「…さて。じゃあ今回僕からアスランに連絡することはこのぐ
らいかな?」
『ああ、そうだな』
一通りの連絡事項をやり取りをして、キラは資料の束をトントンと机でそろえた。
『キラ、お前頑張ってるみたいじゃないか』
「そりゃあ僕だってやるときはやるよぉ。ラクスは僕よりももっと頑張ってるし。シンもよく動いてくれてるよ」
『そうか』
ふんわりと笑ったアスランに、キラもつられて微笑んだ。

オーブのアスランと、ザフトで白を着るキラの仲は、相変らず良好だ。
あのデスティニープランをかけた戦いが終って早一年。
地上とプラントという遠距離に、連絡も疎遠になるかと思えば、意外と一緒にいた頃よりもこまめに連絡は取っているような気がする。おかげで、数千キロ離れた場所に居ても、ふたりの仲は変わる事なく友情を貫けている…が。
「ねえ、アスラン。君、シンとは連絡ちゃんと取ってる?」
『……え?あ、…いや…』
ふいにキラから言われた言葉に、アスランはあからさまに困り顔で視線を逸らした。
(わぁ…判りやすい…)
アスランが昔から、誤魔化しや嘘が苦手だということは知っていたけれど、これは見事に一目瞭然だ。
「付き合ってる…んだよね?」
『…そう…だが』
だが、ってなんだろう。付き合ってる、でいいじゃないか。好き同士なんだから。
「恋人なんだよね?」
『…そうとも…言うが…』
「そうでしょ。…それで、なんで連絡取らないの?」
『そんな時間ないんだよ』
「僕とは連絡取ってるのに」
アスランの言い訳をキラが一刀両断する。が、アスランも負け時と憮然とした顔で返した。
『…お前が元気なら、傍に居るシンだって元気だろ』
「えー…」
なんて返答だ。
それじゃ、あまりにも独り善がりすぎるじゃないか。
確かに、キラとシンは近い位置にいる。白を着るキラのために仕事をするのがシンの役目だ。
おかげでキラとシンは毎日顔を合わすことが出来るけれど、それとアスランの連絡不精を補おうなんて。
(確かにシンも君のこと、ほとんど言ってこないけど…)
彼も彼で、アスランの事を心配したり恋焦がれたりする素振りをキラに見せない。
以前、「オーブにでも出張してもらおうかな」と言ったキラの提案に、シンはあっさりと「んな暇あるなら溜まってる書類片付けたいんですけど」という、何ともマジメな返答が帰ってきてしまった。アスランもアスランなら、シンもシンだ。
「…ねえ…本当に君たち付き合ってるの?」
『…キラ』
心配だ。だってアスランという人間は、酷くカタブツで、恋愛らしい恋愛をすることさえ滅多になかった。ラクスとは恋と言うより親が決めた婚約者という間柄だし、カガリとはいい関係になったようだけれど、立場が立場だったから、ほぼ何もしていないまま終っている。
お互い好き合っていて、きちんと付き合う相手。アスランにとっては、シンがはじめてだろう。それなのに、ここまでお互いが離れ離れになっていて大丈夫なんだろうか。
『…仕事が落ち着いたら連絡を取るよ』
キラの不満げな顔に、アスランは適当な言葉で返すから、キラはさらに追求した。
「それ、いつ?」
君の仕事って落ち着くの?一体、いつの話さ。
『…それはまぁ…もうじき』
「アスランのもうじきって、すっごい後のことだよね。もしかして定年後だったりするんじゃない?」
キラのズバズバとした物言いに、アスランは思わず押し黙った。
適当な事を言って誤魔化そうとしても、キラはそれを許さない。
ふたりがモニタを通して無言になったその瞬間、運がいいのか悪いのか。部屋のドアをノックもせずに入って来たのは、当の本人であるシンだった。
「失礼しまーす。このアカデミーの教官不足の件なんですけどー、もういい加減改善案を提出しないと…って、あ。」
通信の最中だというのに、確認も取らずにズカズカ入って来て用件を言うシンを、キラはぽかんと眺めた。しかし、すぐさま頭の中で思いついた結論をアスランに向かって叫んだ。
「そうだ、ねえアスラン!アカデミーの臨時教官やってよ!」
『…は!?』
なんだいきなり。
驚くアスランにはまったくかまわずに、キラはシンの手を取り強引に引き寄せた。
「…なっ!」
「いいからいいから!ちょっとその書類見せて」
彼が持っていた書類を受け取りながら、シンをモニタの前に移動させて、アスランにも見えるように姿を映す。
久しぶりに見たのであろう恋人の姿に、ふたりの頬がぽうと赤くなったのは判ったが、しかし。
「…ちょっ、キラ、あんた何してんだよ」
いきなりの事にシンが慌てるのは当然だ。しかもモニタにはあろうことかもう何ヶ月も姿を見ていなかったアスランが居る。
「その教官不足改善案の件だよ。僕、いい事考えついたんだ」
いいこと。…この状況でキラが思いつく、「いいこと」。
「…大抵、アンタが思いつくいい事ってのは、こっちにとってはとんでもない事なんだよ…」
シンが思わず前髪をくしゃりとつぶした。そうでもしなければ、モニタのアスランがどうしても見えてしまう。むずがゆいのだ。
(てか、なんでこのひとを引っ張り出してきたんだ…)
アカデミーの臨時教官をやらせるとか何とか言ってなかったか。キラは。
「あのねアスラン。いま、ザフトのアカデミーでは、新しく入隊する子たちの視野を広くするために、他国からも教官を募集してるんだ。一ヶ月っていう期間限定なんだけどね。今ちょうど教官不足の改善も考えなきゃいけないし、これアスランにぴったりじゃないかな、って思うんだけど、どうかな?」
『…いや、俺はオーブで仕事が山ほど…』
「カガリには僕から話を通すね。ザフトの危機だもの、きっと聞いてくれると思う!」
『危機?…え?』
ちょっと待て。勝手に話がどんどん進んでいないか?
「いいアイデアだと思うんだよね!」
(…どこが??)
ふたりは同時にそう思った…けれど、口には出さない。キラは満面の笑みなのだ。これはもう彼の中ですっかり決定事項になっているに決まっている。
普段、温和で柔らかい雰囲気を持っているくせに、キラという人間はどこかで突然ぷつんと切れる。それは怒り狂うわけではないが、ストレスを発散させようとするのか、それとも出来がよすぎる頭が仕事を放棄するのか。とんでもないことをやりだすことがあるのだ。
この間など、突然仕事をさぼって何をしてるのかと思えば、ラクスにも休養が必要だからという言い訳で、ふたりでデートをしていた。今回もそれだ。その戯れのひとつなのだ。
シンは理解していた。伊達にこの男の副官を一年もしているわけじゃない。けれど、今回のキラの暴走はシンにとってもそう悪いものでもなかった。
アスランがくるのだ。
いつもオーブで仕事づくめの彼が、このプラントに。アカデミーならばこのアプリリウスからも近い。
(会えるかも)
そんな淡い期待を抱いたシンだが、しかしその期待は、別の意味で裏切られることになった。キラによる一瞬で。
「アカデミー臨時教官に、アスランだけに行かせるのも申し訳ないから、こっちからはシンを出すね。一ヶ月、ふたりで上手くやってきて」
『へっ?』
「はっ?」
モニタの中のアスランとシンの声が見事に重なった。
ちょっと待て。どうしてそうなる?
「よろしくね」
にっこり笑って伝えたキラに、ふたり分の怒鳴り声と躊躇いの声が響いたけれど、キラはにっこりと微笑むことで、ふたりからの口撃をすべてスルーした。


***


オーブの一佐と、ザフトのエースがふたりで仲良くアカデミーで臨時教官?
しかもかたや、一年前までの議長直属のフェイスで、もうひとりは実質オーブの群司令だ。
いやいや、ありえない。そんなの無理だろう。どうしたって。許可が下りるわけがないし、一ヶ月も本国を留守にするなど、本来の業務はどうするというんだ。ありえない。ありえない。
…が、そう思っていたのは、当の本人だけだったらしい。
キラが強引に決めた今回の派遣を、カガリはすぐさま承諾した。「いいぞいってこいよ」たった一言だ。躊躇いもない。
いいのか。いや駄目だろう。アスランは無理だと食いついたが、それさえカガリは一蹴した。
「なんだ、無理なのか」
「そりゃあ無理だろう、俺は…」
「ああ、アカデミーの教官は出来そうにないと」
「……いや、そういう理由ではなくて…」
「お前、アカデミーじゃ成績よかったらしいじゃないか」
「…それとこれとは!…俺が言いたいのはそういう意味じゃなくて、仕事が…」
「いってこいよ」
「え?」
「仕事はいいから行ってこいよ。大丈夫だって!…な?」
これが、アスランがアカデミーに行く決定打になったやりとりである。これ以上どう言ってカガリを説得しろと。
無理だ。カガリの中でもアスランの派遣は決定事項らしい。こういうところはさすがに双子というところか。
アスランの派遣はすぐさま決まった。一方のシンとて、無茶だとキラに噛み付いたようだが、それも効き目が無かったらしい。「これは僕からの命令だってば」と言われてしまえば、シンは従わざるを得なくなり、ダメ押しとばかりにラクスからも、「いいですわね。おふたりで過ごす、久しぶりの時間ですわね」と微笑まれて全てが決まった。
いいのかこれで。
動揺しているのは当のふたりだけ。
着々と準備期間は過ぎていき、アカデミー派遣の日程が組み込まれ、あっという間にアスランとシンは、アカデミー寮に滞在しながらの限定一ヶ月臨時教官がスタートしてしまった。