ここは俺達の世界じゃない。
そんなありえない馬鹿らしい結論に至ったのは、もう状況から判断をすれば、仕方のない事だった。
刹那はあっけらかんとした顔をしていたが、こいつの精神と俺の精神は同じレベルじゃない。俺は動揺ぐらいする。みっともない醜態を晒すわけはないけれど。
だってありえないだろう。こんな大きな戦艦見たこともないし、この戦艦で任務をこなすクルー達のPCキーパンチの手さばきやら恐ろしい程の記憶力など色々と、通常の人間では有り得ない程、機敏で俊敏だった。
彼らが「コーディネーター」という、細胞やらDNAを弄った人間だという事を知ったのは、わりと直ぐ。それを聞いて、あぁなるほどなとロックオンはあっさりと受け止め落ち着いた。
そりゃあ、俺達の出る幕じゃねぇ。
こんな世界、俺達は知っているわけないな。

さて。どうしたものか。
ロックオンは、手錠でつながれた不便な両手で、腕を組もうとし、出来ずにため息を吐いた。
「ため息をつきたいのは僕なんだけどねぇ」
目の前の黒い士官服を着た男が言う。
この小さな取調室には、2人の男がロックオンを見つめていた。
目の前には黒い軍服に身を包んだ、ぱっと見、うだつのあがらない男がいる。先ほどから質問を繰り返してくるが、どれも答えられるようなものではない。
もう1人は、壁際で腕を組んだまま、じっと見つめてくる濃青の髪の若い男で、この男からの方が、ずっと威厳を感じる。あの男は出来る男なのだろう。目の前の、黒軍服の男1人だけが相手ならば、逃げ出す事は簡単のようにも思えたが、いかんせんこの軍艦は広い。逃げ出すにしても、ここが俺達の世界でないのならば何処に逃げ出したらいいのやら。
ここで俺が眠ったら、次に目が醒めたら元に戻ってるかもしれない。そんな事を思いながら何度も目を閉じてみるが、どうやらそれは不発のようだ。
まったく、どうしたもんだろうか。
隣の部屋では、刹那が取調べを受けているようだった。この「ザフト軍:戦闘艦ミネルバ」の中で。

「どうしてMSの中に居たのかな、君は」
「……」
黒服の男の同じ質問。何度目だ。
答えられるわけがない。気がついたら、こんな事になっていたんだと答えれば、彼らは納得するのだろうか。
昨晩眠りに入って、眼を覚ましたら、MSの中に居た。しかも見慣れないMSの。
(せっかく…刹那と寝てたのにコレか…)
昨日の夜。セックスが終わった直後。いつもならベッドから出ていってしまう刹那は、珍しく…というより、はじめてロックオンの腕の中に居た。驚いた。前代未聞だ。どうしたんだ一体と思ったが、どうやらもう眠りに入っているらしい刹那は、すぅすぅと穏やかな寝息を立てている。身体を丸めてロックオンの胸に収まる刹那の髪を梳いた。
----他人と一緒に眠れるようになったのか、刹那。
どれだけ心を許してくれたのか。その変化が嬉しくて、たまらない。抱き締めたい。この小さな身体を抱き締めてやりたいのに、刹那を起こしたくはなくて、手を伸ばせない。
愛しくてたまらない。この時間が少しでも長く続く事を祈った。

同じベッドで幸せな眠りについたはずなのに。起きてみれば、窮屈なMSのコックピットで目覚めた。
なんなんだこれは。
目が醒めた途端、起き上がろうとして天井に頭をぶつけた。見れば、随分と小さなコックピットの中で、ハッチが締まっている。いや、これは航空機だろうか。
痛む頭を抑えながら、強化ガラスの中から外を見れば、腰を抜かしている赤い軍服らしき服を着た少年が1人と、こちらを怪訝な目で見つめる同じく赤い軍服の濃青髪の青年が1人、(それが取調べをしている男だ)そして無数の銃口だった。
…なんだこれは。
自分の姿も昨晩眠ったときと同じ格好で、下着とジーンズをつけているだけで上半身は裸だ。
とりあえずホールドアップするしかない。意味が判らない。なんだこれは。
知らないMS、知らない軍隊。…という事は、ここは基地か戦艦か?

ハッチを外部から強制的に開けられて、すぐに手錠をかけられた。言葉が通じるだけマシだと思ったが、どうやら犯罪者扱いされているらしい。
連行されていく途中、ふと見れば、赤い軍服を羽織った刹那が居た。
この軍隊の軍服らしい、赤い上着を羽織った刹那の足は生足だった。あぁ、お前もそのまま飛んできたのか。
「刹那!」
駆け寄ろうとして、銃口に阻まれる。完全に囲まれてしまっていては、逃げようもない。ロックオンはホールドアップした。
刹那は上着だけを与えられたものの、拘束されているようだった。…つまりは敵扱いだ。
そして今に至る。

(…取調べっつってもな…)
ソレスタルビーイングの事を話すわけにはいかず、しかし名前も言う気がない。今のところは黙秘を続けているしかない状態だ。不本意だが。
「…君ねぇ…そろそろ喋って欲しいんだけど…黙っていても、ザフトの基地につけば、そこで本格的に取り調べられるだけなんだよ?僕なんかよりもずっと厳しい取調官に」
黒い軍服を着た男が、頬杖をついてロックオンを覗き込む。
「で、もう一度聞くよ?なんで、あそこにいたの」
知るか。
ロックオンは心の中で舌を出した。


***


取調べが1時間程度で終わったのは、どうやら彼の時間の都合らしい。
聞き込んだ取調べをしなかった副艦は、「もう基地に引き渡すしかないね…」とぼやいて取調室から独房への移動を兵士に命じた。銃口に背中をつつかれるように独房へ向かうと、すでに取り調べが終わっていたらしい刹那が独房の1つに座っていた。服を着ていなかった彼に与えられたのは、どうやらこの軍の軍服らしく、赤い服を着て白いブーツを履いている。見慣れない姿に、一瞬それが刹那だと判らなかった。
「驚いたな、そんな格好してると、お前だって判らない」
「………」
じろりと見つめる刹那の目は怒っているようだった。なんだ、その敵対心は。
…あぁ、そうか。どうやら名前を呼んだ事を怒っているのか。あのMSデッキで、刹那、と叫んでしまったから、刹那の名前はこの軍人達に判ってしまったのだろう。

ロックオンは、刹那と同じ独房には通されなかったが、隣同士ではあるらしい。
兵士が頑丈に鍵をかけ、独房室から出て行けば、この中は完全に2人きりになった。
薄暗い部屋と、寒い温度。備え付けられた監視カメラにマイク。完全に敵扱いだ。

「…おい」
声をかけてみるが、刹那から返事はない。
どうせ、何を聞いても、返事など返ってこないだろう。だだでさえ無口なくせに、さらに今はお怒り中だ。
「俺のせいじゃないだろ、多分」
「………黙れ」
あぁ、完全に怒っている。これは手がつけられない。
「別に俺は異次元に飛ぶなんて特技はないからな」
冗談めかして言ってみるが、刹那から返事はない。完全にロックオンのせいだと思っているのだろう。冗談じゃない。たかがセックスをしたぐらいで異次元に飛ぶのならば、もう何十回とワープを繰りかえしている。
何か昨晩特別なことがあっただろうか。
考える。
「…あぁ、そうか」
あったじゃないか、特別なことが。
「お前が、俺の腕の中で寝てたからだ!」
ガン!と返ってきた音は、刹那が壁を蹴ったからだ。意外と短気だ。
「間違った事は言ってねーぞ!俺は!!」
「黙れ」
「せーつなー!」
「名前を呼ぶな」
「もうバレちまってるんだからいいだろ!てか俺達、夢でも見てるんじゃないのか!?ありえないだろう、こんな世界は!」
喚けば、がらんとした独房に声が響いてこだましていた。
あぁこんな馬鹿な会話を、何故俺達ガチでやっているんだろう。

「にぎやかだな」
怒鳴っていた事で、ドアが開いた事に気付かなかったようだ。独房に入ってくる男の声とカツンカツンと靴の音に、緊張感が増す。
ロックオンと刹那の独房の前で足を止めた男は、見れば、少年だった。
赤服で、髪がぴんぴんと跳ねている。勝気そうな赤い瞳に一瞬目を奪われた。
どうしてか刹那に似ていると、ロックオンは思う。何故だろうか。立ち居い振る舞いが似ているからか。そういえば背も同じぐらいだ。
ロックオンと目を合わせながらもひるむことのないその赤い眼を見返す。ああそういえばこの赤いガキは。

「お前、さっきあの航空機の前で腰抜かしてたやつか!」
あぁ、そうだ。ロックオンがあのMSらしき中で目をさました時、すぐ傍でしりもちをついていた少年じゃないか。
「うるさい!」
言えば、あからさまに怒りを露にして怒ってくる。こういうところは刹那と似ても似つかない。この程度の事を言っても、刹那の場合、眉1つ動かす事はない。

一瞬で怒りを撒き散らしたシンは、ロックオンと刹那を交互に見、そして刹那をじっと見つめて目を逸らした。
独房の壁に背中をつけて、ため息を吐き出す。
「やっぱり見たことの無い顔だな…」
まさか知り合いだとかと思ったのか。そんなわけがない。どう考えてもこの世界に知り合いなど居ない。

「取調べでも何も話してないってアスランさんから聞いたけど。なんでインパルスの中に居たのか、何も喋らないんだな」
「お前こそ、こんな独房に1人で来ていいのか」
「………」
聞けば、シンは押し黙った。どうやら無断行動らしい。口をつぐんでしばらく考えた後、今度は不安げな表情を晒して告げる。
ころころと良く表情が変わる。おもしろい。
ロックオンは、少なからずこの目の前の少年に意識を奪われていた。隣の独房にいるはずの刹那など、気配さえ殺している始末だ。本当にお前はそこに居るのかと聞きたくなる。

「気になったんだ。昨日の夜までは、コックピットには誰も居なかったし、警備兵も誰も見てないって言っていた。なのに、いきなり今朝はアンタが居た。おかしいだろ、そんなの。まるでワープでもしてきたみたいじゃないか」
言い得て妙だ。そんなわけはないと思っていても、頭は非科学的な事を思う。

「…まぁ、そういう事なんじゃないか」
「ふざけてるだろ、おいっ!」

シンが声を荒げる。ロックオンは鼻で笑った。

「ふざけてないさ。俺だって信じたくはないが」
「ガンダムはザフトの最新鋭機だ!その機密プロテクトをあんな簡単に破れるわけないだろっ…!」
「…ガンダム?」

激昂したシンの言葉に、刹那の静かな声が響く。
一瞬にして、独房内が静まり返った。赤服を着た刹那がすくっと立ち上がる。

「あれはガンダムなのか」
「……?」
「刹那!」

あぁ、まずい。刹那はその単語に弱いんだ…ってか、無条件反応するんだ。まてよでもこの世界にもガンダムがあるのか?
シンが刹那を見つめる。
刹那もシンから目を逸らさなかった。

「………インパルスガンダムだ」

赤い眼の少年が、押し殺すように言った。

「ガンダム」
刹那がすくっと立ち上がった。
まずい。まずいぞ、これは。
刹那を止めなくては。そう思うものの、どうしたら刹那を止められるか解らない。
ただ、その単語を出す事だけは、相当マズイ、という事だけはわかる。

「刹那、おい、」
「…ここから出せ」

ロックオンが止める言葉を捜す前に、刹那はシンに向き直り、目を輝かせている。
…あぁ、そうとも。あの顔は生き生きとしている顔だ。ロックオンには良く解る。
もう駄目だ。こいつはもう止められない。

「出せって…。無理に決まってるだろ」
「出せ。俺も---」
「刹那!」
口を開く刹那を、ロックオンの声が静止した。しかし刹那の声は止まない。

「俺もガンダムマイスターだ」

ためらいもなく刹那が言った言葉に、シンは眼を見開いて言葉をなくした。
ロックオンは、あああと頭を抱えた。

もう、なるようにしかならない。





ILLUSTRATION BY : カラーズ:ダルミさん。