刹那の対ロックオン作戦。
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「ロックオン、俺はお前と別れたい」

あまりにもそれは突然すぎた。
言われて数秒、言葉が理解出来ず、さらに吃驚した余韻で、ロックオンは飲みかけだったドリンクを思わず落してしまった。
別れたい?
それは何故。
「ちょっとまて、なんで?」
慌ててドリンクを拾い上げ、フタをする。乱暴に机に置いた。
それから準備中だった、ミッションプランの画面を閉じる。これは明日の朝までの提出を義務づけられたものだが、今はひとまず、今は何よりも刹那だ。
椅子を半回転させて向き直る。ここがお互いの自室でよかった。誰にも聞かれずにすむ。

ロックオンは溜息まじりに深い息を吐き出してから、腹の奥に力を入れた。
刹那が突拍子もないことを言うのはいつものことだが、今回ばかりは問題がありすぎる。

「なんで、別れたいって思うんだ、お前は」
「その方が、いいだろうと思った」
「なんで」
「どうしてもだ」
「そんな一方的に別れを押し付けられたら、俺には意味がわかんねえよ!」

この戦艦に搭乗してから、2人の間に何か問題があったのかと言えば、確かに様々な障害はあった。
茶々を入れてくる他のメンバーだとか、執拗に刹那を狙っている男だとか。
そんなものに、散々邪魔をされながら、ようやく「こういう関係」になった頃、ロックオン自身がMS隊のマスターになったせいで仕事ばかりが増えてしまった。刹那と話す時間も一気に減ってしまったのも障害のひとつだ。
ロックオンは今更ながらにそれを後悔した。
刹那にこんな事を言わせるぐらいなら、なぜもっと早く対処できなかったのだろう。
気付くことさえ出来なかった。

…それにして、「別れたい」なんて。

「…俺は、なんかしたか?」
思わず刹那から目をそらしたのは、まともに聞くだけの余裕がロックオンにもなかったからだ。
「していないが」
「なら、なんで」
「…理由は特にない」
「特にないのに別れようなんていうなよ!」

結果の見えない押し問答に、思わず声が裏返った。
一体なんなんだ。
刹那の言っていることは意味不明だ。

「それとも何か。お前が別れたい理由っていうのは、俺に言えないような事なのか」
「………」
「何黙ってんだ」
まるでそれじゃあ、肯定しているようなものだ。
(まさか本当にそういうことなのか?)
直接相手に言えないようなこと。想像ぐらいはつく。

(たとえば……、)

セックスの問題だとか。
言おうとして、やめた。ここでその話題を出したとて、刹那はそうだと頷かないだろう。

「まさか俺、くさいとか」
思わず、腕を持ち上げて、くんくんとにおいを嗅ぐ。
「くさくは、ない」
「…くさくは、…ってなんだよ。は、って」
ならば、やはりほかの理由なのか。
これは、まさか本当にセックスが理由だとでも言うつもりか。

「…ちょっとまて。…なぁ、刹那、おい、落ち着け」
「お前が落ち着け」
「いや、俺は落ち着いてんだ、冷静だぞ?…いいか、ちょっと座れ?」

仁王立ちのように立ったままの刹那の肩を押して、ベッドに腰を下ろさせる。そこで一息ついたのはロックオンのほうだ。
「…何がしたいんだ、ロックオン」
良く判らないとばかりに刹那が首を傾げる。その仕草は少年のそれで可愛いものだが。
「何って…いや、…お前が変なこというからだな…」
ベッドに座らせて、肩を掴んで。
何がしたい、って、そんなの決まっている。

「ひとまず、いま、セックスがしたい…かな」



***



(本当に効くものだったんだな…)

天井を見つめながら、刹那は驚いていた。
ロックオンの行動は、予想していたものと何もたがわなかった。
女性というのは、レンアイだとか、相手の気持ちだとかに敏感だというが、確かにあれは本当だったようだ。
食堂で食事中、隣に座った女性達の話。

一緒に食事を取っていたのがキラヤマトだった所為か、隣できゃっきゃと話に花を咲かす女性達の話にもずぶずぶと入っていき、いつの間にか「レンアイ話」に発展していた。
席を立つことも出来なくなった刹那は、頭の上やら横から降ってくる話を聞かざるを得なくなり、女性達の良く判らない話は、長時間続いた。
レンアイの指南講座とでもいうのか、様々なレンアイ感(らしきもの)が披露され、そのテクニックであったり、相手をその気にさせるようなトークを繰り広げる始末。
少しぐらい焦らした方が上手くいくだとか、構ってくれない時は突き放した方が、相手はあせるから構ってくれるようになるだとか、付き合ってしまえばエサは要らないとばかりに大事にされなくなるだとか。
全部レンアイの初歩よ、と言って告げられる言葉に、キラヤマトは「そうなの」と驚き半分も興味深々で聞き。
いつの間にか、飛び火が刹那にもやってきて、気がつけば手ほどきを受けていた。
何も喋ってはいないのに、何故。

なりゆきで聞いた様々な話。
それに全て乗ったつもりはないが、確かに、付き合うというか、セックスをすると決めている相手はロックオンしかいないし、それが最近おろそかになっているのは良く判っていた。MS隊長を兼ねているロックオンが忙しいからだとは判っていたし、刹那とてどうしてもしたかったわけでもないが、以前に比べれば淡白になっていたのは確かだ。
無性にセックスがしたいほど、飢えているつもりはない。
けれど、身体は以前のペースに慣れてしまっていたから、定期的に疼きだす。
ひとりで抜けばいいと大して気にはしてなかったが、そうか、ロックオンにとって、付き合うということが重荷になっているのならば、ここで別れるのもひとつかもしれない。
特定の相手だと、お互いに想いあわなくてもいい。
この関係が、あの女性達が言う「付き合っている」という状態で、「付き合っている」ために、お互いの行動の範囲を狭めているのならば、撤去すべきだ。
刹那はそう納得した。

が、結果はこれだ。

隣で気持ちよく眠るロックオンの顔をちらりと見つめた。
長い腕が、胸の上に横たわっている。
(重い…)
狭いベッド。ひっついて、身体の殆どが密着している。
目線をずらして、机上の時計を見た。時間がない。あと少しでオンになる。眠れるのは精々30分程度だろう。

ロックオンは、あのミッションプランを提出しなくてもいいのだろうか。
こんなセックスにかまけている場合でもないと思うのだが、さきに「しよう」と言ったのはロックオンの方だ。
それから、「別れるなんていうなよ」と、ひたすらに言いながらセックスをしたのも。

…つまり、ロックオンは、この関係でいいと思っている、ということなのか。

ふむ、と刹那は納得して、目を閉じた。
あと少しだけの、短い時間の睡眠。

目が醒めた時、ロックオンがどういった態度を取るのか。…それが、楽しみだと思いつつ。