「俺、いっつも思うんですけど!!」
ドア1枚隔てた向こうから、シンの吐き出すような罵声が聞こえているにも関わらず、アスランはPCの電子書類にサインをし続けていた。
戦艦ミネルバの、アスランに割り当てられた部屋。
簡素なデスクの上には、やや大ぶりのパソコンが1台の他は、アングラ誌が数冊置かれている程度だ。雑誌の表紙はどれも奇抜なもので、それはオーブ発行のものであったり、大西洋連合発行ものだったりと様々で、それによって内容も大きく異なる。
オーブで新しく作られた催眠作用のある観葉植物だの、連合の新型宇宙MAだのと、それぞれだ。
「ちょっと!聞いてますか!」
「あぁ、聞こえているよ」
「……聞こえ、てるだけじゃダメなんですって!聞けよ、アンタ!」
直後、ゲンッ!と音がしたのは、シンがドアを蹴り飛ばした音だ。
「俺が、こんな状態になってる時に、もしコンディションレッド発令されたらどうするんだって、前にも言いましたよね!?俺!」
「あぁ、そうだな」
「聞いてないだろ!あんたやっぱり!」
「あぁ」
アスランの口調は常に変わらなかった。シンの声はどんどん早口になっていたし、激しい抑揚付で、感情を表すにはこれ以上のものもないだろう。
ドア1つ隔てている所為で、アスランがシンの顔を見ることはなかったが、果たして同じ部屋にいたとしても、アスランはシンを見ただろうか。
ドアを蹴られても罵声を浴びせられてもPCから目を離さないアスランは、ただもくもくとフェイスとしての作業をこなしいていた。山のように来ていたメールも、自分の機体のプログラミングも、常人のそれはとは比べ物にならないスピードで次々と終了させてゆく。もうまもなくPCとの格闘は終わる。それが終わったらアングラ紙でも読みながら、僅かな休憩の時間に入ろうとアスランは決めていた。
何せ、通常業務をこなした上で、この特務隊としての特別業務だ。しかも、仕事をはじめて間もなく予定にない運動まで入ってしまった。ベッドの上での運動は、突然アスランの部屋を訪れてきたシンの所為でだ。
しかもアスランの時間を1時間割いた張本人は、今、トイレルームに篭って悲鳴を上げている。

「ちくしょう、腹いてぇッ…!!」

まぁ、確かに彼の言うとおり、シンが動けないこの状態時にコンディションレッドが発令されたらどうなってしまうんだろうと考えはするが、そんなものをイく直前の思考が全て吹っ飛びそうな時に、冷静に考えていられる訳が無く。
いつも(しまった)と思うのは、シンの中に全てを吐き出して弛緩ている最中で、その時ばかりは後悔をするけれど、それは後悔であって反省ではない。そしてまた次も同じ事を繰り返し、シンはまたトイレでうなる事になる。

「お前は意外とデリケートな身体だったんだな」
「…あんた…ねェッ!」
「ただ中出しして、少し放っておいただけでこれか」
悪びれもなくアスランがいい、シンはさらにキレた。このままトイレから飛び出してアスランを蹴り飛ばしてやりたいが、しかしこの腹の痛さは替えがたい。
いつもこうして後悔するのに、どうして最中はあんなにも何も考える事が出来ずに受け入れてしまうのか。
やはりシンも後悔はしても、反省は出来ないでいた。

「あんたの所為だろ?!!」
「あぁ、そうだな俺の所為だな」
相も変わらず、のんびりとしたいつもの口調で返されて、シンは再び声を荒げた。
「あんたがね、我慢出来ないからなんだよ!!」
「そうだな。お前が苦しんでいるのは俺のモノの所為だ。中で出してくれと言ったのはシンだがな」

まるで何事でもないように、さらりとアスランはいい、最後のメールに返信を済ませ、データをリンクさせてPCの電源を落とした。
アスランはようやくアングラ紙に手を伸ばしながら、常備されているミネラルウォーターを取り出した。
今回取り寄せたアングラ紙は中々興味深い事ばかり書かれている。…どれも信憑性にかけるものばかりだが、やはり紙面でこうして写真を見るのはいい。
トイレの中からはアスランが優雅に読書に入っている間も、悲鳴まがいの罵声が聞こえてきていたが、それもやがて、痛みに耐え切れなくなったのか、言い返す言葉を失ったのか、徐々に静かになっていった。
これでやっと休憩出来るとアスランは椅子のリクライニングを倒した。

一方。
恋人であり上司である彼に、またしても言葉でもセックスでも勝つことが出来なかったシンは、トイレの中で一人、音も立てず泣くしか無かった。