「あ。ヤベッ、キャベツ半玉分も切るつもりなかったのに!どうしよこんな大量に。中華料理屋みてぇ…まぁいいか。冷蔵庫にいれときゃもつだろ」
…とか言っているが、こないだもリズムよく切ってたら調子の乗ってしまって1玉分切って結局半分以上駄目にしただろ、と心の中でツッコミを入れた。
口に出して言わないのは、シンの癇癪が怖いからじゃない。キッチンに立つシンの姿を見ていたいからだ。

まるで新婚のようだ、と思う。
あいにくと俺はまだ結婚してないから、イメージや先入観でしか結婚後の風景というものを想像するしかないけれど、ソファに座る男のために、キッチンに立つ姿は、まさに夫婦のそれだろうと思う。シンとなら結婚してもいい。法律上出来ないが。
まな板に散らばったキャベツの千切り。細身のジーンズと、だぼだぼのTシャツ。
シンは良く俺のシャツを着る。
俺が仕事から戻ってきたとき、シンが着ていたのだ。そのTシャツ俺のじゃないか?と言えば、「…何のプリントもないただの白Tシャツなのに良く判りましたね」とさらりといい、それから「着ちゃ駄目なら着ないけど」と減らず口を言うから、俺は笑顔で「いいさ」と答えるしかなかった。
今日もやはり俺のシャツを着ながら、キッチンに立っている。
包丁さばきがなれないのか、背中を丸めながら不規則な音でとんとんとキャベツを刻む。
左足が痒いのか、裸足の右足で、ぼりぼりと脛の内側を掻く。
「今日のメニューは何にするつもりだったんだ」
「ええと。今替える事にしました。キャベツ切りすぎたから。アンチョビとキャベツを炒めて和えるだけにする」
「…そんなの作れるのか?」
「ただ混ぜて味付けるだけなら。…多分出来る」
「料理本、開けなくていいのか?」
「馬鹿にすんな。あ。キャベツ、半分しか残ってないから、ロールキャベツ出来ないですよ」
……。そんな事言ってはいるが、お前、ロールキャベツなんて作ったことないじゃないか。
俺がそれを好きな事をしっていて、わざと作らないのは何か意図があるのかないのか。

シンの口の悪さは、前よりも巧みになった。手玉にとるような事を言うようにもなった。
まだ出会ったばかりの時、ミネルバでは常に牙をむいていたシン。
当然、一旦喧嘩すれば、言い合いも辛辣なものとなり、常に交戦状態だったが、今のシンはあの時よりも幾分か柔らかくなった。
すぐにキレる事もなくなり、怒鳴る回数も減った。それは今やザフトのフェイスとして、人を引っ張っていかなければならない立場になったからだと思う。それは良い事だ。このまま行けば、シンのとがった部分はかなり丸くなるだろう。
けれど、口は悪くなった。狡猾になった、というのか。
最近よくシンとの口喧嘩に負ける。

「エプロンをしないのか」
「しないですよ。面倒くさい」
した方がいいと思うんだがな…。
今度、買ってきてやろう。シンが嫌がらないような、シンプルで濃色のものを。
「ちょっと、暇なら皿出すとかなんか手伝えって!そこにある白い丸いの。キャベツなんてすぐに火通るんだから!」
言われて、腰を上げた。
読みかけの雑誌をソファに置き、キッチンへと向かう。ええと。白い皿って…どれだ?
ここに引っ越した時、2人で買った生活用品。食器は全部白で揃えたから、全てが白だ。棚をあさって適当に出せば、違うといわれて結局シンが取り出した。シンの手の中のフライパンではキャベツが良い色になってきた。ジュウジュウと香ばしい匂いだ。そこに手づかみでアンチョビの切ったものを加え、漬けてあったオリーブオイルも加える。アンチョビ独特のにおいが広がる。
「や、だからアンタ見てるだけじゃなくて。…あーもう、じゃあ冷蔵庫からスープの道具だしてください!」
「スープ?」
「おかずコレ1つじゃ寂しいでしょ。ええと、コンソメ使うから、わかめとベーコンと卵、とってください」
言われて、あぁそういえばスープにはそういうものが入っていたなと思い出す。
シンに言われたとおりに取り出すと、すでにフライパンの中のおかずは、皿の上に盛られていた。わかめやら卵をシンの傍に置き、俺はその皿を持って、リビングのローテーブルの上に置く。おっと、下にクロスを敷くんだったな。
振り返れば、シンはわかめを水から取り出して、鍋にも火を入れていた。やる事が早い。
「お前は料理の才能があるよな」
「は?…俺、アンタがやらないからやってるだけなのに」
「俺はやらないんじゃない。出来ないんだ」
「料理したことがないの間違いでしょ」
まぁ…そう言われればその通りなんだが…。
「俺だって料理できない。掃除も洗濯も、全然やった事ない。昔は家族がやってくれてたし、軍に入ってからはコインランドリーとか清掃サービスとか食堂とか、そういうのだったから、俺がそういうのやらなくても良かった。そんなのよりも、MSの実施訓練に出なきゃいけなかったし、暇があればとにかく基礎体力作りをしろって教官に口がすっぱくなるまで言われてた」
生活を気遣う必要がなかった。日常に必要最低限な事は誰かがやってくれる。だから、お前はザフト兵士としての仕事を、と。
…そうして育った。シンも、そして俺も。
「まぁ、だから、料理とか味は保障出来ないし。…てか、アンタもちょっとは料理しようって気になれよ!アンタより遅く帰ってくると、いっつもレトルトとか出前とかばっかりだし!」
「あぁ、そうだな。まぁ、…善処する」
「なんだよその、最初からやる気のない言い方」
ぶつぶつと文句を言うシン。
手元にはあっという間にスープらしきものが出来上がっていた。卵を溶きいれて、瞬間を見計らって箸でかき回す。が、タイミングが悪かったらしい。スープが濁る。シンが舌打ちする。
ぶつぶつと文句を言いながらも、シンはいつも料理を作る。
2人分、いつも作っている。
俺が帰れない日も、俺よりも早い出勤時間だった時も、シンは料理をつくった。それは手抜きだったり、米を炊いているだけだったりという時も多々あったけれど、それでもシンは文句を言いながらもつくるんだ。本当は自分だって料理なぞ出来ないくせに。
思わず目を細めてシンの背中を見つめていると、くるりと首だけ振り返って、随分と可愛い目線で俺を見つめてきた。…なんだ?
「家事当番制にする気ある…?」
「当番も何も…。お互い、ここに帰れる時間も日も不定なんだから、やれる方がやればいいだろう」
「ッ…!アンタそう言って、また洗濯も料理も逃げる気だろ!!」
「洗濯ぐらいはするさ。コインランドリーに全部つっこめばいいだけだろう?」
「いや!だから家に洗濯機あんだからソレ使って干すとかしろよ!!」

ぎゃー、とひとしきり怒鳴って頭を抱えるシン。
俺は、何故かそれでも酷く嬉しかった。

そんな文句を言いながらも、判っているんだ。
シンがまた料理を作ってくれる事も、洗濯をしてくれるだろう事も。

「愛しているよ、シン」