そういえば。
この家で、セックスするのは初めてじゃないのか…?
言えば、
キスする1秒前に言う台詞じゃないでしょ、とシンが怒った。
初めてなら初めてで、それなりにロマンチックなムードにもなるかと思えばそうでもない。まるで熟年夫婦の慣れた引越し後のようだ。

「ムードない」
「……シン。お前が一番ムードというものに無頓着だろう…」
「アンタだってムードないだろ!フツー、セックスって夜じゃないのかよ!?今3時ですよ!いちごーまるまる!思いっきり昼間でしかもおやつの時間にこんな」
「……仕方ないだろう。やっと余裕が出来たんだから…。っていうかな、お前も誘ってただろ」
「…う」
ベッドの上で、キス間近の至近距離の顔で、何を言い合っているんだとむなしくもなる。しかも時間は真昼間、空は雲1つない晴天で、遊びに行く絶好の日和だ。なのに年頃の軍人男2人、ベッドの上でキスする寸前に、こんな不毛な言い合い。馬鹿にも程がある。



引越当日、アスランが深夜に帰宅すると、シンは床で寝ていた。シンの部屋には家具が何1つ無かったから、このまま此処で眠らせるわけにはいかず、眠るシンを抱きかかえてアスランの部屋へと招いて、同じベッドで眠った。
お互い激務後で疲れてきっていた。シンはすうすうと寝入ってしまってセックスどころではなく。アスランもその日はシャワーだけ浴びてすぐに眠った。
翌日も、2人で居られる僅かな時間なのだからと外出し、ここぞとばかりに家具と生活必需品を買い込んだ。お陰で部屋も入居当初よりは幾分か色がついてきたとシンは満足だが、アスランは、まだ加湿器を買うだの、マイクロユニット専用作業デスクが欲しいだのと喚いていたから、黙らせて帰宅する。部屋での最初の夕食は、結局料理する気力も沸かず、ピザデリバリーになり、それでもせっかくの夕食だと乾杯をした直後、アスランに緊急出動がかかり、2人分のピザはシンがやけっぱちで全て食べて、2人の逢瀬は終わった。
それからも、毎日は無理でも都合がつけば部屋に戻ってくるようにしていたが、2人が会える時間が殆どなかった。アスランが深夜帰宅だったり、シンが早朝勤務だったり、せっかく会えても呼び出しがかかったりと時間が合わず、セックスどころか、顔すらマトモに合わない日々が続き、今日に至る。

引越してから、2週間。
ようやく、2人が顔を合わせたのが今日だ。昨晩、シンが帰ってきた時にはアスランは居なかった。どうやら明け方に帰宅したらしい。
「…朝がえり?」
「嫌な言い方だな…。仕事で徹夜明けといえ。…久しぶりだな、シン」
「うん久しぶり。寝癖すごい。シャワー浴びてくれば?メシ作っとくし。食べられる?」
「……頼む…」
ふらふらと浴室に向かうアスランの背中を見送り、そういえばこうして一緒に食事を取るのが初めてだと気づいた。
(…引っ越して2週間まったく食事も会話もなしってどうなんだよ…)
お互いの時間の合わなさと、多忙さに苦笑が洩れる。

「じゃあ、明日の朝までは時間あるんだ?」
「あぁ。シンは?」
「俺も、かな。朝早いけど」
「…そうか」
2人で昼食を取りながら、時間の確認をする。今は午後3時。明日の朝までたっぷりとは言えないが、自由な時間があるのだ。
なら、…ば。
またいつ出動が掛かるか判らない、そんな状態ならば、今、少しでも会える内に。
けれど、自分からは言い出しにくい。しかも起きたばかりのこんな昼間の状態で。

「なんで俺見てんの?」
「あ、いや」
「顔になんかついてるとか?」
「ついてない」
「何か言いたい事とか?」
「………ある」
「俺も。アンタに言いたい事っていうか、したい事」
「…そうか」

がっついていると思いたければ思ってくれてもいい。こちらは18と20の健全な男性だ。性欲が無い方がおかしい。
簡単なブランチはすぐに胃に収まった。そそくさとキッチンに片付けをし、皿を洗おうとしているシンに我慢出来ずに、後ろから抱きしめた。
「…あ、もう?」
「もうじゃない。やっとだ」
シンの腰に絡みついた腕が、ぎゅ、と強く抱きしめる。きていたシャツの首筋を鼻先で広げ、見えたうなじに吸い付く。白い肌にはあっという間に赤い華が散った。
「…っ…せめて、部屋…!」
シンが言い、アスランもそれには同意で、ぎくしゃくと部屋へ歩く。アスランの部屋の方がベッドが大きい。それだけの理由でアスランの部屋に入り、ベッドの上に押し倒されて、あぁようやくだと思った途端、アスランの台詞は、「そういえばこの家で、セックスするのは初めてじゃないのか…?」という無頓着な言葉で、シンが呆れて怒った。
ひとしきり怒りあった後、押し倒されたままのシンが身体をむずむずと動かした。ため息のように吐き出した息が熱い。

「も、いいからしようよ…」
アスランの首の手をかけ、自分に引き寄せる。
「俺だって、2週間、我慢してたんだ…」
「我慢出来たのか?」
茶々を入れるからシンもむぅと口を膨らまし、文句を言ってやろうとして、けれど、と思いとどまって、自分の表情を意識して、アスランに小さく微笑んで耳元でつぶやいた。
「我慢、出来なかったから、一人でしたよ…」
耳の中に吹き込むような吐息。アスランの背筋に、ぞくりと快楽の信号が流れた。たまらない。こんな、誘うようなシンの行動は。滅多にない行為だからこそ、たまに言われる時の破壊力は抜群だ。
「シ、ン…!」
今度こそ唇を合せた。強く、唇と舌と咥内が全部一緒になるような強いキス。

「ぁっ……」
「我慢もして、一人でして、それで俺を煽って。…覚悟は出来てるよな?シン…」
上から見下ろされるアスランの姿。…シンにとっては見慣れているが、しかし今日は特別だ。
覚悟などとうに出来ている。
けれど、気恥ずかしくて、目線を逸らした。そんな真正面で、欲に潤んだ目で言うのは反則だ。
「明日、出勤できるぐらいでお願いシマス…」
「それは……どうかな…無理かもしれないな」
「え、ちょっ、!」
シンの抗議は聞かない。覚悟が出来ているのは判っている。ここで止められたら、シンこそ苦しいのだということを。
シンの首筋に噛み付くように口付けた。先程つけた赤い痕を上から舌を出してねろりと舐める。ひくりと震えたシンが可愛くてたまらない。思わず何度もなぞって、シンの息を上げていく。
「ん、っ、つ…!」
いつもより感度がいいと思った。
我慢させた所為だろうか。けれど、今までだって2週間程度、会えない事はしょっちゅうだった。下手をすれば、2ヶ月以上会えない事もある。
(新しい部屋だからか…)
そう結論付けて、アスランはシンの下着に手をかけた。
「アスラ、さん…」
ぎゅ、としがみついてくるシンの指。もう我慢出来ないと見上げてくるその目にキスを落とそうとした、
その瞬間。
ぴんぽーーーーーん。
2人の甘い空気を一瞬にしてかき消すような、来客を告げるチャイムが、部屋に響き渡った。
シンとアスランは顔を見合わせた。…嫌な予感しかいない。
いっそ居留守をかましてやろうかと考えたが、来た人物が予想通りの人間ならば、ドアぐらい、ロックしてあっても簡単に入ってきそうだ。
嫌な汗が、シンとアスランの背中を伝った。
どうしよう。どうしよう、どうにかならないのか!?
空回りする2人に、ドアホンから能天気な声が響いていた。

「おめでとー!2人とも!!新居祝いに来てあげたよー!!」