そこらの戦艦よりずっと入り組んだ造りの、しかも結構だだっ広いミネルバ内。
そのMSハンガーの隅っこで、大の大人が2人、息を切らせて身体を丸めていた。赤服と黒服である。

片方は、ザフトのエース、フェイスのアスランザラであり、
もう片方は、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター、ロックオンストラトスである。

「まいたか…?」
「いや、…まだ無理です、とりあえずもう少し様子を…」
「あ----!いた!」

身をかがめようとした2人の背後から、ルナマリアのあまりにも元気すぎる声が響いた。
思わず肩を震わせたのはアスランとロックオンで、見つかったのなら逃げろとばかりに盾にしていたコンテナをひらりとかわしてハンガー内をひた走る。

はたから見れば、フェイスバッチをつけた赤服の英雄と、黒軍服を着た美形が、とっさに身体を丸めて逃げ出したのである。
しかも何故か手には、水鉄砲を抱えて。

…こんな奇想天外な事態になったのは、つい数十分前のささいな会話一つがきっかけだった。

「知ってます?あのロックオンって人、スナイパーらしいですよ」

どこから手に入れた情報なのか、女性の情報網とは恐ろしい。
そんな機密は一切他人には言ってないはずだし、ロックオンがスナイパーであることを知っているのはこの艦では刹那ぐらいだ。
刹那が他人に人の事を喋るわけもないし、ではどうしてバレたのかとロックオンは走りながら考えた。
(…まさかとは思うけど、射撃訓練させてくれって言ったからか!?)
この艦に射撃場があると知ったのは最近で、ならば腕が鈍らないように訓練させてもらおうと、聞いてみただけだ。弾が入った拳銃を撃ったわけではないが、久しぶりに持った銃を構えて感覚を身体に思い出せはしたが、しかしあれでバレるとは。
それだけの鋭さがあるのなら、こんなところで戦艦に乗るより、索敵かスパイをやった方がいいんじゃないかと思う。
が、しかし、何故だからといって、このアスランザラと射撃で対決してください、なんて事になったのだろう!

「だって、気になるじゃないですか!アスランさんは、そりゃもう射撃の腕前はスゴイんですからね、私のお隅付きです。もうホントに敵なしです。アカデミーの成績だって、アスランさん、ずっとトップだったんですよ!いまだにその記録は破られてないんです!そんなアスランさんに対抗できそうな人ってこの艦には居なかったんですよね、レイが一番近いんですけど、それでもアスランさんと比べちゃうとやっぱりまだまだだった。シンも論外だし私も射撃が苦手だし。つまり、MS隊で一番優れてるのアスランさんなんですよね、さすがフェイスっていうべきか」

そんなに力んで言われても。で、どうしろというんだ。

「実弾使うと艦長に怒られますから、これでどうぞ。アスランさんにも持たせてあります。で、狙い撃ってください」

いや、狙い撃てないだろ。いくら水鉄砲とはいえ。というか艦内は水浸しになるぞ。一発だけ当てろっていうことか。

「大丈夫です、中身は水じゃないです。模擬射撃訓練で使う、色つきのネバネバ弾入れてありますから、これで撃つとしばらく相手の動きを封じることが出来ます。だから早く相手を撃ち抜いたほうが勝ちです。はい、スタート!負けたら食事1日抜きです!」

それもどうかと思うが!
抵抗しようにも、ルナマリアはあっという間にスタートの笛を吹き、もう始まりましたからね、と声を上げた。
隣では彼女の妹だというメイリンホークが、どこかに回線を繋いでいる。「あ、アスランさん?スタートです」それだけ言ってぷつりと切れたが、マイクの向こうから、「ちょっとまて、おいっ…」という聞き覚えのある声が聞こえてきた。たぶん向こうでも同じような状況に陥っているらしい。
なんだこれは。子供の遊びか。似たようなものだろう。聞けば、ルナマリアはまだ17だとか言う。この密閉された戦艦の中で、貴重な遊びを発見して楽しいのだ。

そして今に至る。
当然、撃つべき謂れのない二人が顔を合わせたところで、撃ち合いになるわけもない。
どうするんだ!
どうしようもないです!
そうか、ならとりあえず。
…逃げる!

「ちょっと!二人同時に逃げちゃ意味ないでしょーっ!」

叫び声が聞こえるが、そんなものをいちいち聞いてはいられない。
脱兎のごとく逃げる二人を追いながら、ルナマリアは彼らの手に、カラフルなプラスチックで作られた水鉄砲があるのを確認して足を止めた。
逃げる程に嫌だというならあの水鉄砲を置いていけばいいのに、2人とも銃は離さない。そこはさすがというべきか。かたや軍人、かたやスナイパーである。
ルナマリアは仕方ないわね、とポケットから端末を取り出し、回線を繋げた。

「あ、メイリン?駄目だわ、あの二人お互いを撃ち合う気はないみたい。作戦変更よ。あの二人は?…そう、わかったわ。ええ、じゃあ彼らにも指示を出して」

ぷつりと回線を切ったルナマリアは楽しげに笑った。

「ま、これで余計に楽しくなるんだけど、ね?」