間は短いのに。 「ねぇ、ホントにそのままで行くの?シャワー浴びてきなよ?」 キラは言う。けれど、それがただの時間稼ぎだと、シンには判っていた。キラのつまらないヤキモチだ。アスランにあわせたくないだけ、の。 「…いい」 「でもさ」 「いいよ。アスランさんに綺麗にしてもらうんだ」 すばやく軍服の上をひっつかみ、軍靴に足を通すとキラの手の届かないところまで歩いた。ドアの前で振り返る。 「アンタに抱かれるの、嫌いじゃないけどさ。…アスランさんの方が体力あるよ。キラも巧いけど」 「ちょっ、何それ、シン!」 「じゃあネ。白服サマ」 キラがベッドの上から手を伸ばしていた。その顔には明らかにショックを受けた顔をしていたから、いい気味だと思って、笑った。 いつまでも、あいつの好きにされている俺じゃない。 通路で小さく笑ったシンは、鼻歌を歌いたい気分で、ミーティングルームへと向かった。 アスランは、どうやってコレに気づき、綺麗にしてくれるだろうかと思い描きながら。 *** 「また、キラか?」 「んっ…他に、誰が…」 「そうだな。これ以上『誰か』を増やしたら、俺はシンを営倉に入れなくちゃならない」 「…それはごめんです。…っあ!」 壁に向かって手をつき、額も押し付けて力を込める。そうでもしなければ、床に座りこんでしまいそうだ。 事実、アスランがシンの腰を支えていなければ、簡単に膝は崩れ落ちてしまうだろう。 震えた内股、靴は履いたままだけれど、踵が上がって爪先立ちになってしまう。快感というより排泄感に近い感覚で、眉が寄る。セックスは好きだが、こういうのは好きじゃない。それでも湧き上がってくる熱い性欲が、羞恥に震えるシンを煽る。 なんで。どうして。…特別気持ちいいわけなんかないのに。 (なんか…やたらと興奮する…なんでだろ…) こんな行為は、今まででも何度かあった。 キラが処理をしなければ、シンはそのままの身体でアスランの部屋に向かい、あてつけのように目の前で掻き出してみせたり、もしくはアスランがシンの身体を察して自ら処理を申し出るか。 今回は後者だったらしい。ミーティングルームに入った途端にシンの身体の異変を察したアスランは、ズボンとベルトだけを緩めさせて、そこに垂れる体液に小さく舌打した。下着の上から、穴の上をなぞられると、ぐちゅ、と音がしたような気がする。 「なんで処理してこなかったんだ。…あぁ匂いも残ってる」 「くさいですか?」 「精液くさい。で。シャワーも浴びてこなかったのは俺に対するあてつけか?」 「……んッ!」 違いますよ、と言おうとした台詞は、アスランが無骨に挿入した2本の指の圧迫感にやられて言葉に出来ない。 あてつけか? …そうだとも。アンタに思い知らせてやりたかった。 …いえ違いますよ。だってアンタが時間厳守だっていうから。…結局2分の遅刻で怒られたけれど。 乱暴に中をかき回すアスランの指。硬く拒んだ内壁が緩みだし、指を中で広げられて、ついにシンの中から温まった精液が溢れ出す。 「あ、あ、っ、だめだ、出ちゃう、よ!」 「何を言ってるんだ。出さなきゃいけないだろ」 「床、あ、…や、うっ…気持ち悪いッ…」 「気持ち悪いじゃない、我慢しろ」 「……っ…あ、…」 どろりと精液が流れる。アスランの指を伝い、手の平を汚れてゆく。ぐちゅぐちゅとわざと音が鳴る程にかき回されて、シンの背筋が伸びる。壁についた手がガリ、と爪を立てる。 排泄の感触がいたく気持ち悪いが、しかし異様に興奮しているのは何故だろう。ドクドクと鼓動が早くて息が弾む。 壁に額を押し付け、軍服の下だけが緩められ、アスランの手に垂れてゆく、シンの中に放たれたキラの精液。 キラにフェラチオしたシンの唾液も、流れ落ちる中に含まれているかもしれない。どちらにしろ体液には変わりなく。 「きたな…いっ…」 「何を今更」 とぷとぷと音がしそうな程に溢れていく精液は、あっという間にアスランの手を伝い、アスランの軍服にさえ沁みた。シンにいたっては下着はおろか、軍服の下さえも色を変えて汚していて、とても、このまま着続けられるものではない。 「また、ミーティングにならなかったな」 さらに奥の精液を掻き出すように挿入されたアスランの指は4本も飲み込んでいる。ぎちぎちに挿入された手が中でばらばらと動かされて前立腺を掠めれば、シンの欲望は熱く硬くなってゆく。 こうしてミーティングにならなかったのは何度目だろう。 キラはわざとこうして、アスランと会う前のシンを抱きたがる。 「いいじゃ、ないですか、どうせミーティングしたって、やる事おんなじだ」 感じ入ったシンが目を伏せながら、言う。 「次の戦闘も、俺が先行して敵をぶっ倒して、アスランさんが俺が取り逃がしたMSの後始末。で、キラが後方指示。いつものパターンが一番いい…」 「…それが良くないから言ってるんだ。セイバーだってキラのフリーダムだって空中戦は出来る。お前のインパルスだけが無茶をやらなくていいんだ」 …そんなの。 シンが音もなく、そう言い、直後、びくびくっと跳ねた身体が嬌声が洩れた。あ、あっ、あ、あああ、と、駆け上がる高い声。中をかき回していたアスランの指が、圧倒的な力で締め上げられる。だがそれゆえに刺激が増してシンの声は甲高いものになり、下半身がぶるぶると震え出す。慣れきった兆候だ。もうすぐイく。 察したアスランが、前立腺の場所を擦り上げた。指先にあたる内壁をここぞとばかりに小刻みに動かせば、シンは耐える事もなく、短い声を発して果てた。 正面の壁に、少量だが真っ白の精液が飛び散る。 「…っあ…」 吐き出した事で弛緩した穴から、掻き出し切れなかった体液がどろりと流れ出す。それがアスランの手を伝ったのを確認し、再度内壁の壁をぐるりと指で辿り、何も残っていない事を確認すると引き抜いた。 ひゃう、と跳ねた声と共に、ひらいていた穴がきゅう、と締まる。シンの身体中の力が抜けて床に座り込むのは同時だった。 「…っぁ…あ、はっ……、ヤバい、…気持ち、よかったかも……」 荒い息をつきながら、そう言うシンの頭を一撫でして、濡れた指をハンカチで拭いた。 流れ出た体液の量は多く、ハンカチ1つでどうなるものでもない。シンの身体さえも今はべたべたのはずだ。 「いくぞ」 「……どこ、へ?」 ミーティングルームの机上に散らばった書類を集めて小脇に抱えるアスランに、座り込んでうつろな目を向けるシンが問うた。 アスランの顔は、まるで何事も無かったかのような冷静を取り繕った顔だが、そこに少しの怒りが滲み出ているのをシンは悟った。これ以上憎まれ口を叩いてしまえば、きっと彼の機嫌が本気で損ねる。 (けど、そうしたら酷く抱いてくれるかも。長く酷く抱いてくれるかも) 思った言葉は、声に出さない。表情にも表さない。たった1度だけの傷のような深いセックスよりも、生温くてもいいから長く愛し続けて欲しい。 また1人になる前に。この人が誰かのものになる前に。 1人を恐れるから、キラを受け入れた。アスランに嫉妬を抱かせた。それはシンにとってギリギリの選択だった。 「俺の部屋でミーティングをする。このままじゃ、どうしようもないだろ。シャワーをしながらでも作戦を練り上げるさ」 「…まぁ、アスランさんがそうするっていうなら」 伸ばされたアスランの手が、シンの腕を持ち上げた。早くしろ、と目線で訴えられる。 シンは俯いた顔のまま、「はいはい」と気だるげに答えながら、口端に浮かびそうになる、嘲笑を抑えるのに必死になった。
|