「えっ!?……う、っわ!!」
シンは目覚ましを覗き込んだ。
がばっと起き上がった所為で、シンの腹の上にあったアスランの腕が、シーツにぱたりと落ちたが構ってなど居られない。
目覚ましとシンとの目との距離は、わずか2センチだ。別に覗きこんだからといって、数字が変わるわけでも時間が早まるわけでもない。そんな事は重々承知しているが、しかしもしかしたら見間違いかもしれないじゃないか。
本当は実際に見た数字の5時間前かもしれない。短針と長針を見間違えたのかもしれない。
そんな淡い期待を浮かべてしまうのは、長い人生誰しも1度はあること。

「…ちょっ、なんで、これっ、おい、アスランさん!!」
隣で丸くなって眠るアスランは、毛布から頭のてっぺんだけが見えている。昨晩は遅くまで誕生日パーティという名の宴会が続いていた。酒臭い匂いがまだ残っているような気さえする。
シンはアスランの肩あたりを掴んで揺すった。数度揺すると、被っていた毛布が動いて、寝癖の酷い髪が見え、次におでこが現れ、伏せた長いまつげと目が見えた。…気持ちよさげに閉じられたままだったが。
揺さ振られているというのに、窓からは太陽がさんさんと照りつけているのに、これは軍人的にありえない。しかもあんた准将だろう。ぼやきながらもシンは必死に揺さ振った。頭の中はプチパニックだ。

「アスランさん!ちょっと!もう10時ですよ!?昼ですよ、アンタ今日仕事ッ…!!もう、どうすんだよ!ちくしょう起きろって!完全な遅刻じゃないかぁっ」
ゆさゆさと揺さ振っていた身体。すぐに起きないアスランに腹がたって、今度は力をこめて揺さ振る。アスランの髪も身体もぱさぱさと動く。震度5だ。普段ならこんな事はありえないはずなのに、今日に限ってなんて事だ。
「…ん、…なに……?」
「なに、じゃないって!仕事!アンタなんで目覚ましかけてないんだよ!!」
「…ん……カガリ…?」
「そこで女の名前を呼ぶな!俺が隣にいるのに!!ああちくしょうっ!」
もう構っていられるか!と、アスランの身体を毛布の上からばしん!と叩く。シンが揺さ振り続けた所為で、毛布はアスランの腹のあたりまで下がっていた。胸やら腕やらがあらわになるが、すでに見慣れている。朝日の中では少々刺激が強いが。
「もう知らないからな!!」
言って、ベッドサイドに投げ捨ててあったバスタオルを腰に巻き、怪獣のように騒ぎたてながらベッドから降りたシンは頭を抱えた。
「どうすりゃいいんだ?連絡、連絡だよまず。行政府?作戦司令部センター?違うよ、とにかくオーブ軍のどっかに連絡しなくちゃならないんだよな?…って、俺が電話なんかしたら余計ザフトの立場が悪くなるっての…、だだでさえ最近テロでぐちゃぐちゃしてんのに…ああっ、てかなんで俺がアンタの事でこんな起きた直後からキリキリしてなくちゃならなんだ…!」
「……朝から元気がいいな……シン…」
「って誰の所為だと思ってんだー!もう俺知らないからな!」
さっきもそういいながら、結局俺のためにどうしようかと悩んでいたじゃないか。
…ようやく覚醒したアスランはシンの可愛い言い分に小さく笑った。こうして問答無用に怒鳴られるのは久しぶりだなと思った。最近シンの言動は大人しくなってきていて、昔のような癇癪を起す事も少なくなった。自己主張するところは変わってないが、怒鳴って怒り散らす事も少なくなった。ザフトでフェイスとして戦後処理を纏め上げなくちゃならない立場に居る所為だろうか。それとも自分と一緒に居る所為だろうか。出来ればシンを変えるのならば自分であって欲しいと願う。
腰にバスタオルを巻いたまま、部屋の中をうろうろと歩き出し、アスランの机の上に置きざらしにされてあるファイルの背表紙を見ている。もしかして軍への電話番号を探しているのか、と気づいてアスランはまた笑った。そんなところに電話番号などあるわけがない。シンはかなりテンパっていた。
しかしこのまま混乱させてしまっていてはシンがかわいそうだ。
アスランはやれやれと上半身を起して、ベッドレストに置いたままの携帯電話を手にとった、2,3回ボタンをプッシュして、回線をつなぐ。
「あぁ…カガリか?すまない。やっぱり寝坊した。……あぁそうだ。…大丈夫だよな?……うん、じゃあまた後で」
ピッ。
電話を切った音と、シンがアスランを振り返ったのは同時。
「…なんだその顔は」
「いや、てか、なにその会話」
「え?」
「え?じゃないですよ!やっぱり寝坊したって言っただろ!?しかも国家元首に!!ありえなくないか!?」
「シン、朝から血圧上げるんじゃない」
「誰の所為だー!!ちくしょーっ!」
うがーっと暴れだしそうな程怒って、シンはズカズカと部屋から出て行った。シャワーでも浴びにいくつもりなのだろうが、あの調子ではガラスの1枚ぐらいは割りそうだ。やれやれとアスランが息を吐き出したところで、何かが割れる音がした。パリン。
「あぁやっぱり」
予想というものは当たるものだ。
シンと出会ってから、それでも1年以上経っている。長く付き合っていれば、気配もわかる。考えている事も判る。
パリンと割れた音の直後、「あぁああ!」と怒鳴り声が聞こえた。それも予想の範疇だ。
「…シンは面白いなぁ」
再びベッドに背中を預けて、目を閉じながら、ドア1つ隔てたシンの気配を伺う。
苛立ちをつのらせているだろう事は想像が出来るが、そこに以前のような殺気だったものはない。それは何よりのシンの進歩だ。
戦時中はシンと喧嘩になるような会話しか出来なかったが、今はこうして恋人同士という立場になったから、色々な話を出来るようになった。
最近ではシンは昔の話もしてくれるようになった。家族の事、昔通っていたジュニアハイスクールの事。…それはシンが、ここオーブで過ごしていた記憶で、それをアスランに話す事が出来るようになったのは、とてつもない進歩だと思う。

リビングには昨晩散らかしたパーティの余韻がまだ残っている。
ある程度の片付けは女性たちがやってくれたが、深夜まで酒盛りしていた男性陣が又新たに散らかしていったから、きっとそのままだろう。
午前0時を回ったあたりで、さすがにシンがぴよぴよと酔い初め、皆にからかわれるのもピークになってきた頃。キラが「そろそろシンをアスランに開放してあげようね」と言った言葉でお開きになった。
…いや、だったら9月2日の午前0時になる前に開放して欲しかったとアスランはため息を吐いた。彼らは確信犯だ。
酔っているシンを風呂に入れて、ついでにと自分も一緒に入って、そこで1回。身体を拭きながら、鏡の前で1回。ベッドに入ってからは1回だったか2回だったか。もうアスランも覚えていない。酔っていたのはシンだけではない。アスランとてかなりの量を飲まされていた。よくあの状態で勃つなとも自分で思うが、欲求は溜まっていたらしく、シンの身体を貪欲に求めた。

ふ、と。毛布の上に転がっている目覚まし時計を見れば、現在時間は午前10時13分。
随分な時間、眠っていた。昨晩宴会が終わったのが午前をまわっていたし、そこからセックスしていた時間を差し引いても、午前3時には寝始めた事としたら、7時間睡眠だ。通常ならば有り得ないほど、ゆっくりと眠れた事になる。

9月1日。
シンの誕生パーティをしよう、と提案したのは意外にもカガリだった。
その提案を間近で聞いていて驚いたのはアスランだ。「仕事はどうするんだ」「人数をどうやって集めるんだ」と、問題点を挙げてみたものの、カガリは全てをてきぱきと答えて問題を全てクリアしてしまった。さすがに国家元首だなと思っている間に、即座にキラに連絡を取ってシンのバースデーを祝おうと告げていた。キラもキラで、じゃあ僕がシンの仕事片付けておくねと即答だった。誰もかれも国のトップをゆく集団は、宴会と安らぎと同窓会を求めていたらしい。
メイリンとルナマリアのホーク姉妹に連絡をとってみれば、もちろん行きますとこれまた即答。「あの子はあまのじゃくだから、お膳立てされたら絶対にパーティなんてごめんですって言うでしょうから、作戦考えておきます」、と楽しげなメールが来た。
オーブのマリューやムウも「呼ばれるわ」と返事が来たと同時に、ノイマンやマードックなども参加決定、シンのザフト仲間は、さすがにプラントやら全世界に散っているからこないだろうと思えば、驚く程の出席率になった。
部屋が、2LDKでよかったと本気でアスランは思った。全員集合してみれば、部屋の中はきゅうきゅうになって、シンとアスランは肩を寄せ合って誕生日席に座るしかなかった。
アスランがした事といえば、パーティの食材の買出しとシンへの電話だけ。
(…皆行動力があるな…)
変なところで関心する。キラとラクスなど、わざわざ地球に下りてきてパーティに参加していた。今日はいくつか地球での仕事を終えて、夜の便でまたプラントに戻ると言っていたし、マリューとムウなどはドックに入った戦艦の調査の合間に参加してくれたらしく、今日からしばらくドックに篭るそうだ。皆忙しい合間を縫っての参加だった。
一番多忙であろうカガリこそ、みっちり5時間程楽しんでから、さらに女性陣で徹夜カラオケに行くと言った。元気だ。深夜に玄関先で見送ろうとすれば、「アスランお前、明日は朝の会議なんて無いよな?」なんてわざとらしく聞いてくるから「いやあるだろう」と答えたのに、「あぁ…あれな。お前はでなくていいよ、居ない方がいい」なんてとんでもない言葉を返されて、目を丸くした。つまりは会議には出てくるなという事か。
彼女なりの気づかいにありがとうと言って、頬にキスを贈れば、「お前のそういうところが今後も不安だ」と苦笑された。
(…そういえば酔っ払ってたって、女性達だけで深夜の道を歩かせるなんて…俺はなんて事したんだ…しかもオーブの国家元首とプラントの姫がいるっていうのに…)
昨晩の自分の行動を振り返って、なんて不義理を働いたのだと一瞬ぞっとするが、どうしようもない。今日カガリに謝っておこう。彼女の事だから、「気にするな」の一言ですみそうなものだが。


ベッドの中で、ごろごろとまどろみながら、取りとめの無い事を考え、ドアの向こうで割れたガラスに悪戦苦闘するシンの声を聞く。
午前11時。
きっと今頃、アスランが参加するはずだった会議は、今頃中盤に差し掛かっているだろう。議事録をあとで聞いておかなくては。

「…皆、気を使いすぎだ…」
ベッドの中で、一人ごちてアスランは微笑んだ。窓から見える空港の管制塔。その向こうで貨物機がフライトしていた。シンも間もなく機上の人になって、カーペンタリアへと行ってしまう。確か今日の午後には向かうと言っていたのを思い出す。
僅かな時間の僅かな逢瀬。そんな時間を作ってくれたのは、シンを愛してくれている皆だ。そして不器用に恋愛するアスランとシンの関係をも愛してくれている。


ドアの向こうで怒りながら、割れたガラスの破片を片付けているらしいシンを、そろそろ助けてやろうかとアスランはベッドから抜け出した。
シンが割ったものはなんだろう。コップだろうか?
足を切っていなければいいと思うが、仮にもザフトレッドだ。ぬかりはないだろう。…いやまて、変なところでドンくさいところがあるから、もしかすると何かやらかしているかもしれない。
ベッドから足を下ろし、大きく伸びをしてから、アスランはリビングへ続くドアを開けた。