事情がさっぱり読めない上に、めちゃくちゃな勢いで、赤い服と黒い服が追いかけてくる!
「なんなんだよこれはッ!」
必死で逃げた。
勝手知ったるミネルバ内、隊長とかルナとか色んなものからよく逃げてるから、こーゆーのは熟知してる…のはなんか悲しいサガっていうか。
ミネルバの事を、そう知らない刹那の腕を引っ張って、必死で逃げてる俺たちって一体なんなんだろう。
突然す巻きにされて連行され、開放されたと思ったら、過去のトラブル一覧を艦長にチクると言われた上に、ひらひらのメイド服を着させようなんて、趣味が悪い!悪すぎる!
「あら何言ってんの、ああいうのは男のロマンよ」
って言ったのは、途中ですれ違ったルナだ。
何がロマンだ!あんなの着せたいと思うか!?
あ、でもマユやステラに着せたら似合うだろうなぁ…って思ったらいいかもって…いやいや!それは女の子だから似合うんだろ!?俺や刹那が着て似合うもんじゃない!…ハズだ!

「刹那、走れ!」
「走ってる」
遠くから、2人分の足音が聞こえるのが恐怖だ。アレに捕まったらおしまいなんだ!

「…ったく、なんで、こんなっ」
コーディネーターだからって走りまくったら、いい加減疲れる。通路の突き当たりの死角に逃げ込んで、息を潜めた。頼むから追ってくるなよ!?

そもそも、こんな状態になったのは、どうやらアスランさんとあのロックオンって人のどっちが射撃能力があるかっていうルナマリアの好奇心から始まったってのは判った。
ってことは、俺たちって巻き込まれただけだよな…?

「別にどっちの腕が上でもいいだろ…」
思わずため息。アスランさんの射撃がスゴイのは判ってる。で、あのロックオンって人もスゴイんだろう。多分。
「…刹那、ロックオンってスゴイのか?」
「何がだ」
「いや、射撃」
「ああ」

それだけかよ。…そんなんじゃ判らないけど、刹那が認めるってことは多分嘘ではないんだろう。
「じゃあもう、二人ともたいしたもんだ、ってコトで一件落着出来なかったのかね…」
なんで巻き込まれてるんだ、俺たち…。
とにかく、このままじゃどうしようもないと、物置と化していた通路に積み上げられた工具コンテナの中を漁る。
この鬼ごっこに武器携帯は禁止されてないはずだ。実弾を撃つような馬鹿な真似はしなけど、身を守るための武器は必要だし。
コンテナの中には工具のゴミみたいなものしかなかったけれど、その中に鉄パイプを見つけて取り出した。剣がわり…っていうには、どうにも頼もしくないけど。
「刹那使えるか」
「使える」
パイプを渡せば即座に受け取った。へえ、こいつが戦うなんて想像つかないけど、結構やれるんだろうか。
もう1本、曲がった鉄パイプを取り出して、俺の武器。
これでなんとか武器っぽくなった。いざとなったらこれで殴ろう。アスランさんには悪いけど、背に腹は変えられないし、気絶させるぐらいならいいだろ。…多分。

「きた」
刹那が言った。気を張れば確かに二人の足音。ここは行き止まりだから逃げられないし、これはもう戦うしかない。メイド服なんか着たいわけないし!
剣…という名の鉄パイプを握りしめて、俺と刹那は立ちはだかった。


***


ようやく見つけた、と思ったら、あいつらはタチの悪い事に、武器を手にしていた。
おい、あれ鉄パイプじゃないか。どこのチンピラだ。
しかし刹那に鉄パイプを持たせるとは、鬼に金棒だ。刹那の能力を判って持たせたんなら、あのシンアスカという赤眼のパイロットはなかなかやってくれる。

「おい、アスラン、あんた、この間合いに飛び込むこと出来るか」
「え?」
「囮になれっていってるんだが…あいつらの鉄パイプを避けるのは得意か?」
「あ、…ああ、出来るとは思うが…」
「なら俺が後ろから狙い撃つ。頼むぜ」
「ええっ?」
それがあまりにも嫌そうな顔をしたから、罪悪感が芽生えた。そりゃあ囮になれってのは嫌だろう。
普段のミッションで刹那と組んでばっかりだから、狙撃タイプの人間と組むのはどうにも感覚が鈍る。
「ああ、嫌なら俺が飛び出すから、お前が…」
「む、無理だ!」
「ちょっとまて。なんで断言するんだ、お前は」
「っ…いや、…いくらなんでもシンを撃つのは…」
「撃つって!水鉄砲だぞ!?これ!」
「しかし、万が一にも実弾が…」
「入ってるわけないだろ!」

こんなへなちょこプラスチックで作られた水鉄砲の中に何が入ってるっていうんだ!試しにと中身をあけてみれば、やはり色付きのねちゃっとした液体がたぷたぷ浮いてる。これで怪我をするっていうなら教えて欲しいぐらいだ。
「…しかしっ…」
「おいあんたホントに軍人か…?」
水鉄砲とはいえ、味方を撃てないってのは重傷だ。

「わかった、ならお前は刹那を狙え。俺はシンアスカを狙う」
「えっ!」
「いくぞ、3、2、1」
優柔不断なら、もう強引にいくしかない。
カラフルな色の水鉄砲をライフルさながらに構えるのもアホらしいが、こうしなければ狙いがズレる。
アホらしいが、とりあえずメイド姿には興味がある。
男なら、やってみせたいところだろう!

行き止まりに潜んでいる赤服に向けて水鉄砲を構えた。狙いを定めてみれば、思いの他、至近距離で居る事に気付いた瞬間、いける!と思った。引き金を引くと、卑猥なぐらいのネバついた液体が、赤服に向けて飛ぶ。
勝ったな、と思った途端、しかし恐ろしい速さで、鉄パイプが目の前を掠めた。
「なっ!」
「うらぁああ!」
高い声の咆哮と共に、シンに向けて放たれた液体が、鉄パイプにあたって床にべしゃりと叩きつけられた。
う、嘘だろ!
いくら実弾よりも速度は遅いとはいえ、あれをかわすか!?
気付けば、もうひとりの赤服が、俺の懐付近に飛び込んでいてさらに驚いた。刹那だ!
「っ!」
ほとんど反射で身を引くと、刹那の腰から繰り出された、居合い抜きのようなするどい剣先(…いやパイプ先か?)が、腹のギリギリを掠めた。黒服がびり、と音を立てて僅かに破れる。
「おまっ…!」
間合いを取って刹那と向き合えば、おそろしいまでに本気を出してくるのが判って、たじろぐ。
「…ロックオン、お前に負ける気はない」
「刹那、おまっ!」
一呼吸置いて、2閃目が繰り出されて、後ろへ飛んで逃げる。こいつ、マジ本気でッ…!

「シン!」
「っつ!」
ふと見れば、横でもシンがアスランに向けて剣を繰り出している。
水鉄砲の胴体でシンの太刀筋を受け止めたアスランが、ぎりぎりと音を立てて凌いでいた。
「俺はゴメンですからね!あんな恰好ぜったい嫌です!」
「シンッ!」
「悪趣味だ!最低だ!」
「ま、まてっ、あれは俺の趣味じゃない!」
「刹那ッ!」
シンが叫ぶ。と、同時に俺を狙っていたはずの刹那が何時の間にかアスランの首を狙ってパイプを振り下ろしていた。…とんでもないコンビネーション。
「うわっ!」
それを寸前で避けたアスランも、大したものだった。さすがはMS隊の隊長ってやつか。
しかしこのままやられるわけにはいかない。残り時間も僅かなはずだ。
「狙い撃ってやるぜ!」
2人を相手にしてるアスランを援護すべく、俺は水鉄砲を構えた。



***



「で、この有様なのね」
あーあ、とため息をつきながら、しゃがんだルナマリアが、床に飛び散ったねばねばの液体を指先に取った。
この対決を見守るはずだったミネルバクルーも、あまりの酷さに苦笑しか出ない状態だ。
「酷いわ…」
通路中に、ねばねばがこびり付いている。どれだけ連射したらこうなるのか、ルナマリアにはさっぱりわからなかった。

「壁についた跡は、連射した痕で、床にべっちゃりついているのって、あの鉄パイプで叩き落としたってコトだよね…?」
「そうでしょうね」
通路に転がっている鉄パイプにも、べっちょりと跡がついている。2本ともだ。
シンが近距離戦を得意としていたのは知っているけれど、刹那って子もそうなのね、と結論づけて、ルナマリアは立ち上がった。

「ねばねば弾が無くなるまで撃ちつくして、お互い滑って転んでこんな状態になってこと…?」
「それ以外、考えられないわよ」
「じゃあ、どっちが勝ったのかも判らないね」
「私が知りたかったのは、アスランさんとロックオンさんの腕前だったんだけど。もうどうしようもないわね、これじゃあ」
やれやれとため息をついて、ねばねばだらけの通路に倒れた4人の顔を見つめた。
身体中に弾を浴びた有様はまさに無様だ。疲れきったのか転んだ時にどこかで打ったのか、気絶に近い状態で転がっている。

おあいこね。
これだけ、艦を汚してしまえば、艦長の耳にも嫌でも入ってしまうだろう。責任はこの4人だ。
事のなりゆきを見守ったクルーもメイリンも、後始末はごめんだと、早々に引き上げてしまった。

「メイド服、4人分用意しておけばよかったわ。…残念」
呟いて、ルナマリアは楽しそうにその場を後にした。