ベッドから出て行こうとするから、手首を握りしめた。
そのまま引き寄せようとして、その手首の細さの、少年には無い骨格を意識したら手放せなくなった。
「…なに」
「いや、…骨が」
「は…?」
7年前の16の時とは全然違うなと言おうとして、それは失礼な言葉だろうと思いなおしてアスランは口をつぐんだ。
23の男に向かって、16の時より成長したな、…は無いだろう。

「…俺、もう軍人じゃないですから鍛えてないですよ」
「そういうつもりじゃないんだが…」

アスランが言おうとしていた事は、すっかりバレていたらしい。
しかしシンからの言葉は笑いを含んでいる。

「まぁ…7年も会ってなければ、そりゃあ成長したと思ってもらわないと困りますけど」

言って、笑う。その笑顔は見たことがない。
そういえば、7年越しに出会って、彼の事で初めて目にしたものが多い。
笑い顔もそうだが、彼から深いキスをしてくれた事も初めてだった。
ベッドの中でもっともっとと鳴き、飽き足らず、3度目をねだられたのも思えば初めてだった。
あの頃は、セックスといっても一晩で1度か2度が精々で、終わればすぐに部屋に戻っていった。それは軍人であり任務中の戦艦の中ならば当然の節度だが、今はそんな事も心配しなくてもいい立場になったのだとリアルに理解する。

ベッドから降りようとしていたシンは、アスランが引き留めたためか、ベッドの上に上半身を起し、気だるげに髪を掻きあげながらも、出て行く様子はない。
その横顔が、丹精な青年のものになっていると、改めて見つめなおす。

変わった、のだと思う。
まだ戦争の真っ只中に居たあの頃。
上官と部下として過ごしていた時の、いつも怒りに満ちていた紅い眼はもう無い。
聞き分けの無い子供のような仕草や態度も無くなっていた。まるで、歳相応の青年のように見える。
あの戦争のさなかの怒りの瞳は、いくらアスランが覗き込んでも再び見る事は無かった。紅い瞳は今はもう優しさに溢れている。
あどけない表情だった顔つきは、確かに23歳の大人の男の骨格になっていたし、首筋、肩幅、鎖骨へと繋がる筋も、青年男性のそれだ。
昨晩、唇で筋を辿り、耳朶を舐めて、首筋から胸までを指と舌で辿った。7年前に抱いた身体とはまるで違う。
ただ、声だけが同じものだった。
嬌声。ねだる声。喘ぎ声。
最中、快楽に耐え切れず出る甲高い声は、7年前と少しも変わっていなかった。

「変わったなシン」
「アスランさんは変わってないです」
即答で返された。大人の男へと確かにシンは変わったが、それでも軍人のようないかつい身体ではない。やせっぽちだったあの頃よりも骨格が伸びて、大人の顔つきになり、穏やかな表情になっただけだ。様変わりをしたが、シンはシンのままだった。
ミネルバに居た頃、戯れにセックスをした。あわせた身体は、あの頃には無かった誘うような色気を持ち合わせるようになっていた。

偶然、オーブの宇宙港で出会った。
滅多に休みを取らないアスランが、滅多に赴かない軍施設以外の港で、偶然出会った。
パイロットの制服姿で、制帽を目深に被ったシンが、アスランに気づいたのも偶然だった。

最初は懐かしさ。
以前には無い表情に惹かれて、
成長した体躯に目が向いた。

7年ぶりの再会は、あまりに突然で、あまりに短いものだったから、もう一度会いたいと願い、シンからの連絡を待った。
以外にもすぐに連絡が来た時は、心躍った。…もう2度と合えなくなるかもしれないと、そんな予感もしていたが、シンも話がしたいと申し出て、お互いが出会って間もなく。
ベッドに入った。

「…もし、お前に、誰か好いた人が居たのなら」
ふいに切り出したアスランの言葉に、ベッドの縁に腰掛けていたシンは首を廻して振り返る。その紅い眼に一瞬見とれた。
紅い紅い色。

「もし、今付き合っている人が居たのなら、誘って悪かった。…するつもりじゃなかったと言ったら嘘になるが…」
「後悔してるんですか」
「え?」
「俺をまた抱いた事を」

真っ当な顔で、そんな台詞を聞く。
シンが自分にどんな言葉を求めているのか、アスランは迷った。
「そうだ」と言えば彼は悲しい顔をするのだろうか。それとも「後悔などしていない」と言えば嬉しがるのだろうか。いやシンにとって誰かいい人がいるのなら、この抱き合いはただの浮気になる。
返答に悩むアスランに、シンはふっ、と拭き出した。
くくくと背を折って笑う。

「そこで悩むのが変わってませんよね、アスランさん。後悔してるならしてるって言えばいいのに。俺、別にどっちでも構いません」
「いやしかし、」
「俺、今付き合ってる人は居ませんよ。こう見えてパイロットって忙しいんですよ。宇宙と地球の往復ばっかりで時間も取れないし」

ほら、あと5時間で次のフライトですし、とベッド脇に備え付けられた時計を見ながらぼやく。
すでにベッドに入る前に1度セックスをし、眠りについた後、もう一度した。睡眠は充分に取ったが、気だるさが残っている。

「…あと何時間で出社なんだ?」
「ええと。2時間後ぐらいにはココを出ないといけないですね」
「そうか。どうするんだ」
「もう一眠りするか、あー朝食でも取ろうかな…」

黒髪をかきあげて、ベッドの中から再び出て行こうとするシンの腕を、アスランは今度こそ握りしめて引き寄せた。
シンの身体がアスランの上に降って来る。

「もう1回、というのもある」
「…何度目だと思ってるんです?」
「さぁ、何度目だろうな…けどまぁいいじゃないか」
「…アスランさん、変わりましたね…いいじゃないか、なんて言葉、前は使わなかったのに」

腕に引かれ、アスランの膝の上に倒れこんだシンの唇を指がなぞる。
そのアスランの指が、つい、と食われた。シンの咥内に招かれてちゅくちゅくと音を立てて吸われる。

「お前も、変わったよ。…昔は、そんな誘うような事しなかったじゃないか…」

シンからの返事はない。
アスランの爪と皮膚の間に舌を差し入れて唾液を絡め、第一関節の節を歯で甘噛みする。
そんな風に愛撫された事は無かったはずだ。7年前は。

「…変わったんでしょうかね、俺」
指を離し、唾液を飲み込みながら言う。
口が空いたシンに、再び勃起しかけたそれを咥えさせる為にシーツを剥げば、全て判っているとばかりにシンの指が噛み付いて扱き出した。

「俺はちっとも変わってないように思うんですけど、でもこんなに波風立てずに貴方と話が出来るって事は、変わったって事でしょうかね」
「あぁ、そういえばまだ1度も怒ってないな」
「そうですね。怒ってません。怒る気もないです」
「……お前、俺の事をいつも”アンタ”って言ってたんだぞ、覚えているか」
「あぁ、言ってました、言ってました」

ぐちゅぐちゅと扱きながら笑って、そのまま口の中に飲み込んだ。ぬぷっと唾液と混じった音が響き、生暖かい咥内にアスランの腰が震えた。
遊びの言葉はそこまでだった。
咥えたものを指と舌と唇で愛撫しながら、アスランの腰に手を廻し引き寄せる。
アスランも、シンのうなじと額を指先で辿りながら、7年前に見つけた性感帯を刺激した。シンの身体がひくりと震え、突然の快楽に驚いた所為だろう僅かに歯が立てられる。痛いものではない。
如実な反応が返されて、彼の性感帯が変わっていなかった事に嬉しさを覚えた。

瞳を閉じれば、7年前の少年だった彼の姿が瞼の裏に見えた。