一緒に暮らそう-----。 そんな重大な言葉を、ベッドの中で聞いたって、そんなの信用なんか出来るわけじゃないじゃないか。 誰だったか、ベッドの中の愛の言葉は全部嘘だと思えと、どこかの女優が言っていた。…それはその通りだと思う。熱に浮かされた性欲に満ちた時に言われた約束や言葉など、本音のものとは思えない。…本能ではあるのかもしれないが。 「冗談…」 「あいにくと俺は冗談を言うのも聞くのも苦手だ」 「それは知ってるけど、…けど、え?何?」 「だから。俺達が一緒に暮らせばいい」 「ば、馬鹿言うなー!??」 あまりにも何でもないように言うアスランに、シンがぶつんとキレた。 「いいですか、俺はザフトなんですよ?あんたオーブなんですよ?何処に住むっていうんです!?どうやって2人で暮らすっていうんです!?」 「…シン、お前フェイスだよな」 「そんなの、アンタが一番良く知ってるじゃないですか。フェイスですよ。これでもね」 「フェイス権限、使えばいいんだ。所属は今何処だ?」 「宇宙です。ゴンドワナ配属。一応。ころころ変わりますけど配属なんて」 「なら、まず転属希望を出す」 「は!?」 「そうだな。オーブに一番近いザフト軍施設はカーペンタリアだったよな」 「………あんたね、何考えて…、」 「転属希望、出来るだろ?」 「そりゃ、ええと、出来るけど!今、地上の方が情勢が不安定だし。俺も地上に行こうと思ってたトコだし。…まぁ出来ない事もないと思ってましたけど…はっ?」 「オーブからカーペンタリアまでは、定期便でだいたい2時間程度か。…ふむ」 「ふむ、じゃないだろ!おいっ!!」 アスランザラ。 通常のコーディネーターよりも、かなり良い頭脳と容姿を持って生まれたわけだが、その脳は今、フル回転しながらも、空回転していた。 「オーブの空港近くに家を建てて…。俺も行政府までは車でもいけるし。確かオーブからカーペンタリアには軍の定期便が出ていたから、それに乗せてもらうようにすればいい。なんなら自家用ジェットを買って…」 「ちょっと。ねえ、ちょっと!馬鹿言ってないでくださいよ」 「出来なくないな。うん。そうしよう。シン。どうだ、一緒に暮らさないか----?」 自己完結し、あろうことか、キラキラ星が飛びそうな程、自分のアイデアに酔っているアスランザラを止める方法は、シンの膝蹴りだけだった。 *** 「…で?シンはそこでOK出しちゃったんだ」 カフェオレを、ちうー、と吸いながらシンを上目遣いで見るのは、現在、シンの上官であるキラヤマトだ。白いザフトの軍服もいつの間にか着こなして様になっている。連合オーブザフトと全ての軍をわたり歩いた最高のコーディネーターは、現在楽しげにティータイム中だ。…というのも、話があるとキラの自室に訪れたシンを、「じゃ、お茶でも飲みながら話をしようか」とラウンジに連れ出した。 シンは、目の前に置かれたメロンソーダフロートのストローを、アイスクリームにざくざくと刺した。キラが、シンはこれが好きだったよね、と勝手に頼んだものだ。本当はコーヒーが飲みたかったのに、と言っても、上官には逆らえない。 「シン、飲まないんだ?」 「飲みません。…飲んでくださいよ、これ」 「いいの?ありがとう」 にこーっと微笑みつつ、シンのメロンソーダフロートを手前に引き寄せ、溶けかけたアイスクリームにスプーンを突き刺す。 男にしてはずいぶん小さな口を大きく開けてフロートを食べる上官に、自然とため息が洩れた。 「で、つまりシンは、カーペンタリアに転属希望、と。うん、いいよ。じゃ早速書類そろえておくけど、たまにはプラントにも帰ってきてね?」 「…はぁ…」 やはり、止めてもらえなかった---。 キラが、「駄目だよ、シンは僕と一緒にゴンドワナの守りを固めてくれなくちゃ」と言ってくれれば、アスランに「無理でした」という報告も出来たものを。キラに引き止めてもらえれば、さすがのアスランも諦めるだろうと思っていた。このアスランザラという色んな意味でスゴイ男を止める事を出来るのは、キラヤマト一人だけだと思っていたのに。シンのはかない希望はキラの笑顔によって粉々に砕けた。 その目線も受け止めて、キラは悪気も無いような顔で、にこりと微笑む。 「止めてほしかった?」 「そりゃ、止めてもらえたら、そんな馬鹿な事しなくて済むんで」 「アスラン喜びそうじゃない。一緒に暮らすだなんて」 「そうですか?」 あーん、と音がしそうな程、楽しそうに口の中に消えていくフロート。いつの間にか、半分以上を食べ終えている。 「だって、君達が”家”を持てるだなんて、久しぶりでしょう?」 言われて。あ、と声が出た。 父親と母親を失ったアスランと。 父と母と妹を失ったシンと。 家族全てを亡くしてからは、ずっと1人だった。軍艦に乗る事で、1人の寂しさは半減できたけれど、帰る家などない。 シンは、ずっと兵士宿舎を渡り歩いていたし、ミネルバ所属の時は、レイがルームメイトだった。今は1人部屋を分け与えられているが、食堂やシャワールームは共同で、常に顔の判る誰かが側に居た。 「…家…」 「うん。よかったね」 メロンフロートを食べきったキラが、にこりと微笑んで言う。 「書類は明日には出来上がるようにするからね。また新しい住所決まったら教えて。アスランにもおめでとうって」 「あ、はい」 椅子を引いて立ち上がったキラにならって、シンも席を立つ。 それじゃあまたねと手を振ってラウンジから出てゆく忙しい上官に、(じゃあお茶なんて誘わなきゃいいのに)と思いつつもアレがあの人の本性でありサボり癖なんだよなぁなんて苦笑が洩れる。 キラの姿が見えなくなるまで、シンはその背中をぼけっと見つめていた。 |