もうすぐアスランさんの誕生日だった。
で、俺は約2ヶ月前に、あの人に自分の誕生日をとんでもないサプライズで祝ってもらっていて、だから俺も頑張ってアスランさんの誕生日を祝ってあげなきゃならなかった。やっぱり、あれだけの豪華な誕生日にしてもらったからには、それ相応に返したいし。
…っていうのは建前で。
俺だって、やっぱりその、アスランさんが好きなわけで、だったらあの人にとって嬉しくて仕方ない誕生日にしてやりたいと思うじゃないか。

俺の誕生日。アスランさんの策略は凄かった。
正確には、カガリユラアスハとかキラさんとかルナとかもういろんな人が絡んでたわけだけど、さて俺がアスランさんの誕生日を祝うにあたって何が出来るかって考えて……さっそく行き詰った。
だってさ、俺…友達居ない…ぞ?

俺が何かを「やって」って頼んだとして、動いてくれる人は酷く少ない。
ルナなんかは優しいから色々やってくれそうだけど、でもアスランさんがそもそもオーブだから、ザフトのルナに何か出来るかって、…あんまり出来ないと思われる。
オーブの軍人に友人はいなくて、あぁでもこないだの俺の誕生日パーティに来てくれたムウさんやマリューさんは、「困ったことがあったらいつでも頼っておいで」なんて言ってくれた。…でもそれは社交辞令だろうし。
駄目だ、俺もうムウさんとマリューさんの顔もちゃんと思い出せない。がっちりした人とむっちりした人だった。そのぐらいしかコミュニケーションがないんだ。
キラさんはアスランさんの友達だから、誕生日祝いたいんですけど!って言ったら、一緒になって祝ってくれそうだけど、でもあの人、仮にも俺の上司なんだよな…。いや、正確にいえば同じフェイスなんだけど、でもあの人は指揮官なわけでだから俺が「こうしてください」なんて言えないわけで。
大体、あの人の方がアスランさんと仲良いしなぁ…。あー。キラさんの方がアスランさんをお祝いしたいんじゃないだろうか。
だから、俺がお祝いする前に、キラさんが動きそう。…あ、うん。そうだな動きそう。アスランさんの友達と、AAの友人とか集めて、昔の集まりみたいに。歌姫とかオーブの国家元首とか、それはそれは凄いパーティになりそうだ。
…って事はまてよ?俺、アスランさんの誕生日を、邪魔しないほうがいいんじゃないか?
友人の少ない俺の誕生日パーティは、家で事足りたけど、アスランさんの友人って凄く多そうだから、もしかしてどっか店とかホールとか貸しきってやるのかも。
あーだったら俺が祝う必要とか無いんじゃ…っていうか10月29日って俺休みだっけ…?カレンダーをめくって、全然休みじゃ無い事に気づいて、俺の作戦立案失敗。なんだこれは。俺、仮にもフェイスなのに。誕生日1つの予定も立てられないなんて!


「そんなわけで、俺、10月29日は多分地球にいないから」
「…そうか」

誕生日数日前。なんとか時間を作って、2人で朝ごはん食べてる時に言えば、アスランさんはそうかって一言だけ。
別にショックを受けてるわけでもなさそうだった。
まぁ…そうだろう。オーブの准将なんて立場だ。アスランさんは自分の誕生日だって忙しいだろうし、それともオーブ首長が気を利かせてくれて休みにしてくれたとしても、アスランさんの誕生日を祝うパーティーとかあるんだろう。だってこの人、オーブのトップエリートなんだ。貴族っぽいパーティとかありそうじゃないか。…そんなの、俺行きたくないし。
でも、誕生日に家で一人で待っているのもいやだった。今頃アスランさんをお祝いしている人がたくさん居るんだろうな、とか。…そういうのを考えたら辛くなるからイヤだ。
だったら、と俺はフェイス権限を使って作戦を志願した。宇宙の。
…別にそのためだけに地球を離れるわけじゃないけど、でも都合が良かったんだ。
行き先を詳しく言う事は出来ないから、あやふやに言ったけれど、アスランさんはさも何でもなさそうに、そうか、で終わりで。
…いいですけどね。そういう反応になると思ってましたから。
「すいませんね、俺の誕生日はあんなに祝ってもらったのに」
「別に気にすることじゃない。俺もその日はもう予定が入ってるから」
「そー…ですか」
ふーん。やっぱり。そうなんだ。…まぁ…いいけどさ…。

ジーンズの右ポケットに入れてあった、誕生日プレゼント。
渡そうと思ったけど、なんか…渡す気が失せた。数日前にあげるだなんてマヌケもいいとこだし、それにさ、別にアスランさんこんなもの欲しくないだろうなぁとか自棄っぱちな気持ちになった。
「ごちそーさま。じゃあ俺行きます」
「あぁいっておいで」
ゆっくりコーヒーを飲みながら、窓の外を見るアスランさん。
遠くから、空港に降り立つ飛行機が見えた。俺も何気なく目で追って、2人で会話もなくて、黙ってて。ちょっと寂しくなって、俺はさっさと居間を後にした。


***


そんな事があってから、1週間。
アスランさんに言ったとおり、俺は宇宙に上がっていた。
10月29日になってしまった。
別に俺がどうしようとか思ってたわけじゃないけどさ。…ないけど、なんかやっぱり落ち着かない。
軍服の右ポケット。そこにはやっぱりアスランさんに渡そうとして渡せなかったプレゼントが入っていて、今日渡さなくちゃ意味のない誕生日プレゼントは、あと数時間で終わってしまう。
さっさと捨てればいいのに。どうせ渡すつもりじゃないんなら。
俺が使ってもいいけどさ。サイズ違うし。だいたいこんなのおかしいんだ。男同士なのにこんなのやろうと思うなよ俺。
「…も、しょうがないかあ…」
ため息。



「あれ?シンじゃない」
ぼけーっと宇宙の海を見ていた。ゴンドワナに隣接して走行するナスカ級の明りなんか見つめて、ポケットのなかに手を入れたまま、渡せなかったプレゼントを指先でころころ転がして遊んだり。
「キラさん」
「うん、久しぶり」
にこりと微笑まれて、その周囲にキラさんと同じく白服の人たちがいたのが判ったから、敬礼。キラさん以外は敬礼で返してくれる。俺も一応フェイスだから。
キラさんは俺が敬礼しても、にこーっと微笑んだまま、すぃーと近づいてきて、肩を掴む事でストップした。
「何で今日ここにいるの?」
って…そんなの言われてもなあ…。
「任務で。数日で戻る予定です。…てかキラさんこそ、ここにいていいんですか」
だって今日は10月29日だ。キラさんにとっても大事な日じゃないのか?
「僕はここにいた方がいいでしょ。あれ?でもおかしいなシンに譲ったのに。今日」
「え?」
「…振り切って出てきちゃったんだ?アスランは何も言ってなかった?」
言われて、意味が判らない。だってアスランさんはキラさんと居るとばっかり。
俺は首をかしげていると、キラさんは「アスランはしょうがないなぁ」って言って、呆れた表情。…何ソレ。
「駄目じゃない、シンがお祝いしてあげなきゃ」
「え?俺ですか?」
てか、俺が叱られるわけ?
「シン以外に誰がいるの。シンの誕生日はね、僕たちもお祝いしたかったんだ。だって初めてだったしね。シンの誕生日をちゃんとお祝いするのは。でもアスランは違うから」
もう何回目だと思ってるの、ってキラさんは笑うけど。
いや、誕生日って何度でもお祝いするもんじゃないんですか。1年ごとに。
キラさんが言いたい事は、今年は俺にアスランさんの誕生日を譲ってあげたんだよって事で。…そんなの知らなかった俺は、アスランさんに「宇宙にいくからお祝いできません」って事しか言えなかった。
あ…そういえば、おめでとうって言葉も上げてないのか、俺。
「アスラン、今ごろため息つきながら仕事してるんじゃないかな」
「え?まさか」
「ううん。きっとそう。意外と根に持つんだよアスラン。カガリに聞いてみようか?今アスランどんな感じ、って」
「い、いいです!」
オーブの国家元首になんて事を聞こうとしてるんだ!幾ら姉弟だからってそれはフツーしちゃいけないだろ!
「電話ぐらい…してあげたら?」
「…は、ぁ…」
腕時計を見れば、時間は午後2時。地球の時間だと…オーブだからええと…。
「今午後11時30分。間に合うよ」
キラさんのスーパーコンピューター並みの頭脳が瞬時に時間を答えた。
そのまま俺の肩を押して、すいーっと後ろに飛んでいく。白服の人たちがキラさんを待っていた。あぁ会議かなんかですか。すいませんね、引き止めちゃって。
目で訴えて、ぺこりと頭を下げた。
キラさんはじゃあね、と手を振って、白服の人たちを引き連れて流れていった。
俺はまた1人になった。
ポケットの中で遊んでいたプレゼントを取り出して、見つめた。
今、午後11時30分。

…これ、地球に投げたら、アスランさんまで届かないかな。そんな事を思ってがっくりと肩を落とした。