「武器換装システムNo205から310」
「No280まで問題なしNo281、285に要チェックの警告」
「えっ?…あーまずいな減圧症状出てるのか」
「直すか?」
「いまはいいや。報告書だから。チェックだけして明日部品発注を頼むことにする。ヨウランに言っておかないと駄目だな。ええと次は、ビームサーベルの出力チェック」
「了解」

俺が検査調査の項目を読み、刹那が実際に計器をあててチェック、という作業の繰り返しをしている。
MSデッキは閑散としていて、当番兵ぐらいしか居ない。警備兵が時々うろうろしてるぐらいだ。
就寝時間の過ぎたMSハンガーの中で、俺と刹那はインパルスの整備をもくもくと続けていた。
刹那は文句一つ言わない。俺が何度もあくびしたり、頭捻ったりしてるけど、刹那はこの作業が楽しいらしい。まぁ…刹那はガンダムっていうのがとても好きらしいから、こういう作業が楽しいんだろう。

「前から聞こうと思ってたんだけど、アンタもMSのパイロットなんだろ」
「ガンダムマイスターだ」
「…いや、その言い方はまだ慣れないんだけどさ」

マイスターって。なんでわざわざパイロットって言わずにマイスターって言うんだ?ガンダム動かすだけだろ?それって技術さえあれば誰にでも出来るものじゃないのか?
どうにも刹那の言っている事は、ガンダム=特別なMSっていう考えみたいで、俺は驚く。確かにザフトだってこれは最新鋭だから特別っていえば特別だけど。

「…刹那の世界のガンダムってどんなのなのか気になってきたよ」

ふと、呟きながら、ビームサーベルへの出力供給システムにアクセスする。
情報が端末に入力されていくのを目で追って確認しながらまたあくび。あぁ眠い。
ピ、ピ、と正常を示す計器の僅かな音が規則正しく続いていて、余計に頭がぼけっとする。
静かだった。
インパルスの発進格納ハンガーには俺と刹那がふたりきり。

「…ガンダムで、戦争をなくす」
「ん?」

刹那がぽつりと言った。
振り返ると、インパルスを見上げながら、何事が呟いている。どうやら俺の問いかけに刹那が答えてくれたらしかった。随分な時間差だ。
刹那の世界のガンダムの役割。それは、…ガンダムで戦争をなくすってことなのだと言う。
でも、それって戦って戦争をなくすって意味だろ?

「矛盾してないか?」
「している」
「だったらおかしいだろ」
「それでも、そうする事が正しいと俺は思っている」
「変な話だな」
「アンタだってそうだろう」
「え?」
「軍にいる。…このガンダムに乗っている。敵を殺している」
「だって、そうしなきゃ、平和にならないんだから」

何言ってるんだ。当たり前の話だ。
軍にいて、MSを動かしてるんだから、人を殺すのは当たり前のことだ。
MSを撃墜しなきゃ、また攻めてくる。そうして攻められて、俺達はまた家をなくす。家族をなくす。守りたいものを守りたいから戦っている。それは間違った事ではないと思う。
そりゃあ、俺達にだって矛盾はある。もしかしたら、罪のない人が、戦闘のひずみに巻き込まれているのかもしれない。けど、それで躊躇っていたら、絶対に前になんか進めない。悪くなる一方だ。連合は攻めて来るから。
…そうだ、そうだよ。
人を殺しているのは連合だ。あいつらはめちゃくちゃだ。人間らしいことなんてしてない。大きな組織を盾にして、人殺しをしているだけなんだ。

ピ、ピ、と小さな電子音だけが響いた。もう眠くはなかった。言い合いをしてしまったから、俺と刹那の間に流れる空気は気まずいものになってしまっていたけれど。
数字と記号が、ずらずら流れる端末を目で追いながら、異常のチェックする作業は単純で、どうしても今言い合った事を深く考えてしまう。
ふと刹那の手元を見れば、俺と同じように端末に流れる数字を目で追っていた。刹那はコーディネーターじゃないのに、チェックスピードが早くて驚く。

戦争、してるんだって。改めて言われて、
あぁ、そうなんだよな、って思った。
だって、俺は軍人だったから。

「……俺、家族を殺されたんだ」

静かな、音の無い空間に、ぽつりと呟いたつもりの声が響いた。
大して大きな声を出したわけじゃ無かったけど、声は妙に響いて聞こえて、思わず声を潜める。そんな大声で話すような内容でもない。

「中立のオーブって国に居たのに敵に攻められて、家族一緒に逃げてた。俺はマユの落とした携帯を拾おうとして、道にそれた。その瞬間、ビームの爆風に飛ばされて、気がついたらとおさんもかあさんもマユもふっとんで、ぐちゃぐちゃになった」

なんで、こんな話をしようとしているのか。自分でも判らなかったんだけど。
ただ、自分のトラウマを抉るようなことを話しているのに、声は淡々としていて、俺、なんでこんな冷静に話をしてるんだろうって、頭の片隅でぼんやりと思った。
刹那は手を止めて、こっちを見ていた。
こいつは、何を言っても感情が揺らがないのか、空気がまるで動かない。刹那は冷静だった。酷い話をしてるのに。
だから、なのか。
こんなの、人に話す事じゃないのに、口はどんどん言葉を吐き出す。
ルナマリアにもレイにも言った事はない。
アスランさんと、オーブの代表には怒鳴った。だってあいつら何にも判ってなくて、なのにのうのうとザフトの悪口ばっかりを言うから!アスランさんが復帰した後も、オーブの話は度々している。時々怒鳴りあって、でも答えは出ない。
だから、オーブの話や昔の話なんて、いつも怒鳴ったり怒ったりしてるばっかりだったのに、なんで俺、出会ってばっかりの素性も知らないようなやつに、こんな事話してるんだろう。…しかも、怒鳴りもせずにただ黙々と。
それでも俺の口は、止まらなかった。

「中立だったのに。国に裏切られた。戦争をしないって、絶対の中立国だって言ってたのに、結局は戦争をしたんだ。攻められて、守るって名目で、けど、国も人も守れなかった。どうしようもない国だった。オーブの代表は今だって、あの国を変えられない」

オーブは酷い国だ。
結局言っている事は全部机上の空論で、出来る事なんて何一つない。
戦争をしない、なんて、絶対の中立だって、そんなの守れるわけなかった。
大人たちの作った法律、あれは破られるためにあるんだ。きっと。
信じられるものなんて、他人は何一つ持ってない。
だから、俺は。

「ザフトに入って、強くなるって。誰も信じられないなら、自分が強くなって自分を信じて、そうやって生きていこうと思った。アカデミーを赤服で卒業できて、最新鋭で人とは違うMSも手に入れた。…インパルス」

伝えてみれば、俺も随分インパルスに入れ込んでるんだなって思った。
結局俺はこのMSが無くちゃ、何も出来ないんだ。
戦争をやめないから、戦争をする。
戦わなくちゃいけないから、MSに乗る。
…ああ、なんだ。俺って刹那にそっくりじゃんか。

言い終えて、胸のつかえが、すとんと落ちた気がした。
刹那がガンダムに乗る理由、判ったから。

「ごめん。俺の話で」
「いや」

なんか居た堪れなくなって、計器に目線を戻した。スタートボタンを押して、またチェックに戻る。
ビームサーベルに異常は無いようだった。あとは、チェストフライヤーのチェックだ。
刹那は何も言わなかった。

「刹那、そっちは…」
「異常ない」
「それじゃ次はあっちだ。計器、くれ」
「ああ」

赤い軍服がすくっと立った。刹那は姿勢がいいんだな。歩く姿も背筋がまっすぐ伸びていて、綺麗に歩く。ブーツのカカトが歩きにくそうではあったけど。

コードを巻いて計器を渡しながら、刹那がふと俺を見た。
数センチ低い目線から、刹那の強い目が見ている。
計器越しに手が触れ合っていた。…刹那の手はあたたかい。アスランさんより。


「誰も信頼していないのか」
「え?」
「一人で戦ってるわけじゃない」
「…信頼、って…いや、俺は…」

誰も信頼していない?
刹那の問いに自問自答して答えを出す。
信頼している人がいない。…いや、そんな事はないはずだ。
ルナもレイも艦長も、信用してる。だってそうしなきゃ、MS戦なんて出来ない。
議長の示してくれる未来だって、正しいものだって信じてる。そうじゃなきゃ、戦争も出来ない。確かな光が見えるから俺は戦ってるんだ。

けど、それは信用、なんじゃないのか?
戦うことばっかり、信じてる。

「…俺、は…」

違う。
…違うだろ、そんなはずはない。
いるはずだ。信頼、してるひとが。

「…いる、…さ。…居る。信頼してる人は、居る」

信じたいから信じてる。
信頼、している。
そんな人は居る。
脳裏に浮かんだのは、青紫色の髪を揺らした赤服の背中だった。

アスラン、さん。

音にせずに、名前を呟いた。
信頼している。…しているんだ。
あの人が、どれだけ強いのか、本当は知ってる。
理想ばっかり、ああじゃない、こうじゃないって、駄目出しばっかり。オーブの肩を持つばっかりで、ザフトに居るのにザフトの行動さえ批判する。俺の心だって、そうじゃないって、お前はそんな事をするなって言うくせに、あの人だって戦場に出るんだ。敵機を撃墜して人を殺してる。

(…でも)

信頼してるんだ。
だってあの人は強いから。俺の事を本気で怒るぐらいに、見てくれてるって判るから。
あんなに人の事ばっかり心配して、たまには自分のことも気遣えよって思うぐらい、お人よしなのも判ってる。

それなのに、
俺の事を好きだって、…好きだって言ったんだ。あの人。
馬鹿みたいだ。
叱って、殴って、迷ってばっかりなのに、そこだけ断言するなんて、本当に馬鹿だ。

信頼してる。
俺だって好きだ。

「刹那、お前の言うとおりだよ」
「………」

刹那は答えなかった。
ただ、俺を見てる。
いつもまっすぐに見てくるのな、こいつ。

「信頼してる、あの人の事、ちゃんと信じてる俺は、…でも、でもさ?」

そこまで口にして、それ以上を言えなかった。
言葉にしてしまったら、本当にそうなってしまいそうだったから。

…だって、きっとあの人は、俺を裏切るんだろう。
俺の望む通りにはならないんだろう。

悩んで、悩んで、今ある答えじゃないものを探そうとしてるから、きっと今の俺と合わなくなって歪みが出てくる。

俺と違うものを見てる人。
戦わなきゃ、敵機を落とさなきゃ、自分がやられるのに、それなのに迷いながら、戸惑いながら戦っている。
馬鹿だろ?やらなきゃ、自分が落とされるだけなのに。
迷ってたら落とされるだけなのに、それでも、あの人は迷っていて、自分の進む道を探してる。
そんな人と俺が、どうしたら同じ道を行けるっていうんだ。

アンタは、ザフトを信じてないんだ?
俺の言う事も信じない。
やってることは間違いだって言って、違うんだって。

アンタはさ、本当は他人の言う事、何も信じてないんだ?
何も信じられるものがないんだ?
ねぇ、アスランさんは信頼している人は居る?
それは、あのフリーダムのパイロット?
オーブの代表?
婚約者っていうラクスクライン?

でも誰も傍には居ないよ。アンタの傍に居るのは俺だけ。
だから、さ?
俺が信じてやる。
アンタ自身もアンタを信じられないのなら、俺が信じてやろうと決めた。

裏切ってもいいよ。何したっていいよ。

だって、どうせ俺達は駄目になる。
どうせ、アスランさんは、アスランさんが信じるもののために進んでいくだろうから。
だから、それまでは、俺ぐらいが、アンタを信じたっていいだろう?

「…刹那!」

顔を上げれば、刹那はインパルスのハンガーから降りようとしていた。
手伝いをあらかた終え、部屋に戻ろうとしているのを見て、声をかければ、大きな目が俺を見つめた。

「あ、…ありがとう」

礼を言えば、やっぱり刹那はにこりともせずに、「いや、」と一言だけ告げて、デッキへと降りていった。
残された俺は、計器を抱えながら、MSハンガーから出てゆく刹那の赤い軍服に、あの人を重ねて見ていた。



***



「随分と大人な意見だったな、刹那」

まるで老人のようにしみじみと言いながら、広げた赤服の襟の中に顔を埋めて首筋にキスを落とす。
随分と顎に近い位置に落とされたキスだが、この軍服ならばキスマークの一つや二つ付いていても問題ないだろうというのがロックオンの意見だ。シャワーを浴びるのも、服を脱ぐのも、この部屋でしか行われないのなら問題はないだろう、と。

きっちりとした軍服と、真紅ともいえる赤をまとう刹那が珍しいのか、何度も服に触れてくる。
ゆっくりと時間をかけて襟のボタンを外してくるロックオンを間近で見つめながら、ロックオンが呟く。
やっていることは、まったく子供のようなのに、人には大人になったなどと、どの口が言うのか。

「離せ、」
「いやだね」

即答で返された言葉を証明するかのように、さらに唇を首筋へと落とし、肌を吸っては舐める。
何が楽しいのか、ロックオンは随分とこの軍服が気に入っているようだ。
別段、この赤い服が似合っているとも思えない。あのシンアスカという男と同じではないか。どちらかというと制服に着させられている印象がある。
似合っているのならば、このロックオンストラトスがまとった黒い軍服の方が様になっているだろう。
襟を広げ、くつろいだように見せかけておきながら、堂々を歩く姿など、何処からどう見ても、このミネルバという戦艦に慣れた軍人のように見えた。

何が、大人だ。
馬鹿にされているようにしか思えない。
大人だと言っているこの男こそが、どれだけ子供じみた事をするのか刹那は知っている。
ロックオンの愛撫から逃げるように身体を捻るが、そうはさせまいと刹那の腰を引き寄せて身体全てを抱き締めるように腕を回す。
ぴちゃ、と水音が首筋に響いて、ぞくりと肌が粟立った。

「俺はお前を褒めてるんだぜ」
「……、」
「仲直りさせたんじゃないのか?あいつらを」

言われた言葉に、やはり見ていたのかと、刹那は心でため息をつく。
あの人気の無いMSハンガーで、気配を殺したようにそこに居たのであろうロックオンの姿が容易に浮かんだ。

「ほら、刹那」
「…っ、」

ロックオンのキスが、首筋から鎖骨へと進んでいる。舌先で骨の筋を辿りながら、マーキングのように刹那の身体を吸う姿。
きっとこの男は、ガンダムの整備中もずっと見ていたのだろう。ロックオンもそうだが、おそらくあのアスランザラという青紫の髪の男も居たのだと思う。
あのガンダムの整備許可を与えたのは、あの男だ。
透明に透き通ったような緑色の目が、あのシンアスカをいつも見ているのは知っている。
いつでも感じる視線。あれだけ思われているのに、シンアスカはそっぽを向いてばかりで肝心の心根に気付こうとしない。
…別に仲直りをさせたつもりはない。

「…俺は知らない」

そんなつもりはない。
お前に言われることもない。
ふい、と目線を逸らした刹那に、ロックオンが笑った。

「ま、それならそれでいいけどさ?」

胸を吸えば、刹那の身体が撓った。それを抱きとめることをせずに、撓った身体をそのままベッドへ押し倒す。黒髪がシーツに散らばった。綺麗な色だ。
赤い色と黒色。褐色の肌。それは見事なコントラストをうんで、ロックオンの目に新鮮に、刺激的にうつる。

「ほら、抱いてやる」

囁けば、好きにしろとばかりに刹那の瞳が閉じられた。