「キラさん。なんで貴方が地球にいるんでしょうね?」
「うん?だって僕の実家、オーブだよ?」
「でも貴方は今ザフト軍ですよねぇ?」
「そうだけど。休みだってあるよ?」
「はぁ……」
「シン、そうめんつゆ足りてるか?まだあるぞ」
「あー充分です…」

で、なんでどうして、だからって、この家で、男3人でそうめんなんて食べてるんだろう…。
なんかもう耐え切れなくて、ため息しか出ない。
いつも俺とアスランさんが食卓にしているテーブルは、2人用だから、リビングのローテーブルに3人トライアングルみたいに座って、流しそうめん機を3人で囲っている。
年頃の男3人で、この光景は異様だ。
流しそうめん機が、ういんういんと低い音をたてている。楕円形のドーナツ型プールみたいなやつで、ローテーブルにも載るコンパクトサイズだ。
中でそうめんが回っているけれど、キラさんがどんどん消化していくから、アスランさんはそうめんを入れるのに必死だった。
あー。そうめん流しすぎて水が濁ってきたじゃん…。そろそろ取り替えた方がいいんじゃ。

「こらキラ、お前食べすぎだ!」
「でも…アスランがどんどん流すから。目の前を流れてきたら食べたくなっちゃうじゃない」
「だからって!お前、手元にとったそうめんを口の中に入れてから次を取れ!お前昔から焼肉とかやっても取るだけとって皿をいっぱいにして食べてなかっただろ!まったくそういうのは…」
「アスラン、アスラン、ほらもう無くなっちゃった」
「人の話を聞け、キラ!…あ、シン。お前もキラに取られる前に食べるんだぞ。いいか、この流しそうめん機というのは弱肉強食なんだ」
「……てか、そんな事よりも俺はいつの間にこんなものが家にあったのかが知りたいんですけどね…」

言えば、アスランさんは何事もなく、「キラから引っ越し祝いで貰った」と答えた。
…流しそうめん機が引越し祝い?おかしくないか、それって。
そういえば、宇宙を出てくる時にキラさんから渡された小箱も、引越し祝いだった。
2人であけてみてねと言われたから開けてみたら、中に入っていたのは合鍵用のスペアで。なんでこんなものを?と、アスランさんと首を傾げたけれど、同封されていた小さなメッセージカードには、『僕にも合鍵ちょうだいね』と書かれていて。…うわぁ。この鍵に加工して作って寄越せって事かよと2人で驚きつつも笑った。
残念ながらうちのマンションは電子キーと数字認証が組み込まれていたから、キラさんにはスペアは渡せない。けど、アスランさんいわく、「電子キーぐらいなら、キラにかかれば…」だそうだ。それ以上は怖くて聞いてないから、どうなっちゃうのか判らないけど。つまり何?電子キーでも暗証番号認証でもキラさんなら簡単に解けるって事?…マジ?

この優しい表情のキラヤマトという人が、とんでもない人だと知ったのは、戦後すぐで。
あのフリーダムのパイロットだと知った時のショックも大きくて、そこから彼を受け入れるまでにも時間がかかったけれど、話してみればとても穏やかで優しい人なのだと知った。よく泣くし、ラクス様とはいちゃついてたり、と思ったら俺にもすごい構ってきたりとかして。
アスランさんいわく、「キラは怒らせたら手をつけられない」だそうだけれど。…あぁそれ納得。フリーダムの戦い方とか見てれば判る。俺にも。
まだ生身で怒らせた事はないけど、怒ったらそりゃ…手がつけられなくなりそうな予感はある。なまじ彼に力があるのを知っているから。
あぁそっか。それにプラスして権力もあるんだもんな。そりゃ叶わないかも。こわ。

そんな事を思われているとは露知らず、キラさんはしょうがとネギがたくさん入ったつゆを抱え、そうめんをちろちろと啜り中。
キラさんさ。多分、3人で流しそうめんやるために、この機械、送ったんだろうなぁ…。

「引越し祝い、僕、他にも送ったよ?」
「え?」
そうなの!?聞いてないぞ、俺。
振り返れば、アスランさんの眉間に皺が寄っている。おい。何隠してたんだよ。

「あんな沢山送られたら全部いちいち覚えていられるわけないだろう…。いや、くれたのは嬉しいが、けどな…」
「たこ焼き機、もう使った?」
「たこやきぃ!?」
にっこり微笑むキラさん。たこ焼き機なんてもらってたんですか…。
「うん。他にもね、金魚すくい一式とか、わたあめ作るやつとか、オセロとかジェンガとかウノとか…あとなんだっけ?」
うわっ。全部遊ぶものじゃん!
…てか…それ、3人でやる気なんだろうか。全部小学生ぐらいが楽しんでやるもののような気がしてならないけど。
「だから、今回せっかく休み取れてオーブに来れたからね、アスランとシンと、出来ればカガリもみんなで出来る限り使って遊びたいなーって」
そうめんをちゅるるるると啜りながらそんな会話。
キラさんは、楽しそうに言う。
俺は、そんなに出来るのかな、と思いつつも、自分の夕食用にかろうじて確保したそうめんを啜る。あ、ワサビ入れすぎた。鼻につーんって!

「遊べるだけ遊べばいいさ。カガリはどうだろうな…忙しいだろうから無理かもしれない。丁度決算時期だから、決め事も多いだろ」
「そっか…」
オーブの首長であるカガリユラアスハは、キラさんの双子のお姉さんらしい。そう知ったのも戦後だった。聞いて驚いた。
けれど、2人が仲がいいのは、式典やらなんやらでキラさんがオーブに行くたびに仲よさそうに話している姿を見ているから知っている。
俺がオーブに住むと決めた時も、「カガリにもよろしくね」って言っていた。仲が良いんだ。離れてはいるけれど。…ちょっと羨ましかった。俺にはもう兄弟はいないから。

「あぁそうだキラ。お前がさっき言ったのを全部やるのは無理かもしれないけどな、今のうちにやっておかないといけないものがある」
「…なんかあったっけ?」
アスランさんが箸を丁寧に置いて、すくっと立ち上がり、物置と化していた扉を開けた。中をごそごそと漁り、出てきたのはビニールの袋に入ったままの花火がこっそりと。
「…あぁ!花火送ったね!」
「こんなにたくさんあるからな。俺とシンでやろうと思ったけど、3人でやった方が楽しいだろ?」
「うん、そうだねぇ、あ、ほらパラシュートとか打ち上げ系のものもあるしね、どこか広いところでやろう」
「このへんは空港周辺で開けてるからな。どこでも出来るさ」
キラさんの笑顔は全開になる。
おもちゃを見つけた子供みたいに花火を手にとって楽しげに眺めているから、なんだか俺も楽しくなってきた。


****



ジャワワワワワ、と。派手な音を立てて火花を散らす花火をじっと見ていた。
「シン、見てみろ!」
そしたらちょっと離れたところで、打ち上げる花火にライターで点火しているアスランさん。火はすぐに導火線に着火して、真っ赤な火花が空へ飛んだ。月の輝く暗い夜空に真っ赤な花火が散ってひらく。

「うわ、すげー!真っ赤!なんかセイバーみたいだ!!」
俺が言うと、キラさんが笑った。
キラさんは両手に花火を持っているから、右と左からシャワシャワと綺麗な火が出ている。それは赤になったりピンクになったり黄色になったりと綺麗だ。
「セイバーかぁー。アスラーン、青とか白とかの花火ないのぉー?」
「青と白?…あるかな……。っていうか、それで、フリーダムとか言うつもりか?」
「青だったら、ドラグーンシステムー!なんてね」
「青い花火なんて無茶言うな!!お前、花火振り回す気だろ!」
花火を探すアスランさんが怒って笑う。赤や黄色はともかく、青一色の花火なんてあるのか?
アスランさんはそれでも青っぽい色が出る花火を探していて、キラさんはそれを見ながらも、両手にもった花火を振り回して「キレイー!」なんて言っていて、正直、花火に照らされたキラさんの方が綺麗に見えた。
ザフトの指揮官なんて思えない。もう20歳になるような人だって思えない。戦争で沢山人を殺したようにみえない。キラさんも、アスランさんも。…俺もキレイに見えるかな。
「ほら、シンも!この辺なんか面白いよ?持ってみて?」
「え?ってこれ、打ち上げ…」
「うんうん、やってみようよ!」
キラさんは楽しそうで楽しそうで。なんか子供みたい。
「シンそれはいいから、これなんかどうだ?」
「アスラーン、僕の花火もう無いよー」
「お前は一気に火をつけすぎだ!ほら、シン何やるんだ?まだ沢山あるんだ」
「シンシン、ほら見て!これも綺麗!」
「よーしッ!アスランさん、俺もー!」

なんか2人見てたら面白くって。俺もねずみ花火とか、鉄砲型のパチパチいう花火とか、片っ端からつけて遊ぶ。
今日ぐらい、子供みたいになっていいなら、なっちゃおうか。
いいよ、今日だけは。きっといい。

花火は火薬で、だから匂いが染み付いちゃって火薬臭くなるけど。
それは硝煙の匂いとは全然違っていて、爆発の規模だって段違いで。
おんなじような材料使ってるのに、これはこんなに綺麗。
もったいないよな、こういう花火を沢山沢山つくって火薬をもっと使えばいいのに。そうしたら、きっと人類みんな、綺麗なものを見とれてるだけで幸せになれる。

「シン、シン、まだ花火あるよ!ほら、パラシュートもある」
「あ、いい!!パラシュートってさぁ、地面に落ちる前に捕まえる事出来たら幸せになれるんだよ、昔とおさんが言ってた!」
なつかしい。なつかしい。ずっと前の事を思い出す。
花火したね。家族でしたね。公園に家族みんなで行ってさ、打ち上げとか俺やマユは怖がって出来なくて、とおさんが点火したんだ。でも夜の空に高く高く綺麗にはじけた花火を見てもう1回っておねだりして、結局持ち込んだ花火は全部打ちつくした。
パラシュート、地面に落ちる前に捕まえられたら幸せになれるよってとおさんに言われて、かあさんも隣でにこにこ笑ってたから、俺もマユも必死で掴み取ろうとして、あぁ…あれは捕まえる事、出来たんだっけな。もう覚えてないや。

懐かしい思い出と、花火の煙で、目にちくりと来た痛みは、こらえる事が出来ずにそのままぼろぼろと溢れ出した。
アスランさんがすぐに気がついて、キラさんの前だっていうのに、俺の頬に流れた涙を舐め取って、ぎゅ、と抱きしめてきて。
…なんだよ、違うよ。ちょっと懐かしかっただけ。それだけ。
ねえ、それよりも、アスランさんは昔花火とかしたの?家族でこんな風に花火して、楽しい思い出作ったりしたの?…ちょっと今は聞けないから、今度ゆっくり話をさせて欲しい。
アスランさんの小さい頃ってどんなだったの?キラさんは知ってる?2人でどんな風に遊んでたの。俺は知らないから知りたいよ。聞かせてくれるだけでいい。シアワセでしたか?楽しかったですか?
あぁそうだ。ねえ、今夜は3人で一緒に寝ませんか。色々話をしながら一緒に寝ようよ。昔話をたくさんしてさ。…ね、俺アンタの事、ホントに少ししか知らないから。

「シン!パラシュートしよう!」
キラさんが言い、アスランさんが俺を離して背中を押す。じゃあパラシュート、取った人が一等賞ね、ってキラさん。
一等賞って、意味が判らない。けど、必死になって追いかけて捕まえた。
地面に落ちる前に、全部救い上げた。
きっと俺、このパラシュートを忘れないよ。

沢山あった花火。最後に残ったのは線香花火だった。
けど、最後に線香花火やるの嫌だったから、俺が隠しました。代わりに、こっそり手にもっていた爆竹鳴らして、驚かせておしまいにした。
線香花火は弔いの花火。
だから、これはまた今度にしましょうよ。キラさん、また来てくれるでしょ?また花火出来るでしょ?

終わった花火を水張ったバケツに入れて、火薬臭くなりながら3人で夜道を歩いてマンションへ戻った。
今日は、どの部屋で寝ようかって話をして、結局リビングで3人で布団引いて寝る事になって、そしたら今度は3人の並びはどうしようって話になって、ラチがあかなくて笑った。
いいじゃんどこでも。アミダクジしましょーよ。
なんなら俺ソファでもいいよ、言ったら、それは駄目!と2人とも強く言うから、じゃあ、うん。まぁアミダにしよう。

夏の夜の、生暖かい風。歩くキラさんの身体からもアスランさんの身体からも、硝煙の匂い。
俺からも。
でも誰も傷つけてないよ。誰も不幸になってないよ。
ほら、こんなに幸せ。

布団の位置で揉める2人を追いかける。なんか、後ろから2人にタックルしたい気分。あははは、幸せって変な感触。

俺の右手の中にはパラシュート。
左のポケットの中には線香花火。