末端神経というものは、最も感覚が鋭くなる人間の部位だ。
手の先、爪などはその最たるもので、ちょっとした切り傷でも痛いように、わずかな刺激にも敏感になってしまう、人間独自のもので。
時折それは耐え難い刺激となる。

足の先から聞こえる、ちゃぶちゃぷという音を聞かなければ済むという問題でもないな、とアスランは音がする度に眉を顰め耐えていた。

ねっとりとした舌が、アスランの右足親指に絡みつく。爪のきわを舌先が辿り、唾液を送り込むように足の指先に塗りこめられる。指先に止まりきらなかった唾液が、足の裏を伝い踵からシーツに零れ落ちていく。それさえも気に留めず、シンの生暖かい舌がアスランの親指そのものをぱくりと口に銜え込んだ。
シンの表情は恍惚としたもので、正気とはいえない。まるで夢遊病患者のようだ。自分のしていることを自覚しているのだろうかと考えてみるものの、普段のシンの行動からすれば、こんな奴隷や下級娼婦のような事を平気でやるとは思えなかった。
おそらく、意識など無いのだろう。
無意識にアスランの足を辿り、口に含んでいる。

「んっ……んっ、…ん…!」
まるで飴玉か何かと勘違いしているのかと思う程に、美味しそうに絡みつく舌。
快感がなければ、笑ってやる程の事態だが、しかしこのじわじわとした快感は堪らない。目を細め腹筋に力を入れてみても、末端神経からじりじりと上がり迫る快感の火種はどうにも消えそうになかった。
「……シ…ン、…」
銜え込まれた指先に、舌や唇、唾液が触れる度に、つま先から駆け上がってくる快感の電気信号。それはアスランの長い足を伝い、股間の奥底へ火種としてくすぶり、着実に成長していく。触れられていないのに、徐々に勃起していくモノを見つめた。

つい先ほどまでセックスをしていた。シンの奥深くを貫き、身も世も無い程に悶えたのはお互い様で、明日朝イチから仕事が入っていないのを幸いと、何度も絡み合い縺れ合った。シンからもアスランを求め、アスランも流されるままにシンの身体を貪る。疲れに耐え切れず、シーツに埋まるように身体を投げ出したのは、つい先ほどの事だ。
(これは、ハメを外しすぎたか…)
疲れの所為か倒れこむように眠りに入ろうとしていたシンの頭を引き寄せ、まだ早鐘をうつ自分の胸の中に抱き込む。
まるで子供を抱きしめるかのように、シンの髪を撫で慈しむ。
ようやく平常の心拍数に戻った身体は、やはり疲れを訴えていて、急激な眠気がアスランを襲った。
好きなだけセックスをして、好きなだけシンを独占して。そしてようやく満たされた安堵に、眠気は幸せな甘い誘いだった。
まどろみはじめたアスランの胸の中で、シンがもぞっと動いた。
とっくに眠っているとばかり思っていたシンが、もぞもぞっと動き、アスランの腕の中から抜け出す。
「シン…?」
アスランが耳元で囁くも、シンはふらふらと身体を動かし、もぞもぞもぞと芋虫のようにずるずると移動する。やがて、徐々にベッドの下方へ降りていったシンが、ふいに手を伸ばしてアスランの足に触れ、右足を持ち上げた。
「シン、シン?」
問うものの答えはなく、大事そうに足を抱え込むと、そのまま指先に唇を寄せた。驚いたのはアスランだ。飛び起きた。疲労も眠気も吹き飛ぶような出来事。
「シ、んッ…!ッ、……!、お前何して…ッ] シンは、うっとりとした動作でありながらも、アスランの足から唇を離さない。セックスの前にシャワーは浴びたが、しかしこんなところを舐めるなどと、普通ではない。シンは眠っているのか。夢遊病のように意識もなく身体が動いているのか、それとも泥酔した時のように本能で行動しているのか。

「おい、こら、そろそろやめろ、…ッ」
びちゃびちゃと音だけがアスランの聴覚を占めていた。
唇が巧みに足先や指の股に絡む。目を閉じ、あえて快感に流されないようにと意識を拡散させる。そうしなければ、じわじわと伝わってくるもどかしいような感覚に流されてしまいそうだ。
それでも、行為をやめないシンを咎めようと目を開けば、膝まずいて奉仕するシンの顔があり、舐める度にしなる背中のラインがアスランを誘っているように見えてたまらない。
あれだけセックスをした後だというのに、身体は忠実に本能に従っている。
「…っ…シンッ…」

---耐え切れなくなってしまう。
敏感な部分を執拗に舐めねぶられ続け、徐々に快楽の波を溜まってゆく。
じわじわと、しかし確実に溜まってゆくのは、理性を焼ききる快楽か。
いずれにしろ、このままでは再び彼を組み敷き、その熱い中で腰を振る自分は目に見えていた。
(それはさすがに勘弁したいな…)
これ以上はシンの負担になる。幾ら明日朝の用事は無いとはいえ、MSのパイロットの体調は常に万全にしておくべきだ。

背を折り、両手を沿え、アスランの足の指を舐めるシンの瞳は閉じられている。
先ほどまではうっすらと目を開けていたようだが、今は一心不乱になっているのか、この動作に集中しているようだった。
長いまつげが、いやにアスランの目について、つい見とれてしまう。中性的な顔立ち、まだ幼い少年のような仕草。この細い身体のどこに、あれだけの戦闘をこなす体力があるのか、だとか、あれだけ腰を振ってアスランを求めるセックス狂じみたところがあるのか、と。
そして今、彼がしている行為。

(こんな癖があったのか…?)
親指を銜え込んで、舐めねぶるシンの身体に腕を伸ばしながら、シンの身体が、随分即物的になったものだと感心した。
アスラン自身からは、一度たりとも足の指を舐めろなどと言った事は無いはずだ。
(…それとも物足りないのか…?)
そんなはずはない、とすぐに自分で否定するのは、つい先ほどまでの交わりが、満足していないようには到底見えなかったからだ。
それどころか、いつも以上に乱れてよがり、先を望んだのはシンで、彼を犯しながらも、自分の理性全てを持っていかれるのではないかと思う程、強く激しく抱いた。2人同時にイった時には、シンは失神寸前だったし、アスランとて心拍数が平常に戻るには随分な時間がかかった。
終わってからも、シンに特別変なところは見られなかった。疲れ眠っていると思っていたシンを胸に抱き、普段ならば滅多に触らせないはずの髪を梳いていた。身体を抱き寄せて小さなキスを数え切れない程交わした。
セックス中よりも、ある意味濃厚な愛撫だが、シンが嫌がっているようにも拒んでいるようにも見えなかったはずだ。そしていつの間にかシンの身体がするすると動いたかと思うと、アスランの足元にひざまづいての、指先への愛撫が始まった。

(手の指でも身体の中心部でもなく、何故足の指なんだ…?)
いくら2人ともベッドの上にいるとはいえ、足の指など舐めるのは抵抗もあるだろうに。シンは無心にアスランに愛撫…というよりも奉仕を続けていた。
舌先が指を再びくわえ込み、まるでフェラチオをするかのように、ずくずくと親指を扱きだした。
「…シン、ッ」
咥えて口の中をすぼめ、唾液を絡ませて擦り上げる。
足の指先、爪と皮膚の境目、指と指の間。
舌先でつついてみたり、口の中で転がしてみたり。歯を立てて引っ張ってみたりと、シンの動作はエスカレートしてゆく。
(…まさか、咥えるところを間違えたわけじゃないだろうな…?)
馬鹿らしい危惧がアスランの脳裏をよぎるが、しかし幾らなんでも気づくだろう。
「シン、もう止めない…か?」
こんな愛撫を望んでいるわけではない。
上司と部下という間柄に合っても、命令でセックスなどしないし、こうしろああしろだとかの指示をする気もない。元はといえばセックスも合意の上だし、先に告白まがいの事をしてきたのもシンだ。(本人は認めないが)
足を舐めねぶる行為を、嫌がっているようにも見えない。シンの愛撫は、どう見ても彼の意思で行われているように見える。…それも、先ほどまで失神するかと思う程の激しい高ぶりの余韻が収まらぬままで。
(本心でやっているのだろうか…)
シンの瞳は、まだうつろで、問いかけても名を呼んでも、答えは返ってこない。アスランがシンの身体を手でなぞれば反応は初々しいほどに返ってくるのに。



「シン、」
じわじわと上がり続ける快楽がダイレクトに身体の中心に渦巻く。このままでは吐精してしまいそうだ。
さすがにそれは勘弁したい…と、シンの行動を冷静に見つめていたアスランだったが、限界が近い。
ただでさえ先ほどまでのセックスで神経は過敏になったままだ。いくら足とはいえ、ここまで執拗に愛撫されてしまえば、幾らなんでも勃起はする。
再び勃ち上がったソレは、もう一度行為を致すには充分過ぎる程になっている。手を伸ばしてシンの身体に触れつつも、ふと触れたシンの内股には、アスランの残滓が内股を伝って流れていた。中に吐き出したものが垂れてきているのだ。
「…シ、ン!」
その白獨の精液と、シンの白い肌が、アスランの理性の最後の鎖を断ち切った。
強引にシンの身体を持ち上げ、自分の膝の上でくるりと身体を反転させて足を開かせ、狙いを定める。
「ひゃ、あ…?」
「シン、」
舐め続けていた足から、強い力で身体を離され、気がついた時には、アスランのモノが再びシンの狭穴をこじ開けようとしていた。
「あ、あ、あぁ、!」
ぐい、と双肉を割られ、まだ収縮しきっていないそこを指先でこじ開け、硬く張り詰めたそれを押し付ければ、シンの体重で自然とアスランのものを銜え込む事になる。
「……っ、あ、あ、あ--ッ…」
再び犯される衝撃に耐え切れず、背中を丸めるシンを、強引に抱きしめ、幹を全て埋めるように体を揺する。受け入れているシンにとっては痛いだけの行為だろうが、入りきらなければ先へも進めない。
すでに一度達しているにも関わらず、そこはあまりの狭さで、再びアスランを受け入れた。

「シン、シン…」
うわごとのように彼の名を呼び、足を持ち上げて引き落とすという残酷な貫き方で、シンの奥底を掻き乱す。
逃げようとするシンの足首を持ち、腰を揺すれば、シンも感極まったのか、ぼたぼたと液を吐き出しながら震える。
悲鳴のような声が喉の奥から絞り出されるが、シンとて痛みだけが全てではないのは、彼の中心で勃起しているものを見れば明らかだ。前立腺を絶え間なく刺激している所為か、とろとろと白色の液体が流れ落ちて、アスランの足を伝い、シーツにも沁み込んでゆく。
その様を見据えながら、アスランも再度達するべく、シンの体内へと熱く高ぶったモノを打ち込んだ。



***



「……え?」
「…えって…、…」
「何馬鹿な事言ってるんです、アンタ?」

シャワーを浴びた後の頭をがしがしを拭きながら、シンが目を丸くする。
え?と言われ、アスランの方が驚いた。…何故そんな反応をされる?

「いや、何って、…そういう癖があるのかと…」
「はぁ!?」

2度目を達すると同時に意識を失ったシンの弛緩した身体を清めてベッドへ横たえ、わずかな時間を眠った。
お互いもう少しでオンに入る。身支度を整えなければならないとシンを起こせば、存外寝起きは良かった。無茶をさせたが身体の痛みは無いらしく、普段と変わらず起きたシンに一応の安心は覚えるものの、身体中に散った痕を見てアスランはわずかながら反省をした。
鍛え上げられた、というには筋肉の付きなどは一般軍人の比ではないが、良質の筋肉と優れた反射神経と持久力を持つ彼は、一晩の性行為程度では衰えを知らないらしい。
ベッドから抜け出してシャワールームに入り、あっという間に出てくる。特にシャワーを浴びるだけならば、シンのシャワー時間は極端に短い。(酷く汗をかいたときや、残滓の処理があれば恐ろしく時間はかかるが。)
ばさばさと乱暴に髪を拭くシンに、昨晩の乱れようなど想像もつかない。この身体が本当に昨晩はあんなに乱れて自分を受け入れ、あまつさえ、アスランの足を舐めねぶるなどという行為に没頭していたとは思えなかった。
(…思い出してしまったじゃないか…)
そっとシンから目線を逸らせば、それに気づいたのかシンが声を掛ける。首を傾げながら、首から提げたタオルで顔を拭く様は、歳相応の青年と少年の間の顔だ。
それでも、アスランの脳裏から、昨晩のシンの姿が消えない。唾液に唇を濡らし、足のつま先を舌先で愛撫するその姿が。
…それで、つい、聞いてしまったのだ。口が滑った、という方が正しいかもしれない。
そして、シンから返ってきた言葉は、「え?」という疑問詞と、「何言ってるんです」という否定だった。

「…覚えて、ないのか?」
「だから、何を?」
「…何って…今言ったとおりなんだが…」
「俺が、あんたの足を………って?」
「あ、あぁ…」
「……っ、……な、……ん、ッ……」
「え?」
「…ッ…んなの、するわけないだろ----!?」

怒鳴りつけ、アスランから目を逸らし耳を赤くして、タオルを投げつける。
「ちょっ!」
アスランが濡れたタオルを引き剥がした時には、シンが軍服に着替え終えよとしていた。おそろしい着替え速度だ。
「俺は嘘は言ってないぞ!?」
「うるさい!うるさい!嘘だ、んなのあるわけないッ!」
「あるんだよ、こら、おいシン!」

ベッドから立ち上がり、シンに手を伸ばそうとしたアスランを突き飛ばし、さっさとベルトを締めて部屋のドアへと向かう。
果たして本当に、覚えているのかいないのか。
「シン!」
さっさと着替えて、アスランの部屋から出て行ってしまったシンの後ろ姿の残像を見つめながら、アスランは肩を落とした。
あんなに赤くなって動揺されたら、嘘をついているようにしか見えない。
本当は覚えているのに、無かった事にしたいのか。しかしシンは嘘を平気でつける程、器用な人間でない事は知っている。
どちらにしろ、もし次があったのなら、舐めている最中に無理矢理にでも意識を戻してやろう。


-----もし無意識にやってるなら、あれがシンの本能だという事になるんだが…。

その行為が、無意識のものであるのならば。
…絶対の服従を示すそれが、シンの怯えた心と後悔が生み出すものだと、今のアスランには判らなかった。