21歳の刹那がやってきた話:6 ------------------------------------------------------------------------------------------- 21歳の刹那がここに来て数日。 僕達が乗る戦艦は、いつもどおりの毎日が流れていた。 僕はキュリオスに乗って、出撃する。 宇宙に飛び立てば、すでに射出されていた刹那のエクシアと、21歳の刹那が乗るダブルオーと、それからシンのインパルスが遠くに見えた。 もう戦火は開かれている。近距離戦と陽動に適した3機が、まるで僕達を先導するかのように敵機をかく乱していた。 刹那と刹那とシン。 3人が最初に出撃した時は、まるでバラバラの連携だったけれど、戦闘を重ねていくごとに、お互いの間合いだとかタイミングを理解したらしく、今ではドンピシャな連携を見せていた。 16歳の方の刹那は、もうひとり自分が居る事に戸惑っていたようだけど、どうやら大きい刹那が、エクシアの動きに合わせるという事になったらしい。ダブルオーはとてもいい機体で、動きも俊敏だ。エクシアの近距離と中距離を織り交ぜたような攻撃はさすがとしか言い様がなかった。だからこそエクシアも存分に動けている。 やっぱり、刹那の事は刹那が一番よく判っている。 …なんて。 同じ人間なんだから当たり前だろうか。 刹那と刹那。なんだかややこしいけど、それで上手く連携してるならいいじゃないか。 敵機の撃退に成功して、ようやく艦へ戻る。 キュリオスを飛行形態にして、カミーユのウェーブライダーの前に着艦した。 ヘルメットを脱いで、やれやれとコックピットから出る。今日も皆無事に帰還できたみたいだ。良かった。 壁を蹴って進み、ウェーブライダーから出てきたカミーユにも「お疲れ」を言う。 白いノーマルスーツのカミーユは、ドリンクストローから唇を離して、お疲れ様です、と小さく微笑んだ。 僕とカミーユは同じ高機動性を生かした変形MSに乗っているから、自然と一緒に作戦を組むことも多くて、数多いMSパイロットの中でも、関係は良好だ。 そういえばカミーユも、刹那が2人になってしまったから、戸惑っていたっけ。 青い髪をぐしゃぐしゃとかき回して、「困るじゃないか…」と言っていた。親指の爪を噛むのは彼のクセらしい。困った事があるとよく噛んでいる。 カミーユの横を通り過ぎて、パイロットの待機室へと向かった。 パイロットスーツを脱ぐ前に、水を飲みたかった。ヘルメットを小脇にかかえて、グリップを掴む。 …ふと、待機室に誰かの影が見えた。どうやら先客がいたらしい。 部屋の手前でグリップを離して、足を床につける。ドアから顔をひょこりと出した。誰が居るんだろ? 覗けば、部屋の中に、青いパイロットスーツの背中が見えた。 あれは刹那だ。それも大きいほうの。 「…せつ、…」 な、と言おうとして、口が止まった。 青いパイロットスーツ。 21歳の刹那。 その奥に、さらにもうひとり、青いパイロットスーツが見えたからだ。 それは21の刹那のよりも小さい。肩幅も。背も。 けれど、スーツの青色は一緒の色で…つまりそれは、16の刹那。 刹那と刹那が2人きりで、一緒に居るなんて珍しいなと、改めて声をかけようとして、僕は再び声を失った。 …だって。 16の刹那が、自分より高い位置にあった顔を、ぐい、と掴んだと思ったら、自分の顔に引き寄せたのだから。 *** (…ちょっと待て…待って、落ち着いて考えよう、落ち着いて…) 頭の中が、ぐちゃぐちゃになりかけてた。 落ち着いて。今見た事をちゃんと考えよう。 ひとまず、僕は待機室から離れる。もう水を飲みたいとかそんな気分でもなくなっていた。 頭の中にあるのは、刹那と刹那の顔が、重なっている姿だけ。 「…あれ…どうみても…」 キス、だと思う。 だって、顔をぐいっと近づけたんだ。 16の刹那の表情は真剣で、口も真一文字に結んだままだったし、大きな刹那だって、引き寄せられてもまるで嫌がる素振りも見せなかった。 …あれって、キス、だ。 「…うわぁ…」 思わず口を押さえた。 どうして? どうしてそんな事になってしまうんだろう。 だって、16の刹那は、どうみたって21の刹那と仲良いわけじゃなかった。 どちらかといえば、敬遠していた方で、上手くいってなかったと思う。 その所為で、ロックオンと刹那の仲はギクシャクとしていて、…つまり、不協和音ばかりだったのに。 「…本当は、キスするような仲だったの…?」 思わず口に出してみて、僕は一人で顔を真っ赤に染めた。 顔に、血液が集中しているのがわかる。熱い。 「アレルヤ、お前なにしてんだ」 「うわぁっ!」 グリップも持たずに通路を流れていたら、曲がり角で誰かとぶつかった。 抱きとめてくれた腕を見れば、緑色のパイロットスーツ。 ロックオンだ。 「すみません、」 「顔が赤いぞ、どうしたんだよ」 「…あっ、いえ、ちょっと」 ああ、まずいな。こんなところでロックオンに会うなんて。 僕の心臓はバクバク言っていて止まらない。 でも、僕が心拍数を上げている理由が判らないロックオンは、変なやつだなと笑って、待機室を指差した。 「水でも飲みにいかないか。そしたらお前の顔色も治まるんじゃないか?」 そう言って、グリップを掴む。 そっちは待機室だ。 「あっ、ダメだよ、ロックオン!」 「何がダメなんだよ。変なやつだな」 僕は慌てて手を伸ばしたけれど、ロックオンはグリップを掴んで、すいっと流れていってしまった。 …だから、待機室の中の様子を見てしまった。 ロックオンの青緑の目が見開かれて、顔色がずんずん変わっていく。 やがて、ロックオンの唇が、わなわなと動いた。 「…刹那、おまえら、何を…」 持っていた緑色のヘルメットが宙に浮く。思わず手を離してしまったらしい。ふかふかと無重力に浮いて流れる。僕はそれを受け取る。 それ以上、何も言えなくなったらしいロックオンは、放心している。 目が見開いたままだ。 「…ロックオン、落ち着いて…」 助け舟を出すつもりで、ロックオンの身体を支えたけれど、ロックオンは固まっていた。 待機室の中に居た刹那達は何を思ったのか。 ロックオンと僕を見つめ、16の刹那が目を細めた。それから至近距離にあった顔を離して、大きな刹那を見上げた。 「…その理由、詳しく聞かせて欲しい」 なに?…理由?なんのこと? そして、最後に言ったひとことが、 「今夜お前の部屋に行く」 だった。 部屋って…部屋って。 …刹那! 言葉をなくしたのはロックオンだけじゃない。僕もだ。 言われた刹那も、「ああ」と返す。承諾してしまった。…今夜、部屋。 16の刹那は、ロックオンの事なんて何も気に留めないかのように、すいっと部屋から出て行った。 固まったロックオンの横を通って。 「…せ、刹那っ?」 僕は慌てて、16の刹那を呼び止める。けれど刹那は止まらない。 どういう事なんだろう、これは。 そして、どういうつもりなんだろう、刹那は。 キス。 理由を聞かせて欲しいという言葉。 今夜部屋に行くという刹那。 意味が判らない。 固まったロックオン。僕も言葉を失って絶句していたその時、ふと脳に何かが干渉した。 『アレルヤ』 「えっ…?」 驚いて、けれどそれが脳量子波だと気付いたのはすぐあと。 頭の中に直接声が響いているこの感覚は、ハレルヤと会話する時と同じだ。 僕の名を呼ぶ声。 それが、目の前の刹那から発せられたものだと判るのに、少し時間がかかった。 『これ、…刹那かい?』 あれ?どうして。 なぜ、刹那が脳量子波を使えるんだろう。 僕はロックオンを支えたまま、刹那の脳量子波を受けていた。 『…誤解しないでほしい、アレルヤ』 『誤解?』 『キスなど、していない』 刹那は、僕の脳を正確に読んだらしい。 誤解だといわれて、僕はまた頬を赤くした。 でも、あれだけ近づいておいて、キスじゃないって言うんだろうか? あんなに、触れ合っていたのに? あんなに、顔と顔が触れていたのに? そんな事を考える僕の思考も、刹那は間違いなく読み取ったらしい。 『…目を、見られていた』 刹那は、簡潔に答えた。 『…目?』 『ああ。この目を』 見れば、刹那の目は、金色に輝いていた。 なんであんな風に光るのか、僕は驚いたけれど、もしかしてそれ、刹那が脳量子波をつかえる事に関係しているのかな。 疑問は、刹那の頷きで返された。 どうやら、脳量子波を使うと、刹那の目は金色になるらしい。 ああ、つまり、16の刹那は、その金色の目を不思議がって、顔を覗き込んでいたってこと…? 僕が結論にたどり着くと、 「そうだ」 と、刹那はようやく声に出して答えた。 ああ、なんだ。 「そういう事だったんだね…」 僕はようやく安心して力を抜いた。 なんだ。やっぱりキスじゃなかったんだ。よかった。 正直、刹那と刹那が愛し合ってるなんて言われたら、僕はどうしたらいいか判らなかったから。 「…安心したよ、刹那ぁ…」 僕がほっとして力を抜く。よかった。キスじゃなくてよかった。今夜部屋に行くって、その理由が不埒じゃなくて本当によかった。 けれど、ロックオンだけは違っていた。 「…まて…アレルヤ、刹那…。お前らは一体何を分かり合ってんだ…」 呟きは低い声。 けれど、僕は安心していたから、ロックオンへのフォローを忘れていた。 ロックオンは、その後しばらく、落ち込んでいたらしい。 |