手のひらを見れば、血の沁み一つない両手に愕然とする。 この手は、MSで人を殺した手だ。 数え切れないぐらい沢山の、沢山の、人の命を。 怒りに任せて剣を振るい、祖国を守るためだけに戦った人たちさえ切った。 跡形も残らない。宇宙に、海に、死体は彷徨い続けてる。 この手は、シャトルの操縦桿を握る手だ。 人の命を預かって、白い手袋を嵌めて、命を輸送している。 この手はアスランさんの肌を掴む手だ。 あたたかい体温を貰って、あたたかい夢を見て、身体に触れて、そうして快楽さえも貰っている。 この、手は。 *** 「銃撃戦の犯人が死亡した?」 「はい、先ほど頭痛を訴え、手当てのために医務室に連行したところ、隙をつかれナイフで…。申し訳ありませんでした!」 深く頭を下げる兵に、アスランは苦虫をすりつぶしたような表情で顔を伏せた。 また、か。 よほど、口封じが徹底している組織のようだ。 シャトル襲撃犯も全員死亡、先日市街で襲われた時でさえ、ようやく一人を捕らえたものの、取調べでは一向に口を割らず、しかも今の報告によれば、自殺を許してしまった。 まさかこれほどまでに敵の本体が割れないとは思わなかった。 「…アスラン」 「あぁ、大丈夫だ」 キラの執務室はこじんまりとしているが、応接セットも小さいながら準備されている。 そのソファに座り込んで、思わず膝を抱えて考え込んでしまったアスランに、キラの声が降り注ぐ。 ようやく微笑んで顔を上げるが、その顔は苦渋に満ちていた。キラが苦く微笑む。 また大丈夫とばかり言うと、表情が言っているが、もう癖のようなものだ。仕方がない。大丈夫だと言い聞かせた方が自分としても強くなれる気がする。 「シャトルも今回も、手詰まりか」 「そうだね…でもこんな軍基地の近くにまで…」 テロリストの狙いは、はっきりしていた。 市街での攻防は、アスランを明らかに狙った発砲であった事。隣にいたシンには目もくれず、ただアスランを抹殺しようとしていたのだと、テロリストの目的が判った事だけでも収穫だが、ここまで精密に狙われたとなると相手は躍起だ。 そこまでしてアスランを亡き者にしたかったのか。 なんのために。 思い当たる節はいくらでもある。 オーブ軍軍指令を引き受けるアスランザラを狙ってのものか、 かつてのパトリックザラを憎む過激的な旧クライン派のものか。 「すまない、キラ」 「なんでアスランが謝るの。狙われてるのは君だ」 「…あぁ、しかしシンを…彼は一般人なのに、巻き込んでしまった」 市街の銃撃戦で、とっさの判断とはいえ、シンはテロリストを一人射殺している。 軍人でない今、彼が人を殺せばそれは人殺しだ。キラもアスランもそれが判った上で、シンの身を拘束をしている。 軍ホテルに軟禁という緩いものだが、それでもシンを巻き込んでしまった事に変わりは無い。しばらくはシンの身柄は拘束されたままだろう。 「キラ、シンの罪状は」 「僕は望んでないよ、アスラン」 微笑むキラに、アスランの身体から力が抜ける。そう言ってくれるだろうと思ってはいたけれど。 「でも、今シンを外に出すわけにはいかないから。…アスランを庇った事で、今度はシンを狙ってくる可能性がある」 「あぁ、…そうだな…」 思わぬ事態になってしまった。 あのシャトルが狙われなければ、おそらくアスランはオーブに戻り、シンは変わらずシャトルを運行し続け、それぞれの世界に戻っていたはずなのに。 偶然の邂逅か、こうして再びプラントで、奇怪な事件に巻き込まれている。 「考え込まない方がいいよ」 「そうは言ってはいられないだろ」 「そうだけど」 キラの執務室に備え付けられたコーヒーサーバーで、キラがマグカップを2つ用意する。 サーバーのスイッチを入れるだけで、豆も水もセットされるタイプのものなのは、多忙なキラを気遣っての配慮なのだろうか。 いや、この幼馴染は存外面倒くさがりだから、本人の希望なのだろう。 こぽこぽと音を立てるサーバーと、ほのかに香りはじめたコーヒーのにおい。 「なぁ…キラ。本当に俺は狙われているのだろうか」 「…ん?」 ミルクを取り出してマグに並々と注ぎながら、キラはアスランの不意の言葉に振り返った。 「だって君、狙われたでしょ」 「そうだが。…そうだか、それにしては」 シャトルが狙撃されたのは、偶然にしては相手が出来すぎていたし、市街の発砲さえも、テロリストに待ち構えられていたのは確実だ。 しかし、だからといって、それが本当にアスランを狙ったものなのだろうか。 シャトルを狙撃したのならば、乗組員全員の命は失われる。 それは客であっても、パイロットであってもだ。けれど、あの狙撃は明らかにシャトルの破壊を狙ったものではなかった。 遠距離からの射撃に徹底したこと、機体の重要部への被弾は1発も無かったこと。 それらから、想像がつくのは、あのシャトルを運行不能に陥れたかっただけなのかもしれない、という推測だ。 おそらく間違っていないだろうとアスランは確信している。 キラを見上げた。 「たとえば、あのシャトルの中にいた誰かを捕縛したかったという可能性は無いか?」 「…それが、君だったんじゃなくて?」 「俺を捕らえて、テロリストにどんな利点があるんだ。俺は確かにオーブの准将だが、たかが軍の将校を手に入れても引き出せる情報なんてたかが知れてるし、政治影響を及ぼすほどではない。だったらカガリやラクスを狙うほうがよっぽど政治的にもテロリストには利点がある」 「でもあのシャトルの乗客には、目立った資産家も政治家も居なかったんでしょう?」 サーバーにたまったコーヒーを、ミルクの入ったマグに移し、スプーンでかき混ぜれば、柔らかな色味のカフェオレが出来上がる。 もう1つのマグには、砂糖もミルクもないブラックのコーヒーを1つ用意して、アスランの前に置いた。 「ありがとう」 「どういたしまして。…で?じゃあアスランは、彼らテロリストの目的がわかったの?」 「いや…わからないが…他の可能性も考えてる。確率は低いけどな」 アスランの横に腰掛けたキラが、「どんな?」と先を促す。 彼の持つマグに注がれた、柔らかな色のカフェオレから湯気立つ水面を見つめながら、あの襲撃と銃撃戦を思い起こした。 コーヒーを口に含み、事実を整理して推測し、その中から可能性を見出す。 「たとえば、確かに狙われているのは俺だが、それを手引きしているのが、シンである可能性」 キラの表情を見つめながら伝えた。 被害者のふりをして、本当はシンがアスランを狙っているのだと。…そう伝えたのにも関わらず、キラは、長いまつげを伏せたまま、アスランの衝撃的な言葉にも、眉一つ動かさなかった。 「驚かないんだな」 「だって、アスランが言ってるのは、可能性、でしょ。軍人なんだからありえる可能性は全部拾うのは判るよ。僕だってそれを考えた」 「お前が?」 「うん」 「シンが俺を狙っていると?」 「考えたよ」 だって、あのシャトルにアスランが乗る事を知っている人は少ないはずだ。乗客名簿が簡単にテロリストに洩れているはずはないし、アスラン言ってたよね、シャトルに乗る直前にシンと会ったって。話もしたって。だったからシンはあのシャトルにアスランが乗るっていう確実な情報を手に入れる事が出来た。市街で狙われたことだってそうだよね。直前に決めた外出なのに、敵は正確にアスランを狙えた。それはやっぱり情報が洩れていたから。 「アスランもそうやって考えたんでしょ?」 「……あぁ」 透明な紫の目に見つめられて、アスランは唇を噛む。その通りだ。アスランの予測したことは、キラが言ったとおりでもある。 程よい温度に下がったコーヒーの水面が揺れるのを見つめた。 ゆらゆら揺れるのは自分の心のようだ。 シン、テロリスト、狙撃、市街の銃撃戦。 全てが事実なのに、組み合わせようとすると、ゆらゆら揺れてそれ以上を考える事が出来ない。認めたくないからだ。 けれど、それでも確かな事もある。 言葉では現せないようなシンの変化は、アスランも感じている。 7年前のシンアスカと今の彼とはだいぶ印象は変わっているものの、根っこの性根が変わらない事に安堵したのももちろんだが、それでも時折、彼から発せられる気配にドキリとする事もある。 シャトルが狙われたその日、軍ホテルでシンと寝たあの夜だ。 何気なさを装って、風呂に入るのだと、携帯端末を手にシャワーに向かったシンから感じたのは、明らかに緊張と動揺、そして殺気だった。 シャワールームの壁を隔てた向こうからでも確かに感じたあの殺意。 あれが、もしもアスランを狙ったものなのだとしたら。 「アスラン」 カフェオレが少しずつ、キラの唇に吸い込まれていく。 あたたかなミルクが喉を下る。ゆっくりと、キラは口を開いた。 「簡単には決められないでしょう。確かに狙われたのは事実だけれど、僕らが言ってるのは推測だもの」 「…ああ…」 「僕も、シンが退役してからは、彼が何をしていたか知らない。君だって7年もシンの事は知らなかった。僕ら、シンの事、判らない事が多すぎるんだよ」 「…しかし!オレはその可能性を信じたくはない!」 「だから、僕にその推測を言ったの?可能性を否定して欲しかったから?…シンは違うよって、アスランを狙ってるわけじゃないって、僕に救いを求めたかったの?」 「…キラ!」 思わず立ち上がったアスランを、キラが見上げた。 その目が酷く純粋で、アスランはたじろぐ。 罵倒されるより、殴られるよりも、この幼馴染が向ける真っ直ぐな目が何よりも痛いだなんて。 7年経っても、キラは変わらない。態度も性格も、穏やかなふりをして時折酷く冷酷になるところも。 そうして事実は事実と受け止めて、アスランを静かに諌めるのだ。 「だから、今、シンをホテルに監禁してる。シンを守るためって言って本当は閉じ込めてるんだ。でも僕だってシンが首謀者だなんて信じたくはない。もちろん、本当にシンは被害者で、アスランがテロリストに狙われているだけだっていうのなら、シンは目撃者として狙われる事だってあるから、どっちにしても彼を今動かすのは駄目なんだ。…まだしばらくシンはホテルに居てもらわなくちゃならない」 「キラ…」 淡々と吐き出される言葉を聞きながら、その冷酷さと平静に、アスランは鳥肌が立つのを感じていた。 キラとて、シンと同じ軍に所属し、自分の部下でもあったはずだ。それが短い時間だっとしても、キラとシンはそれなりに話もしていたし、仲とて悪くなかったと、先日本人から聞いている。 『やっぱ、キラさんてすごいですね。軍に居た時、一度だけMSのシュミレーションで一緒したことあるんですよ。悔しかったけど凄かった。ホントあれがスーパーコーディネーターってやつなんですね』 あれじゃ勝てないと笑っていたシンを思いだす。 それほど軽口が叩けるほどの仲であったのに、退役した後の彼の行動さえ、キラには予測がつかない? 本当に、何故退役したんだ。 どうして今、シャトルのパイロットなど。 「…キラ。お前本当にシンの退役理由を知らないのか」 「どうして?」 「あいつ、”俺は軍に居ちゃいけないと思ったから、”って言ったんだ」 「…え…?」 その時はじめて、キラの表情が変わった。 目を見開き、零れそうなほど大きな紫の瞳がアスランを見つめる。そうして、(本当に?)と目で訴えるから、頷いた。 静かに紫の目を伏せ、もう中身のないマグの底を見つめて、「そっか…」と、小さく言葉を吐き出す。 「…キラ、お前本当に何も、」 「アスラン」 陶器のマグをテーブルの上に静かに置いて、キラはすくりと立ち上がった。 隣に立ってみれば、意外にも、そう背が変わらないことに気付く。 切なげに伏せられたはずの目が、アスランを正面から見つめた。 「…僕はこれ以上答えられない。これは軍機密でもあるから」 アスランの瞳を見つめ、まっすぐに言葉を伝えたキラは、それ以上もう何も話す事はなかった。 *** ホテルの自室、ベランダに備え付けられた白く塗装された丸テーブルの上には、小さなガラスの灰皿に吸いかけの煙草が1本、空に紫煙を漂わせていた。 テーブルと同じ材質の白いチェアに凭れ掛けながら、シンはプラントに流れる空調を頬に受け、静かに煙草を燻らせていた。 煙草に依存しているわけではない。軍をやめてから止む終えず手を出した煙草は、決して美味しいものではないけれど、この煙が天へとふわふわとのぼっていくのを見るのは好きだ。 肺の中に煙を溜め込めば、心の中のもやもやに、より一層深い霧がかかったようになって、本当は何で悩んでいたのか、判らなくさせてくれる。 それは全て逃げだと判っていても、もう真正面から戦う気にはなれなかった。 軍に戻る事も出来ない今、シンに与えられた力は少ない。 強いMSもなく、拳銃一つさえない。 叫んでも届かず、かといって手を伸ばせば導いてくれる手も無い。 そうして残った身ひとつで、何が出来るというんだろう。 「いっそ、何も無くなればよかったんだけどな…」 短くなってゆく煙を見つめながら思う。 少しの考えごとの時間で、煙草はすぐに根元まで燃え尽きて、僅かな煙も消沈して余韻を残して消える。 そして残るのは、ベランダから見渡せる、プラント内のビルや街灯に灯る、人工灯だけだ。 プラントの中とはいえ、夜ともなれば一斉に家とビルの明かりが灯り、街中が金色に輝く。 管理された穏やかな風が、ベランダで遠くを見つめていたシンの髪をさらさらと攫い、通り過ぎていた。 静かな夜は穏やかに流れる。 安全のためにとシンのために用意されたホテルの部屋は、ザフト軍が所有する軍施設のホテルだが、まるで一流ホテルのように豪華なものだった。 事件の重要な当事者として、事情聴取される一方、その身の安全を確保するためだと、キラからホテルの一室での監禁を余儀なくされている。 『ごめんね、君を閉じ込めたいわけじゃないけど』 『いえ。あんな事があれば、こうなるんだろうって判ってます。キラさんの所為じゃないですよ。…それに』 『うん…』 ホテルの部屋の鍵を渡され、外出を禁止されている状態とはいえ、シンに必要なものは全て届く。 ホテルの中さえも自由に動きまわれる上に、欲しいものがあれば何でも言ってとキラは言付けてホテルを後にした。 判ってる。 こうなったのは、自分の所為だということは判っている。 アスランは巻き込まれただけ、だ。 (アスランさん…) 握りしめたこぶしが小さく震えていた。 テーブルに両手を置いて、項垂れても、シンの心の波風は収まる事はなかった。 どうしたら、いいのだろう。 こんな事になって、あの人を巻き込んでしまった。 市街に出れば、襲撃される事など判りきっていた事だ。 「俺は…馬鹿だ…」 呟いた言葉がテーブルに反射して、シンの喉で消える。 「どうした?」 「…アスランさん」 ふいに肩に触れた人の肌のぬくもりに、シンは俯いていた顔を上げた。 見れば、暗がりの中でも眉を寄せて苦渋の顔をするアスランザラが居る。よく見た顔だ。もっともあれは7年も前の話で、貴方の顔はもう少しばかり幼かった。 「…また貴方はそんな顔をして」 「酷い顔でも?」 「フケた顔してます」 「お前だって煙草に手を出してる」 「俺もう軍人じゃないですからね。…アスランさんのその表情の方がずっとまずいですよ」 言えば、困ったように笑う。 そんな表情を、またするようになってしまったんですね、あなたは。 「…寒くないか?中に入れ、シン、風邪をひく」 「ひきませんよ、コーディネーターですよ俺は。…アンタこそ、そんな疲れた顔して、」 「---シン、」 人の事言えないでしょと、笑って腰を上げ、室内へと入っていくシンを追いかけるようにアスランが後に続いた。 そうだよ、アンタは馬鹿だ。 自分の部屋にも戻らずに、ここに来るんだ。 …自分が狙われているのに、それでも人を心配して。 そうして優しい心根ばっかりだから、俺みたいな悪いやつに利用されるんですよ、アスランさん。 口元に嘲笑を浮かべるものの、やがて唇は苦く噛み締められる。 たまらなく苦い思いが胸の奥からふつふつとわきあがって気持ちが悪い。 こんな顔、見せたくは無い。…だから。 「シン?」 「アスランさん、セックスしましょうよ」 「シン、」 「俺から誘ってみてもいいでしょう」 「シン、どうし、」 「いいから、いいから、アスランさん」 振り返り、アスランの胸に額を押し付けて、そのまま体重をかければ、不意の事に対応しきれずに背後のベッドへと背中から倒れこむ。 大きなベッドはアスランを背中から受け止めた。 「アスランさん」 胸の上に乗り上げ、アスランの顔の横に腕を付いて、上から見下ろす。 部屋の中は暗い。外から洩れ入る街の明かりだけが室内をほのかに照らし出す。 「シン、どうしたんだ」 「どうもしません。ヤりたいだけです。アンタだってそういう時、あるでしょ?」 「シン」 口付けようとしたシンの頬をアスランが止める。 こんなシンはおかしい。これほどまでに言葉も交わさずに誘ってくるシンを今まで見たことはない。 シンからセックスに誘ったことが無いわけでなないが、あきらかに普段とは様子が違う。 第一、シンはアスランの目を見ようともしなかった。 「シン-----、」 「うるさいよ、アスラン。黙って俺に抱かれなよ」 「シン」 「アンタは、結局いつだって俺を咎める役だ」 静かな、シンの低い声が響いた。 聞いた事もないような声に、アスランの動きが止まる。 変だ。あきらかに。 アスランと呼び捨てにしてみたり、アンタと言ったり、貴方と言ったり。シンの中で何かが安定してない。 それでも、シンから伝えられる言葉は、まるで16歳の頃の聞き分けのない子供のような台詞で、今のシンの容姿とのギャップにめまいを覚える。 大人の顔をして、大人の行為をしておきながら、伝えられる言葉は子供のようだ。 「…な、ん、…」 俯き黙ったシンの表情を覗き込もうとアスランがひるんだ隙に、まるでぶつけるような口付けが、上から降ってきて驚きに目を見開く。 ねとりと絡んだ唇はすぐに開かれ、性急に舌がアスランの唇を舐める。 はやく口を開けてといわんばかりの行動に押されて、唇を緩めれば、その僅かな隙に捻じ込むようにシンの舌がアスランの歯に当たった。 「…ンッ…!」 驚く程、素早く、まるで吐息全てをむさぼるような口付け。 やめろと咎めたくても、シンの圧倒的な行動に気圧されて、力が入らない。 口付けを仕掛け恍惚な表情をしているくせに、シンの腕はまるで別の生き物のようにするすると移動して、あっという間にアスランの股間にかかる。 服の上からねちねちと揉みしだいて形を確認して、乱暴な愛撫を加えた。 手馴れた動作で、勃起させるのが目的とばかりに絡む指。 こんなシンアスカは知らない。 やめろと叫びたくても、口を塞がれ、押しのけ殴り飛ばそうかと思っても、これはシンだと思えば身体が竦む。 彼のこの行動が、怖いわけではない。やめたいわけでもない。 ただ、シンがしたい事も望む事も、判らないだけだ。 突然、今までになかったような誘い文句を口にし、乱暴とも思える程に押し倒して身体をむさぼるのはまるで野生の獣のようだ。 オーブの白い軍服に手をかけ、片手で器用にボタンを外す。 アスランの唇から抗議の声が出掛かって、けれどそれもシンが唇で塞いだ。 キスをしていれば、声なんて出ない。 驚いて身じろぐアスランの股間に手をかけ、軍服の下を力任せに下ろす。そのまま下着も落として、むず、と掴んだ性器を取り出した。 「…っ、シンッ…!」 アスランの声が上がったのは、シンがキスをやめ、唇を股間へと近づけたからだ。 戸惑う事なく舌を差し出し、ぬちゃりと絡んで、ずぶぶぶぶと全長を咥内へ収める。 シンの生暖かな口の中に招き入れられて、アスランの股間が鈍く反応を返した。 「シン、お前ッ、」 黒髪に手を入れて、ぐしゃりとかきまわす。 引き剥がそうと力を篭めるが、与えられる快感に流されて本気の力など出ない。 尻を高く上げ、まるでネコのように背中を撓らせて性器にむさぼりつくようなシンの身体を眺めている。…なんて破廉恥な光景だ。 唾液が絡められ、ぬぷぬぷと濡れていく。 垂れた唾液が茂みを濡らし、睾丸を揉んでいたシンの手のひらをも汚す。 白い軍服に落ちた唾液が、濃い沁みを作っていた。 「…っ、あ…、」 股間に集まる快感に、アスランの腰が動く。もはや本能だ。止める事は出来ない。 それを見計らかったかのように、シンが口を離して自分の着衣に手をかける。全裸になったのはすぐだった。 「…シン、」 「俺が上」 「シン、」 有無を言わせずにアスランの股間の上に乗りあげる。暗がりの中でも、シンが勃起しているのはよく判った。まだ何も触れていないはずなのに、完全に勃起したその姿にアスランは驚く。 しなやかな身体が夜闇にうっすらと浮かび上がり、昔と変わらぬ白い肌が青白く見えた。それでも綺麗だとアスランは思った。 *** 「ふ、ぁ、…あ、…あ!」 「…っ、あ、…シン、シンッ…」 ぐちゅ、ぐちゅ、とシンが腰を動かす度に鳴る、肉と肉の合わさる音と水音に紛れるように響く、2人分の呼吸音。時折シンの悲鳴のような嬌声が届く。 いいところに当たれば、喉を退け逸らしたり、アスランの皮膚を爪がひっかいたりと、反応を示すシンを、下から見上げてみていた。 動くのはシンばかりだ。自分が上に乗るといって聞かないから。 シンの激しい動きに翻弄される。まるで自分の身体が濁流に飲まれた木の葉のようだ。なすがまま、与えられる快感のまま、浮き沈みを繰り返して絶頂へと導かれている。 「…アスラ、…アスラ、…、さ、…!」 「シン、」 自分で腰を動かし、望むところに的確に宛てているシンにも、たまらない快感があるのだろうか。首を振って乱れるシンの黒髪。 手を伸ばして、揺れるシンの手を取り、指と指を絡める。すぐに握り返されてきた手には、ありたけの力が篭められていた。 「…ふ、ぁ、あ、…あ!」 繰り返し繰り返し、とすんとすんと、落とされる腰。そのたびにアスランのモノにもかかる圧迫と快感に流されそうになる。 果てて楽になりたい。2度目を望むなら、そのまましてもいい。 今日のシンはどうしてか、こんなにも深く求めてくるから。 「アスランさん、アスランさん、キス、…キスして、…!」 うっすらと目を開けて、アスランを見つめ上半身を倒す。それを笑顔で受け取って、シンの背中と後頭部に手を回して引き寄せた。 結合部がにちゃりと音を立て、強引な形になってシンの眉が寄る。それでもキスをと望むから、繋がったままの姿勢で、横たわるアスランの唇にシンの唇から絡みつく。むさぼるように、唾液と咥内が絡んだ。 「ん、んん!…ん、んふぅ…!」 アスランに抱き締められながら、シンが喘ぐ。 動きを止めたシンの代わりに、アスランが腰を動かして後孔の中を刺激し始める。 ぬちぬちと挿入されながら、腰がうねる。 小刻みな痙攣が続く中で、アスランは一際強く腰を突き入れた。 唇をキスで塞がれたまま、動きを止め、呼吸さえ止めたシンの陰茎から、生暖かな精液がアスランの腹を汚した。 「…っ、アスラ、さ、…もっ、と…」 「今、イっただろ?」 イったばかりで、ぜぇぜぇと喘いでいる状態だというのに、まだやるというのか。無理をするなと意味を篭めて、黒髪を梳いた。シンはふるふると首を振った。子供らしい態度だ。まるで16の頃にもどったかのように。 「アスランさん、まだだ」 「…俺は一度でいいよ」 「じゃあ、俺は2回」 「…強情だ」 「おあいこでしょ」 汗をかきながら、ふ、と笑うシンが愛しくて、アスランはシンの身体を抱き締めた。 …ああいいさ。 お前が望むなら、離してなどやるものか。 今はこんなにもお前だけがいとしくてたまらないのだから。 |