俺と刹那はドラッグストアに居た。
目の前には良く判らない英語で書かれたいくつものカラフルな瓶が並んでいる。保湿だとかヒアル…なんとかだとか。何がどうなっているのが判らない。
こんな洒落た瓶に少しだけ入ってる水。そんなもんに結構な値段がついていた。
「…うっわ、これ30ドルだって!高すぎだろー」
俺は瓶を見て、うぇーと眉をしかめた。けれど刹那は手馴れたもので、頼まれものと照合するとポイポイとカゴの中に入れていく。
女物の化粧品なのに迷わない。なんか凄い。

それにしても、女ってこんなの毎日何回も顔につけるらしい。大変だなって思う。それで何が良くなるのか、わかんないけど。
ひとまず、刹那にばっかり買出しをやらせるわけにはいかなくて、俺は頼まれたやつを何度もスペルを確認して手に取る。しっとりタイプとさっぱりタイプがあるらしい。…なにそれ。もうどうでもよくなって、今手に取っているやつをカゴの中に入れた。と同時に溜息である。ああ、まったく。

「シン・アスカ。これでいいのか?」
肩を落としたところで、別の化粧品を捜していた刹那が声をかける。手にはピンク色の瓶。…全然関係ないけど、刹那にピンク色ってあんまり似合わないな。
「あー…多分これじゃないかなー」
「いくつか種類があるようだが」
「…ん?敏感肌用?…これは…低刺激?…何がちがうんだ?」
「どっちを買うんだ。この買出し用紙には書いてない」
「わかんないな。…とりあえず両方買っとこう。あとで間違えてて怒られるのとか嫌だし」
よく判らないのをいいことに、刹那が手に持っていた瓶をふたつとも取ってカゴに入れた。あ、重。


買出し当番。
命令だから行ってこいと言われて、ぴっしり書かれたメモ帳を渡された。
なんでドラッグストアへの買出しだけなのに、こんな荷物になるのか、良く判らない。

歯磨き粉だとか洗顔フォームだとか、そーゆーのは判る。
それは俺だって使うから。だけど、女の買い物なんて判るわけがないんだ。男なんだぞ。女の化粧品なんて見た事もない。
なのに、この買出しに付き合わされたのは俺と刹那で、余計に困る。
---いいかシン、任務だぞ
ってたいちょーに言われたけどさ、…けど無理だろ。無理。

カゴはもう2つとも満タンで、刹那が持っているカゴも重そうだ。
手伝ってやりたくても、こっちも一杯。
「なんでロックオンたちは、食料の買出しなんだよ…まったく…」
「それは、お前が余計な菓子を買うからだとロックオンが言っていた」
「…げぇー」

人を子ども扱い。そういえばたいちょーは何やってるのか判らない。いや、多分あのひとの事だから、部屋で報告書とか始末書とか書いてんだろうな…。いや、始末書は俺がやらかしたやつだけど…
そう思ったら、たいちょーがじっと部屋にいるのは自分のせいのような気がしてきてかわいそうになった。
…なんか、買ってってやろうかな。
思った。けど。
ちょうど目がいった先は、髭剃りのコーナーで、そこにはシェーバーとかシェービングフォームとかずらり。
「…これにしてやろうかな…」
「何がだ?」
「うおうあっ!?」
いきなり、首筋に回された手に、すさまじい勢いで飛びのく。
何が起きたのかと思えば、背後に立っていたのはロックオン・ストラトスだ。…多分。(弟のライルのほうじゃないと思う)
「びびるって!!てかあんた、食料の買出しじゃなかったのかよ!」
「もうとっくに終ったさ。車に詰め込んである。お前たちが帰って来るのが遅すぎるから来たんだ。何を迷ってるんだよ」
刹那と俺の買い物かごをちらりと見て、それが女性ものの化粧品ばかりだと気付くと、ロックオンは、あー…って顔。ほら、理由が判っただろ。
「でももうほとんど買い物済んだ。あとは支払いぐらい」
「じゃあなんでお前はこんなコーナーに居るんだ?」
目の前にはカミソリ。…いや、これは。
「ちょっと…」
「必要なのか?お前が」
「…………」
言われて、目をしばたく。カミソリ。俺。
「ひ、必要に決まってんだろ!」
馬鹿にされた!
馬鹿にされた!たぶん!
そりゃあ、アンタみたいに大人じゃないけど!それでもヒゲのひとつやふたつ………。
…そういえば、最近ぜんぜんカミソリ当ててないな。
「…で?アスランにでもプレゼントするのか?」
「えっ?」
言われて、おどろく。
なんで判ったんだろ。ロックオンは、ふふん、と笑った。
「まぁ、お前の考えてることぐらい想像つくさ。お前こないだやらかして始末書書いただろ。あれの上官連絡書はアスランの仕事だ。今日も朝から書いてたからな」
あ、やっぱりそうなんだ。
そう考えたら申し訳がなくなって、手に持っていたシェービングを買おうかどうしようか迷った。
てかあの人、髭生えてるのって見た事あったっけ?
思い出す。
ベッドの中、そうだ朝まで寝てたときなんかは、キスするとちょっとだけジャリって………
「店の中で妄想するのはやめとけよー」
「なっ!」
ロックオンはすぐさま突っ込んだ。なんで判ったんだ!と顔を上げると、(判らないわけないだろ)と言いたげな顔。くそ…。
俺は、手に持っていたシェービングを、カゴの中の女物に紛れ込ませるように突っ込んだ。
ロックオンはからかってくるやつだけど、すぐに引くやつだって知っているから、それ以上の追及はなかった。
「で?済んだのか?レジいくか?」
「…ロックオン」
「ん?どうした刹那」
隣に居た刹那が、すっと手を伸ばした。その先にはやっぱりカミソリだとかシェービング。
「お前はどれを使っている?」
「…は?俺?」
言われて驚いたのはロックオンで、けれど刹那が聞くから、ええと、とパッケージを眺める。
「別に俺はどれでもいいんだが。…あー、刹那が使うんだったら、こーゆーやつのがいいんじゃないか?」
言われて手に取ったのは、泡が一体になって出てくる簡単なやつ。
…あれ?刹那使うの?
シェービング。
どうにも想像が出来ない。でも刹那だって俺と似たような歳なんだし、髭ぐらいそりゃあ生えるだろう。…てかあれだろ、刹那って中東出身なんだろ?なんかあそこらへんの人って髭が濃いイメージだけど、刹那も大きくなったらそうなるわけ?
…あ、想像したらけっこう怖い…。

けれど俺の想像なんてものともしないで、刹那はそのシェービングを2つ取った。
「おいおい、2つも買うのか」
「ああ。1つはお前に」
「…俺に?」
目をぱちくりと瞬くロックオンに、刹那は真正面から顔を見上げて言った。
「この間、お前の誕生日だった。これはお前に」

きっぱりと言った刹那に、ロックオンはすぐさま真っ赤になった。さっきの俺なんて目じゃないぐらいに。
真っ赤。ほんともう真っ赤。
「…うわぁ…刹那、ロックオン真っ赤だよ…」
「うるせ…」
「嬉しいんだぁー嬉しいんだぁー」
「だから!からかうなっての!」
口を押さえて頬も押さえてるつもりみたいだけれど、ロックオンの真っ赤は隠しようがなかった。
刹那だけがひとり、なんの事だとばかりにロックオンを見つめていた。

…刹那、お前って、結構人を喜ばせるの、うまいんだな。