ANDROID SOUL :: アイスの話。
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「あっちぃなあ…」
額にぷつぷつとわき出る汗を、皮手袋を嵌めた手でなぞった。
次から次へと汗が吹き出る。
まったく、この都市の夏期というものは、本当に滅入る。

「湿度も高くて雨も多い…のくせに、こんなに気温が高いってのは…」
空を見上げれば、太陽の光が燦々と輝いていた。それがロックオンの白い肌をじりじりと焼く。
皮のぴっちりとした手袋の中にまで汗が伝っているのがわかる。
「さっさと帰るに限るな、こりゃ」
手にかかえたスーパーの紙袋をもちなおし、ロックオンは家路を急いだ。
そうだ、こういう暑い日には、ガンガンに空調を聞かせた部屋で、下着一枚になって、冷たいものをほおばる。
それがきっと何よりも贅沢なんだ。


***

買い出しの荷物をダイニングテーブルに広げている間、刹那は目を丸めてじっとそれをみていた。
テーブルに置かれているのは、なんてことはない、毎日の食生活に必要な食材ばかりだ。

牛乳、缶詰、ビタミン剤にインスタント食品。
それらを並べておえて、最後に袋の一番下にあったそれを取り出した。
「ほらよ、刹那」
両手の大きさほどの箱をとりだして、刹那の手に手渡した。
「…なんだ?」
「アイスだよ。アイスバー。こんだけ暑いんだ、こういうのが嬉しいだろうと思ってさ」
刹那は見た目こそ、そこらへんのジュニアハイスクールの子供のようだが、アンドロイドなだけあって、知識はよくできた博士並みだ。しかし自分が経験していないことまではさすがに覚える事はできないらしく、現在様々なものを取り入れようと努力している。
が、それはやはり不完全で、いつもどこかが抜けている。
まさに、今がそれだ。
手にしたアイスを、刹那はまじまじと見つめて、不思議そうに首を捻った。

「あいすばー…。これは冷たいな」
「そりゃあ、アイスだからな」
部屋の空調はまだ、部屋を完全な適温にはしていない。暑い。
ロックオンはシャツの裾をぱたぱたとあおいだ。
「せっかく買ってきたんだ、アイス食べちまおうぜ」
刹那の手の中にある箱に手を伸ばし、バーを1本取り出した。
袋をあけて、さっそく口の中に放る。
「…ふお、冷てぇっ」
甘いバニラのにおいと、口の中を刺すほどに冷たい感触に、思わず目をぎゅっと閉じる。このキンとくる冷たさがたまらない。
「どうした?おまえも食えよ」
「…ああ」
刹那は、アイスとロックオンを代わる代わる見、やがて自分の手の中にあるアイスに手を伸ばした。
ぺりぺりと袋をはいで、棒を持つと、アイスを口に含む。
「…!!」
口に入れた瞬間に、肩をすくめてひどく驚いてみせ、アイスを口から出す。
「…なんだ?どうしたよ」
刹那がくわえたアイスには、見事に歯形がついている。
「おもいっきり噛みついたのか。そりゃあ…」
「ロックオン、これは冷たい!」
「…は?」
目を大きく丸くして、刹那が興奮気味に叫んだ。
「…冷たいって…そりゃ…アイスなんだから…」
ふとそこまで言って気づいた。
目の前には、アイスをじっくり見つめる刹那がいる。
「…まさか…おまえ、アイス、はじめて食べるのか…」
「ロックオン、これはなんだ。氷のようなものか」
「…氷…あーまあ、冷やして食べるっていう意味では同じだな」
「そうなのか。あいすばー…不思議なたべものだ…」
感慨深くつぶやいてみせて、じっくりとアイスバーを見つめる。まるで子供のような仕草に思わずかわいさがこみあげてきた。

刹那がアンドロイドであること。
知らないことが多いということ。
それは重々知っていたつもりだったが、おもいもがけない普通の常識的なことを知らない事も多く、刹那はそのたびに驚いてみせる。それはロックオンにとってもひどく新鮮だった。
今とて、アイスをじっと見ては楽しんでいるようだ。
なんの変哲もないアイスバー。

「…ロックオン、溶けてきた」
「そりゃあアイスなんだ、溶けるさ」
「すごいな」
細い棒にアイスが垂れる。バニラの乳白色のとろりとした液体が、棒に垂れて、刹那の指にまで達した。
「おちちまうぞ」
言うと、舌を出してそれを舐めとる。指ごと舐めた。
その野生的な食べ方に、少しばかり胸が疼く。

(…アイスを食べさせるのをみて興奮する男もいるって聞くが…)

まさか自分もそんな男の仲間入りをしてるのだろうか。
いや、これはどちらかというと、そういうイカガワシイ事さえ思いつかない刹那が、能天気に指を舐めたりするから、余計にヘンな気分になるんであって…。

「…刹那、アイスバーってのは、溶けないように銜えて食べるんだよ」
「垂れてくる」
「ああ、だから早く食わねえと」
垂れてくるアイスに悪戦苦闘の刹那が、舌を出して、れろれろとバニラを舐める。
やがて垂れるそれに我慢できなくなったのか、刹那が大きな口をあけて、アイスバーに食らいついた。

「そうそう、こぼれないように、舐めるように…って、…え?」

大きな口をあけて、刹那がアイスに喰らいつく。
それはもう、大きな口だ。アイスバーの残りが全部飲み込めるぐらいの。
そう、全部。

根本までを口にふくんで、アイスの全長を飲み込み、もごもごと動かしてから棒を引き抜いた時、そこにはもうバニラはひとかけらも残っていなかった。刹那の手にあるのは、棒だけ。

「おまっ…。一気食いしたのか!」
「ろっふおんが、ほけるまえに、はへへしまへと…」
「刹那ぁ…」
いや、そういう事じゃねえ。情緒ってもんを考えろ。
思わず叫ぶ。が、刹那は口の中にある甘いそれをまぐまぐと食べるばかり。
時折、キィンとくる冷たさに眉間にしわを寄せて耐えている。
「これは…頭痛を引き起こす…」
「そりゃ、そんだけいっぺんに食えばな…」
思わず、ぐったりと肩を落とした。
情緒。
…返せ、俺が少しばかり夢見た情緒。

「俺は何か悪い事をしたのか」
察したのか刹那がたずねるが、それに答えてやる気にはなれなかった。
「…いーや、お前は何にも悪い事はしてねえよ…してねえが、空気は読んでねえ…」
「そうか。難しいな」
言いながらも、刹那は口の中に残った最後のアイスを、おいしそうに食していた。