ライルがやってきた話:1
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一体これはなんなのか。
ライルは目をしばたいた。

「大丈夫ですか?」

大丈夫ですかって言われてもねぇ。
この戦艦に着艦したと同時にいきなり大群に押し寄せられて、ドタドタとしてるうちに、人に押しつぶされて後頭部から倒れこんだと思ったら、意識混濁して以下略。
気を失う直前、「ライル!」と叫んだ声が聞こえた。
それは、自分に良く似た声で、あれ?幻聴か?と思った直後、閉じる直前の目に、にいさんの姿が見えた気がした。
…気のせいかと、目を閉じた。
これ以上混乱するような事、起きても困る。

「あら?聞こえないのかしら。…大丈夫ですか?」

再度、声が聞こえた。大丈夫かと言われて、口も開けないのは、頭がぼうっとしているからか、なんなのか。
ひとまず、ゆっくり目線を動かした。
目が合う。目の前に居たのはとんでもない美人でライルは驚いた。
「あんた、…」
「ああ、大丈夫そうですね」
「…大丈夫に見えるのか…」
「ええ、見えます」
にこり、と微笑むその表情が柔らかい。
短めに切りそろえられた前髪が清潔で健康そうに見えた。
誰だろう。考えて、知らない女だ。…おそらく。このぐらいイイ女なら頭が覚えているはずだ。

「貴方が気を失っていたのは、5時間と30分です。後頭部の痛みはしばらく消えないかもしれませんが、処置はしましたから問題ないですよ」

問題ない、とか、大丈夫とか。
…この美人は一体何を言っているんだか。

そこで何が起きたのか、ふと思い出してみることにした。
戦艦に着艦、荷物を下ろそうとして、そうしたらあのデッキに居た連中が次々にこっちを見つめ、気がついた時には囲まれていた。逃げる隙もない。倒れこんで頭打って気を失って、この、どこなのかわからない医務室のような場所で眠ってる。狭い部屋に精密機械が所狭しと並んでるところを見ると、どうやらあの戦艦の内部らしい。
(…ってええ…)
ジワジワと痛む頭に手を当てれば、そこに包帯が巻かれていたのが判った。大げさだな、と思う処置だが、確かに頭がズキズキ痛む。

「大丈夫ですか?記憶障害でもありますか?」
「記憶障害も何も…まず、アンタの名前がわからねぇ」
「アニュー・リターナーです」
「初めて聞く名前だ。…って事は、俺は記憶障害か?」
「いえ、初めて名乗りましたから」
「………」
そりゃどうも。
どうやら、正常らしい。
思わず肩の力が抜ける。溜息。

「貴方は、ライル・ディランディさん、宇宙向けのシャトルの操舵手。この戦艦には、配達のためにいらした。あってますね?」
「…俺のIDパスでも調べたのか」
「いえ。ロックオンさんが貴方の名前を知っていましたから。…ああ、ロックオンさんの弟さんって事はうかがってます」
「……おとうと……」
ロックオン?
「おにいさんなんですよね?」
…にいさん?
…ちょっと待て。誰が?
てか、俺の名前は確かにライル・ディランディだが、
「俺の兄さんの名前は、そんな妙な名前じゃないが…、」
「偽名ですからしょうがないです」
「偽名…」
「おにいさんに会われます?さっきまでずっとここに居て、貴方を見てたんですけど、パイロットの就寝時間になってしまったので、私が部屋に帰しました。でもまだ眠ってないと思います。刹那さんも部屋に戻りましたから」
刹那?…いや、それはそうとして、にいさんが、
「パイロット…?」
「ええ。MS隊のマスターをしてますよ。…何も知らないんですか?」
「……あー…いや、…ああ、そうだな…うん…」
何も知らない。けれど、それがどうにも心地悪くて、中途半端に誤魔化す。アニュー・リターナーという美人は、にこりと微笑んでカルテを見つめた。どうやら処置はこれで終ったらしい。
「じゃあ…さっそく兄さんに会いにいってくるよ」
ひとまず、今の状況がどうなってるのか知りたい。

ここが戦艦だって言ってたな?
で、にいさんは、MSのパイロット?

そんなの初耳だ。
俺は、宇宙に向けた配送のシャトル便のパイロットをしていただけで…、配達人が宇宙酔いで仕事が出来ないとか言うから、代わりに荷物を下ろして…それで…
(…その戦艦の医務室に匿われたって事か、これは)

ひとまず、状況は判った。
ベッドから足を下ろして、足を踏み出す。
「…大丈夫ですか?ロックオンさんの部屋、判ります?」
「ああ、判るよ大丈夫ー…」
言って手を振って、…その瞬間に、足がふらつく。ああ、血が足らない。


***


こんな広い戦艦だと思わなかった。
歩いても歩いても、似たような通路ばっかりだ。
ひとまず、医務室にあった服を手にとって着てはみたが、それは、どこぞの軍の軍服だったらしい。赤い布地に黒いライン。首筋の襟は硬い。
この戦艦は、多様な人間が載っていて、軍服の種類も1,2種類じゃない。しかも、私服で作業しているやつらもいるし、子供みたいな年のやつらも多い。
道を歩けば、「ロックオン」と声をかけられて、中途半端に頷いた。「なんでザフトの服を着てるんですか」と聞かれて、この軍服がザフトとかいう軍の服らしいと知る。適当に誤魔化して、歩く。居住区がどこか判らない。仕方ないから今から寝るだと言っている子供の後ろをついて歩く事にした。どう見ても14やそこらのガキに見える。こんなやつがパイロットらしい。この戦艦は色んな意味で危ない。
短い時間の中で会話をして判ったのは、どうやら、本当ににいさんはここに居て、ロックオン、と名乗っているらしいということ。しかも随分とエライ立場にもなっているらしい。MS隊のマスターだとか?それがどんな役目なのかはわからないが、かなりの権限を持っているらしい。
まぁ、そんな事より、ひとまず、部屋はどこなのか。
会ってみなくちゃ判らない事がいくつもある。
…なんで、にいさんがこんな戦艦に乗ってるのか、だとか。

「…って言っても、俺の部屋どこだっけ、なんて聞くのもなぁ…」
どうするべきか、頭をかきながら、角を曲がろうとしたその時、向こうからやってきたらしい人物にぶつかった。
「って…、」
「あ、申し訳ない、前を見ていなかっ…、あ」
俺が着ている同じ赤い軍服をきっちりと着込んだ、濃青色の髪の青年が、目の前で目を見開いた。
一瞬、動きを止めた後、どうやら事情が判ったらしい。
「ああ、すみません。本当にそっくりなんで…」
って言うことは、こいつは俺が"ロックオン"じゃないと判っているのか。なかなか物分りが早い。
「…双子だからな」
肩を竦めた。濃青色の青年も少しはにかむように笑った。
「俺が知っている双子は、似ているけれど全然違うタイプなんで」
「へえ」
そりゃ、いいな。間違われずにすむ。俺達双子とは大違いだ。
「ロックオンを探しているんですか」
「ああ、そうなんだけど。就寝時間って聞いたが」
「多分、まだ起きてますよ。さっき、MSデッキに居るのを見ました」
「MSデッキね、サンキュ」
それは、さっき通路から見た。
礼を述べて、身を翻した。
後ろから、彼がじっと見つめてくる視線を感じたけれど、それは無視。
双子トークにこれ以上付き合う気はなかったし、彼もそれなりに利口らしい。それ以上の追及をしなかった。
それが、アスラン・ザラという男だと知ったのは、もう少し後の話だけれど。


***


MSデッキに行って驚いたのは、俺が乗ってきたはずの貨物艦が、どこにも無かったこと。
「…あれ?」
俺、どうやって帰るんだよ?
「ちょっ…、俺どうなるんだって…」
慌てて、MSデッキ内を探しまわる。
にいさんよりも、俺の貨物艦を探すのが先だ。
けれど、そういう時に限って、貨物艦よりも早くにいさんを見つけてしまったのは、本当に運が悪いというかなんというか。
聞こえたきた声は、確実ににいさんのもの。自分の声とまったく同じ声質。
その声は、「刹那」、と大声で呼んでいた。

「刹那、ちょっとまて、暴れるな!」
なんの話をしてるんだ。そういえば、刹那って名前はさっきも出てきたような気がする。
見れば、青と白のMSのコックピットあたりから声が聞こえた。床を蹴ってコックピットまで進む。声はやまない。こんな夜中のMSデッキで何大声出してんだか。暴れるなとか、じっとしてろ、とか。何を言っているのか判らない。
開いたままのコックピットハッチに手をかけた。
「…にいさん、何をし、……、」
覗き込んだその先。確かににいさんは居た。

同じような顔をした兄は、少年と言っていいほどの歳の子供を、後ろから抱き締めていた。
「…ライ、ル」
コックピットハッチに姿を現した俺を、にいさんが見つめる。目を見開いた。

にいさんの手は、少年の捲れ上がった服の中に入っていた。
白い服を捲りあげ、ヘソも胸も全部が見える。その胸あたりににいさんの手。
もう片方の手は、少年の手首をつかんでる。
どうもても、未遂だ。
もしくは強姦か。

「…にいさん、趣味変わったんだな」

言った言葉に、にいさんは激しく「誤解だ」と訂正した。
あっそう、と簡単に受け流す。こんな状態を訂正したって、そりゃ信じられるわけがない。