ライルがやってきた話:2 ------------------------------- 調査:にいさんはホモなのか? [艦内クルーにおける証言] 「だってしょうがないじゃない、あの二人付き合ってんでしょ?」 「それはもう、仲良しでいらっしゃいますわ。出撃されても、いつもフォローされてるようですし、微笑ましいおふたりですわ」 「知りませんよ。俺に聞かないでください。そーゆーの興味ない。でもあのふたりが一緒に居たら、俺は近づきませんけどね!蹴られるの、ごめんだから!」 「ミッションに支障をきたさなければいいと思ってるわ。あの2人も、一応MS隊なんですからね。こっちのミッションプランをきちんとやってもらったら、別に付き合っていようが、子供を孕ませようが、私は構わないわよ」 ライルは肩の力を抜いた。 ああ、どうやら本当のことだったらしい。 本当なら、時間をかけてじっくり調べようと思っていたのに、なんだ、この艦のクルーはほとんど全員知っているんじゃないか。 「どうしたんです?溜息」 「…いや、ここはとんでもないところだなと思ってさ…」 今日調べた兄のことを思い返し、知らずため息をついていたらしい。アニューが小首を傾げてにっこりと微笑んでいる。 彼女の手が、ライルの頭部に巻かれた包帯に触れている。優しい手だ。まさしく女性のそれに、ライルは(俺は断然こっちが好きだね)と思う。 「どうして、この艦がとんでもないところだなんて思うんです?」 「色々調べてたら、この艦には秘密ばっかりがあるなぁと思ってさ」 「あら。軍艦ですもの。機密ばっかりですよ」 「俺はただのスペースシップの総舵手だぜ。軍のルールなんか知らないし。それにここの人員も色々問題ばっかりなんじゃないのか?子供まで戦ってるし、変なテンションだし、俺のにいさんはいるし、そのにいさんはホモだし」 「…ホモ…。ああ、男性同士の恋愛のことですね」 アニューは、無邪気に手をぽん、と叩いた。 嬉しそうなのはいいが、ホモという言葉にどういう印象を持っているのか。 「…驚かないのか?ホモだぜ?」 「戦艦ではよくあることですよ。それにこの艦では他にも、アスランさんと…」 「あー…、いい!教えてくれなくて!」 アスラン、という名前が出た地点で、ライルは聞くのをやめた。 アスラン・ザラは、ライルがこの艦でマトモに話が出来る数少ない人物のひとりだ。 彼の歳はハタチもいっていないと思うが、それにしては落ち着いているし、能力もある人間だと思っていた。なのにそのアスランも?…誰だ相手は?ああそういえば、あのアスランという男、シン、シン、と話の7割はシンアスカというあの少年の話ばかりだった。残りはキラだとかカガリだとかラクスだとか…ああそういうことか、ちくしょう!いや、反対してるわけじゃないが! 「ライルさん、顔色が悪いですね」 「いや…ちょっと考え事してただけだよ…」 考えてもラチがあかないとは思っているけれど、…しかし。 包帯を替え終わったアニューが、片付けを初めているその後ろ姿を見つめながら、なんで男に靡くのだろうとライルは考えていた。 女性はいいと思う。 このアニューという女性など、めちゃくちゃいい女じゃないか。 頭もいいし、医療も抜群で、しかも美人だし器量よしだ。 後ろから見ても判る、くびれた腰に、ぷっくりと上がった尻。髪にかくれたうなじの白さや、足の細く長く程よく肉の乗ったしなやかさ。 ここに来てから数日、アニューとは何度か食事もしたが、ほんわりとしたキャラもいい。 「そういえば、ライルさんは、帰りの輸送船の手配、出来たんです?」 「いや、…それが通信がなかなか?がらなくてね…」 返答を待っているのだが、なかなか電波状況のいいところにたどり着けない。 「それにしても、なんで俺を残して帰っちまったんだ…俺の輸送船…」 いくら、あの場で倒れて意識を失ったとはいえ、パイロットのひとりを置いていくか? 色々問題がある。帰ったら、会社を訴えなきゃならない。 けれど、今こうして単独行動をしている戦艦に乗ってしまった以上、自分ひとりのために小型艇は出せない。ここにいるしかないのだ。あの輸送船が勝手に帰った所為で。 「あら?輸送船は必要ないからって、ライルさんが帰したんじゃないんですか?」 「は?」 ふと言われて、アニューを振り返った。 その目はきょとんとしている。相変らず可愛い。…いや、可愛いが。 「…俺が必要ないから帰した?」 「ええ、そう聞きましたけど…」 「誰が!?」 「…誰って…ええとあれは…」 アニューの目が天井に向く。誰かしらと考えようとしたその時、医務室のドアが開いた。 「センセ、バンソウコウもらいに来たんですけど…って、…げ」 「げ、ってなんだよ。人の顔見て、げって」 なんて失礼なやつだ。ライルは苦く笑いつつも、顔を入口に向けた。赤い軍服を着た、黒髪赤目の少年。…ああそうだ、こいつは。 「シン・アスカ」 「ライルなんとか」 「ディランディだよ。覚えろよなお前は」 「名前だけ覚えてれば呼べるし。先生、バンソウコウ」 「あら。また怪我?」 シンが腕を出す。随分と白い肌だったが、そこには見事に傷があった。一体どこにぶつかったのか。よっぽど適当に歩いていたのか。けれどアニューは慣れたものだと棚の中から大きめのバンソウコウを取り出して、数枚を手渡した。 「お前、怪我ばっかりしてんのか」 「仕方ないだろ、戦ってるんだから。コックピットの中じゃ、こんなのに構ってる暇はないし」 「………」 戦ってる。 はっきりと言葉を返された。 戦っているのか、…こんな、子供が。 ライルの思考を正確に読んだのだろう。シンがあからさまに眉間に皺を寄せた。 「…そういう顔で見られるの、好きじゃない」 「ああ、悪いな。読まれちまったか」 「別に読んでなんていませんけどね、想像はつくでしょ」 「ふーん」 バンソウコウを乱暴に軍服のポケットに突っ込んで、シンアスカは、躊躇いもなく180度ターンをした。さっさと医務室を出るつもりだ。ズカズカと歩いて、出て行こうとするから、なんとなく気になって、その後ろを追うことにした。 ライルも席を立つ。 「あら?どこに?」 「うん、ちょっとな」 ちょっと。…本当になんとなく。なんだかあの子供が気になって。 「じゃあ、またな。アニュー」 「はい。お大事に」 手を振ってくれるアニューに笑顔で返しながら、シンアスカの後ろを追いかけた。 ズカズカ歩くシンの行き先は、MSデッキのキャットウォークだった。 *** インパルスガンダムは、この戦艦の中でもちょっと特別扱いらしく、いつもバラされた状態で格納されている。 発進する場所が違うらしい。しかも部品ごとに飛びたつ。 だからこそ、完成形で格納されていないが、整備の人間にとっては、1つ1つパーツで見られるから、楽らしい。 コアスプレンダーの周囲を、メカニックがあわただしく動く。その姿を、シンアスカはじっと見つめていた。ぼーっとしているのか、目線が一箇所に定まったままだ。 その後ろに音を立てずに歩みより、軍人にしてはあまりにも細い肩に、肘を乗せた。ぐいっと上半身を乗り上げる。 「…なっ!」 「不機嫌そうな顔してんなあ」 「アンタ…、おい、ちょっと!」 暴れようとするシンを、上から覆い被さるようにして受け止める。はい、どうどう。肩にずっしりと重みをかけると、シンはもう無理だと悟ったのか静かになった。 シンアスカ。 アスランザラの恋人?らしい男。 シンとアスランは、同じ軍服を着ているんだから、同じ所属なんだろうが、…へえ、そういう仲なのかね。ライルは、ちらりとシンの顔を見た。 はねっかえりが顔にも出ているが、丹精な顔立ちをしている。肌も白く、手足もまだ少年といっていいほどだ。歳はたしか16だと聞いた。 …まぁ、男趣味があるなら、この少年に惚れるのも、判らないでもない。 でも、だからって、この戦艦で、ホモが横行するのもどうかと思う。 ふと見れば、シンの目線は確かにインパルスガンダムに向けられていたが、そのすぐ傍には、アスランザラの愛機であるセイバーだったか、そんな紅色のガンダムが鎮座していた。もちろんその傍にはアスランの姿もある。整備に真剣なのか、シンが見ていることには気付いていないようだ。 どうやら、シンも、こっそりと盗み見るつもりだったらしい。 …平気で人に喧嘩をふっかける割には、こういうところは乙女趣味というところか。 「お前、見た目によらないなぁ」 「なんなんです、アンタは」 「いーや、可愛いんなあと思ってさ」 「アンタに見た目のこと、とやかく言われたくないですけど」 「お」 反論も一人前。しかも、それだけに留まらなかった。 「アンタみたいに、実の兄弟から逃げるようなこと、俺はしませんけどね!」 はっきり言う。 あまりにもきっぱりと言い切られたから、ライルは笑った。 「ああ、そうだな、すげいじゃないかシンアスカ。お前ちゃんと俺のこと観察してるんだな」 「茶化すな」 「いや、褒めてんのさ」 よくもまぁ、逃げるなんて判ったもんだ。 確かに、兄であるロックオンストラトスから逃げている自覚はある。別に嫌っているつもりはないが、今更何を話せばいいのか判らない。ここに来てすぐに話をしようと思った。けれど、いちばんはじめに見てしまった兄の姿は、見事にホモの真っ最中。これで避けないほうがおかしいだろう。 けれど、それをよく判っていたものだ。 こりゃ、このシンアスカという男は、本当に見た目とやってることに反して、中身は違うらしい。 シンの肩に置いていた上半身の力を抜いて、その隣に同じように腕を下ろした。 キャットウォークからは、MSデッキが見事に見渡せる。なかなかの特等席だ。 「なんで避けてんですか。兄弟だろ」 当然のように、シンが聞く。苦く笑った。 「俺にとっては、あの姿を見るのはなかなか刺激的でね」 「同じ顔してんのに」 「だからこそ、だよ」 昔から、劣等感ばかり感じていた。出来のいい兄。面倒見のいい兄。同じ顔で同じ兄弟なのに。嫌いじゃない。好きだ。 たったひとりの家族。嫌いなわけない。 ふとMSデッキを見渡せば、にいさんが乗っているガンダムも奥に見えた。…どうやらあそこに居るらしい。 ここから、にいさんの姿が見えなくてよかったと思う。 「…バカみたいだ」 「んー?」 シンの言葉に、生返事で返した。 けれど、シンは辛辣とも言える言葉を易々と吐く。 「顔と身体だけしか似てないのに、そんな理由で家族を避けてんの、バカらしくてたまんないですよ」 はっきりと。 しかも、ぐっさりと刺さるような事を、そんな短い言葉で。 隣から耳に直接入ってきた言葉に、身動きせずに返した。言われて、もっともだと思った。反論できる言葉もないし、そうだなと受け止めるには、その言葉はシンプルに的をつきすぎてて、言葉が出ない。 シンは言う事は済んだとばかりに、さっさとキャットウォークを歩いていってしまった。 残されたのはひとり。 …顔と身体が似てるだけで、家族を避けるなんて ああ。なんてそんな言葉だけで。 はぁ、と今日一番深いため息をついて、ぐったりと力を抜いた。キャットウォークの手すりに、全体重をかける。 「ほんとに、それだけじゃねえか…」 単純で、けれど、一番ウィークポイントをぐっさり抉る言葉。 けれど、言われてしまえば確かにその通りだった。言われて驚く。 たったそれだけのことだと。 もう一度、にいさんのガンダムを見た。 今度は、にいさんの姿を見つけて、なぜか目を離せなくなかった。 |