「シンの出勤時間に合わせてカーペンタリアへの便を作らせればいい。いやまてそれよりも全体的に増便させた方が帰りも楽だな。…いやいっそこうなったら、オーブ行政府に許可を得て、専用ジェットを1機定期的に…」 「アンタ、何考えてるんだ」 これ以上、アスランを放っておいたら、何を言い出すか判らない。そう判断したシンは、PC上に写しだされた地図を閉じた。 「あ、こらシン」 「そんなの、後から考えればいい。今は住むトコでしょ?」 地図の代わりに、オーブの賃貸住宅情報サイトを開く。検索の条件に、2K〜3DKと入れて、予算も低めに設定する。希望地区は空港周辺。多少うるさいだろうが、これでも軍人だ。飛行機の離発着音など慣れている。軍の機体ならばもっと酷い音がするし。 「おいまて。なんだ、予算5万円〜って!それじゃまともな物件ないぞ!?」 「空港周辺なんてそんなもんです。騒音酷くて誰も住まないから安い。あ、ほらヒットした。あーやっぱり物件少ないな、12件」 「っていうかだな、シン。俺は家を建てた方がいいと思うんだ。その方が使い勝手が良いし防音だとかお前の希望だとかそういうのも取り入れられるだろ?」 「馬鹿な事言ってますね、アンタは相変らず。俺の希望ってんなら、家にMS格納庫でもつけてくれたら考えます」 「……格納庫か。いいだろう。そうだな、じゃあAAの戦艦ドックと地下通路で繋げて…」 「冗談に決まってるでしょ。あ、この物件なんかいいかも。家賃7万5000円で、2LDK。空港まで車で5分。築浅でマンションの12F、分譲住宅の賃貸。シンプルモダンな作り。いいじゃん」 「シン、おいこら!」 アスランの手が止める前に、シンが、「見学希望」とメールを送信する。ついでとばかりに、もう2,3物件も見繕って送信し、PCの電源を即座に落とした。 「俺はアンタの非現実的な話なんて聞いてられないからな」 「俺のどこが非現実的なんだ!家を建てるのも効率と安全を考えたらだな!」 「その金はどっから出てくると思ってんだ!」 「給料からに決まってるだろ!!」 「んな無駄遣いしていいと思ってんのか!!」 「どこが無駄遣いだ!手間と労力と安全を考えたら当然だ!」 怒鳴りあった言葉は、売り言葉に買い言葉のようで、シンもアスランも顔を突き合わせて怒鳴りあった。 まるでミネルバに居た頃のようだ。ここ最近では言い合いと言っても小規模なもので、怒鳴りあった記憶は無い。…が、シンの怒りっぽさと、アスランの少々過保護的な思考回路は健在だった。 今まで2人で話をしていてまともに纏まったためしがない。そう簡単にキャンキャン言い合っていた2人の仲が代わるわけではなかった。 シンとアスランが2人で暮らす---。 世間一般で言う、同棲にあたるわけだが、彼らがこの同棲を決めた直接的な原因は、ホテル代節約というなんとも情けない理由だった。それがきっかけとなったといえばそれまでだが、他国に住んでいる者同士であり、しかも他軍である2人が、1つ屋根の下で暮らす事の難しさを痛感したのは、2人暮らしを始めようと決めたすぐ後だった。 まず、住むところでこうして揉めている。シンの配属をカーペンタリアに変えた事で、オーブに住む事は何とか了承されたものの、アスランは家を建てようなどといい、シンは賃貸マンションで充分だという。 そもそも、アスランは、良家の生まれであり、父親がプラント最高評議会の議員である。暗殺の危険にもさらされていた人物というだけあって、ザラ家のセキュリティは完璧だった。それゆえに、プラントの一等地の広大な敷地内に、万全のボディガードとセキュリティを備えて暮らしていたのだ。軍に入ってからは、軍そのものがアスランの身を守った。というよりも軍隊で鍛えられ守られる必要が無い程に強くなった。一方のシンは、幼い頃、オーブに移住してきた両親には大金などなく、一家が身を寄せ合って過ごした頃がある。父親の仕事が軌道に乗ってからは、それなりに一軒家にも住んだが、標準的な一般家庭と言っていい。 金に関する一般的な金銭感覚が2人の溝なのだ。 「見学に行くのは2人で行ったほうがいいかな。アスランさん、次の休みはいつです」 「…ええと。順調に取れれば23日だ。なぁ、シン。やっぱり家を建てよう」 「却下です。金持ちの意見は聞けません」 「シン!」 一緒に住むのはやぶさかではない。シンとて、嬉しい事だ。 キラに言われた、「久しぶりに家を持ててよかったね」という言葉を言われた後に、じわじわと家を持つんだという実感がわいてきた。 ただの同棲で、決して家族になるわけではないが、しかし帰れる「家」があることと、待ってくれる「人」が居るようになるんだと考えれば、こそばゆいような嬉しいようなむずがゆいような。奇妙な感覚がシンの胸を暖かくした。 しかも相手は、アスランザラで。ずっと抱き続けていた恋心が叶った相手であり、元上司であり、ライバルであり。そんなものを乗り越え、そして今は国境やら軍やら地球と宇宙やら、色々乗り越えて、2人ぐらしになるのだ。嬉しくないわけはない。 けれど、だからといって、アスランの”普通”に、あわせるのはゴメンだ。 シンが嬉しいといえば、アスランは喜ぶだろう。けれどアスランにこれ以上馬鹿な事を言い出させない為にも、幸せな顔はぎゅっと我慢する。 この男は、先ほどから、家を建てるだとか、空港近辺を買い取るだとか、シンの通勤用にカーペンタリアまでの路線を増やすなどと、おおよそ一般的ではない事をぽんぽんと言うのだ。 戦争が終ってからというもの、なるべくアスランを怒らないように勤めているシンも、これには参った。しかも彼は本気なのだ。至極真面目な顔でそうしようと提案してくる。 いい加減、この不毛なやり取りを終らせたくて、シンは机をバン、と叩いた。立ち上がって、アスランの顔をにらみつける。 「そりゃ、あんたはこの金持ちオーブの、さらにてっぺんに立つような高給取りでしょうけどね、家ぐらい建てられちゃうのかもしれませんけどね、たかが俺と暮らすためだけに、家建てるなんておかしいでしょ!」 いつまでそんな同棲生活が続くかどうかも判らないのに、と言おうとして、シンはギリギリで口を噤んだ。それを言ったら自分が悲しくなると判っていたからだ。 一息に言い切って、いい加減にしてくださいと啖呵を切って顔を背けた。 アスランからの口での反撃を予測して身を硬くしたが、アスランは何も言わず、目を見開いてシンを見つめ、しばらくしてから異様に低い声で吐き出す。 「…たかが…?」 「は?」 「シンと暮らす事を、たかが…だと?」 「……え?」 アスランの表情が徐々に怒りに満ちていく。シンはそれを見つめてしまい、本能的恐怖を感じて、自然と足を後ろに引こうとしたが、パソコンデスクが邪魔して下がる事が出来ない。 アスランは一歩踏み出した。デスクに手を付き、シンを胸の中に閉じ込める。 「たかが、じゃない。俺は本気だ」 「……ちょ、何、っ…」 「お前と暮らせる事を本気で考えてる。ずっと住めるように、家を建てるのも本気で…」 「本気って……そんな、現実的じゃないッ!」 シンが怒鳴ったのを、アスランが静かに聞いた。 顔と顔が近い。アスランはシンを見つめているが、シンはアスランの瞳を見る事が出来ない。深い緑色の瞳が、全てを見透かしそうで怖くて。 「何が不満なんだ」 静かな声でアスランに言われて、シンは少し考えた。 「お前と暮らせるのが楽しみだ。違う軍で、違う国で、それでもお前は俺に会いに来てくれる。その負担を少しでも減らしてやりたいし。…いつかお前に召集命令がかかって、前線に呼び戻されるかもしれない。けど、それまでは夢を見たっていいじゃないか」 「あすら…、」 「俺だって、家族が欲しい。もう何年も一人だ」 「アスランさ…、!」 アスランの静かな声での独白に、シンが弾かれたように顔を上げる。途端、唇が落ちてきて、柔らかな、けれど強いキスに眼を閉じた。 さみしい、と声が聞こえた気がした。アスランも、寂しいと。 「……ん…」 徐々に深くなっていく唇。何かが溢れだしそうで、シンはとっさにアスランの服を掴んで縋る。それを薄目で見取って、ゆっくりと唇を離した。キスの代わりといわんばかりに、今度は優しく背を抱きしめる。 「お前がいいなら、家も場所も何でもいい。けど、仮の住処のように思うのは勘弁してくれ」 「……」 そんな風に思ってません、と言おうとし、出来なかった。代わりに言えた言葉は、「ごめんなさい」。 (人の感情なんてすげぇ疎いくせに…) 静かに目を閉じながら、シンはアスランの胸に顔を埋めた。 *** やっぱりというか、あんな雰囲気になったらそりゃそうだよな、とベッドの中でため息をつきながら、ベッドの中に引っ張り込んだPCをぽちぽちと叩いた。 隣では、同じようにまどろみながらも、シンの腰をしっかりと抱くアスランが居る。 メールが1件来ていて、それが先ほど送った賃貸マンションの見学希望返信メールだと知る。 「アスランさん、いつでもいいって。ええと?じゃあ23日?」 「…ん…あぁ」 「俺が行くの駄目だったら、アスランさん一人でも行ってくださいよ。それで契約してきちゃってください」 「ああ…」 眠いのか、中途半端な言葉しか返ってこない。まぁ俺は伝えたし、と、さっそく23日に希望とメールを返信する。 これから忙しくなる。 家を決めたら契約して、それから荷物も運び込まなくては。軍でもカーペンタリアについたら新配属の手続きをしなくちゃならないし、アスカ隊も必要だろうか。いやその辺は戦局を見極めてからにしよう。さっきはアスランの冗談のような計画に反対をしたが、カーペンタリアまでの交通も真剣に考えなくてはいけない。片道2時間かかるのはもう仕方ない事だろうが、空港について待ち時間が2時間、なんて洒落にならない。第一、交通費も馬鹿にならないし、家賃も光熱費も食費もどうやって分けたらいいだろうか。 ぶつぶつと考えながらも、シンはふと思い立った。 「つうかさ、ちょっと俺思ったんだけど」 「ん…?」 「おい。そこは普通に手を回すとこじゃない。もうしない!もうしない!マジで!」 「……判った。判ったよ。…で何が…?」 「そもそも思ったんだけど、ホテル代節約の為に、暮らすんだよな?」 「あぁ、きっかけはそんな事だな」 「…っていってもさ、2人で暮らして家賃約8万で食費光熱費に、通勤費かけたら、今の通り遠距離恋愛していた方が安いぐらいじゃないのか…?」 指を折って金額を数えたシンに、アスランはため息を吐き出した。 「シン。何故それに気づいた…」
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