それは、感覚にすればほんの些細なものだったんだけれど、判ってしまった。

雰囲気?
2人の距離?
ううん。そんな目に見えるものじゃない。敢えて言うなら2人の空気、だ。
(あぁ、だから今日アスランの様子がちょっといつもと違うんだ)
って確信もした。


僕と食事を取っていたアスラン。そこにやってきたシン。
整備班の子と一緒に入ってきたシンは、少しの間、僕とアスランがいる事に気づかなかった。
アスランが、ふ、と顔をあげてシンに気づき、その目線でシンもアスランが居る事に気づいた。
その瞬間、その空気。

…僕は2人が、あ、…しちゃったんだ、と確かに確信してしまった。

(まぁ…あんな事があって、もう一週間も経ってるしね…)
と。フォークでスープの中にしみこんだキャベツをつつく。キャベツはふよふよとスープの中で揺れて、クルトンに衝突して沈んだり浮いたりを繰り返していた。それを何気なく見つめながら、そっかぁ、ついにやっちゃったんだぁ…なんて感慨耽ってみたりして。
少し前。シンが僕にとんでもない相談を持ちかけた、あの真夜中の話。
真っ赤な顔して僕の部屋にやってきて、何かと思えばアスランとの行為に戸惑っているっていう、いわばノロケ的な発言で。
僕はシンの必死の告白を聞きながらも、(可愛いなぁ…)なんて思ったから、にっこり笑ってその話を受け流し、なるようになるよ、みたいな事を言って気を散らしてあげた。
それでもって、臆病になったアスランにも発破をかけてあげて。いわばキューピット役?
それからシンが僕に同じ相談を持ちかけてくる事は無かったけど、あとはあの2人の問題だよね、って割り切って、いずれ来るだろう日を待った。

つまり、それが昨晩だったんだろう。
シンはアスランを見つけ一瞬目の色を変えたけれど、表情を変えないふりをしながら食事の支度をし、僕たちの席から2つほど離れた場所に友人と座った。…あ、僕達と一緒に食べないんだ。僕は構わなかったのに。
「いいの?」
と。アスランに聞けば、
「ああ」
と、それだけの答えが返ってきた。フランスパンをちぎりながら口に運ぶその様は、さもなんでもなさそうって顔しているくせに、内面からにじみ出る幸せオーラをなんとなく察してしまった僕は、なんだか一番可哀相な役割?
でもまぁ。2人が幸せならそれが一番いいし。…あんな相談事を、何度も受けたらそれはそれで楽しそうだけど、困るから。
そういう憂いが無くなったのは良い事だよね。もう2人を拒む傷害は無くなったはずだし。

「よかったね」
アスランに言ったら、えっ?って顔されて、3秒フリーズ。でも意味が判ったらしい途端に、アスランの手からフランスパンがぽとりと落ちて、一瞬にして耳まで真っ赤に。
「お、おまえ…ッ!」
判りやすい反応に僕は、笑うしかなく。
「別に覗いていたわけじゃないよ?」
「……ッ」
「判りやすかったから、つい、ね?」
「………お前なぁ…」

目を合わせずににこにこと笑顔を作りつつも淡々と言えば、アスランの顔の赤みが少しずつ通常の色に戻っていったけど、それでも照れているのには間違いなくて。
幸せそうなのがうらやましくて、僕はつい、「いいなぁ」なんて言ってしまった。
アスランは目のやりどころに困っていた。正面向いたら僕がいるし、横を向けばシンがいるからね。
アスランの赤い顔と、僕達のやりとりに、机2つ分離れたところから、シンが「?」マークつけてこっちを見ていたから、僕は笑顔で手を振った。けどシンは見て見ぬふりをする。…あ。無視された…。
僕の目線に判ったアスランは、ため息を吐く。

「…シンには余計な事言うなよ?」
「言わないよ。…てか余計な事って何」

心外。なんてこというの、アスラン。僕、立役者なのに。
そう思ったら、ちょっとムッとして、苛めるつもりじゃなかったんだけど、噛み付いてしまった。

「僕は、シンに誘導尋問なんてしないよ。シンが自分からアスランとのはじめてはこうでしたって言ってきたら、聞いてあげるけど」
「………そういうのを誘導尋問っていうんだ…」

アスランは、大きく息を吐き出して、口に入れるはずだったフランスパンをトレイに戻した。あ、食べる気無くさせちゃった?

「…あんまりシンをつつくんじゃない。蒸し返したりしたらきっと取り乱すぞ」
「そうなの?」
「そうだ」

アスランはもうパンには目もくれないで、コーヒーに手を伸ばし、熱いままのそれをちびちびと飲み始めた。飄々とした顔してるけど、その顔の下で昨晩のベッドの中でのシンを思い出しているのは簡単に想像ついちゃって。だって、ポーカーフェイス気取りしたアスランが、幸せなオーラ出しているんだもん。
なんか…いいなぁ、シンもアスランも。
初々しい気持ちってうらやましい。僕の場合、女性の初めてなんて戦時中で精神崩壊しないための逃げみたいなものだったから。もちろんも彼女の事は好きだったし、今でも愛しいとも思う。もう居なくなってしまったけれど、僕が忘れない限り彼女は生きていると思う。はじめての恋心とはじめてのセックスだった。…今、ラクスへの気持ちとはまったく別な思いが僕の胸の中にある。
男の人と初めてした時も戦時中だったから、なりゆきというか、いきずりだったけれど、それでもすごく緊張したのは覚えているし、どうしようって頭もぐるぐるしていたような気がする。…でも、勢いで流されてしまったようなセックスだったから、今のアスランとシンほどには、初々しくなかったと思う。
…そうえば僕とアスランの初めての時も、なんか…がっつくっていうか…おかしなものだったよね。そう思うと僕ってマトモなセックス少ない?(ちょっとショック)

シンは、はじめてで、愛する人と。
恥ずかしがっていたんだろうね。そりゃそうだよね。

「シン、はじめてだったんだよね」
そう僕が言い、アスランをそろっと見つめれば、リアルに思い出したらしく、ちょっと照れて、けれどすぐに冷静になったフリをして、小さく息を吐き出すと、静かに言った。

「お前の時とは大違いだ。まるで何もしらない乙女みたいで。どう扱っていいか判らなかった、やっぱり」
「アスラン、乙女なんて呼べるような人を抱いたことあるの?」
「揚げ足を取るな」

だって言い方がさ、なんか面白かったんだ。シンの事を乙女って。…アスラン、君ホントに幸せそうだね。
でも僕の時と大違いって。それ酷くない?まるで僕が何でも慣れているみたいに聞こえる。そんなんじゃないよ。ただ君たちより経験が早かったってだけだろ?
愛のあるセックスと、初々しさと。僕に無いものを経験している2人。…ちょっと悔しくて、だから、なんだか仕返しをしたくなって。ノロケるアスランの口から、色々聞き出したくなった。
(…だって悔しいじゃない…)
僕は、さもなんでもなさそうな気配で食事をし、アスランがある程度落ち着いたのを見計らいつつも、シンの事で頭いっぱいなんだろうなぁって時に、ぼそりと告げた。

「シン、乙女って言っていいぐらいの、恥らいようだったって事?」
ホントに何げなく巧く切り出せたんだろう。アスランは動揺する事もなく、ゆっくりと口を開いた。
「…恥らうというか…あんなに必死にしがみついてくるとは思わなかった。普段あんなシンだろ?…想像もつかなかったよ、まさかあんなに泣くなんて」
「泣いちゃったんだ?」
「泣かせたかったわけじゃない。けど。…俺も必死だったし。だから、あいつに感想なんて聞いてもロクな答え返ってこないぞ?」
「えー。でもちゃんと覚えてるでしょ、シンだって。必死って言ったって意識はあったんだから。まさかお酒飲んでしたの?」
「飲んでない。そんなもの使わなくても充分浮かされていたさ。けどシンはずっと目をつぶっていたし、終わったら気を失うみたいに眠ってしまったから…ってお前、何聞いてるんだ!?」
「アスラン、君が勝手に話はじめたんだよ…?」
確信犯だったけどね。
うっとりとしながら言い終えたアスランは、その直後にやっぱり真っ赤になって、片手に持っていたままだったコーヒーをがちゃん、と置いた。
僕は、アスランがしゃべるから聞いていただけだ。事の詳細を言っちゃったのは君でしょ。

さっきよりも尚真っ赤に染まったアスランは、感情に行き場を失ったみたいで、「先にMSデッキにいってる!」と、乱暴に立ち上がり、早足でトレイを片付け、食堂から出て行ってしまった。
僕、何もしてないんだけどね?アスラン。

アスランに席を立たれてしまった。まだ食事も途中だった僕は、一人なんて寂しいじゃんって思いながらも、アスランから語られたシンの様子を想像して、(やっぱり思ったとおりだったかな?)なんて思ってみたり。
シンは照れちゃって最初はセックスにもならないだろうな、なんて思ってたから。
「何一人で笑ってるんですか」
「あれ。シン」
「隣いいですか」
まだほとんど手をつけてなかったらしい食事を持ってきたシンが僕の隣に座った。
もちろん僕は、隣の椅子を引いてお出迎え。
シンはよく僕の隣に座り、アスランは正面に座る。…これって性格の差?

「さっき、整備班の子たちと一緒に食べてなかった?」
「食べようとしたら、整備班は呼び出し食らって、MSデッキに戻りました。なんかエラーが出てるとかで」
「…大変そうだね」
「仕方ないですよ。それが仕事だし」
「まぁ、そうだね」
仕事だからと淡々と答えるシン。トレイを見れば、さっきのアスランと同じメニューだった。
「気が合うね、君たち」
「え?」
「さっきアスランも同じの食べてた」
「っ!別に、一緒にしたかったわけじゃ!!」
「ん?僕は別に何も言ってないよ?いいんじゃない?」
さっきのアスランみたいに赤くなって怒鳴るシン。僕はにっこりと微笑んだ。
「……キラさんて、意地悪だ」
「そう?」
また心外な事、言われた。アスランにもシンにも。
僕とシンは、そんな他愛も無い言い合いをしながらも、手元の食事を消化しつつ、他愛もない話をはじめた。そろそろ食事を終えないと、今日の仕事が間に合わなくなっちゃうから。
「…そういえば今日シンは何時まで?」
「4時までです」
「じゃあもうすぐだね。アスランはもうちょっと長くなるって言ってた」
「!なんでそこでアスランさんの名前が出るんですか」
「あれ?気になったんじゃないの?」
「なってませんよ!」
がおー、と音がしそうなほど噛み付いてくる。…さっき落ち着いたと思ったのに、アスランの話題になるとそうなっちゃうんだシンは。もう、行動が正反対で可愛いったらない。
「怒んないで、シン」
「怒ってるわけじゃないです。あなたがいきなりそんな事を言うから」
「でも君も気にしすぎてる。別にいいと思うよ。君とアスランが何をしたって、君たちは何も変わらないんだから」
「………え?」
一瞬、目をばちくりとさせ、スープを口に入れる僕をじっと見、そして、はた、と表情を替え、シンは大げさに身体を引いた。
あ、バレたって判ったんだ。カンがいいね。
「………-------ッ!??!!」
途端、肘がトレイを直撃。ガタン、と音と共に、シンのカフェオレがカップから毀れた。
「…シン、落ち着いて」
「な、なんっ…」
手元のナプキンで拭いてあげていても、シンは真っ赤な顔して僕を見てくるばかり。だからね、そんな風にあからさまに動揺しなくても。
僕が零れをふき取り、シンがようやく着席した頃、まだ顔の赤みを残したままのシンが、うらめしそうに僕を上目遣いでにらむ。
「……キラさん」
「ん?」
「キラさんって、読心術とかも出来るんですか」
「え?出来るわけないでしょ」
でも、君とかアスランとかカガリなら、読心とはいかないまでも、想像つくよ。どんなこと考えてるのかな、とかね。…これは読心とかじゃなくて、性格を知っているってだけだ。多分。

「聞いちゃったついでに…もうちょっとだけ話をさせてもらっていい?」
「は?」
真っ赤になってるシンが僕を見る。うん。ちょっとやっぱり目が赤いのは、昨日泣きすぎた所為かな?どうして泣いたんだろう。セックスの痛さかな。でも泣くほどの痛みなら、今日なんて立てないはずだし。…感極まった?今までの色々な事が浮かんじゃった?…それとも思いが溢れたのかな。…あぁ、きっとそうだろうな。
シンの軍服の襟はいつものように広げられたまま。そこには何も痕は残っていなかった。多分アスランが気にしてつけなかったんだろう。パイロットスーツに着替える時とか見えてしまうもんね。
僕はなるべくいつもと変わらない口調で、シンにそっと話しかけた。
「身体はつらくない?」
「あ、あ、のねぇ…ッ!」
「だって。もし負担が大きかったら次の日大変なの、僕もよく判ってるもの」
「そう、なんですか?」
「そうだよ」
失敗したりするとね。力任せに抱かれたりしても辛いし、中に出されて処理しないままだと、かおなかが痛くてたまらなくなる。戦闘なんて出たら落とされてしまう。
今日のシンは、いつもと同じ顔色で、おなじような態度だったから、心配ないのかな、と思ったけど。
僕の質問にシンは少し目を逸らし、赤らめた顔で何かを考え、けれど、ぼそっと告げた。
「ちょっとだるいぐらいで平気です」
「そっか、よかった」
て事はアスランが一応ちゃんとしたって事かな。まぁ…アスランだって男の人抱くの初めてじゃないんだから、判ってるよね色々と。
シンは、どうやら自分から話はじめたセックス談義には恥じらいを感じないようだけれど、他人からいきなり不意打ちで聞かれたような事には過剰なまでの反応を示すみたいだった。
シンの中で、許せる話と許せない話のラインが引かれている所為だろう。だから僕から言った言葉に動揺してしまっている。照れ隠しなのか、手元の皿の中身をぱくぱくと消化していく。
あ。ゆっくり食べないと。シン。栄養ちゃんと取れないよ?

「でも、あんなの、だったんですね」
「え?」
「だから、セックスって」

食事を消化しながら、シンはそう言った。僕は、あ、話してくれるんだってちょっと興味津々になってしまった。
まだ少し顔の赤いシンが、そっぽを向きながらだけど、僕にぽつぽつと話をはじめてくれた。

「あんな、ねっとりするものだとは思わなかった」
「…何が?」
「何って。精液とか、舌とか身体とか、全部。熱いし」
うわっ、シン。いきなり核心に来たね。僕はそっと食堂内を見回した。幸い僕達の周りには人は無し。でもいつ誰に聞かれるとも限らないから、シンのトレイの中の食事があらかた済んでいるのを確認して、席を立つように促せば、シンも僕の後にひょこひょこと付いてきた。食堂はまだ人でいっぱいで、だから僕達はあんまり人が通らない場所を選んで艦内を歩いた。MSデッキに向かうだけだったけれど、シンと話をしていたかったし、彼もそれを嫌がっているそぶりは無い。
2人で通路をローペースで歩きながら、シンはぽつぽつとセックスの事を語ってくれた。
アスランさんと2人で部屋で。最初は何でもない会話をしていたけれど、ふいに言葉が無くなってから抱きしめられた事。散々「いい?」と聞いてくるアスランに夢中で頷いたところまでは、覚えているという事。セックスで熱にうかされていたような気持ちだったのに、何もかもリアルに覚えてしまっている事。…だから今日はなるべくアスランを見たくないそうだ。気持ちは判るかもしれない。シン素直じゃないしね。
僕に話している間に、少しばかり心の中に余裕が出来たのか。少しずつ深い話になっていく。MSデッキへの道のりは、一番遠い通路を使っていた。まだもう少し距離があるよ、シン。

「…気持ち悪いって思ってたのに」
「でも、そんなに悪くなかった?」
「う…。でも、まあ、その、悪くはなかったです。でもそんな風に俺自身考えるなんて。ありえないですよ」
「そう?」
気持ち悪いって即答出来ちゃったら、アスラン立場ないなぁなんて思ったから一安心?
「ただ…あんなに慣らさなきゃダメなものだとは思わなかったけど。適当にやれば入るんじゃないかって思ってた」
「はは…」
そればっかりは。だって、下手したら入らない場合だってあるし、出血する事だってあるのに。
どうやらシンは、セックスの知識というものが根本的に無いらしく、(男同士のセックスだけかな?女性とする場合のやり方はやっぱりもうちょっと知ってるんだろうか)色々初体験で戸惑ったようだ。けど、アスランは丁寧にしてくれたみたいで、シンはそれでも初めての同性同士のセックスを”悪くない”と言った。…それって裏を返せば、良かったって事だよね。シン。

「俺、昨日の夜まで散々悩んでたんです」
「…アスランとの事を?初めてだから?」
「まぁ、そうなんですけど」

言葉を選んでいるのか、歩く歩調を緩めながら目を僅かに泳がせ、そして顔を伏せた。

「アスランさん、ホントに俺なんかで良いみたいで」

ぼそりとさりげなく告げられたシンの言葉に、今度言葉を失ったのは僕で。…そんな事を言われるなんて思ってなかったから。
「キラさん?」
「あ、うん」
黙った僕をシンが小首を傾げて問う。その無垢な表情も瞳も、シンは変わらなかった。

俺なんかで良いみたいで----と言われた、たった一言に、僕はシンの胸の中の闇の一部分を見た気がした。

…君は、もっとアスランに頼って、喋って、怒ってもいいのに、と。言いたくなって、でも僕が言っていい台詞じゃないと口をつぐんだ。

シンの何気ない一言は、自分でも意味に気づいてないらしい。無意識に出た言葉はそのままシンの根本の心境だった。

顔色も変えないまま、MSデッキにすたすたと歩いてゆく、まだ成長途上な青年になりきれていない少年の後姿を僕は追いかけた。

願うのは、君たちが、幸せでありますように。
ただ、それだけなんだよ?シン。