報告。先日MSハンガーにて捉えた不明な男性2名を確保するも、「自分はガンダムマイスターだ」という意味不明な事を言っており、また衣服も身に着けず、インパルスとセイバーに居た理由は不明で、正体も不明である。しかしながら彼らの態度はとっても生意気で、俺が営倉に行っても態度が変わらないあたりがムカつくっていうか…

「…ってこんな報告書出せるかー!!」
いっそ、このPCをぶん投げてやろうかと思い、いやこれは軍からの支給品で消えたら困るデータが沢山あって、その中にはなぜかルナマリアがくれたアスランさんの笑顔の生写真とかもあってあれは消したくないっていうかちがう、そんなの人に見せられないって、ちがちがう!見せたく無いぐらいいい笑顔だったからって言うんじゃなくて、ええとあんな写真持ってるっていうのが恥ずかしいんだって…
「何言い訳してんだ俺はッ!!」
「シン」
「あ、ごめんレイ…」
どうみてもおかしい一人芝居を一通りしでかした後で、シンは同室のレイに恐る恐る目線を向けた。いつでも冷静沈着なレイは顔色一つ変えず読んでいた本をぱたりと閉じた。報告書の作成が手詰まりになっているシンの元へ歩み寄って、画面を覗き込む。

「報告書か?」
「そうなんだよ…どうしろっていうんだろうな、あの状況を纏めて提出、なんて」
お手上げだといわんばかりに手を上に挙げてそのまま頭の後ろで組み、作成途中の報告書の画面を見据える。
「…だいたいさ、あんな非現実的な事をどうやって書けっていうんだ…」

インパルスとセイバーの中に突然現れた裸の男2人。それだけを書けば変質者として通報しました、で済みそうなものだが、ここは軍艦である。しかもザフトの最新鋭の、すばらしく機密保持もされている上に、なんといっても今は洋上だ。基地も寄っていない、補給も受けていない、この状態でいきなり格納庫に登場などとありえないシチュエーションだ。
昨日までは何ともなかった。もちろん、コックピットに人が居るはずもない。実際にメンテナンスをしているシンとアスランのお墨付きだ。
けれど、実際に起こってしまったものはどう説明したらいいものか。幻でもなんでもなく人間の姿を見てしまえばどうしようもない。よっぽど宇宙人かお化けか何かかと思ったが、彼らのメディカルチェックはなんら変わらない、ナチュラルの人間だという結果が出た。
あえて人と違う点を上げるとするならば、と軍医は先に言葉少なめに注意を述べ、「歳にしては鍛え上げられた筋肉だ。それから、反射神経と運動神経が人よりもずっと優れている。まぁそんな程度で、あとはいたって普通だ」と言われて終いになった。
メディカルチェックの結果は、「優れたナチュラル」そんな程度で、連合の軍人ならばありえない数値ではないということ。

連合のパイロットなのだろうか。
いやしかしそれならばザフトの最新鋭MSで呑気に眠っているはずがないだろう。
何のために?
どうして?
どうやって?
謎ばかりがふくらみ、結論が何も出ない。
シンにとっては、どうしてあの場所に居たのかという、その疑問以上に、あの営倉で少年が(…といっても自分と同じぐらいの年頃だったが)言っていた言葉が気になっている。
自分はガンダムマイスター、などと。
(マイスター?)
マイスターってなんだよ。ガンダムのパイロットって事だろう?
何がマイスターだというんだろう。よっぽど笑い飛ばしてやろうと思ったが、あんな真面目な顔をして言われてしまっては、つい本気で考えてしまう。
(連合のガンダムのパイロットって事か?)
それが一番有力な説だが、やはり上記の理由で、あの2人が連合の人間だとは思いにくい。ナチュラルだという事は確かなのだが、かといってあの身なりや行動で連合かと言われれば、どうなんだと思わずシンは首を捻る。
連合の軍人とはどうも違う気がする。
けれど一般の民間人でもないと思う。
(…じゃあ何なんだ!)
あの2人は本当にこの世界の人間なのかと思う。そんなわけがないと判っていつつ、それが一番しっくりとシンの中に収まるのだ。

「詳しい報告書は、隊長が出してくれているんだろう?」
頭の中をぐちゃぐちゃにして思案していたシンに、レイの金色の髪がさらさらと目の前に流れた。意識を戻せば、進まない報告書の画面にレイの指が触れている。
そうだ、そもそも、この報告書は隊長の予備として提出されるものだ。
「え?あ、ああ…アスランさんが一応。あと副艦もかな、取調べしてたし。…俺は当事者だから出す義務があるんだってさ」
かったるい!
叫びしながら、椅子の背もたれに全体重をかけた。人間工学に基づかれた最新の椅子はシンの身体は受け止めてくれても、もやもやする気持ちだけは受け止める事が出来ない。
なんで、あんな事になったのだろう。…考えるだけ、疑問は増えてゆく。
あんな有り得ないことが簡単に怒るだろうか。そもそも、もしかしたらアスランさんが男を連れ込んだかもしれないってそういう可能性が無いわけでもない。…でもあんな生真面目な人が裸の男を連れ込むなんて…いやまて、あの人はああみえてもやる事はやってる。許婚はあのラクスクラインだし、2人の仲は良好ですって、こないだの雑誌でラクスクラインが言ってたし…。そもそも、そんな状態なのにアスランさんは俺にまで手を出してる。お前の事が好きだよ、テレながら言ってくれたあの言葉を信じている。でもそれって言許婚も居る上に俺にも手を出すっていういわば二股ってやつだ。でもそれでもいいと思ってしまったから、アスランさんに抱かれている。それでいいと思いこむ事にしてる。
…だから、あの人にとって二股も三股も四股ももしかしたら世界中の誰とだって、そういう可能性があるのかもしれない。…あーいや、でも、あんまり疑いたくないし…でもなぁ…
「そういう事はないだろう。ここは軍艦だ。そもそも一般人が入れる事のほうがおかしい」
「うん…そうだよな、うん…ってレイすごいな思考読んだ?」
お前の顔を見てれば、ころころ表情が変わるから何を考えているのかぐらい判る。レイは思いつつ心の中で止まる。
「まぁ、俺の報告書はおまけみたいなもんだからこれでいっか!」
えい、と送信ボタンを押し、そのまま情報部へとデータが転送されていく。あんなでたらめな文章でも送るのか。ある意味コイツの腹は据わっているな。妙なところで感動を覚えつつ、レイはシンを見下ろした。仕事が一つ済んだとシンは機嫌がいい。本当にころころと感情が変わる生き物だ。おもしろい。
「まぁ、どうせ今度基地に入港したら、あの2人も下ろすんだろうし。考えるのやめた」
考えるのを止めるのは軍人としてどうなのかと思うが。勢いよく椅子から立ち上がったシンの背中を見守りつつ、レイは静かに息を吐いた。

しかし、数日後にデュランダルから届いた2人の身柄釈放の通知は、シンはおろか、アスランもタリアでさえも驚愕とさせた。

***

「…何を考えているのかしら…?」
更衣室の目の前で、首を捻るタリアの横で、アーサーが苦く笑って誤魔化そうとしていた。たはは、と情けない笑い声が響く。
「あの人は何を考えているのか。…まったくとんだ議長ね」
そう言って無理矢理納得させているようだが、タリアの眉間には皺が寄っている。
もうすぐ、基地へと寄港するというこの状況で、自称:刹那Fセイエイと、自称:ロックオンストラトスの処置に関して告げられた通知は、「2人の身柄を釈放し、当艦で保護を続ける事」だった。
「ありえない、ですよねぇ…?」
アーサーが言う。けれど、その言葉も笑い声と共だ。
どんな結果にしろ、議長が決めた事に口を出せるわけもない。何度報告書を見ても、たしかにギルバートデュランダルのサインが入っているのだ。
タリアは再度、大きくため息をついた。更衣室の中では、ザフト軍服に着替えるべく、拘束を解かれた2人と付き添いにアスランが居る。
「ホントに…とんだ策士だわ」


「サイズは合っているか?」
更衣室の中、赤と黒の軍服を手に持ちながら、アスランはカーテンの向こう側へと声を投げかけた。
「あぁ、問題ない。…これが一番大きいサイズ、なんだよな?」
「そうだ」
一般服を着させるつもりだったのに、そういう時に限って予備のサイズがないものだ。よりにもよって、180センチ以上の長身が収まり、肩幅もあるとなると、指揮官用の黒服しかサイズが無かった。
「君は…問題ないな」
「ああ」
赤服を着ていた小さな少年、刹那と名乗っているが、彼は1サイズ小さな服でどうにか事足りた。ただでさえ小さいサイズを着ているというシンのものでもぶかぶかとは。
「コレ、色によって違いはあるのか?」
カーテン越し、黒服を着込むロックオンがアスランに声を投げかけた。
「ああ、役職によって」
「へえ、赤とか黒とかあと緑と白があったっけ?なかなか予算のある軍だよなァ」
着ている本人は、その服が意味するものが判らないだろうが、本来、ザフトの中でも黒を着れるのはほんの僅かだ。指揮官候補生になる事さえ、狭き門であるのに、どこの誰ともわからない人間が黒を着る。
もう一人の刹那とて同じだ。セイバーの中で、裸のままでいた少年には、シンと同じ赤服を着せてあるが、ふと見ると、とてもシンと似ていて、正直アスランは目のやりどころに困っていた。
きっちりと軍服の襟まで正してあるところはシンと違う大きな点だが、髪の色、背の高さもそう変わりはない。
目の色さえも似ていて、シンは真っ赤な色だが、この刹那という少年も赤みかかった色である。違うのは肌の色ぐらいだろうか。
(…この姿じゃ、ミネルバの皆は混乱しそうだな…)
遠くから見れば、シンと刹那はとても良く似ていた。間違えて声をかけてしまうような事態もありえるだろう。
(色んな意味で…前途多難だな…あとは、この状況をシンがなんていうか…)
きゃんきゃんと怒鳴るシンを想像して、アスランは大きくため息をついた。
「お前さんはため息ばかりだな」
カーテンをザッと勢い良く開けた先に居たのは、黒服を着用したロックオンストラトスの姿だった。長身に映える黒、開いたままの襟。つい先ほどまで拘束されていたというのに、威風堂々という言葉さえ合うような立ち居姿だ。思わず見つめてしまったアスランは目を逸らした。
「…ため息って」
「俺は少なくとももう5回はアンタのため息を聞いてる」
「そんなに」
「してるさ」
ブーツに足を通し、ちょうど良いサイズなのを確かめて踵をトントンと鳴らす。軍服というものを着るのは初めてだと言っていた割には、即座に着こなしてしまっていて驚く。この男はきっと何を着ても似合うんだ。最初に見たのが上半身裸だったからかもしれないが。
「刹那、どうだよ」
赤服を着た刹那に目線を向けたロックオンは得意げに自分を指差すが、刹那の反応はない。まぁそんなもんだろうなとロックオンは笑った。
「さぁて、俺達はこれからどうしたらいいのかな?…アスランザラ、くん?」