21歳の刹那がやってきた話:2
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「アスラン・ザラ」
ロックオンが居るはずのマスタールームへ行く途中、通路で呼び止められた。グリップのSTOPを押して立ち止まる。
振り返れば、通路の向こうから、見た事があるようでないような男が、立ち止まる。
「…?君は…」
どこかで見た顔だ。
けれど思い出せない。
年はと同じぐらいだろう。背は俺よりも少し低い。
細身ですらっとしていて、目は赤茶色。髪は黒で、クセ毛。
…どこかで見ている。
…どこかで。

「俺の報告書をもう一度返して欲しい。訂正がしたい」
「…ああ、ええと」
凛とした声で言われて、はっとなる。
報告書。…ええと、君は誰だ?
どのデータなのかと、画面を立ち上げるとすぐ、「これだ」と、データを抜き取ってしまった。
「すまない。これは俺から直接ロックオンへ提出する」
「あ、ああ」
データを取り戻した彼は、それで用は終った、とばかりに、来た通路を戻っていってしまった。
「…ん?」
あれは誰だっただろうか。
報告書のデータ、ということは、MSパイロットのうちの1人だろうか。
ならば、昨日の戦闘に出た人間だ。
俺も出たのだから、人員は把握しているはずだが…。
「なぜ、俺は彼の名前が判らない…?」
しかも、判りそうで、判らない。
なんてことだ。
思わず口元を押さえた。痴呆症でも始まっているのか。それとも気付かないうちに、酸素欠乏症にでもかかって、記憶中枢のどこかがおかしくなっているのか。
「…これは…近々、医務室に行かなければならないか…」
あそこへ行くのは好きではないが。
幸い、ハサン医師とアニュー助手は、人のプライベートは確実に守ってくれる人間だ。看てもらったほうがいいのかもしれない。

提出するはずだったデータ。
画面を見れば、確かに1件の報告書データが取り除かれている。ふと見れば、「刹那Fセイエイ」のデータだけが無くなっていたけれど、
あれは刹那ではないなと理解して、もう一度グリップを掴む。
首を捻るしかない。
あれは、誰だ?

「…何やってんですか、アスランさん」
「ああ、シン、いや…少しな」
見られていたらしい。
あからさまに怪訝な顔を浮かべたシンが近づいた。
「報告書、提出しに行くんじゃなかったんですか」
「その予定だったが…。シン、お前は今休憩中か」
「さっき、オフの時間になりました」
「そうか。…ならコーヒーでも」
「おごりなら」
「…ああ、それはもちろん」
素直にありがとうと言えないシンは、そんな言葉でいつも誘いを受ける。
休憩室に2人で入り、自販機で、お互い、いつものコーヒーのボタンを押した。
少し、頭を休めたかった。
シンが来てくれたのは丁度いい。
いつも噛み付いてくるシンも、今日は穏やからしく、見ていて心が和んだ。けれどその表情がいささか曇っているのも判った。
シンの事なら、ある程度は判る。
こいつはいつも表情が顔に出るから。
「…どうした?」
少しばかり口を尖らせたシンが、不服そうに眉を顰める。
「…さっき変な事があって」
「変?」
コーヒーの出来上がりを待ちながら、シンがぼそっと口を出す。
「刹那だと思ったら刹那じゃないし、でも刹那似の男は居るし。…あちっ!」
出来上がったばかりのコーヒーに乱暴に口をつけて、火傷をする。
ハンカチを取り出した。
ついでに零れそうになったシンのコップも受け取って、落ち着け、と椅子に座らせる。
「…大丈夫か。…で?その刹那似の男っていうのは」
「見た事もないヤツだった。後姿だったけど。なんか刹那に似てたけど、あいつより足が長くて細長かった。声もそっくりだったけど」
「…そうか…」
それは…。さっきの俺が会った男と、まったく同じだな。
ということは、あの男は一体誰なんだ。
「…容姿はどう見ても刹那なんだが…」
似ている、と思ったのは刹那だったのか。ああ、そういえばあの顔は刹那の顔だった。もっともあんなに少年のような顔つきではなかったけれど。
ふむ、と顎に手をかけて考えこんだところに、シンがずいっと顔を近づけた。
「アスランさん、アイツに会った!?」
「ああ、声をかけられて…」
「ばか!なんで名前聞かないんだよ!」
「…名前も何も…その前に立ち去ってしまったが…あれは刹那だろうと…」
「でも刹那じゃないよ、あんな足長くねえもん!」
「…お前…」
何気なく失礼な事を言うな…。
ふと休憩室を見渡した。先客がひとり。白い服に、赤いマフラーのような。黒いクセのある髪。…あ。
「馬鹿はお前だ…シン」
「えっ?あっ!」
そこに居た刹那は、身動きひとつ取るでもなく、すくっと立ち上がって振り返った。
目が、完全に怒りに満ちていた。
「…あ、刹那、ごめん」
「………」
刹那は無言だ。…ああ、これはまた面倒なことになるな、と思った矢先、今度は休憩室に近づいてくる声がした。ロックオンだ。
「…いや、けど驚いたぜ、まさかお前は…」
弾む声。楽しげだ。
声はどんどん近づき、やがて、談笑しながら入ってくるロックオンの姿が見えた。
「ロックオン」
「お。シンにアスランじゃないか」
ようと手を挙げて、笑ったままの顔で声をかけられる。
ふと、ロックオンの目線が動いて、部屋の奥に佇む刹那もみつけた。…途端、ロックオンの顔が驚きに満ちたような表情になった。
「…刹那!見てみろ、お前だ!」
「はっ?」
「なに?」
ロックオンは、何を言っているのか。
刹那に向かって、意味不明な事を言い、けれど、ロックオンの後について入ってきた、その男に、俺とシンは固まった。おそらく刹那も。
ロックオンの横から入ってきた男。それはついさっき、声をかけられた男だった。
「あ…、」
シンが、口をぱくぱくさせて指を刺す。
その指の先に居る人物に、シンはあっけにとられていた。
見れば、部屋の奥でたたずむ刹那も目が飛び出そうなほど、見開いている。

「…お、お、おっきい刹那が居るッ!!!」
シンが叫んだ。
そこに居たのは、どう見ても、刹那を大きくした「刹那」だった。