もしかしたらこれは吐き気なんじゃないかと思いながら、喉の奥に湧き上がった不快感を耐える。
歯を噛み締めて、唇を戦慄かせて。
けれど、一定のリズムで突き上げられる律動による内臓圧迫が酷い。
ずこ、ずこ、と音がしそうな程、体内の奥深くに打ち付けられている。…それが快感だと思えたのは最初だけだった。今はもう、ただ悲しくて切なくて、けれどこうする事がこの人と一番近くに居られる行為だから、もう仕方なくて受け入れる。

キスはあんなに好きなのに。
精液を吐き出す瞬間も、背中を抱き締められる事もあんなにあんなに好きなのに、いつの間にこの行為はこんなにむなしいものになってしまったんだろうと、シンはぼやけた視界に浮かび上がるアスランの髪色を眺めながら思った。
体内を圧迫される気持ちの悪さは、どんどん酷くなってゆく。

…そりゃ…どうせこの人の全部なんか手に入らないのは判ってたけどさ…。

ならば何故身体を赦したんだと、頭の片隅の一番冷静な部分が、抱かれるシンに問いかけた。
そんなの、仕方なかった。だって、気になった。目で追った。けれど、その先に写るのは、大好きなアスランが悩み苦しむ姿であったり、歌姫と手をつなぐ姿だったり、同僚の女性に囲まれている姿だった。
男の、しかも自分でも自負出来るほど性格が歪んでいる俺が、どうやったらあの中に入れるんだ。無理だ。女性でもない美人でもないあの人以上にMSが上手く扱えるわけでもない。
眼にとまる存在になりたいと思い、気がつけば眼で追っていた。言葉を掛けられて、けれどそれが望んでいた言葉ではなかったから反抗し、口悪く卑下した。…反抗するしかなかった。何も適わないのが悔しかったから、反抗はあまりにもリアリティのある演技になった。いや、本当の気持ちだったのかもしれない。口に出す激情は、まさにアスランに伝えたかった事だった。ただ、その言葉に、「どうせアンタは俺なんか見もしないくせに」と伝えていなかっただけで。

どんどん離れていくと思った。実力も距離も心も何もかもが。
自分は無力だ。
実感する。
数年前、オノゴロで痛烈に感じた事が、今また大きく傷を開く。ぱっくりと開いた傷は、じくじくと痛み出し、最近では耐え難い痛みになった。
セックスの最中、泣いてしまうのはいつもの事で、それをアスランはどう思ったのか。…ただ感極まった姿だと思っているのかもしれない。
「お前はよく泣くな」と言われ、「痛いんですよ」といえば、「嘘だな」と返された。直後、アスランから与えられたのは、優しいキスで、また涙が溢れた。
どうして、そういう風に、時折心を乱すような事をするんだろう。
俺の事なんて、アンタ、何も想ってくれてないのに。

つらい。つらいよ。
もう突き放してくれたらいいのに。
…うそ、突き放さないで。まだ側に居て。まだ居て欲しい。
おねがいどこにもいかないで、おねがいおねがい。

伝えられない言葉は、一層激しく突き入れられた肉棒によって、思考ごと掻き乱された。


キラ、とアスランが呼ぶフリーダムのパイロットを討った直後、何かがはじけて何かが壊れた。腹の底から出てくるのは冷たい笑いで、どれだけ自分が冷たい人間になったのかを思い知った。あの人の大切な人を傷つける事も殺すことも平気になった。だってあのフリーダムは仇だったから。何よりも憎かった。
笑いが一頻り収まった後、冷え切った自分の身体は、今度は表情も固めてしまった。笑おうとして笑えず、怒ろうとしても怒れず。クルーの抱擁、勝ち取った握手。笑ってるのか。…笑ってないだろう。自分は。
遠く、見つめる緑の瞳を、あからさまに感じながら、笑っているつもりで話しをし。…やはり怒った顔をするから、言ってやる。
俺が討たれりゃよかったとでもいいたいんですか、やけっぱちで言った言葉に返ってきたのは、肯定でも否定でもない拳。乾いた音と共に、脚の力がかくんと抜けた。受身も取らずに殴られた所為で、頭の中が揺さぶられたようにぐわんぐわんと木霊する。頬が熱い。痛い。
瞬間、あぁ、終ったんだと思った。

もうこの人は俺を見ない。見るわけない。


吐き気はいよいよ酷いものになってきていた。
このままベッドの上で吐くなんて事だけは避けたい。幾らこの人に見限られても、まだ抱かれている今は、シンアスカで居たい。
どれだけ殴っても、どれだけ酷い事を言っても、言い合っても。なんで身体の関係だけは続いているんだろう。
抱き方が変わってきた。時間を楽しむようなセックスだったのに、今では身体をえぐるようなセックスになった。
お互い交わす言葉も、喘ぐ声も少なくなってしまった。
終った後も、会話もない。なのに、また抱かれる。

なんで。なんで、なんで…?

覆いかぶさるアスランザラという人は、目をぎゅっと閉じ、俺の頭の横に手をついて腰だけ強く強く突き入れる。眼を合せてもらえない。その唇が誰の名前を言っているのかも判らない。ただ、もうその緑は俺を見る事はなく、身体の奥深くに存在だけ遺して消えていく。
残ったのは、アスランの精液と自分の冷たい身体ただ1つだった。

なぁ。あんた、
俺を誰の代わりにしてるの?