なんでこんな事になったんだろう…。 楽しげに話し続けているハイネやルナマリアとは裏腹に、シンの心は深く沈みきっていた。 この場に居る事が、つらい。 早く抜け出したい。 でも、抜け出すことも出来ない。 別に、自分の悪口を言われてるわけでもないし、何かを責められているわけでもないのに、腹の奥に力を入れてないと、涙が零れてしまいそうになる。 いつの間にこんなに弱くなったんだ。 シンは自分に言い聞かせながら、机の下でぐっと拳を握り締めた。 だってしょうがないじゃないか。 本当に今耐えられない時間なんだ。 こんな事なら、耐久マラソンやってたほうがずっとマシだ。 こんなにメンタルにクるような時間、ただの拷問だ。 ミネルバ内、食堂の一角。 なぜMS隊の全員が集まって、ポテチやらチョコ菓子やらのジャンクフードを摘みながらこんな長話。 いつもなら注意するだろう、アスランやレイまでこの輪に居るのだから居た堪れない。 たまにはいいだろう、という寛大な気持ちは、今日に限っては不用だ。 話が始まってから、シンは一言だって口をきいていなかった。 口を開いたら、声と一緒にいろんなものが溢れてしまいそうだ。ぐっとこらえるしかない。 出来るのならばこの場を立ち去ってしまいたい。 トイレに行くだとか、眠くなったかだとか、適当な理由をつけて退席してしまえばいいのに、どうして身体は動かないのだろう。まるで麻痺したようだ。 もう、こんな話をききたくないききたくない! と思っているのに、耳から入ってくるのは、彼や彼女達の会話がダイレクトで飛んでくる。 シンは、出来る限り身体中に力を入れた。身体を少しでも動かしてしまうと、涙腺ギリギリに溜まった涙が零れてしまいそうになる。 赤服の裾をぎゅっと握り締めた手は、テーブルの下。皆には見えないだろう。…見えない事を祈るしかない。こんな姿をまじまじと見られたら、きっとまた色々言われる。それだけは勘弁して欲しい。 苦行の時間を、シンはただ、耐え続けるしかなかった。 それは何気ない会話から始まった。数分前の事である。 *** いつものように、食堂に集まっていた。 MSのパイロットばかりが集まったのは、ちょうど食事の時間が重なったからだ。 決められたパイロット食をつつきながら、1つの机を囲む。 もうすぐ、ミネルバはザフトの基地に入港する。自然と会話は、「入港したら何をするか」という他愛もない話になった。 「外出許可、下りるかな?」 「あるだろう。すぐにとはいけないかもしれないが」 「そもそもあの基地じゃ、外出許可が出たって遊ぶところも娯楽施設もないな。田舎中の田舎だ」 「…そうなの?マズイな、日用品、色々切れそうなのよね…」 「そんなの備品庫から貰ってこればいいじゃないか」 「馬鹿ね、シン。女の子には色々あるのよ」 「へ?」 今、向かっている先は山間部の小さなザフト軍基地だ。山間に忍ぶように作られた基地は、ミネルバが停泊するのがやっとの広さである。 連合との境界に位置している事から、戦闘頻度は高いが、それゆえに小さく機能的に作られた基地だ。当然、娯楽施設や町のようなものはない。 「もし、情勢が悪ければ、休みが出るかどうかも怪しいな」 「最近ずっとオンばっかりね。休む暇もないわ」 「仕方ないだろう。まぁ…戦況が落ち着けば纏まった休みが取れるはずだ」 「…それっていつなんですか、もう」 毒づくルナマリアが不機嫌そうに頬を膨らませて、今日の夕食であるハンバーグにフォークを差込む。女の子にしてはいささか乱暴に口の中に入れられた。ピンクの口紅がもぐもぐと動いた。 そんなルナマリアをちらりと見つつも、シンも野菜ジュースをずずずと啜る。ルナマリアは、どんどん行動が男じみてくるなと思った。 もちろん立ち居振る舞いや見目は女性そのものだが、行動の端々に潔さとか無頓着なところが出てきている。 「シンは?シンだって休み欲しいでしょ?」 「あ?うん。まぁ」 「何その、気のない返事!」 言われて、(別にアスランさんと一緒に居られるなら今のままでいいや)、とシンは胸の中で思う。 ルナマリアの答えに対して明確に答えてやれなかったのは申し訳がないが、外出許可など取れても取れなくてもいい。 どうせ休みがあったとしたって、シンがやることといえば、寝るか、ドライブか、日用品の買出しぐらいだ。 それなら、あのひとが見れる場所にいたいと思う。 なんといっても恋人同士になりかけているのだ。 少なくとも、今のシンとアスランの関係は上司と部下というだけのものではない。 キスはした。 ほとんど一瞬で、キスかどうかも判らないようなものだけれど。 それでも男同士のキスならば、それなりの意味があって当然だろう。 もう少し。 あと少し。 きっと、もうすぐ恋人同士になれると思っている。 告白さえしてしまえば。好きだよと告げてしまえば。きっとそのぐらいのきっかけで恋人になれるだろうとシンは思っていた。 野菜ジュースが底をついた。 ずずず、と音を立てて啜りながら、シンはちらりとアスランを見つめた。 休みがないとボヤくルナマリアの言葉に、苦笑しながら答えている。相変らず大人びた表情だなと思う。 そういうところも好きだ。 もう惚れた弱味というやつかもしれない。 「アスランさんは?アスランさんだってお休み、欲しいですよね?」 「えっ?俺…?」 「そうですよお、アスランさん、働きづめだから。いくら前大戦のスーパーエースって言っても、休みぐらいは欲しいですよね?」 「…ああ、まあそうだが…」 ルナマリアを宥める側にいたアスランは、まさか自分に話を振られるとは思っていなかったらしい。 突然質問を投げかけられて戸惑いつつも口を開いた。 「…あ…まぁ、休みがあるならそれで嬉しいけど。現実的には難しいだろうな。戦況も厳しいことだし」 「…やっぱりアスランさんって、マジメな答えするんですね」 やっぱりね、とルナマリアが呆れたように言い、アスランは苦く笑う。 「一日中寝てたいとか、ごろごろしてたいとか、そういうの無いんですか?」 「…いや、特にそういう事はないんだが…」 そんな事を言われてもそういう答えしか返せないのだから仕方ないと、アスランは誤魔化すように笑った。 普段なら、そこでアスランへの会話は止まる。 どうせ真面目な答えしか帰ってこないなら、つまらないなと切り上げる。 けれど、その日はなぜか、ルナマリアもハイネもアスランに噛み付いた。 「じゃあ、もし休みがあったらアスランさんは何するんです?」 「いや、休暇はしばらく取れないと思うんだが…」 「ですから、もしもですよ、も・し・も」 「答えてやれよアスラン。皆お前のプライベートを知りたいんだってさ」 「ハイネ…」 どうせ遊びの話なのだ。マジメに答えなくても、皆の興味を満たせられればいい。 ハイネはからからと笑いながらアスランの不器用さを煽った。 「じゃあ、ハイネさんなら?」 「俺ェ?俺ならそーだなー。とりあえず寝る、かな?」 「えー!無難過ぎますよォ!」 「何言ってんの。フェイスって疲れるんだぜ?お前らさあ、フェイスである俺達が他のクルーと同じだけの睡眠取れると思ってんのかぁ?」 「え!」 驚いたのはシンだった。 うそ、そうなの!?とハイネの目を覗き込むように見た。 その目とかち合ったハイネは一瞬でシンの思考を理解し、に、と笑った。 「忙しいに決まってんだろ。お前と一緒にすんなよ」 「い、忙しいってどのぐらい…」 「そーだなー。恋人なんか作る暇が無いぐらい」 「……」 ハイネの言葉に、シンはあんぐりと口を開いた。 が、すぐに自分が驚愕の表情をしていると判ったらしく、きゅっと顔を引き締めた。 そうなんですか、と答えてはいるものの、そのシンの表情はうつろだ。 判りやすい。 それは、その場のシンとアスラン以外の全員が思った意見である。 シンとアスランの関係など、とっくに判っていて遊んでいるのだが、当の本人達は思い切り不器用さを発揮していて、未だにくっつこうとしない。 二人がキスをするような仲であることさえ知っている。 シンの視線が、ちらりとアスランを見た。 ハイネは噴出しそうになるのを堪えた。それはルナマリアも同じだったらしい。 「い、忙しいんなら結構じゃないですか!フェイスって高給取りなんでしょ!」 まるで自分のキャラを思い出したかのようにツンケンするシンを、ついにルナマリアが笑った。 「なんだよルナ!」 「…なんでもないわよ、ああ、もうあんたってコは」 子供っぽいわね、と言うルマナリアに、シンはふくれてみせるが、その言葉をもう少し深く理解できれば自分の置かれている立場もわかるものを、シンはまだ気付かない。 ルナマリアの目線が、ハイネをとらえた。 その目がじっと見つめてくるから、ハイネは少し考えてから、に、と笑った。 もう少しからかってやれ、とルナマリアの目が言っている。 「シン、おまえね、フェイスってめっちゃくちゃ忙しいわけよ。だからさ、たとえばお前が寝た後に実はこっそり色々仕事していたりするんだよ、夜なべしてな?」 「…そう、…なんですか…?」 「そうだよ、寝てる時間なんてほどんど無いんだぞ。寝てるように見せてるだけで」 「で、でもハイネもアスランさんも目にクマとか作ったことないじゃないですか!」 「そのぐらいの体調管理は出来るさ。けど忙しさはお前らの比じゃないって。好きな人が居たって、アプローチしてる暇もないんだからな」 「そ…!」 まるで驚愕の事実を知ったかのように、シンが大げさに目を見開いた。 真っ赤な目が精一杯驚いている。どうやら相当本気にしたらしい。 数秒、シンは動きもせずに何事か考えた後に、もう一度、アスランを仰ぎ見た。…本人にしてはこっそりのつもりで。 「…ハイネ。シンをからかうな」 「からかってないだろ?でもまぁ、フェイスはやる事多いってのは確かだよ、うん。だから休みが貰えたら、とにかく寝る。で、普段やり溜めてた人間らしい事をする」 「何それー」 「あるだろ?いろいろと。普段はシャワーしか浴びてないから風呂に1時間浸かってみよう、とか」 ハイネが、何食わぬ顔で話続け、ルナマリアはそれを興味深々と聞く。 レイにいたっては、聞いてはいるものの、優雅に食後のティータイムだ。我関せずとばかりに。 居た堪れないのは、シンとアスランだけ。 「で?アスランさんなら、お休みなら何をするんです?」 「え…?」 話題転換されたと思ったのに。 もう一度、同じ話を振られて、アスランはあからさまに眉をひそめた。 答える立場はが悪い。 これで、休みには仕事の残りをやっている、なんて言った日にはシンはショックを受けて、2度と部屋に遊びにこなくなってしまうかもしれない。 アスランは(しまった…)と内心冷や汗をかいていた。 どこまでも強気だと思っていたシンは、接してみれば案外とナイーブなところがあるのを知ったのは最近だ。 人の言う事を聞かないと思えば、人がいったほんの些細な事に動揺して見せたりする。 忙しいといったら、それを気にしてシンとの時間が取れなくなる方がアスランにとっては問題だ。 シンとキスをするような仲になったのは最近で、けれどそれ以上の進展が無い。 今は大切に時間を過ごしているところだ。 せっかく最近仲が良くなりはじめたのに、また逆戻りになってしまう。 「あんた忙しいんだろ!」そんな一言で片付けられて、相手にもしてもらえなくなりそうだ。 …かといって他に休みの日に何かをするかと言われると、オーブの動向を探ってみたりだとか、AAの行方を見ていたりだとか、そんな事が関の山だ。けれど、そんな風に答えてしまえば、シンの機嫌は確実にすねてしまうだろう。 「…あー…ええと……、そうだな、マイクロユニットの作……」 「ルナマリア。にそんな事を聞くのは失礼だ」 突然、話に割って入ったのはレイだった。今までも空気のような存在だった彼が突然声を出し、皆一斉にレイを振り返る。当の本人は、優雅に紅茶タイムだ。軍用の割れにくいカップで飲む安い紅茶なのに、どうしてかレイが持つと様になっていた。 「プライベートな事は、人によっては答えにくいものだろう」 レイは淡々と答え、ルナマリアはまぁそうだけど、と唇を尖らせた。 「まあ、アスランさんが答えたくないなら、そりゃ無理にとはいいませんけどぉ〜」 「あ、いや…」 「ま、人に言えない事って、沢山ありますもんね。…婚約者がいらっしゃるんだし」 ルナマリアが言った言葉は、ある意味一番の問題だった。 一瞬、食堂の空気が止まる。 アスランとシンにとっては凍りつくような言葉だ。 「ラクス様がいらっしゃいますもんね」 「あ、…いや、それは…」 「そーですよー休みなら会いたいに決まってますよね!ラクス様ってまだ地球にいらっしゃるんですか?アスランさんがその気になれば、セイバーでちょいちょいっと行けちゃいますよね、フェイスなんだし」 「る、ルナマリア…」 「こないだもディオキアでラブラブでしたもんねぇ〜、そりゃもう目も当てられないほどに!」 「あー…いや、……あ…」 「おいおいアスラン、もうそんなに動揺してもしょうがないんじゃないの?」 けらけらと笑ったハイネが、アスランの肩を叩いた。 しかもウインクまでついている。 「アスラさんンとラクス様の婚約って、親同士が決めたんですよね?」 「あ…その…それは」 「いいですよねぇーお互い才色兼備で。子供ってどっちに似るんでしょうね。ピンクと青の髪って事は、子供は紫でしょうねー目は何色かな?その辺、希望通りにいけばいいですよね」 「ルナマリア…」 なんだこれは。どんどん話が進んでいく。 アスランは口を挟むことも訂正も出来なかった。 こんな話、昔誰かとしたことがあるぞ。いやいやあれは本人だ。 あの頃は確かに婚約者という立場だったが、今はあの頃とはいかんせん状況が変わりすぎている。 もう婚約者ではないし、いやそもそもディオキアで会ったのはミーアで、けれど俺からはミーアの事を何も言えないから、そういうことになっているだけであって……あぁ、ルナマリア。君は俺を軽蔑していたんじゃないのか…?ディオキアのホテルであんな事があってから、君の目線と態度が変わったのはよく判っていたつもりだ。…けれど今この怖いまでのツッコミは何なんだ。…これがもしや嫌がらせというやつか?そういえばルナマリア、今、君は妙に嬉しそうだな…。 思わずアスランが遠くを見つめ、いっそこのまま退席したいと思っているにも関わらず、ルナマリアはどんどん話を進めていく。 ハイネがディオキアで何があったんだと聞けば、包み隠さずその通りに話をしてしまった。しかも誤解つきだ。 「…へえーアスランお前やるじゃないのー」 「いえ…あれは違うんだが…そういうんじゃなくて…」 あぁもう逃げ出したい。しかしハイネとルナマリアが隣から、覗き込むようにアスランを見つめている。どうみても席を立てる状況ではない。まるで視姦されているような気分だ。いたたまれない。 場しのぎに、アスランがコーヒーを飲もうとカップを手に取る。あぁこの匂いだけでも幸せを感じられれば。 「まぁ仲イイのは羨ましい限りだよ、そういえばいっつも腕組んで歩いているしな」 「そーですよね、密着率が違いますよねぇーラクス様って、演説してる時と歌ってる時とアスランと居る時と全然違いますもんね、雰囲気が!」 「そりゃそうだろうよ、なんたって婚約者だしな、なあアスラン!あのラクス様を好きに出来るのはお前だけなんだぞ?」 「あ、そっかぁー。だーから、ラクス様、あんなに胸おっきいんですねー」 言われて、おもわずコーヒーカップを落とした。…落としたが、そこにはレイの手があった。こうなることを予測出来ていたらしい。 「な、何を…!!?」 「え?だって事実だろ?」 「いや、ハイネ!!」 「隠す事ないですよ。もう私はショックなんて受けませんよォ?似合ってますよ。アスランとラクス様。妬いちゃうなー」 「ルナマリア!!」 「いいでしょうね、ラクス様。抱きがいあるでしょ?」 にっこりと。…本当ににっこりと微笑まれたその笑顔が、こわい。 ああ、この笑顔には見覚えがある。紫の目をした親友の笑顔だ。重なる。 この笑い方は、無敵の最強の笑顔だ。 ルナマリアはいつの間にそんな技術を身につけたのだろう…。 「そういえば、2年前の戦争の時、ラクス様が連合にさらわれて、それを助けにいったのアスランさんなんですよね。あれ、プラント中に生放送されてたんですよ。知ってます?もう、テレビなんかもちきりで。ヒーローだー、って凄かったんだから。愛の行動!とか。歌姫を救うナイト、とか。…っていっても、軍の機密ってアスランさんの顔は全然出せなかったから、なんか身体だけ映っててマヌケでしたけど」 アスランさんの顔がこんなに良いって判ってたんなら、宣伝のために顔ぐらい出せば良かったのにね、と暢気に言うルナマリアの声に、アスランの肩がどんどん下がってゆく。 しかし、それはシンの比ではなかった。 今にも机に沈みこんでしまいそうだ。 飲みかけの野菜ジュースがシンの手の中で握りつぶされていく。 ルナマリアはちらりとシンを見た。 もう一押しだろうか。 「あんな感じでラブラブだったら、きっとラクス様もアスランさんにぞっこんで惚れちゃうんでしょうねー、お似合いのカップルだわ!ね、シンもそう思うでしょ?」 にこやかに微笑みかけた。 シンに向かって放たれた満面の笑み。 しかし、シンは微動だにしなかった。まったく動かない。 「シーン?」 顔を覗き込む。 まるで石になったかのようなシンの肩に、ルナマリアの手が置かれた…その瞬間。 シンは弾かれたように、顔を上げた。 「えっ?」 けれどそれは、あまりに突然過ぎた。 顔をあげ、目を見開く。けれど、そこにあったシンの顔は、完全な涙目だった。 「シン?」 「うわっ!!!!」 驚いたのはシン本人だ。おそらくさっきまで本気でフリーズした。 苛めすぎたかな、とルナマリアは元より、ハイネも思った。 シンの赤い眼にあふれんばかりに積もった涙が、ほろり、と落ちかけたその瞬間、ついに限界の糸が切れたのか、シンは勢い良く立ち上がると、腕で顔を抑えて食堂を飛び出していく。 けれど、前をむいていないせいで、入口のドアで思い切り額を打った。ゴチン、とけたたましい音。 「シ、シン!」 アスランが慌てて腕を出し、たちあがる。 けれどそれよりも早く、シンが食堂を駆け出して走り去っていくほうが早かった。 アスランが引き寄せられるように、シンの後を追った。 「…ルナマリア」 静かになった食堂の中、レイが飲み終えたカップを置くと、静かに咎めた。 当の本人であるルナマリアは何処吹く風邪だ。もとよりそのつもりだった。 「意外と持ったわね、シン」 残りのお菓子を口の中に入れながら、呟く。 もっと早めに降参するかと思えば、意外と根性を出したじゃない。 ひじをつき、だらしのない格好をしているものの、ハイネとて同じだ。 どうやら、このミネルバ内で、楽しいレクリエーションを見つけてしまったらしい。 あのアスランとシンという、とてつもなく不器用なカップルがうまれようとしているその瞬間にちょっかいを出すという楽しみに。 「あまりシンをいじめないでください」 「そういうレイだって止めなかったじゃない。いいのよ、ああいう子たちには、こーゆースパイスみたいなのが必要なんだから」 「ま、今頃どうなってるのか…気になるんだけどなあ」 「そうですよね、みたいですよね、でも苛めちゃったから、勘弁してあげます」 ははは、と笑ったのはハイネだった。 あのふたりが、あまりにもウブだから、ついからかいたくなった。 「けどな、明日あいつら…ちゃんと仕事できると思うか?」 言ってみたけれど、ルナマリアとレイは、大丈夫だと答える事は出来なかった。 もしかしたら明日あたり、シンは腰をさすりながら仕事をしているかもしれない。 ルナマリアのそんな下世話な問題は、1日後、本当のことになったか、どうか。 |