アスランさん、今日はキス100回していいです。 言われて、噴いた。 噴き出したコーヒーが、無重力のMSハンガー内にふよふよと浮かぶ。…あぁ。まあいい、どうせエアダクトに吸い込まれていくだろう。放っておこう。…で、なんだって? シンから言われた一言は、随分と破壊力のある言葉だった。 キス。キスか。 で、なんでキスなんだ? 考えるものの、シンの言葉の意味が掴めない。こいつは時々びっくりするような事を突然言ったり、思いもがけない事をしてみせたりする。 『キス100回』の言葉の、5分前。 セイバーの調整を行っていた俺に、シンはコーヒー片手にやってきた。話かければいいのに、外壁をこんこんと叩いたシンの映像は、モニタに大きく映し出されていた。だらしなく広げられた服の隙間から、鎖骨が見えていた。なんとなく、開けたなくないなと思いつつ、そんな意地悪をしてやる事もなく、コックピットを開けてやる。 シンは両手に1つずつコップを持っていた。ストローがささった無重力飲食用の。そのうちの1つを差し出して、どうぞ、と言う。…それがシンからの差し入れだと気づくのに時間がかかった。シンがそんな事をするなんて、滅多にない。 「ありがとう」 そう言う以外に、何も言えなかった。こんな些細な事が感無量だ。 シンとは、別段仲が悪かったけれど、それでもお互い身体を合わせて、時折「すきです」と言ってくれるような仲にはなった。けれどシンの気性ゆえか、俺の性格の所為なのか。衝突が激しくて、喧嘩ばかりをする。戦闘中でも喧嘩するぐらいだ。年がら年中喧嘩ばかりしているといっても過言ではないかもしれない。 けれど、逆に、喧嘩をしていない時は、それなりに雰囲気は良いのだ。よくシンは俺の部屋に来ていたし、たまにかわいい事を言ったりする。…そう今、こうしてコーヒーの差し入れをしてきてくれたように。 ミネルバ内での時間は、深夜に設定されていた。 宿直の当番以外は、眠りに入っている。コンディションはグリーンで、安定航行に入っていた。 当番だった俺に、シンはコーヒーを差し入れてくれたのだ。自分はもう休息の時間だというのに。 一口、口に含んで、その温かさに救われる。 ああ、シン。あったかいよ。 ほっと息を吐き出したその瞬間だった。 「アスランさん、今日はキス100回していいです」 シンが持ってきてくれたコーヒーを噴き出してしまったのが、もったいない。 俺のためにわざわざMSハンガーまで持ってきてくれたコーヒー。大切に飲もうと思っていたのに、今ので1/3は零れた。もったいなさすぎる。 …いや、けど、え?なんだって?シン。 キス100回? 驚いて、目を合わせようとしたら、シンは先に目線を逸らしてしまった。…なんなんだ。 ふと気になって時間を見れば、午前0時3分。 10月29日の。ああ、そういう事なのか。 シンの不可解な行動が一気に、すとん、と落ち着く。 シンがくれたプレゼントの第一弾が、このコーヒーだったのか。そして、第2弾が、本当に狙いのプレゼント。 「キス100回が、シンから俺への、誕生日プレゼントなのか」 「そうです」 そっぽを向いて答えるシン。 あぁ、そうだな。ミネルバは今作戦行動中で、そう簡単に買い物なんで出られるわけじゃない。 俺も仕事三昧で、誕生日だからといって休んでいる状態でもないから、2人きりで部屋で過ごす…なとどいう事も出来ない。 シンは、シンなりに考えたんだろう。 プレゼントを買うなどという事も出来ず、それでも何か贈れるもの、と。 そして出た答えが、1日でキス100回。 お前なりに考えてくれたんだろう。 あぁ、そうだな。キスか。悪くないな。 「100回か」 「100回です。それ以上は駄目です」 それ以上は駄目といっても、100回といえば結構な数字だ。 たとえば、今すぐに1回キスをしたとしても、あと99回。明日の午前0時までキスが可能だとするならば、1時間に4回はキスが出来る。…それはなかなかの数字じゃないか? 「…さっそくしても?」 「いいですよ。俺はいいって言ったんで」 「けど、皆見てるぞ?」 「いいです」 ここはMSハンガーで、当然の事ながら整備班、パイロット、入り混じっている。深夜という事もあり、幾分か人数は少ないが。 「このミネルバの中だったら、どこでキスしてもいいです。今100回しちゃうのもアリです。でもそのかわり、今日、アスランさんにプレゼントを渡す人は、俺以外は、1人も居ないですよ」 「それは何故」 「俺が、アスランさんにプレゼントは渡しちゃ駄目っていいました。ついでに言うと、みんなには、”見てみぬふりをしろ”、とも言いました」 「…成程」 シンからのプレゼントは、キス100回。 皆は、そのプレゼントの邪魔をしない、というプレゼントか。 思わず笑ってしまうと、シンは「やっぱり笑われると思った」と、憮然とした表情。 だってな?お前。…もう開き直ったのか?俺達の関係が皆にバレているって。 「俺だって馬鹿じゃないです。バレてるのだって判ってます。でも俺、そういうのおおっぴらにするのは御免なんです」 シンが身体をくっつけて来ながら言った。 ああそうだな。お前は馬鹿じゃない。馬鹿じゃなくて、とてつもなく可愛いんだ。 持っていたコーヒーから手を離し、セイバーのコックピット内で泳がせる。ついでに、ずっと手に持っていたファイルも宙に投げて、両手が開いたところで、シンの腰を引き寄せた。 ふわりとシンの身体がコックピット内に浮かぶ。赤服の裾がひらひらと舞っていた。 「じゃあ、早速1回だな」 「どうぞ」 静かにゆっくりと目を閉じたシンの顔を、間近で見つめて微笑んでから、その唇に吸い付いた。 ゆっくりと触れて、それから唇の端から端までを合わせるように触れる。唇をついばめば、シンもそれに合わせて返してきた。 肩を握っていたシンの手が、きゅっと服を掴む。もう片手は、セイバーの上部モニターにつっぱっている。身体が流れないように固定して、唇も合わせる。 舌を絡めない、唇だけを堪能するようなキス。 まずは1回目。 「…ふぁ…」 唇を離し、唾液の乗った箇所を指で擦る。シンはゆっくりと目をあけた。真っ赤な目が見えて、そこにもキスをしたくなる。 さあシン。あと99回キスをしようか。結構数があるからな。さっさとやらないと99回も終わらない。 キスは唇だけじゃないよな?頬も耳もうなじも。…どこでも1回は1回だ。 「あ、アスランさん、唇1回離したら、カウントしますからね?唇の痕に瞼に行ったら2回ですから、ね?」 「シン、それはセコくないか?すぐ終わってしまう」 瞼に唇が触れる瞬間、そんな事を言うから、思わず触れそうになった唇を離した。 シンの顔を覗き込めば、悪戯を思い立ったような少年の笑み。 「……だったら、唇を離さないでキスしたら、いいですよ…」 首筋に腕を回して、きゅっと抱きしめながら囁いた言葉は、官能を直撃した。 普段、人目を気にするシンを好きに出来るこの優越感は、少し癖になりそうだった。 |