刹那・F・セイエイと、カミーユ・ビダンの話。
-----------------------------------------------------------------



広い食堂は、がらんと静まりかえっていた。
誰も居ないのかと足を進めて、部屋の隅に一人だけ先客が居るのが見えた。
(…カミーユビダン…)
薄い水色の制服、青い髪。見覚えがある。
背中を丸めて俯いて、うーん、と唸っている後姿。どうやら入ってきた事に気付いていないらしい。
用意されていたパイロット食をトレイごと取り上げて、刹那はとてとてとカミーユビダンに近づいた。
知り合いでなければ無視をしているところだが、あいにくとこのカミーユとは話もするし、チームを組んだ事もある。
丸い背中に近づいて、1つ席を空けて椅子に腰掛けた。

「…あ」
そこでようやくカミーユは気付いたらしい。
ニュータイプという種類の、(感覚が鋭敏なのだと聞いた)人間らしいが、意外と鈍いものだな、と刹那の思考の隅で思う。

「頭でも痛いのか」
「…あぁ…別にそんな事はないけど…」
ようやく顔を上げて背筋を伸ばす。同じパイロット食であるカミーユのトレイの中身は少しも減っていない。
頭は痛くないと言いながら、眉間を親指の腹でグリグリと揉んでいるあたり、やっぱり痛みがあるのではないかと思う。けれど、それ以上を聞く気にはなれなかった。別に痛みは無いというのならば、無理に聞き出す事もないし、戦闘に支障が出来る程の痛みがあるなら、医務室にでも行くだろう。医務室には優秀な医者が何人が居る。ハサンとアニューならば、擦り傷だろうと大怪我だろうと脳腫瘍だろうと、何とか治すだろう。
無言で食事を進めることに、抵抗はない。刹那は咀嚼を繰り返す。カミーユとて同じだ。スピードは天と地ほどの差があるけれど。
やがて、刹那の食事がまもなく終ろうとする頃、カミーユはふとスプーンを置いた。話しかけられるだろうなと思ったのは、そういう雰囲気だったからだ。

「…あー、少し聞きたいことがあるんだけど」
「…なんだ」
カミーユは横をむいた。口の中でもごもごと呟いている。やがてようやく聞き取れる程の音量で聞かれた言葉は、
「艦内の壁が薄いと思った事は?」
などという曖昧な問いかけ。
「…壁…?」
何故いきなり、艦の壁を聞かれるのか。良く判らない。その問いと頭を抱えることが、何か共通するのだろうか。
「…特に思った事はないが」
簡潔に答えると、カミーユは眉をきゅっと顰めた。どうやら彼が望む答えではなかったらしい。
「…君の部屋、隣は誰だ?」
言われても。関心が無いから判らない。答えずに居ると、カミーユは明らかに大きなため息をついて、青い髪をぐしゃっと両手で掴んだ。
「…艦長にでも進言すれば改善されるかな…だいたい戦艦なんだ、居住ブロックとはいえ壁が薄いってのは構造上問題があるんじゃないか…」

ぶつぶつと文句を言いながら、髪をぐしゃぐしゃにかき回す。癖毛らしいカミーユの青い髪があちこち跳ねた。髪から手を離すと跳ねた髪は元の位置に落ち着いた。形状記憶のようだ。
「悩むぐらいなら、艦長に言えばいい」
「…壁を厚くしろって?…無理だろ、それは」
「………」
今、自分で言ったことではないのか。刹那はムッと眉間に皺を寄せた。カミーユの愚痴は続く。
「だいたい、夜中でもないのに盛るほうが悪い。アラートなんだから廻りに気を使って当然じゃないのか…しかも長時間ネチネチと…。あんなの感覚で判るだろ、冗談じゃない…」
ぶつぶつと文句を言いながら、尚も髪をかき乱す。落ち着きがない。たしかカミーユとは同じ歳かひとつ上ぐらいだったかと思うが、こんなに思い込みが激しい性格とは思わなかった。
「アムロさんは何か感じないんだろうか…。いやあの人は一人部屋だったっけ…てかなんで大尉はあんな状態で寝れるんだまったく…」
さっきから感じる感じないだの、壁が薄い事と何か関係があるのか。あまりにも隣室の騒音がうるさいならば、やはり改善してもらうべきだろう。パイロットは眠る事も仕事だと常々言われている。
「…声や物音が聞こえるのが安眠妨害なのか」
「いや、そういう5感で感じる事じゃない。感覚で判るんだ、壁の向こうはベッドだから」
「………」
5感じゃない?それはつまり、本当に「感覚」というものなのか。
そんなことを言われても、ニュータイプではない刹那には判らない。…というより面倒くさい。そんな事で悩んでいるのか。
刹那はパンの最後のひとかけらを口に放りこんだ。付き合っていられない。理解不能だ。
何も言わずに席を立ち、感覚で分かり合うというのも不便なものだなと思いながら、部屋に戻った。
そういえば、自分の隣室は誰だったのだろうと気になって、ふとネームプレートを覗き込んでみれば、書いてあった名は“クワトロ・バジーナ”だった。