21歳の刹那がやってきた話:3 ------------------------------------------------------------------------------------------- 今日が締め切りの報告書データを纏めていたところに、 突然、訪ねてきたのは、現在16歳の「はずの」、刹那だった。 「報告書を修正してきた」 「おお、さんきゅ、置いといてくれ…?」 スタスタと部屋に入ってきて、机の上にデータを置く。 その刹那が、なぜかいつもより大きい。 「お前…成長したか?」 座っていたから、刹那を見上げる。 …どうみても、身長が170ぐらいはある。…ような気がする。 おかしい。 俺の刹那は、まだ160そこそこだったはずだ。 思わず立ち上がった。俺よりは低いが、その差は随分縮まっていた。 「背…伸びたな」 「嫌味か?」 「…そんなんじゃないけどさ」 やっぱりおかしい。 つい昨日も刹那を抱いたから、この身体はよく知っているはずだ。 「…おまえ、刹那か?」 「刹那Fセイエイだ」 「けど、ちいさくねえな」 「ああ。お前たちが00ガンダムを作ったから、俺が派遣された」 「…?…そうなのか?」 「ああそうだ」 00ガンダムを作ったから派遣された? 「ああ…そういえば昨日エクシアから、改造と組み合わせて00ガンダムを…。えっ?それでお前?」 「ああ」 大きな刹那はこくりと頷く。 あまりにもあっけないやりとり。 ちょっとまてよ?何故だ? 大きくなった刹那が現れた、なんて冗談にしても笑うしかないような出来事なのだが、いかんせん大きな刹那を目の前にしてしまえば、それを受け入れるしかなく。 目をこすってみたり、これは夢か?と何度も自分に問いかけてみるものの、目の前の美人な刹那は消えない。 ならこれは現実か。 00ガンダムを作ると、大人の刹那もついてくるのか。 それなら、あの00ガンダムはコストが高いだけあって、いい買い物をしたってことだろうか。 いや、 …それにしても、だ。 「…美人になりやがってぇ」 相変らずのくせッ毛。手を伸ばして髪に触れて、ぐしゃぐしゃと掻き乱した。 嫌がるかとおもえば、素直に受け止める。 「どうしたよ、おい」 「…いや…」 ぐりぐりと髪を乱しても何も言わない。 刹那はまるで心地いいとばかりに受け入れる。 だから、つい、腕を伸ばして、身体を引き寄せてみた。 …いいだろう、年は違えど、同じ「刹那」だ。 ぐい、と引き寄せれば、肩口に刹那の額が当たった。 ああ、本当にデカくなりやがって。 しかもなんだこの美人。 今の刹那とて充分可愛げがあるとは思っていたが、もう少し成人すればこうなるだろうかと思っていたとおりの、いやそれ以上の美人ぶりを発揮している。相変らず腰は細い。手足も長くなっている。 「…変わったなぁ…」 しみじみ呟くと、肩口で刹那が、ふっと笑ったのが判った。 「お前が変われと言ったんだ」 「…言ったか?」 「ああ」 「いつ?」 「俺の中で」 「……?」 大きな刹那はおかしな事を言う。けれど、それも可愛く思えた。 どうせ、考えてみたって答えはない。 刹那の中で変われと言っただと?まるでベッドの中のセリフみたいじゃないか。 もっと顔をよく見てやろうと、身体を少し離した。顔を見るつもりだった。本当にそれだけ。 …それだけのつもりだったんだ。 ふと見た、刹那の唇が、あまりにも薄かったから。 それが、無防備だったから。 …唇を奪ってやろうと、顔を近づけた。 「…ロックオン」 「うおっ?」 その唇が触れるか触れないか。 大きな刹那は、まるで何事でもないように名を呼ぶから、驚いて飛び跳ねた。 …キスしそこねた。 「刹那に。…16の俺に会わせてくれ」 「えっ?ああ、それはいいが…。…いいのか?」 「会っておきたい」 「判った、それじゃ」 今すぐに、と刹那が付け足すから、身体は離すしかなかった。 …キス未遂。 これは浮気…になるのだろうか、とふと思って、いや、でも同じ刹那だと思い直す。 「この時間なら、刹那はMSデッキか休憩室だ。行くか」 促すと、刹那は少しばかり微笑んだ。 …微笑んだのだ。刹那が。 思わず胸がドキと弾んだ。思春期の少女のように。 妙に浮かれた気分で、部屋を後にした。 報告書は、遅れてもいいかと、自分の中でタカをくくった。 「…それで、今こうなっていると…」 休憩室に居たのは刹那だけではなかった。 シンにアスランも一緒だ。どうせ引き合わせるつもりだったから、都合がいい。 「ああ。こないだ、エクシアからパーツ組み合わせて00ガンダムを製造しただろ?それでコイツが派遣されたらしい」 「00ガンダムの正パイロットという事ですか?」 アスランが真っ先に事情を飲み込んだ。 最初は驚いて目をしばたいていたけれど、実際2人の刹那を目の当たりにしてしまえば、こういうことなのだと飲み込んで、冷静になるのも早かった。 一方、シンといえば完全にビクついている。ソファの裏に隠れてみたり、アスランの横に座ってさりげなく裾を掴んでみたりと、なかなか初々しい反応だ。 当事者であるはずの、16の刹那は、驚きはしたものの、今は口をぎゅっと閉じて、大きな刹那の話を聞いている。ずっと睨み顔のままだけれど。 「…それにしても…刹那が大きい…」 「21だってよ」 「…21…!」 シンが派手に驚いてみせた。 交互に何度も16の刹那を見る。何度も何度も目線を行き来させて、やがて息をはぁー、と吐き出した。深々と。 人間ってのは変わるもんだなあと納得したらしい。 「…刹那ってすげえな」 一言、そんな言葉で片付けて、シンは肩の力を抜いた。 「…で。ともかく、これでMSパイロットがひとり増えたってわけだ。愛機は00ガンダムでいいんだな?」 「ああ」 「…名前は。刹那…って呼ぶと2人居てややこしいんだが」 「なんでも構わない」 大きな刹那は淡々としている。言葉数が少ないのは16の刹那と変らずだが、どこか言葉に棘がない。どうやら5年という月日は、刹那の性格の角を削ってくれたらしい。それだけ人間関係、色々あったんだろう。刹那なりに。 「しかし、刹那Fセイエイという名前が2人も居ては、皆呼びにくいのでは?」 「まぁ…そうだな。あだ名か何か決めるか?」 「そんなの、放っておけば誰かが勝手につけてくれるんじゃないの」 シンは、簡単にそう言って済ませ、立ち上がった。 納得してしまえば、シンにとって大きな刹那が居るということは、問題でもないらしい。そういうものだと受け止めてしまった。 「お前…変なところで包容力あるよな…」 「俺?」 目をぱちくり。赤い眼がくりくりと動く。 「俺、整備に戻るけど。刹那も戻る?」 「ああ」 16の刹那に呼びかければ、2人で肩を並べてあっさりと部屋を出て行ってしまった。 大きな刹那も、16の自分に会って満足したらしく、それ以上何かを言う事も無かった。 子供が出て行った部屋で、残されたのは大人3人。 …さて、これからどうするか。 アスランが改めて、口を開いた。 「それにしても…刹那が派遣とは」 「しかもこんな美人をさ」 「ロックオン」 「事実だよ。あれがこうなるのかと思ったら、ビビるだろ」 「………」 一方の刹那は、口も開かず、ただじっと話を聞いているだけだ。表情が変わらないのは刹那の専売特許のようなものだろうか。 その目が、ちらりとこちらを見た。顔を見つめられているのが判る。 「…どーした、刹那。俺の顔に何かついてるか」 「いや…何も」 「珍しいモンでも見てるみたいだな」 笑ってやった。 まるで懐かしむような目で見る。 だからこそ、なんとなく、この21の刹那が置かれている状況を飲み込めたような気がした。 そうか。21のお前の傍に、俺は居ないのか。 それは少しばかり寂しい風になって胸の中を通りぬけたけれど、それも鼻で笑って消化して、刹那に向き直った。 「…まあ、穴が開かない程度に見るぶんには構わないさ」 肩を竦めて笑うと、刹那も、ふ、と口元をほころばせる。 この21の刹那がどうしてこの戦艦に配属になったのかだとか、何をどうして育ったのかは知らないが、…いいさ。 この出会いが、この刹那にとってプラスになればそれでいい。 これからこの戦艦がどうなっていくのか楽しみだ。 「刹那が2人だぜ。凄い事になりそうだよな…」 なんにしろ、楽しい事が起きそうだと、笑った。 けれど釘を刺すように、アスランがぼそりと言う。 「…浮気は…駄目でしょう、ロックオン」 |