「お久しぶりですね、アスランさん」 そう微笑んだ顔は、よく知る16の顔ではなかった。 オーブ本島の宇宙港で、出会ったのは偶然。 数年ぶりだった。あの戦争が終わったのが、彼が16の時であるから、7年経っている今は、23になっているはずだ。 あの頃は、少年というのがふさわしいと思える程の幼さだったが、今この変わり様はなんだろう。 黒髪の紅眼でなければ。 顔立ちにあの頃の面影がなければ。 この人物が、あのシンアスカだという事に気づかないのではないかと、アスランは思った。 「シン?…シンアスカ?」 「ええ、そうですよ。お久しぶりですね」 微笑む笑顔を知らない。こんなに穏やかに微笑むことが出来る人物だったか、シンアスカという人間は。 手を差し出されて、握手だと判る。あぁ、彼はもう軍人ではないのだ。 握り返した手は、温かかった。 *** 宇宙へ上がるために来た宇宙港。 軍務ではなく宇宙へ上がるのは、もしかして生まれて初めてなのかもしれないとアスランは過去を思い起こす。 10年も前の話だが、このオーブが焼かれて宇宙に上がったのが初めてだった。それからユニウスセブンが落ちて自分も地球へと落ちたが、すぐに宇宙へと上がった。必然だった。 あの時はそうしなければならないと思い、宇宙へ出てそしてまた戦争になり。何度も大気圏突入と、大気圏脱出を繰りかえしたが、全てが軍務であったり火急な用件に迫られての選択で、こうして時刻表を眺めながら、シャトルの定刻を待っているなど、まるで暢気な旅行のようで笑いがこみ上げてくる。 …いや、何をおかしなことを言ってるのだろう。これは旅行だろう?自分はプラントへの旅を求めているのだ。 数年前では考えられなかったこと。 地球と宇宙は、今、正常な国交がなされている。 戦争の脅威が完全に取り除かれたわけではないが、それでも旅が出来る程の安全が確保できたのは、オーブ首長であるカガリや、プラントで今も励んでいるであろうラクスやキラや、いや大勢の平和を願う気持ちが叶った形なのだとアスランは信じている。 未だテロも多いが、それでも戦時中に比べれば、出歩くのも危険という程でもない。 機械的なアナウンスが、シャトルの搭乗を案内する。まだ1時間程、時間がある。 (早く着すぎたか…) 時間をつぶそうと、自販機でコーヒーを買い求め、口をつけた瞬間だった。 「アスラン、さん?」 あまりにも久しぶりに聞いた声。 問われて、振り向く。そこには、黒い制服に身を包み、帽子を深く被った姿があった。きっちりと着込まれた黒い制服は、一見ザフトや連合の制服よりもきっちりとしたもので、肩の腕章や白い手袋、脇に持つスーツケースまでもが様になっていた。白いシャツは第一ボタンまではめられている。黒いネクタイもしっかりとした結びだった。 パイロット用の黒い制帽を外せば、黒髪と紅い眼が現れた。そこではじめて、彼がシンアスカである事を知った。 「あぁ、やっぱりアスランさんでしたね」 にこりと微笑み、持っていたスーツケースを床に置く。白い手袋と白い肌の間に、黒い時計がちらりと見えた。 「お久しぶりです」 言われて、握手をし。 「…驚いたな」 「え?」 「民間のシャトルのパイロットか」 アスランがシンの姿をまじまじと見つめながら言う。シンは肩をすくめる事で答えた。 「ザフトを辞めたというのは聞いていたけど」 「今はただの定期便のシャトルパイロットですよ。時々軍の用事でも雇われたりしますけどね、民間企業ですから」 「そうか…」 握りしめた手を離し、改めて彼を見れば、随分と彼が様変わりした事が判った。 声が少し低くなった。 背が随分伸びた。 顔つきが大人びたそれになっていた。 「…変わったな…」 「そうですか?見てくれだけですよ」 それでも、アスランとの身長差が埋らない。アスランとて25歳の男としては平均以上の身長になったし、体つきも軍人のものになったとは思うが、シンは違う。確かに身長も伸びた。肩幅も広がったと思うし、足の長さも少年だった頃とは違う。顔つきとて、23だといわれれば確かにそう見えるような大人びたものになった。何もかも変わったように見えても、それでも彼は「シンアスカ」だった。 表情も顔つきも何もかもが違っていても、それでも。 「今、時間は?話は出来るか?」 「ええと…15分程度でしたら。次のシャトル出発まで少しだけ」 「大丈夫なのか?」 「えぇ、余裕は持たせて行動してますから。…まぁ、副機長は待たせます」 再びスーツケースを取り上げたシンに、コーヒーをもう1つ買って、アスランは近場のラウンジに着席した。 7年ぶりに出会った少年の成長が、どうにもくすぐったく感じていた。 「じゃあ3年ぶりの纏まった休みなんですね」 「あぁ。キラに会うのも2年ぶりぐらいで…あいつもラクスもずっとプラントだよ」 「はは、それじゃ会えないですね。簡単には。プラントとオーブの国交が正常化されたっていっても、アスランさんの立場じゃ難しいでしょうしね」 タバコを吸ってもいいですかと言いだしたのはシンだった。 吸うようになったのかと聞こうとして辞めた。 タバコを取り出す指の動きも、安物のライターで火をつける様も見つめていた。かっちりとしたパイロットの制服に、安いライターが妙に不釣合いだった。 紫煙を吐き出しながら、シンは穏やかに笑う。そこに以前のむき出しの感情は無かった。 「…変わったな…」 つい言葉に出してしまい、聞いていたシンが振り向く。 「…あー…よく言われます」 苦く笑いながら、短くなったタバコを灰皿に押し付け捨てる。外した白手袋と、ライターとタバコを取り上げて胸のポケットに仕舞った。 「誰から言われるんだ?」 「ヨウランとかヴィーノとか。…あ、覚えてます?ミネルバの整備クルーだった…」 「あぁ、覚えているよ。彼らとは今も連絡を?」 「ええ。あいつらも今、俺と同じ航空会社のシャトルメンテクルーなんですよ。だからちょくちょく。良く飲みにいくんですけど」 「そうか」 うっすらとしか顔は浮かばないが、よくシンと共にインパルスの整備をしていたのを思い出す。あぁ、そういえば彼らはセイバーも担当していたか。2,3言葉を交わした事がある。 「相変わらずスゴイ記憶力ですね」 「え?」 「だってもう7年前ですよ。何十人もいたメンテクルーなんてもう覚えてないモンでしょ。俺セイバーの整備していた人間なんてもう覚えてないです。コーディネーターなのにどうにもその辺の記憶力は良くなくて」 さすがアスランさんですね。笑う顔。 …そんな顔は知らなかった。反抗はされても褒められた事など1度もない。…まるでシンアスカではないようなのに、それでも目の前に居るのは7年の時を経たかの少年の姿だ。 「もしかして俺の事も忘れちゃってるんじゃないかって思ってたんですけど」 声をかけて振り向いてくれなかったら、どうしようかと思った、と。笑うシン。…そんな馬鹿な。 「忘れるわけ、ないだろう」 思いの他、低い声だった。 忘れるわけがない。…ほんの数回でも、共に寝た事のあるこのシンアスカを。あの戦争時に誰よりも何よりも、行く末を心配していたこの男を、忘れるわけがない。 アスランの真摯な言葉を真正面から受け止めたシンの目に、ほんの僅か、微笑みが浮かんだ。 …相変わらず、直情的な人だ。 残り僅かになった煙草を、すりつぶして、灰皿へと投げ入れる。 「さて…じゃ、俺いきます。ホントにこれ以上待たせたら、副機長に怒られますから」 白手袋を取り出し、手馴れた作業できゅきゅと両手に嵌める。制帽をかぶれば、以前の面影を残した表情が隠れた。 「引き止めて悪かったな」 「いえ?話せて嬉しかったです。なつかしい」 「俺もだ」 「また会えたらいいですけど」 「…お前もプラントへいくんだろう?」 立ち上がり、歩き始めるシンについていきながらアスランは自分が必死で彼を引きとめようとしている事に気がついた。なぜかは自分でも判らなかった。ただ彼とこのまま別れるのが嫌だと思った。このまま判れたら、もう2度と会えなくなる。…そんな予感が確かにする。 「プラントで、会えないか?」 「え?」 それはアスランも思いがけない言葉だった。考える前に口が動いていた。彼の腕を握りしめていた。 「…ええと、いつ?」 「俺も今からプラントだ。アプリリウスだけれど。…2週間は滞在する。けど2週間もキラ達と行動できるわけじゃないだからお前と話が出来るなら!」 「…ああ…ええと、俺もアプリリウスへの便なんですけど、ただアプリリス4です。キラさんたちが居るの、1でしょ?」 「なら近いじゃないか。会えるな」 強制的といっていい程、約束を取り付ける。気がつけばメモを取り出して、アドレスと番号を書いて渡していた。 「俺の電話とアドレスだ。都合がつくなら連絡くれ」 「…あ…っと…えー…はい」 眼をしばたかせ、少しばかり驚いた表情をしつつも、渡された紙を丁寧に折り、胸のポケットに入れた。 「じゃあ連絡します」 「あぁ」 会えるなら、会いたい。 出来るなら、話をしたい。 可能ならば、もっと親しくなりたい。 7年。…あれから7年がたった。 変わったものや無くなったものは幾つもある。失ったもの手に入れたものも多い。 その中で、あの頃になかった笑顔を向けて近づいてきたシンアスカ。 「じゃ俺いきます。コーヒーご馳走様でした」 「いや。…またな」 「はい、また」 小さく微笑んだ笑顔で、背を向け登場口へと歩くシンの背中は、7年前の彼とは少しも似ていなかった。 **** もう2度と会えないかと思っていた。事実あの戦争の終結から7年間、出会う事はなかった。 つい3日前の事だ。オーブの宇宙港で出会ってしまった懐かしい背中。7年もの間で変わっていると思っていたのに、何も変わっていなかった。アスランザラ。 (…顔つきだけじゃねぇの…?) 同じベッドの中で眠っているアスランの頬に手を伸ばし、つい、と触る。反応は無かった。深い眠りに入っているのかもしれない。軍人にあるまじきだ。 薄いシーツはアスランの胸までを覆っていた。 首筋、肩、腕があらわになっている。ベッドサイドの小さな明りだけで、シンはアスランを見つめていた。 7年前と抱き方ちっとも変わっていない。ただスピードがゆっくりになっただけだ。 7年前は酷く性急だった。今は時間が許されているから、戦争ではないから、性欲を吐き出し埋めあうだけのようなセックスはしない。…そう思っていたのに。 (女の人抱く時もこんななのかな…だったら絶対ふられるな、この人…) 決して下手だったり早いというわけではないと思うが、あんな風に抱かれたら、女性は愛されていないんだと思うだろう。 だから、アスランはいつまで経っても特定の人を作らないのだ。 ラクスクラインから離れ、カガリユラアスハにも振られている。 「不器用」 「…なんだと?」 つぶやくように言ったシンの言葉に、アスランの寝ぼけてもいない声が返ってきて、シンはやっぱりかと肩をすくめた。 「狸寝入りが巧くなりましたね」 「お前が起きるからだ」 「俺が起きても寝てたらいいでしょ」 「減らず口は変わってないのか」 「アスランさんの口が悪くなったんです」 なにを、と反抗したアスランが、シンの鼻を掴んだ。 「いひゃい!」 くい、と鼻を持ち上げて、開いた口に、唇を合わせる。口を大きく開けたままのキス。舌はすぐに入り込んできた。 「ん、ふ、…!」 シンが大人しくキスを受け入れたのを確認して鼻を離し、代わり後頭部の髪に手を差し入れ、引き寄せる。 キスは離れない。これ以上近づけない程に近づいて、吐息も唾液も混じる。 「…っは、!」 咥内からねちょねちょと混じる音に耐え切れず、シンが強引にアスランの顔から離れる。 「シン、こら」 濡れた唇から、唾液がつつ、と糸を引いた。 強引なアスランを睨む。 「苦しいんですよ」 「嘘をつけ。この程度で--、」 「う、あ、!」 シンの肩を押し、ベッドへと押し付ける。腰を持ち上げて尻を高く上げ、そこに再度アスランをうちこむまで、あっという間だった。 「あ、…っつ、あ、…ちょっ、無理です、まだ勃ちません、て…」 「…それも嘘だろう?こんな程度でお前が満足などするものか」 「ひ、あ…!」 今夜何度目だろうか。 精液はシンの中に溜まっていて、アスランの侵入が無理な痛みになる事はない。…なる事はないが、苦しいのだ。体の中が何もかもで埋って苦しい。 「…アスラ、…!」 名を呼べば、薄く笑った声がした。 お前にもしも好いた人がいるのなら---、と下手に出たくせに。 この変わりようはなんだ。ベッドの中だけ、こんなに変わるなんて卑怯だ。 ずぐずくと叩き込まれるように奥へと打ちつけられて、溜まらずシーツを掴んで耐えた。前立腺を容赦なく刺激続けるから、飽くことなくドライオーガズムが続いている。射精しない分、疲労は無いがそれでも痛い程に突きつけられる身体と、奥底でひっきりなしに生まれる快感で頭の中はぐちゃぐちゃになっている。 目を開ければ、青い髪が揺れていた。あの頃より、幾分か短めに切りそろえられた髪。首筋に浮かぶ筋、手を押さえ込む手首の太さ。骨のかたち。…唇の色。 本当は、何もかもが違う。 あの頃と、何もかもが。 「アスランさぁ、んっ…!」 獣のように鳴けば、その瞬間にシンの中で生暖かな精液が広がった。 |