ぁあ、あと少しでお別れなのだと自分の血を見て思った。

痛い。…とにかく痛い。どこがと言われたら身体全てが痛かった。手足はおろか全身が動かない。
唯一足掻くように呼吸する口と、目だけは動きそうだったが、目線を動かしたくはない。動かしたらきっと後悔する。何故こんなに痛いのか、自分の身体を見てやりたい気持ちは確かにあるものの、けれどおそらく自分の腹、特に下腹はもう形がないだろうという事が判っていた。酷い血の色、血の匂い。
めちゃくちゃ痛くて、めちゃくちゃに暴れてやりたい。
なのに、自分の首筋を強く優しく掴む、触れ慣れた手がある。…醜態を、さらしたくない。こんなにめちゃくちゃ痛い中でもそう考えられる自分が居て笑えてくる。もう死ぬのに。これで最後なのに。最後まで見栄と意地が生き残った。
見上げれば霞んだ視界に映る顔があって、言葉が出ない。その間にも、どんどん呼吸が困難になっていって、息をする事が出来なくなってゆく。
身体の痛みはいつの間にか感じなくなっていた。代わりに呼吸が出来なくてつらい。吸っても吸っても肺にまで酸素が行き渡らないような気がする。

自分は死ぬのだろうと思った。

きっとテレビをオフした時のようにぷっつりと意識が消えるのだ。
今まで生きてきた決して長くはない年数の思い出を他人の心にわずかばかり残して、冷たくなってゆく身体だけが物理的に残って。そしてそれも間もなく火葬場で焼かれるか、宇宙へと放りだされて葬式が終わり、どこかの星の重力に引かれて燃え尽きて終い。
今までだって、何人もそうやってクルーを送り出してきた。何体も死体を見てきた。あれと同じになるだけだ。
爆死じゃない。MSに乗ったまま堕ちたわけでもない。こうして別れの場がある自分はきっと幸せものなのだろう。
(こんな内臓飛び出した状態の人間、棺桶に入れるのがツライだろ…)
もっと、マトモな死に方をしてみたかったものだけど。…あぁでも家族と、とおさんとかあさんとまゆと同じ死に方になったなと思った。身体はもう機能を停止させかけていて、死んでゆくしかなく、形も成さない。視線を周囲へと漂わせれば、遠くから見つめる女性スタッフが、顔面を蒼白にさせて、この身体の傍から離れていった。気持ち悪くなったのだろう。吐かせてしまったのかもしれない。…最後まで迷惑をかけっぱなしで申し訳がない。

グロテスクだろう自分の身体を、けれど知人は囲っている。
涙を浮かべるルナマリアが泣き叫ぶ姿があって、こんな時まで平然としているレイと、身体を抱きしめるアスランさんと。
何かを喋りたくて喋れなくて、せめてありがとうとかごめんなさいとかそんな顔してる場合じゃないでしょとかみんな見てるから恥ずかしいからとかでもやっぱ俺アンタの事すきだなぁとか。…言い遺してやりたいのに、口はぱくぱくと動くだけで言葉にはならなかった。喉が異常に渇いていた。
「シン、」
名を呼ぶ、アスランさんの酷い声。
緑の瞳に涙の詰まっていた。涙でぐしゃぐしゃになったそれが近づいて、俺の顔を抱きしめているのだと判って。
アスランさんの唇が、俺の唇のすぐ傍にあった。顎の部分にアスランの眼が触れて、涙がぼたぼたと雨のように降り注いだ。吐息が皮膚に触れる感触が判る。
唇が近い。
あと少しで触れるのに。
その唇は、苦しげに俺の名前を呼ぶばかりで、死ぬなと叫ぶばかりで。…無理に決まってるのに。もう。死にますよ俺。もうアンタの傍には居られない。さよならなんですあぁ死にたくないけどでも。死後ってどうなると思います?きっと何もない世界なんでしょうね。けどアンタもいつか来るんだ。…出来るならすぐに来てほしいけどでもやっぱりアスランさん、笑った顔がいいよ。だから笑って笑って幸せになって?でもやっぱりアンタ悩むんだろうな馬鹿みたいに悩むんだろうな。俺アンタに馬鹿っていうの結構好きだった。この人伝説のパイロットなのに全然しっかりしてない。戦闘能力はすごいけど普段の生活とか全然出来てない。そんなアンタ見てるの好きだった。ほんとはすきだった。もういえないけど、でもすきだったんですよ、アスランさん。最後に抱いてくれてありがとうね。ありがと。俺、こんな最後ならいいや。…うん。いい。幸せ。ありがと。

「シ、…ンッ……!」
叫ぶ声が遠くなり、視界が狭まってゆく。腕も上がらず目も開かず、暗闇がまぶたの中に広がった。
ただ、シンの唇のすぐ傍に触れる、アスランの唇だけを熱く感じる。吐息。体温。あなたの、生。

ねぇ、キスをしてよ。
もうすぐ冷たくなってしまう身体に。せめて最後に貴方のキスを頂戴。