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その日も、僕たちは海賊征伐のために、MSで出撃をしていた。毎日のように続くアラート、一体どこからこんなに海賊が出てくるんだろうと思うぐらい。
狙われるのはいつもザフト宙域。それも貨物船ばかり。
襲撃されて、物を全て奪われるという事件が頻発して起きていた。それはオーブへ輸出するものだったり、逆に輸入するものだったりと様々だ。オーブとザフトの国交正常化によって、以前よりも生活物資は増えている。だからこそ、それを狙っているんだと思うけど、それにしても疲れた!

「…ふう…おわった…」
ようやく出撃を終えて基地へと戻り、ヘルメットを脱いでパサパサと髪を左右になびかせる。汗がじっとりしていて気持ちが悪い。早くシャワーを浴びたい。けれどそれよりも先にやらなきゃならないことがある。
コックピットハッチを開けると、すぐさま整備班がやってきた。被弾したところはないよ、と伝えると、「でしょうね」と返事。…うん、信用してくれるのはありがたいけど、僕の機体は被弾してなくても、隊の子達が何機か被弾している。幸いかすり傷程度だから、整備班のひとたちが頑張ってくれればなんとか今日中には直るだろう。頼みますと言い置いて、僕は装甲を蹴る。
身体を浮かせて進むと、MSデッキにはさっき捕獲したばかりの海賊が所有していたMSが運び込まれていた。僕が機体の両手足とバーニアを撃った。中に居る人は大丈夫だろうけど、機体はボディしか残ってない。
今の戦闘で旧式のMSが数機出ていたみたいだけど、運よく捕獲できたのはこの一機だけだった。
海賊に襲われていると通報を受けてから出撃すると、大抵もうすでに物資は盗まれた後、ということが多い。だから今回一機でもMSを捕獲出来て、犯人である男を捕まえられたのは今回の成果だった。
コックピットのパスコードはすぐに分析されて、さほど時間も掛からずにパイロットが引きずり下ろされた。
「くそっ!俺の所為じゃねえ!」
捕まった男はひどく抵抗していた。たちが悪い。みんなで取り囲んでようやく手錠をかける。けれどそれでも乱暴な声は止まらない。怒鳴り声が聞こえた。
「俺は、頼まれてやっただけなんだよ!あの船を襲えって!金目のもんばっかり積んでるからいい金になるって!」
…あの船を襲えって頼まれた?
じゃあ彼は首謀者じゃないということだろうか。
僕はその声を聞きながら、床に着地した。向かう先は更衣室だ。あの犯人を取り調べるのは僕じゃない。これからこってりと搾られるんだろう。…けどああいう言い方をするということは、どうやらそれ以上何も情報は持っていなさそうだ。
グリップにつかまって進むと、僕の前に見慣れた後ろ姿が見えた。シンだ。
「おつかれさま、シン」
「あ。おつかれさまですー」
グリップを掴んだままシンが振り返る。彼も今出撃をしていたけど無事だ。被弾もしてない。さすだよね。
「…あいつ、情報持ってなさそうですね」
シンも同じことを思ったらしい。僕は肩をすくめた。
「みたいだね」
「もういい加減にして欲しいんですけどね。最近出撃ばっかだ。それも貨物船ばっかり!」
「ああいう海賊のひとたちをまとめて指示してる首謀者が居るって事だね」
「ってことはまた貨物船が狙われるって事でしょ。ったくいい加減にしろって…」
ずかずかと歩きながら、待機室に入って、更衣室に流れていく。
すぐさま窮屈なパイロットスーツを脱ぎにかかりながらも、シンの口からは愚痴ばかりだ。うん、気持ちはわかるよ。僕だって同じだから。だからこそ苦く笑うことしか出来ない。
「最近また多くなったからね。物騒だ」
ジィ、とチャックを下ろし、スーツを脱ぐ。
早く終わって欲しい。こんな事件は。お金欲しさの犯行なんて、そんなの誰も喜ばないのに。
僕の隣では、シンが着替えの手を止めて、いつの間に持ち込んだのか、通信端末の画面をじっと見ていた。
…あ、また見てる。
画面をじっと見つめるシンを、ちらりと横目で見ながら、僕は着替えを続けた。
別に、端末を見るのは構わないんだけどね。君、端末ばっかり気にしてる。
放っておいてあげようと思っていたけれど、端末を見つめるシンの目が、あまりにも切なげだったから、僕は思わず声をかけてしまった。だってシンがどうしてそんなに端末を気にしてるのか知っているから。
「画面をじっと見てるだけじゃ、何も受信しないよ、シン」
「………」
僕に指摘されて、ようやくシンは顔を上げた。だけどその表情は、ぶすっとしたままだ。不機嫌そう。…君、本当に思っている事が顔に出るんだね。
僕に言われたことでちょっと居心地が悪くなったらしいシンが、口を尖らせて着替えを再開する。けれどいつもの赤服に着替えたシンは、またもう一度画面を見た。
本当に気になるんだね、君。
「ほらシン、仕事仕事。デスクワークはまだまだたっくさん残ってるよ」
「それは、キラが進めてないからだろ」
あっ、ひどいこと言う。僕だってちゃんと仕事してるよ、もう。だから言い返してみる。
「着信ばっかり気にして、上の空になっちゃうシンよりは、マシだもん」
「…う」
言い返した僕に、シンはそれ以上言えなかったみたいで、ぐう、と唇を噛んだ。…上の空になってる自覚、あったんだ?
シンは居心地悪そうな顔のままで、通路に出ると、今度は執務室に向かってまっすぐにグリップを握った。うん、仕事しようね。頑張らないと僕たち、今日中に帰れなくなっちゃうから。
だから部屋にたどり着いた早々、シンに書類の束を渡した。
「それ、今日中にやらないといけないんだ」
「……げ」
眉を思いっきり寄せたシンが、嫌々ながら書類を受け取る。
頑張ろうよ、シン。だってしょうがないじゃない。君と僕は同じヤマト隊なんだもの。戦うだけが仕事じゃない。平和な日々の中では、こういうデスクワークがこれからも沢山増えていくんだから。
「出撃ばっかりで大変だけど、がんばろうシン」
「…頑張るったって限度が」
うん。それも判る。どう考えても簡単に終わるようなものじゃないもんね。
「アンタが本気を出せば俺より早いでしょ、仕事」
「だから、一緒にやろうよ」
僕だけ頑張るなんて切ないじゃない。
「僕は、シンと一緒にがんばりたい」
言うと、今度はため息をつかれちゃった。けれど覚悟は決まったのか、シンは書類を小脇に抱えると、くるりと背を向けて僕の執務室から出て行こうとする。けれどその時、シンはまた通信端末を取り出した。
画面をみる。音沙汰なし。メールも着信もゼロだ。音で判る。
「さっき見たばっかりでしょ、それ」
そんな頻繁に見たってしょうがないのに。僕はちょっとだけ笑う。
「………これは、ただの癖です」
シンは背中を向けたまま低く答えた。
癖、って。やだな。そんなわけないのに。判っているんだからね、僕は。
「へぇ。アスランから返事が来なくなってから癖になったの?」
「…………」
言うと、シンがピクンとしたあとに止まった。うん。いまさら驚かないでよ。いくらなんでも僕だってわかるよ。だって君がそんなに着信に真剣になるのって、アスランのことぐらいじゃない。
僕の鋭い言い方に、シンはまた眉を寄せて、顔だけで振り返った。…そんな顔されてもさ?
「そんなに気になるなら、シンからアスランに通話してみたらいいのに」
「…あのな」
「メールは?きっと見てくれるよ」
「…うるさいですよ」
低い不機嫌な声がすぐさま返ってくる。もういい!とばかりにズカズカと部屋を横切る。ドアの前、出て行く直前に、シンがまた首だけ振り返った。
「俺からあの人に通話しようとしても、繋がらないんです!電源落としてるみたいで!!」
まるで吐き捨てるように言って、シンは部屋から出て行った。シュンとドアが開いてズカズカと歩く。ドアがまた閉まった。
残された僕は、ぱちりと目をしばたいた。
「ありゃま」
アスランと連絡が取れない?電源おとしてる?
「そうだったんだ…」
まさかシンから連絡を取っているとは思わなかった。きっとシンは変なプライドとかが邪魔して、自分からは連絡を取ってないだろうって思ったから。
アスランに繋がりもしないなんて。それはさすがに僕も予想外だった。
どうしたのさ、アスラン。君、毎日律儀にシンに連絡を取っているんじゃなかったの?
頬杖をついて、むー、と考えてみた。仕事しなきゃならないけど、でもちょっと待って。あとから頑張るから。今は少し考えさせてほしい。ひとまずこういう時は、お茶でも飲もうかな。
僕は席を立って、執務室に備え付けられてるドリップ式のコーヒーを取り出す。僕はしゅわしゅわの泡が立ってるようなカフェオレとかカフェラテがすきだから、ここにあるドリップはあんまり飲まない。けどまぁ、今はいいや。一息つければ。
湯気といいにおいのたちこめたカップを持って、もう一度椅子に座る。一口すする。…あっミルクたりない。仕方ないから、ひとまずそれでも考える。
…アスランに連絡が取れない。それも突然。
アスランは何をやってるんだろう。まさかシンの気を引こうとして恋のかけひきしてるの?まさかなぁ…。あのアスランがそんな事出来ると思えない。もしかしたら通信端末が壊れちゃったのかな。それで連絡とれなくなった、とか。ありえる?…うーん。何か違う気がするけど。
でも、シンがあんな風にソワソワしてるのを見てるのは、こっちも落ち着かなくなる。だから早めに解決してほしいんだけど。
ねぇ、アスラン。連絡とらないままで居たら、またシンはどっかいっちゃうかもしれないよ?気をつけて。あの子は気が強いくせに、凄く優しいから傷つきやすくて、アスランのことだって凄く真剣に考えてるんだからね。考えすぎて明後日の方向にいっちゃうことだってあるかもしれない。
そんなことになったら、君の今までの努力、無駄になっちゃうよ?アスラン、あんなにがんばってたのに。おかげでシンがアスランのメールやら通話を受信した直後は、頬がふにゃって緩んでいるからよく判る。そういうシンはかわいいよね。
それだけお互い好き合っているんだったら、早くヨリを戻せばいいと思うのに、シンいわく「そんなの出来るわけないでしょ」っていう事らしい。…うん。まだダメなの?もう許してあげたらいいのに。それとももっと何も考えられなくなるぐらい、シンをメロメロにしなきゃダメなのかな。どっちにしろ、アスランはもっと努力をしなければいけないって事だ。
恋人の機嫌を損ねてしまうって大変だね。特にシンみたいに変に凝り固まっちゃってるひとだと。アスランが辛抱強くてよかったね。でもあんまりやりすぎるとアスランだっていつまでも君のこと好きでいてくれるかどうかはわからない…かなぁ…?
なんだかんだ言っても、アスラン本人も、シンとの毎日のコンタクトを楽しんでいるように思える。今までどうしてシンと連絡を取らないで平気だったんだろうと思えるほどに、今は熱心だ。
『付き合っているという安心感があるとな、サボってしまうのかもしれない』
この間、通信した時に言っていた。アスランは笑ってた。
サボる。…サボるって、連絡を?
普通恋人と連絡を取るのは嬉しい事のはずで、それをサボるとかっていうのは何かが違うような気がするけれど、あの堅物のアスランだ。彼にとって、恋愛とはそういう解釈なのかもしれない。…なんか違うような気がするけど。
『シンに告白はしないの?』
『…まだ…だろうな。今しても、俺は振られそうだ』
どうして。もう、アスランまでそんな事言う。お互いが「まだダメ」って言っているんじゃ、そりゃあ発展しないよ。
(…そんな事を言ってたのが、…ええと。1週間前?)
ふと、カップを口につけたまま、カレンダーを見た。
あんな熱い想いを語ってくれたのに、そのあとすぐにアスランは連絡を取らなくなったの?シンに。…もう、本当どうしてこんなことになったんだろう!
ミルクが少なすぎた苦いコーヒーを、ちょっとずつ猫みたいにすすりながら、僕はもう少し考える。
(…もしかして本当にアスランは、シンと恋の駆け引きしてるのかな…?)
思いついて、すぐに(それは無いよね…無い無い…!)って思い直す。
だって、あのアスランだ。恋愛ごとにはとことん疎いアスランが、駆け引き?出来るわけない。
押したら引く?たぶん、アスランはその「引き方」知らない。だからこそ、毎日毎日連絡を取って、突然連絡を途絶えさせて相手を焦らせて様子を見る、なんて技術はないと思われる。それってもし間違って使うと諸刃の刃になってしまう。
そんな風に恋愛を駆け引きで考えられないから。それはアスランだって当然そうだと思う。僕とは違ってアスランは本当にまっすぐというか…まぁ悪く言えば朴念仁だから。
けど、アスランは知ってか知らずか、はからずも、今シンにそういう効果を与えてはいる。
(…でも、連絡が取れないって…どうしてだろ)
端末が壊れた…とは思えないし、だって壊れてもアスランなら直しちゃうだろ。…それとも何か、大切な作戦にでも従事しているのだろうか。…通信も出来ないところに居るだとか。
「ちょっと…調べてみようかな…」