ミネルバを歩く3人を、好奇だらけの目が追っていた。
黒服の人かっこいい。
赤服の子かわいい。
私はやっぱりアスランさんが好き。
そんな意見が飛び交うばかりの通路を、新参者2人に説明しながら廻るアスランは、心底うんざりしていた。
まったくどうしてこういう役回りばかり自分に廻ってくるのだろう。
こんなのは、誰でもいいんじゃないのか。俺でなくても、ハイネでもシンでもルナマリアなら喜んでやりそうじゃないか。…何故俺が。
ぶつぶつと呟きながら肩を落としつつも笑顔で対応するアスランは、自分が「命令する」という事を知らない。局地的に命令をするくせに、こういった事を人に押し付けるということを知らないのだ。
アスランが言えば、誰でも敬礼をつけてやるのだろうが、(しかも美形・美少年2人を艦内に案内するという役なら女性は喜んでやるだろう)しかし、不幸を自らかってしまうのがアスランザラである。
「…こちらから先が居住区。2人部屋を用意した。2人で使って欲しい」
「了解だ」
初期パスコードを入れて開いたドアは、戦艦にあるまじきと感じるほどに広い部屋だった。
左右対称のつくり、右と左にそれぞれベッドとPCが設置されており、中央にはシャワーとトイレへと続くドアがある。
「豪勢な軍艦だな各部屋にシャワーもあるのか」
「ミネルバはザフトの最新鋭艦なので。士官室とパイロット用の個室だけは」
「それは都合がいいな」
説明するアスランと、話の腰を折らない程度にあいづちをうち、説明を求めるロックオン。後ろから歩いているだけの刹那。
その姿を遠くから見つめる目が2つあった。
アスランは気付いていないようだが、場数の慣れている刹那は、アレはなんだろうとちらりと背後を見る。赤い服が見えるという事は、今自分が着ているものと同じものを着ている人間、ということだ。
この艦には色々な色を着た軍人が乗っているようだが、赤服は少なかった。貴重な人材か何かか。

一方、刹那に気付かれているとは知らず、こそこそと壁から目を出していたシンとルナマリアは、尾行には向いていなかった。
「俺…かえる…」
「…ちょっとぉ、シン!アンタ何処いくのよ!」
「俺もう見ない!インパルスに居る!」
壁から離れ、一目散に逃げ出そうとするシンの首裏をルナマリアが引っ張って止めた。えぐっ、と喉をつっかえた音がしてシンの身体が傾ぐ。
「ちょっ!行かないほうがいいわよ、あのアスランさんがもしあの赤服の子に手を出したらどうするのよ、心配だってあんた言ってたじゃない!」
「うっ」
ルナマリアに言われてしまえばその通りだ。だって、あの赤服の、刹那、といっていた少年は、セイバーのコックピット内で裸で居たんだ。なりゆきを想像すれば、どうしたってセイバーのパイロットであるアスランが怪しいと睨むばかりだが、普段の品行優秀なアスランが果たしてそんないかがわしいことをするのかとミネルバでは問題になっている。
そしてそれは、当然のようにシンにとっても大問題になっていた。
「アスランの無実を掴むのよ!」
ルナマリアが意気揚々と言う。
「ルナは、あの黒服の男が気になるだけだろ…」
「それはそれ。今私が心配してるのはアンタとアスランさんの恋愛。」
「恋愛って…」
「違うの?」
「違わ、な…い」
ほおら見なさい、勝ち誇ったように笑うルナマリアに、壁にもたれて二人の成り行きをみていたレイが呟く。
「移動するぞ」
「…あ、着いて行かなきゃ、シン!」
「やっぱり嫌だ!俺は!」
「ちょっ!」
こんな覗きみたいなこと!叫びながら、MSデッキへと駆け出すシンを、ルナマリアは止め切れなかった。
「あの子、馬鹿ねぇ…」
アスランさんが浮気とかするわけないのに。
レイに目を合わせれば、からかい過ぎだとレイの目もルナマリアを咎めた。
「ごめんなさいね」
女の子らしく小さく肩をすくめ、ルナマリアはシンが駆けていった通路を見つめた。
「だって、不器用なんだもの」


***


キャノピーを開き、コアスプレンダーの中に収まったシンは、キーボードを降ろしたまではいいものの、ため息一つ吐くと、その手は一向に進む気配がなかった。
考えてしまうのはどうしてもアスランの事ばかりだ。
(…あの人が男を連れ込むなんて、ありえないよな…)
どれだけ想像して、どれだけ頭の中でシミュレーションしてみても、頭の中はアスランの無実を導き出す。
セイバーのコックピット、そこに居た裸の少年、そんな決定的な事実を突きつけられているのに。
あのひとが、あの刹那とかいう男に声をかけて、軍艦に乗り込ませて、しかも愛機の中なかでセックスだかなんかをした上に、放置して、自分が乗り込もうとして驚く?おかしいだろ。
どっちかっていうと、本当にあの少年が異次元かどこかから飛んできてしまい、(しかも裸で)セイバーの中で熟睡していた、という見たままのシチュエーションが一番しっくり来る。
(…そんなわけ、ないしな…非現実的だ…)

それでも信じたいと思っている自分が馬鹿らしくなってくる。
なんでこんなにアスランさんを想ってしまうのか。…自分が馬鹿らしくてたまらない。
だだでさえ二股をかけられているというのに、それでもいいって付き合って、しかも裸の男連れ込むなんて。想像したら胸が絞られるように痛くなって、腹に力を入れた途端に、涙がぼろっと零れた。
「あーちくしょー!!」
目を擦り、頭を掻きながら、背中を仰け反らせる。その目線の先に、自分と同じ赤服を着た姿があって、シンは驚いた。
「のぅあっ!?」
「……」
赤服の少年。つい今しがたまで文句をぶつけていた相手)だ。
「あ、っ、と、え、…あんた…」
「刹那Fセイエイ」
知ってるって。せつな、…刹那、ね。ホント難しい名前。
何故ここに居るんだろう。つい先ほどまで、赤と黒の服を着た二人は、アスランと共に艦内を見ていたはずだ。身元不明な人間をこうも自由にさせるなんて、本当に議長はそんな命令をしたのだろうか。しかもここは機密が詰まりまくった、MSデッキだ。正式には、何機のMSが入るのかも公には出来ないというのに、武装という武装は全て見せてしまっている事になる。
この刹那という少年とて、随分と小さいナリだが(自分よりも背も低いのだ)、あたりを見る目は軍人そのものだ。興味津々と言った目で見ている…というか、子供がSLでも見ているような目、というか。
きっちりと襟まで止められた赤服。ぴったりと丁度いいサイズの服を着ていると、彼のストイックさや細さが一層際立つ。
おそらく自分よりも年下の、まだ発育途上(らしい)身体。…魅力的といえば魅力的だ。アスランさんはこんな男が好きなのか。
想像して、イラッとした。
目線をコックピット内のモニタに向ける。もうこんなやつ、見たくない。

「アンタ、アスランさんと一緒に居ただろ?」
勝手に歩いていいのかよ。言外に含みを持たせて言えば、刹那の目線がセイバーに向いた。
シンも追って、セイバーを見れば、そこには見慣れた赤服を着込んだ隊長の姿と、長身の黒服の男が居る。どうやら2人でセイバーのコックピット周辺を見ているらしい。2人までしか乗れないクレーンでは、刹那は乗せることが出来なかったというわけだろうか。
「…だから俺のトコ来たのか」
「これがガンダムか」
いや、人の話を聞け。
「そうだけど!」
「変形機甲があるのか」
「そうだよ!…って良く判ったな」
これを見るのは初めてのはずだ。ぱっと見ただけで判ったというのか。素人が見れば、コアスプレンダーなどただの戦闘機にしか見えないはずだ。
自分よりも小さいぐらいの少年が、表情はかえないまでも、目だけ輝かせてコアスプレンダーの全長を見つめている(ように見える)。丁度整備中だったフォースシルエットを眺めては目に焼き付け、ザクを見、グフを見て、セイバーを遠目に見つめる。
まるでそれは、子供がおもちゃを与えられたような、好きでたまらないものを見つめる目で、シンは驚いた。
この刹那という少年が、表情を変えたところを見たことがない。この短い時間でそれが全てとは言わないが、この変わり様は、どうだ。
ガンダムを見た途端に、目の色だけが嬉々として変わっている。
(そういやコイツ、自分の事をガンダムマイスターとかって言ってたな…)

「…刹那、とか言ったっけ」
「ああ」
目線はデッキ内に向けたまま、刹那が答えた。
「ガンダムマイスターってなに」
「………」
言われて、刹那はようやく目線をシンに戻す。問いかけられて答えを言わない。
「…おい」
「機密事項だ」
「お前ッ、自分から喋っておきながら機密も何もないだろ!」
何言ってんだこいつ!
ちぐはぐな事を言う刹那に、シンがモニタをバン、と叩いた。何言ってんだろう、こいつ。意味わかんねぇ!
「…じゃあ、質問を変える。なんでセイバーの中に居たんだよ」
せめてそのぐらい答えろ。
「……判らない」
「は?」
「…気がついたら、あの中に居た」
「それもおかしな答えだな」
「言葉の通りだ」
「…っていってもな…」
そんなのを信じろと?…いやけれどそれを信じるとなると本当にコイツは異次元から飛ばされて来た事になる。宇宙人とかか?想像しておかしくなった。
エビテンスゼロワンが発見された時でさえアレほど騒ぎ立てられたのに、ここにはこんなにはっきりとした宇宙人が居る。これはすざまじいことだ。マスコミに売ったら売れそうだけど、信じてもらえないだろうな。
「…アンタ、連合って知ってる?」
「……取調べの男がそこから来たのかと聞いてきた」
「違うのか?」
「違う」
「…あんたドコから来たんだ本当に…」
頭を抱えるシンに、刹那は表情も変えず、シンの後頭部を見つめた。シンが動くたびに、髪のてっぺんがぴよぴよと跳ねる。まるで生き物のように動くソレが何故か面白い。そういえば似たような髪形だなと思い、目の色があまりにも赤なのが綺麗だと思った。この目は血の色か。
ふいにその目が見たくなった。こんな赤色には会った事がない。
「…っ?」
気がつけば手を伸ばし、シンの顎をぐいと引き寄せていた。
あぁやはり目が赤い。真っ赤だ。
「…ちょっ、アンタ、なに」
「綺麗だ」
「は、ぁっ?」
赤は好きな色だ。血の色。生きている色。
クルジスで見た赤は、嫌いで嫌いで仕方無かったけれど、(だってあれは人が死ぬ色だ)今こうして見つめる赤は綺麗だと思う。血の色は死の色だけれど、それと同時に生の色でもあると知った今は。

「な、なにしてんだ刹那--------ッ!!!」
「シーーーーィン!」

怒鳴り声、その直後に、刹那の手は黒服を着たロックオンの手によって、がばりと剥がされて、胸の中に抱え込まれる。
「い、悪戯してんじゃねぇ!このきかんぼう!!」
「シン!大丈夫か、シン!」
駆け寄る2人に、シンと刹那だけが、あっけに取られた顔でお互いを見つめていた。


(もしかしたら、俺、コイツの性格結構好きかも。)
アスランにぺたぺたと身体と顔を触られながら、シンは刹那の変わらぬ表情を見つめていた。
濃い茶色の大きな目の少年。
行動は突拍子もなくて、表情も少ないけれど、レイに似てるかもしれない。
話をしてみたい。もっと。