最近、シンが舌打するのが気になった。
口を尖らせて、チッ、という。
それは悪い癖だ。直した方がいい。人前で舌打するなどと、褒められた事ではないし、それがシンの風体をさらに悪くしてしまうと思う。
…シンの「良さ」は、俺が知っているから、問題ないといえば無いが、やはり他人から嫌われているよりも好かれていた方がいいだろう。

「…シン、ちょっと」
「なんでありますか」
あからさまな不機嫌顔。…それも悪い癖だから直させたい。……俺は母親か。
「ちょっと話があるんだが」
「説教なら嫌です」
はっきりモノを言うな。俺がお前を引き止める理由が、全部説教みたいじゃないか。
あながち間違いでは無いから悲しいが。…今度食事でも誘ってみよう。いや、シンが大人しくついてくるかどうか…。

このはねっかえりで短気でどうしようもない甘えたシンアスカという男を好きになったと気づいたのは、つい最近だった。
男を好きになるとは思わなかった。いくら軍隊という、女性が極端に少ない環境にいるといっても、何も男を好きになることはないだろう。ただでさえコーディネーターの出生率は低いのだし。
それでも、気になって、目で追って。彼の存在を感じられる事を嬉しく思うようになってすぐ、それが恋の類のものであると判った。
普段、90%以上の確率で機嫌が悪いか怒っているかのシンだが、ごくまれに楽しげに話しかけてくれる時がある。その笑顔と少しはにかんだ表情が、頭から離れない。一晩中、シンの笑顔が廻っていた事もあった。重症だ。
この想いを迷いもしたが、シンの事を好きなのだと認めてしまえば意外にも晴れ晴れしたもので、まぁこの恋は叶わないだろうと思いながらも、気持ちのままに任せようと決めたのも、意外とすぐだった。
自分でももっと悩むと思っていたんだが。諦めてしまえば決断は早い性格をしていたらしい。俺は。

…どうして俺はこうも叶わない恋ばかりをするんだろう。ラクスクラインしかり、カガリユラアスハしかり。…シンに至っては男だ。2人のように優しい身体もないし、…そもそもシンは、俺の事などやっかいな男としか見ていないだろうに。


「なんですか。説教ならさっさとしてください」
さっきはあんなに説教はいやだと言っておきながら、シンは俺の前に立って、拳を握りしめ僅かに頬を赤らめながら(…何故だ?)、顔を逸らしてそんな事を言う。
相変わらず嫌われているなと自覚して少し寂しくなりながら肩を落とす。シンの目が、言いたい事があるなら早く言え、と言っていた。

「シン、お前舌打するだろう」
「は?」
「舌打。チッ、って唇を鳴らすアレだ」
「……してますかね」
「してる。だから言ってる。あれ直せ」
「………」
言われて、シンは眉をきゅっと寄せた。
心外な事を言われたからだろう。癖というのは自分ではなかなか気づきにくい。
「……直せって言われても。無意識にやってるから無理です」
「いや、少しずつ気にかけていけばいいんだ」
「そんな事、言われても」
珍しく、大人しく俺の話を聞くシンに、俺は(おや?)と思い、どうしようかと悩んだ様子のシンの表情をそっと見た。
顔を横に逸らし、聞こえない音量でぶつぶつ何かを言っている。対処に困っているのか。
その悩んだ表情が可愛いもんだな、と素直に思った。こうして悩んだりしている姿を見ると、歳相応の少年のようで、見ていてとても可愛いと思う。
シンは怒った顔が多いが、仲間内ではよく笑ったりはしゃいだりしているのを時折見る。…けれどそれは俺の前では一気に消えうせるのが寂しいところだ。

「あぁ…そうだな、じゃあ、こうするのはどうだ?まず君が俺に舌打しそうになったとするだろう?そうしたら、俺の顔をじっと見る」
「はぁっ!?」
「……いいから。俺を見ろ。練習だ」
「嫌でアリマスッ!!」
「みろ」
逃げようとするから、腕を掴んで、それから頬を掴んだ。思いの他、頬が熱い。…そんなに怒ってるのか、お前。
強引に目線を合わせて、それから軽く微笑んでやると、頬が尚も熱くなる。そんなに心拍数を上げるなんて。今俺は怒ってないぞ?お前は怒っているのか?
…シン、俺はお前を馬鹿にしてるつもりはないんだが…。

「とにかく。まず相手の目を見るだろう?そうしたら、舌打ちしそうになったら、とにかくまず口を窄める」
「ッ…!」
「で、目を閉じる」
「んなッ!!」
「ほら、言うとおりにしろ」
「いーやーだ−−−ッ!!」
嫌がってシンが暴れる。
が、俺も早々にシンを離す気はない。腕を掴んで、熱くなり続ける頬を、力でもってねじ伏せて、顔を正面に持ってくる。
抵抗しすぎた所為か、力を入れすぎた所為か、シンは目を閉じていた。
「そう、目を閉じて口を窄めて。それから舌打すればいいんだ。そうすれば俺は嫌な気分にならないから」
「……ッ…!!」
シンの力があまりに強くて、これ以上拘束しておくことは不可能だった。手を離せば、あっという間に俺と距離を置いたシンが、恨めしそうにこちらを見ている。
ぜぇぜぇと肩を上下させ、恨みがましく上目遣いで見てくるその表情に、ドキッとした。
「……っ…あんた、なぁッ…!」
「あぁ…すまない。でも俺の話は聞いていたな?じゃあこれから頼むな」

シンの表情を見つめていると、鼓動がドクドクと弾けて止まない。
…まいったな。
体裁が悪くて、それじゃとシンの前から姿を消した。
顔を真っ赤にし、肩を上下させ、俺を見つめてくる紅い眼。…ドクッと胸から生まれた何かが身体を埋め尽くす。
「まいったな…」
シンの頬を掴んだ両手を見つめながら、シンの紅い眼と顔を、思い出してつぶやいた。







一方。
「眼を閉じて口窄めてから、チッって言えって、それじゃあまるで……投げキスじゃねぇか―――ッ!!!」

シンの絶叫がミネルバ内に響き渡ったのは言うまでもない。