あぁまた駄目だったか。
そんなのが、当たり前の感想になりかけてた。
もう、1ヶ月ぐらい、顔も見てない。

いつものように家に帰って、玄関を開けて、アスランさんの靴が無い事にため息。それでもって、絶望的な気持ちでキッチンを見る。
シンクの上に、野ざらしにされたままのお皿にはラップが掛かっている。水を溜めてしょんぼりと垂れたラップに、こっちの気持ちまで沈んでしまう。
落ち込んでるままでもいけないと、せめて水分でも取ろうって、冷蔵庫に手をかける。…けれど、冷蔵庫の中にもラップとタッパーに入ったままのモノがそのまま入っているんだろうなぁって思えば開けたくもなくなって、俺の喉は満たされないまま。

また帰ってきてない。
(最近多くなってきたなー…)
いつも、キッチン見てると悲しくなるな、なんて思って、…でもしょうがないよな。
今、特別に忙しそうだもんな。
ぺたぺたとキッチンを通り過ぎて、俺が今朝出て行った時とは何1つ変わってないリビングを通り過ぎて、自分の部屋に直行。だってどうせリビングにいたってアスランさんの影がちらついて俺はどうにもむなしい気持ちになるけだから。だったら自分の部屋で布団かぶってた方がマシだ。

オーブは、ここ数週間、ちょっと大変な事になっていた。
大規模な国内テロが起きていたからだ。
軍港やターミナルをはじめ、国内いたるところに、武装した軍が配備していて、俺も空港につくと、いつも厳重なチェックを受ける。カーペンタリアから来た飛行機なんだから当然だ。あまりにも頻発するテロにザフトも絡んでいるんじゃないかって思われてる。もちろんそんな事実は無いけれど、ユニウスセブン落下の事件の事もあるから、オーブの人たちが敏感になるのは判ってる。だから俺も大人しくチェックを受け、今回も無事にオーブの家に帰ってこれて良かったと思うぐらいだ。
このままこのテロが拡大すれば、他国からの飛行機も飛ばなくなるかもしれない。…そうしたら、俺はオーブへ入国できなくなる。そんな日がまもなく来るかもしれない。アスランさんたちはそうならないために、今必死だ。外交を閉ざさなければならない程大きな規模のテロが起こる前に。
でも、そう願って必死に動いていたって、世の中巧くいかないのは、俺だってアスランさんだってオーブの偉い人たちだって良く判ってるはずだ。世界って思うように動かない。そんなの嫌って程。

(もしそんな事になったら、俺、この部屋に戻ってこれなくなるから、とりあえず必要なものは持って歩かないとな…)
そんな事を考えながら、ベッドにダイブ。
だってさ。なんかもう…考えるの疲れた。

ゆっくりと目を閉じる。
足先がぴりぴり痛くて、ふくらはぎが重い。あぁ疲れてるなぁって判るけど、…でも寝る前に洗濯物やっておかなくちゃ明日着る服が。
冷蔵庫のモノだって、片付けなくちゃ。せっかく作ったものだけどあのままにしておいたら腐る。…アスランさんがもし帰ってきた時にって作ったけど、帰ってきてないから食べてもらえなかったし、しょうがない。捨てなくちゃ。…生ゴミの日って明日だっけ?今日何曜日…?
洗濯物、片付けしなくちゃ。乾燥機にもかけなくちゃいけないんだから、さっさとやらないと。今日は何時間眠れるんだろう。明日俺だって、大切なミーティングが入ってるし、なんか新しいMSのパーツの受領がどうのっていってたっけなぁ…。あー明日こそオーブに帰ってこれないかも。…その間に空港封鎖されたらどうしよう。…てか、明日の朝、カーペンタリアまでの飛行機飛ぶだろうか。もしかしたら俺、こっちに閉じ込められる可能性だってあるんじゃん…。そういう場合ってどうすればいいんだ…?どうせこっちにいたって、アスランさん忙しいんだから会えなさそうだしな…俺一人でテロ警戒して犯人捕まえてみようかな…。そんな事したらアスランさんは怒るだろうけど。
「…すら、さん…」
名前呼んだって。来ないって。
あの人忙しいんだよ。しばらく帰ってこない。この家に帰ってくるような暇は無いって。…だから御飯つくったって無駄だ。どうせ俺の作るメシなんて、お世辞にも上手くは無いんだ。初心者が作る食事だもん。上手く作れるわけがない。よく失敗するしさ。
…あーもう寝よう、俺。
疲れてるんだろ?眠いんだろ?寝よう。余分な事考えるの、もう疲れるじゃん。どうせ余計に辛くなるだけだし。
…あ、洗濯…。
……まぁ…いいか…。いいよ、服が無ければ買っていけばいい。カーペンタリアの基地にだって、安い服ぐらい売ってるし。なんでも揃うもんなあの基地デカイから。いざとなったら誰かに服借りるとか、赤服だってストック何枚かあったよなぁ…。あ、フェイスバッチ外さないとまた間違って洗濯したら大変だ…。
「…あ…すら…」
ぼそぼそ。
なんか、色々考えてるのに、やっぱり頭の中心にあの人がいるよ。どうしよう。なんで、こんな事大したことじゃないのに。また会えるだろ?戦争になったわけじゃない。敵対してるわけじゃない。するわけない。もう俺はアスランさんと。
だってオーブはアスランさんが居る。ザフトはキラさんが居る。…大丈夫だって、大丈夫。あの2人がまた対立なんてありえない。ラクスクラインもカガリユラアスハだって、そんなのするような人たちじゃないって。
…それでも確証は無いけれど。

「…もう…やだなぁ…」
マイナスな思考ばっかりが浮かぶ。
あー、勘弁してくれ。俺らしくない。
でも…ここにいても会えないんなら。…アスランさん帰ってこないなら、俺、しばらくカーペンタリアに居ようかな…。…や、だから駄目だって。待ってるべきだ、せめて。
会いたい。
会いたいな、アスランさん。
俺の作ったごはん、不味くても「シンの味だ」って食べてよ。
ごはん…食べてほしいなぁ…。
あぁ、疲れた。
もう、寝よ…。


夢をみた。
何故か俺は怒っていて、でもアスランさんはにこにこしていた。
なんで笑ってるのか判らなかった。でもアスランさんは笑っていて、俺はそんなあの人にまた怒っていた。
怒っちゃ駄目だって。
あの人を苦しめちゃ駄目だって。
せっかく微笑んでくれてるのに、なんで怒ってるんだ、俺。
…判ってるのに。それなのに俺は凄く怒っていて、「いい加減にしてくれ!」ってアスランさんに叫びながら、いい加減にするのは俺だ、って。…判ってるのになあ。なんて俺は馬鹿なんだ。


目が醒めても、俺が夢の中で馬鹿を言ってた記憶がおぼろげに残っていて、目覚めは酷く重かった。
…今何時だろう。
カーペンタリアに集合は何時だっけ。
太陽が差し込む部屋で、薄く汗をかきながら起きる。しばらく頭が動かない。口も動かないけど、頭の中は、(ごめんなさい)って気持ちでいっぱい。
夢が続いているんだ。
最低。…やな夢見たな。

ようやく時計の針が目に入って、まだ起きるにはちょっと早い時間だったけれど、このまま寝てもまた悪夢だろうって、起きることにする。
疲れはちっとも取れていなくて、重い足を引きずって、猫背になったままリビングへのドアを開けた。朝日が目に痛い。目を閉じたままでも、シャワールームまでは記憶で歩ける。もう、目を開けるのもめんどうだ。
「おはようシン」
言われて、思いっきりビクッ、ってなった。
え!?何!?
目を開ければ、キッチンに立っている男のひと。…って、アスランさんだ。
え。嘘、なんで。だって昨日の夜は居なくて…。あれ?夢の中では会ってた。アスランさんに会っていて、怒っていて、ごめんなさいって、あれ?あれがほんとう?
…わけがわからなくなる。
アスランさんはキッチンに立っていて、でもそんな事って珍しい。フライパン持ってるアスランさんの後ろ姿なんて、見たことある人少ないだろう。だって料理なんてほとんどしないって言ってたし、俺だって見るのははじめて…かもしれない。
この人、本当にアスランさん?
わけがわからなくなって、頭がこんがらがった。
けど、アスランさんはフライパンを持ち上げ、片手には卵を3つ持ったまま俺に聞いてくる。
「シン、卵焼きっていうのは砂糖を入れるべきなのか?それともこの出汁っていうのを使えばいいんだろうか?」
「…ど、っちでも…」
「そうか。お前がつくってくれるのは甘くはなかったよな。じゃあこっちで作ってみることにする」
そういって、出汁をとったアスランさんが、溶いた卵にどばどばって入れた。…あ、入れすぎ。

…俺、まだ夢見てる?
昨日の夜、確かに居なかったのに。何で、ここにいる?
しかもさ、アスランさん料理してる。ありえないよ。しかも卵焼きって。…失敗しそう。出汁の量、間違ってるし。火も強火のままだ。

「…夢?」
「何がだ?あ。焦げた」
「焦げたんですか」
「あぁ、焦げた。これはどうすればいいんだろう」
「もう、かき混ぜちゃうとか。スクランブルエッグみたいにして…」
「こう?」
「………いいんじゃないですか」
アスランさんの手元を見れば、随分不慣れな手つきで、大量のたまごがぐちゃぐちゃとかき回されていた。…お世辞にも美味しそうには思えない。
たまごを真剣にかき回すアスランさん。
手元をのぞきこみながら、ちらりとアスランさんの顔を見る。…戦闘中みたいな顔してる。相手たまごですけど。
この人、眉間に皺寄せるの特技だよな。いつもこんな表情してる。たかが卵料理なのになんで格闘してんだか。
「あれ?なんか焦げ臭い…」
「いや、まだそこまで焦げてるわけじゃないぞ、この卵…」
「違いますよ、その卵じゃなくて、あ、オーブンだ!」
「そういえばパンを入れたままだ」
「え!?なんでオーブンにパン入れるんだよ!?」
「…これでやるんじゃなかったか…?」
慌ててオーブンを開ける。もう目なんてとっくに覚めてしまった。
オーブンの中には、黒くなったパンが2枚、かわいそうな姿になっていた。あーあ。
「その棚の上にある、トースターでやらなかったのが敗因です」
「…これじゃ食べれないな」
「てかどうしたらここまで焦げるんだか…」
「駄目だな」
あーあ、って2人して。
でもまぁ、パンはまだストックあるし。米だってあるからなんとでもなる。
卵、もうすぐ出来上がるだろうから、せめてサラダぐらいつけましょうかね。確かレタスはまだあったはず。朝ごはんだし。
「アスランさん、とりあえず卵もうお皿開けちゃって、サラダつくります。レタスとドレッシングとってください」
「シン、ドレッシングいくつかあるぞどれがいい?」
「どれでもいいです」
結局俺が、レタスをちぎってる。アスランさんが作ったのは、こげた卵焼きもどきだけ。
でも、アスランさんが居る。ここに。
「…アスランさん」
「ん?」
名前を呼べば、返事が帰ってくる。
嬉しい。嬉しいけど、ねぇ。どうしよう。
「アスラン、さん」
「シン?」
あぁ、駄目だ。ごめんなさい。
アスランさんに抱きついた。後ろから。
料理中だっていうのに危ない。判ってる。判ってるけどさぁ…!
「アスランさん、アスランさん、」
「シン、」
俺が、名前を呼ぶ。
アスランさんも名前を呼んでくれる。嬉しい。
俺を正面から抱き締める。頭をぎゅっと押されて、俺の顔はアスランさんの肩口に押し付けられて、なんか大きな子供みたいだ。ごめん。

「シンが作ってくれてあった豆の料理な。さっき食べさせてもらった」
「…あれ…1週間前につくったやつ…」
「美味しかったぞ?シンの味がした」
「……1週間も放っといたのに…旨いわけないじゃんッ…」
「それでも捨てるなんて出来ないだろう」
よしよしって言いそうなほど、アスランさんは俺を撫でる。
「寂しかったのか。寂しかったよな。ごめんな」
聞こえる声。くそ、俺ホントにこれじゃ子供!
そうだよ、寂しかったんだよ、会いたかったんだよ、それだけだったんだ!
「悪いですかッ!」
「悪くはないさ、嬉しいよ。ごめんな?ありがとう」
ぎゅっと抱きしめられて、息を吸い込めばアスランさんの匂いで身体の中が満たされた。
触れた胸があたたかい。吐息が髪にかかる。少し前まではとても自然だった当たり前だった喜びが、今はこんなにもじんわり沁みてくる。

アスランさんの身体から、離れたくなくて。
そのままキスをしてもらって、身体を触ってもらって、時間ギリギリまでアスランさんに甘えた。

俺が作って置いておいた御飯は。
アスランさん全部食べてしまったみたいで。絶対におなか壊すだろうから、胃薬買ってくるよ。
おなか壊したら、家で療養かな。そうなったら、俺が面倒みるよ。今度は上手くおかゆを作るからな。