そういう感覚は、ふいに、ぐわーっとやってきて、あっという間に身体の中をいっぱいにして満たして、口とか、胸とか、なんかもう色んなところからあふれ出しそうになるんだ。


「シン、何?」
「…え?あ、いや…」
通路の真ん中でイキナリ立ち止まったから、ルナが不審がって振り返る。
「どうしたのよ。やっとミーティング終わったっていうのに」
「うん…あぁ、…まぁ、そうなんだけどさ」
口を濁して言うと、ルナマリアは、「おかしなシン」と溜息まじりに言って、先にスタスタと歩いて行ってしまった。
俺はちょっと助かった、なんて思いながら、通路の壁に背中をくっつけて、ゆっくりと息を吐き出した。…誰も居なくて一安心。
気を抜くと、顔が真っ赤になったのが判った。

何があったのか、って、なんて事はない。
ただ、「そういう」気持ちになっただけだ。

…どうしようもない。そういう気持ちってのは、クるんだ。だから困る。
…男ってみんなこうなんだろうか?俺だけなのかな。レイにはこんな事聞けないから、凄く困る。誰に聞いても馬鹿にされそうだ。ヨウランやヴィーノなんか、指さして笑いそうだから、絶対言わない。

「シン?何をしてるんだ?」
言われて、ビクッ!と竦む。…アスランさんだった。

「ミーティング終わったのに、お前は何をしてるんだ。今からオフじゃないのか」
「そ、そうでありますけどね、いや別に俺は何も、…てか、なんでここに居るんだあんた!」
「は…?…何だ?お前変だぞ?」
「変じゃないです、俺は正常です」
「…どう見ても変だろ…」
眉間に皺をぐぐぐぐっと寄せて首を傾げるアスランさんに、なんて人の気も知らないで、って俺は髪を逆立てる。
誰の所為で変になったと思ってるんだ!
噛み付きたいけれど、思いとどまる。
「…シン、おまえ」
「いいから放っておいてくださいよ!」
話をしているだけなのに、息がぜぇぜぇと上がる。…なんだ、これじゃあ俺、やっぱり変だ。これじゃ変質者じゃないか。
「……。まぁとにかく休めるうちに休めよ?いつ次の出撃あるか判らない身なんだからな俺達は」
「そんなの判ってますよ!」
判りきった事を言って、アスランさんは背中を向けた。あ、いっちゃう、と思ったけれど、あの人はフェイスでむちゃくちゃ忙しい人だから引き止められない。
いくら俺が、アスランさんの恋人だって言っても、あの人はプライベートと仕事はきっちり分けるから、オンの時に、いちゃいちゃしてられない。それは判ってる。てか、でも、俺、今凄い状態になってるんですけどっ。


アスランさんが好きだ。
好きだ。好きで好きでどうしようもなくて、だから恋人同士になれて嬉しくて。たまんなく嬉しくて。アスランさんと一緒に居られるのは凄く幸せだった。だから俺が思いあまってこんな風になるのって仕方ない事なのかなって思う。今だって去っていく背中にどれだけ俺が抱きつきたいか、アンタ判ってる?俺馬鹿みたいにアスランさんの事、好きなんだよ。

「あー…もうちくしょうっ」
レイは部屋に居るかな。居るだろうな…多分寝てる。あいつもうすぐオンだし。
じゃあ部屋に戻るのは辞めようか。…だってなぁ…レイが居るのに俺1人で、ベッドでもぞもぞしてたらいたたまれない。
「どうしよう…」
トイレ?…いや、むなしいって。いつ人が入ってくるのか判らないのに。
てかどうしよう。さっき不意打ちみたいにアスランさん見ちゃったから、俺やっぱりあのひとに触れたいや。キスしたいよ抱きしめたいよ。…で俺の事も抱きしめてよ。うわ、駄目だ、そんな想像してたら余計に俺おかしくなっちゃうじゃん!
「…っ、アスランさんの部屋…行こっかな…」
あそこならアスランさんしか居ないし。今どっか行っちゃったみたいだし。じゃあ俺一人になれる。あそこならシャワーもある。アスランさんのものであふれてる部屋。…あそこがいい。

「っ…キツぅ…」
もう収まりきらなくなって、動かしにくくなった身体を、ぎくしゃくと無理矢理動かす。
赤服の裾が長くなかったら、俺は本当にどうなっていたんだろう。
ずるずると壁伝いに身体を移動させてるだけで、体の中に燻ってる熱い熱が、凄い勢いで全身くまなく広がっていくみたい。…あぁしんどい。

「ちょっと、シン!大丈夫なの?」
「ル、ナ…?」
「顔真っ赤!」
さっき別れたと思ってたのに、駆け寄って俺に触れてくるルナ。
顔を覗き込む。…真っ赤って言われたけど、…そりゃ、当たり前だよ。こんな状態なんだから。

「大丈夫?医務室までいける?」
心配そうにルナは言ってくれるけど、ごめん…。ありがた迷惑…。
「だいじょうぶ、だから。ルナもう行っていいって…」
「何よ、しんどそうじゃない。ほら、捕まって?連れてってあげるから」
「いいって!」
「よくないわよ!」
引き下がらないルナに、思わず腕を払ってしまう。
えっ、って顔してるルナに申し訳ないと思いつつも、ごめん俺今切羽詰ってるから、謝るのははまた今度にして!
これ以上ルナの言葉に構っていられなかった。根性で起き上がって、ドクドク心臓が鳴っているのに、平然とした顔をしたつもりで通路をよたよたと駆ける。
ルナの声が遠くから聞こえたけれどもう聞こえないフリするしかない。ごめんルナ。

勝手知ったる他人の部屋。パスコードを入れてさっさと部屋に入って、ベッドにダイブ。あ…アスランさんの匂いだ…。
身体の中はもう熱くて熱くて、このままここで出しちゃおうかなんて考えながら、でもそれじゃベッドが汚れるって最後の理性。俺必死。

アスランさん、アスランさん。俺、アンタを思うだけでこんなになっちゃうんですよ。もうどうしよう。…こんなのってありえるのかな?…俺、人とは身体のしくみとか、違うのかも。
それとも頭の中が、おかしいのかもしれない。

シャワールームになんとか辿りついて、床にぺたりと座りこんで、手を伸ばしてコックを捻る。温度調節を忘れて、真水がざぁざぁ降り注いで冷たくてたまらないけど、身体の中が熱すぎたからこれでちょっと冷めるかもしれない。
あぁ…やっと、これ、出せる…。
そうして扱いてみれば、驚くほど早くイってしまった上に、1回程度じゃ全然収まらなくて、ちょっと…さすがに自分に呆れた。
ほんと…いくらなんでも、俺、…これは酷いんじゃないか…?
頭の中にあの人を思い浮かべて、擦り上げて射精しながら、なんでこんなにイっちゃうんだろうって冷静に考えてみる。
ようやく、「そういう気持ち」が治まったのは、随分と長い時間シャワーを浴び続けて身体がふにゃふにゃになった頃だった。



それが若さと「恋」の所為だと教えてもらうのは、ずっと先の事だったけれど。