ロックオンストラトスと名乗った青年は、確かに身元不明の人物ではあったが、人としての対応は良好のようだ。
ミネルバ、MSハンガー、人が集まった中心に、彼の長身が見えた。
その表情は穏やかな微笑みで、差し出されるMSのチェック表を興味深い顔をして見つめていると思えば、遠慮なくメカニックに話を聞いては、うんうんと頷いている。
彼の姿を横目で見ながら、ハンガーを通り過ぎ、食堂へと向かう。自然とため息が出てしまうのはもうクセ、だろうか。
歩いている間にも、どこからか、「ストラトスさーん」と呼ぶクルーの声が聞こえてきていた。
振り返ると、また新たなクルーか、何やら集計表を差し出して意見を求めているようだ。
あんなにも、機密を漏洩してもいいものなのだろうか。
…不安にも思うが、デュランダル議長からの指令では、彼に秘匿義務を課す事はない、とあった所為で、まるで彼はザフトの人間のように扱われている。
つい先日まで営倉入りしていた不審者には到底見えない。議長の鶴の一声によって、拘束が解け、軍服を与えられて自由を得た途端、あっという間に周囲に溶け込んでしまった。
彼は、クルーの内でも評判になるほど、人当たりがいい。
ロックオンストラトス。彼は、ハイネと似ているのかもしれない。人に話しかけられ、自分からも進んで話をする。億劫なところはなく、あっという間に他人を味方に引き込んでいく。
整備班メンバーなどは、彼のガンダムに対する情報能力の高さをかっていて、データ処理の仕事を与えている始末だ。彼の射撃能力はコーディネーターから見ても飛びぬけて高いらしく、照準あわせのテクニックなどは彼の技術さえも応用していると聞く。
正規の軍艦としてこれで良いのかと思う反面、基地に着くまでは、彼の自由は確約されている。
もっとも、彼に与えられているのは一部屋と黒色の軍服のみで、正式な軍の籍はなく、さらに外に連絡を取る手段もない。
(彼らに与えた部屋の通信機器は一切が切断されていて、精々テレビを見る事ぐらいしか出来ない)
ならば、彼に仕事を与えるのは、当然の事であるのだろうか。「働かざるもの食うべからず」だ。
…しかし……。

「よぉ、アンタ、いつもシケった顔してんな、アスランザラ?だっけ。」
ふと顔を上げれば、そこに青緑色の目で見つめる笑顔がある。つい今まで頭の中を占拠していた人物の笑顔があって驚く。
気付けば食堂で、一人食事を取っているという状態を今更ながらに認識した。
「…ストラト…」
「あー、その名前は呼ばれ慣れてない。ファーストネームでいいんだが」
「…ロックオン、と?」
「そう。硬いんだな、アンタ」
「まだあまり面識がないから」
「あぁ、そういえばそうだな。でもアンタが艦内を案内してくれたじゃないか」
「…それは…」
それだけだ。最初の説明だけ、俺がしたが、それ以降、彼とは特に話らしい話もしてないない。だが、彼は俺の事を良く覚えているらしい。

ミネルバの食堂、その一角。
一人で食事をしていたからだろうか、ロックオンは、トレイを持ったまま近づいてきて、ココ空いてるならいいかなと隣を指し示してくる。椅子を引いて了承を促せば、彼はにこやかなな笑顔を向けてすとん、と座った。
長身に、ザフトの黒い軍服がよく似合っている。
黒服はこの艦でも身につけているものは少ない。(というか副艦のみだろう)
しかし、彼はそんな事も動じずに遠慮なく着こなしているように見えた。襟を正すこともせず、胸元までくつろげた姿など、まるでシンのような着方だ。誰か注意はしないのか。…いや、彼は客扱いだからそれもないのかもしれない。

「食事中も、きっちり着込んでるんだな」
「え?」
「アンタが。これ、詰襟苦しくないか?」
「…いや…、」
慣れてしまえばこんなものは癖だろう。
「軍に入隊したことは?」
「俺?ないない。刹那もないぜ、多分」
軍属でないというロックオンはそれが苦手のようだ。けれど、あの刹那Fセイエイという少年はしっかりと軍服を着こんでいたかと思うけれど。
「やっぱり硬いなアンタは」
いや、これは当然だろう。言いたかった言葉を飲み込む。伝えてもどうしようもない台詞だ。

硬い、と。
言われるのは、これで何度目か。
今までにも、何度その言葉を言われているんだろう。自分では硬い事など何一つしていないつもりなのに、いつもそう言われ、周りにも頷かれる。
シンにも、ハイネにも、ルナマリアにも。
言われた後に、必ずと言っていい程、「それがアスランさんですけどね」と苦笑されてしまうから、どうしたらいいのか、肩の力を抜くことを躊躇ってしまう。

一方、硬いなどという印象さえまったく感じないロックオンは、食事に口をつけながらも、絶えず話かけられるクルーに愛想良く対応していた。面識のあるらしい女性クルーと言葉を交わし、笑顔もかわす。
これだけの知り合いが出来れば、俺と食べる事もないだろう。
「俺じゃなく、他に一緒に食べる人、いるんじゃないか?」
言えば、
「それはアンタだろ?」
と笑う。
俺…?俺が、誰と。
ロックオンの顔を見つめれば、口端で、にっ、と笑い、顔が近づいてきた。

「あの赤い眼した…シンアスカ、だっけ?あいつと付き合ってるんだろ?アンタ」
「ぶはっ!???!」
突然言われた言葉に、飲もうとしていたコーヒーを吐いた!
「おいおい…」
カップから零れたコーヒーを拭くロックオンの動作は手馴れている。
「すみませ、」
「いや、いいけどさ」
「…つ、つきあってるって…!」
ばくばく動く心臓を感じながら、テーブルを拭く彼を見る。
ふ、と笑った顔が、俺の言いたい事を正確に理解したらしい。
「あの、赤い髪の赤い服の、」
ルナマリアか…!いや、確かに彼女はこういった事に随分と聡いから、俺とシンの関係など手に取るように判るだろう。…けれど、こんなに簡単に彼にまでバレるとなると恥ずかしすぎる。
…いやそれよりも前に、彼に汚れの始末をさせてる!
「すいませ、」
「いいよ、もう終わった」
茶色に染まったタオルを横に除け、ロックオンは何事もなかったかのように、自分のコーヒーカップに手をつけた。
「アンタ、本当に硬いんだな」
「え」
「人慣れしてないっていうか…軍人の中でも偉いんだろ?フェイスってやつは」
胸のフェイスバッチを指で示して言う。
汚れなく輝いているそのバッチは確かに軍人の中でもそう数は居ない特務隊の証拠だが。
「特に、偉いというわけでは」
言ってみたものの、フェイスが権限ある立場なのは確かだ。ロックオンは誰からフェイスの事を聞いたのか。いや、この男は人と話をするのが上手いのだ。

「大したもんだな軍人の、さらにトップエリート」
「…貴方の射撃技術は凄いものだとクルーが言ってるのを聞いたが」
「俺?まぁ…俺はこれが生きる糧だったからな。俺も刹那も職業軍人とはやっぱり違うさ」
「刹那、…刹那Fセイエイ?」
「そう。あいつも軍人じゃあない。もっとも戦場育ちってのは同じだが」
肩をすくめ、苦笑しながら、コーヒーを飲み干すロックオンを見ていた。
彼らは自分たちの事を話そうとしない。けれど今、俺が聞いているのは少なからず彼らの過去だ。軍人じゃないのに戦場育ち。…その言葉が意味する先を考える。
予想はいくつか上がるが、どれも決して褒められたようなものではなかった。
傭兵、奴隷、徴収兵。そんなものしか浮かばない。
しかも、ロックオンと共に来た、もう一人の黒髪の彼は、(セイバーの中で全裸で眠っていた少年だ)まだ歳も若い。あの少年も戦場育ちだというのか。
(この2人は一体何者なんだ…)
全てが疑問だらけだ。
何故、隔離された戦艦であるミネルバの中に二人が居たのか。(しかも全裸で)
自分の事を語ることもなく、怪しい動きもない。議長さえ楽観視してみせ、自由な身を与えている。
どうみても、他軍の諜報員には見えなかった。それどころか、一般人にしか見えない。その銃の腕や、戦闘技術を除けば。

気兼ねなく人と会話し、笑顔さえ見せる、ロックオンストラトス。
クルーも認める程の射撃技術を持ち、そして、彼と共に突然ミネルバに現れた刹那Fセイエイというまだ幼い彼さえも、MSの知識は一通り得ているらしい。しかも彼はガンダムに酷く興味を持っている。
一体何者なのか。…考えても判らないとは思いつつも、彼らの過去から推測をしては空回りをする。

「アンタ、眉間に皺寄ってるぜ」
「え?…あ、ぁあ…」
「いつもそんな顔してるな」
「よく言われる」
「だろうな。眉間に皺が残りそうだ。うちの刹那もいっつもあんな顔だろ?あいつも皺取れなくなったらどうするんだって時々笑ってやるんだがな」
ロックオンが視線を横へと向け、顎をしゃくった。
その目線の先に、赤い服が並んでいる。見れば、シンと刹那の黒髪が見えた。レイとルナマリアの鮮やかな髪も見える。
ロックオンが言うとおり、刹那の表情は険しい。
彼は、笑う、という事が出来ないようだ。彼の笑顔をまだ一度も見ていない。
「あの歳で眉間に皺ついたらどうするんだって思うよ」
「それは…確かに」
ロックオンは、刹那の事をとても好いているように見えた。
今も、食事をしつつも、俺と話をし、けれど刹那へも目線を向けて気にかけてみせる。
「仲がいいんだな」
「そうかあ?」
首を傾げるロックオンだが、彼が刹那を気にしているのは良く判る。

「昔から仲がいいのか?」
「いや?知ったのは2年前ぐらいだ。俺も刹那の事を良く知ってるわけじゃねぇが。…まぁ…あいつは特別」
そう言って笑うロックオンはどうにも楽しげだ。
しかし刹那は感情を顔に出す事さえ少なく、もちろん言葉も少ないから、ロックオンは苦労しているようだ。
それは…シンとは大違いだなと思って笑った。

「ほら、今だってさ?あいつら仲良くなりすぎてる。俺が話かけてもシカトすることだって多いってのに」
ロックオンが目線を向けた先、そこには赤服が二人。
容姿の良く似た、シンと刹那だ。遠くから見ると、確かに同じようなシルエットと、同じような髪型、目つき、服装で、一瞬だけだが、双子のように見えて困る。
「あいつら、なんでか意気投合しちまったみたいだ。…俺、最近刹那とは部屋でしか会ってねぇよ」
「それは…」
俺もだ、と言おうとして口を噤む。
シンは、あれから刹那を気に入っていて、インパルスの整備などの時には、よく刹那と共に居るようだった。ルナマリアやレイたちと4人で居る事も多い。聞けば、歳が同じだそうだ。刹那は(ああ見えて)16歳だという。
驚いた。あの小さな少年が、シンと同じだったとは思わなかった。
食事を取るシンと、共に話しをするルナマリア、レイ。そこに混じって食事をしている刹那Fセイエイ。それは仲睦まじい姿に見えた。

「同じぐらいの歳のやつらが揃うとやっぱああなるのんだな」
「え?」
「俺は刹那が、同年代の子供と話をしているのを見た事がない」
「そう、なのか…?」
「あぁ、まぁ色々とあってな」
ロックオンはそう言って、苦笑した。彼らの事は一切知らない。どんな風に生きてきたのか、どこでどう育ったのか。まったく知らないが、どうやら平和な世界に生きているようではないようだった。
「アンタだって、今まで相当修羅場くぐりましたって顔してるぜ」
「そ、…」
思考を読まれたのか。驚く。
「だから、眉間の皺が取れなくなるんだよ」
笑うロックオンに、俺も苦笑で返すしかない。
「シンに良く言われる。一人で悩んで一人で空回りしていると」
「あぁ、そういうタイプだな」
すっぱりと言うロックオンに、好感を覚えた。
嘘はいわない。
世辞もない。いつわりも。
そうして聞いている彼の声は、何故かとても優しく、安堵を覚えるようで。

「俺も刹那とそういう会話が出来ればいいんだが。そういう他愛もない話を」
「あぁ…」
最近話もしていない、と。そう呟くロックオンの言葉に、(ああ、俺もだ)と、思いついて、少しショックを受けた。
シンと話をしていない。


***


「あの二人ってかっこいいわよねぇ…」
あぁ、またルナマリアのときめきトークがはじまった。パンに乱暴にジャムを塗りながら、俺は聞いて聞かないフリをする。
かっこいいって、判ってる。かっこいいだろ、どうみてもアスランさんは。
ロックオンとかいう人だってそうだ。あれだけ高い身長と、人懐こいところとか、それでもって顔だって整ってる。あれでコーディネートしたわけじゃないっていうんだから、インチキだ。俺なんか、コーディネートしたってこんなちんくしゃになった。背だって高くない。

「この艦だったら、アスランさんかハイネがかっこよさではトップクラスだったけど、あの人もトップに入るわね、3トップかしら」
「わかった、わかったから、ルナ」
ルナがその話をしだすと長いんだ。
アスランさんは、かっこいいけどちょっと抜けてるところがあるのがまたいい、ロックオンって人は背が高いのとあの綺麗な髪と目が最高だけど、話やすいし話題豊富だし、一緒に居て楽しいのよね、とか。
どっちにしようって、…選んでどうするっていうんだ。

ルナは…、ってか女の人って凄い。この人いいなと思ったら、遠慮なくどんどん突っ込んでいくんだ。
だからあのロックオンって人は、女の人たちに物凄い人気で、あっという間にミネルバのクルーに馴染んだ。

「ねぇ、刹那君、あのロックオンってひと」
「俺は知らない」
「…まだ質問してないわ」
シカトした俺に質問しても無駄だと思ったのか、ルナは刹那に話を振る。
刹那の答えは早かった。今日の定食だったハンバーグを、まぐっ、と口に入れる。
まぁ、毎日何回も同じ事を言われてたら、答えるほうだってそうなるよな。
とてつもなく早い返事にルナマリアは肩を落とす。

刹那Fセイエイ、と名前を教えてもらって、歳を聞いたら同じだと知って驚いた。…だって俺の方が背が高いんだ。しかも5センチ以上は。ザフトでもオーブでも俺よりも背が低い男って早々居なかったから、それがちょっと嬉しくはあったけど、刹那は言葉が少なくて、必要以上の事を言わない。
刹那の仕草はレイに似ているところがある。…あー、いや、レイの方がまだ話をするかもしれない。刹那は本当に物静かって感じだ。
ルナマリアに言わせると、「貴方たち、外見は似ているのに、中身は正反対」だそうだ。

「そうそう、シン、あんた報告書出し忘れてるでしょ」
ふいにルナが俺に話をふった。
つい今の今までロックオンて人の話をして居ると思ったのに。
「報告書?俺出したよ、こないだの戦闘のだろ?」
「違うわ。自機の定期メンテナンスのやつよ」
「…え、あれって、いつまでだっけ!?」
「今日 ま で よ !」
フォークを俺につきつけるようにして言うルナに、俺は思わず「嘘ッ!」って叫んだ。
叫んだら、向こうで食事をしていたアスランさんにまで響いてしまったらしい。こっちを見て、苦笑いしてる。…あー…くそ、知ってたならいえよ、ちくしょ…。

「ガンダムか」
がっくり肩を落とした俺に、刹那が一言だけ言った。
「そうだよ」
当たり前だ。俺のインパルスの整備の事を言ってるんだから。付け合せのホウレンソウを、まぐっと食べ、スープをずずずと啜る。あー呑気に食べてる場合じゃないな。定期メンテナンスのやつだろ、あれって全箇所チェックしなくちゃならないんだよな…俺の場合、インパルスはそもそも換装システムだからパーツもチェック項目も多いから、人の倍は時間がかかる。今からやっても今日中に間に合うか。

「俺も手伝う」
刹那が言った。
「手伝うって言っても…、駄目だろ、そういう機密は言っちゃまずいと思うし」
だって、あんたら一応この戦艦の客扱いなんだぞ?赤服とか黒服着てたってさ。
「あら、いいんじゃないの?あのロックオンって人だってプログラミングしてたわよ」
「え!」
俺知らないぞ、そんなの!
メカニックの人たちとなんか話をしていたのは知ってる。けど、そんな機密にかかわるような事もやってたなんて知らなかった!
「隊長に聞いてみたらいいじゃない。刹那君に整備チェック手伝って貰ってもいいですかって」
「…えー…」
ハンバーグの最後の一口を食べる。咀嚼。ふと見れば刹那が俺を見ていた。
その目は興味深々だった。やりたいんだな…?絶対やりたいって目、してるよな?
あー…どうしたらいいんだろう、俺。

「アスランさんに聞くだけでしょ」
「…あー…そりゃ…そうだけど…」
「何よ、さっさと聞けばいいじゃない」
「いや…」
「聞きにくいんだろう、喧嘩をしているから」
突然、レイが突っ込んだ。それも、ドアタリな事を。
「うっ…」
「何!アンタまだ喧嘩してるの!?なんで?」
ルナが言うけど、聞いてるのはレイに対してだ。
「セイバーに彼が寝ていた時から、あまり会話していない」
「あれまだ引き摺ってるの!?」
「…う…」
すっぱりきっぱり。
ルナとレイは容赦なかった。
で、その肝心の刹那は、俺をじっと見つめたまま。
こいつはとにかくガンダムが好きなんだ。だから整備でもなんでも関わりたいんだと思う。刹那が居なくなったなと思ったら、大抵MSデッキにいけば居る。俺のインパルスだったりセイバーだったりザクを見てる。それも1時間でも2時間でも一晩でも好きなだけ。

「…だったら、刹那が聞きにいけば…」
「馬鹿、そのぐらいアンタやりなさいよ」
「だってさ…」
口を尖らせるけど、ルナは「そんな事も出来ないようじゃ駄目でしょ」って追い討ち。仲直りしなさいよとまで言われて、俺は余計にどうしてくれようと思った。
別に…喧嘩っていったって、話す事が無いだけで…。

「俺が聞けばいいのか」
「刹那君?」
「刹那、」
俺達が止める前に、刹那は席から立ち上がり、スタスタとアスランさんの元へと歩いていく。向こうで、ロックオンが、「よぉ刹那」って笑顔だけど、それに構うことなく、アスランさんに話かけて、整備の承諾を取ろうとしていた。
刹那が喋る。口が動いている。しかも結構長い時間。珍しい。アスランさんを説き伏せようとしてるんだ。
刹那がアスランさんを見つめる目は真剣で、そんな刹那に見つめられてアスランさんも苦笑てか微笑みってか…なんか曖昧な顔。
なんか、むっ、とした。

「シン」
見てるのも嫌になって、アスランさんと刹那から顔を背け、コーヒーを啜ろうとしていたら、今度は俺の名前を呼ぶ声。アスランさんが呼んでるんだ。
「…シーン、ほら呼んでる。いってきなさいよ」
「ええええ」
「どうせ報告書出しに行くときに会わなきゃいけないでしょ!アンタ」
「そうだけど…」
「ほら!」
ルナが俺の椅子を無理矢理引くから立ち上がるしかなく。
「なんでありますかぁ!」
俺はしぶしぶアスランさんのところへいく。
刹那が痛いぐらいに俺を見ていた。…もう、俺にそんなに期待するなってば…!

「整備の件、聞いた。彼にも教えてやってくれ」
「いいんでありますか」
「いい。お前が責任を持ってな」
「はあ」

本当にいいのか。でも俺はそんな事よりも、アスランさんと会話するのが久しぶりだと思った。
おかしいな、毎日顔見てるのに。

「じゃあ今からかかりますー!刹那、ほらいくぞ」
アスランさんと喋るのが久しぶりだと思って意識したら恥ずかしくなってきて、俺は刹那の腕を取った。
アスランさんの顔を見てるとドキドキするんだ!

ずかずかと歩いて席に戻る俺。
腕をつかまれた刹那が、赤くなった俺の顔を見ているのが気になった。
あぁ、ちくしょう、恥ずかしい!


***



去っていくシンアスカ(だったと思う)を見つめるアスランザラの目は、まるで親離れしてしまった子供を見つめる親みたいな目だと思った。
本当に、コイツはあの赤い眼の少年の事が気になって仕方ないんだなと判る。
心配で心配でしょうがないんだ。
なのに、肝心な事は何も言えない。今のやりとりだってそうだ。整備すればいいってだけ伝えて、あとは自分の感情をまるで何一つ伝えることが出来ない。

「アンタ、思った以上に不器用だな」
「よく言われます…」

がっくりと肩を落とすアスラン。はははと笑う声が切ない。
アンタの所為だけでもないとは思うが。
あのシンって子供は、まるで毛を逆立てたネコだ。首に鈴をつけたら似合いそうだな。

「向こうも随分とアンタに冷たい」
「俺が上手く出来ないから」
こっちはこっちで思い切り自虐。こりゃ前途多難なカップルだ。

「あのシンってやつが、もう少し素直だといいだがな。あれじゃあお前が苦労する」
食後のコーヒーに口をつけながら、冗談まじりで話せば、アスランは、がばっと顔を上げた。
「シンは素直なやつなんだ。時々問題は起こすけど、基本は素直なやつで、けど俺の言う事を聞いた試しはない。…特に、作戦立案中は衝突ばっかりで。けど二人で話せば、もう少し丸くはなるから助かる……って、俺、何か変な事を?」

俺の顔を見て、ふいに、アスランが言葉を止める。
いやあ…アンタ、無意識にノロケるやつなだなと思って、さ?