ロックオン・ストラトスと、シン・アスカの話。
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「おい、刹那知らないか」

後ろに居る事は判っていた。だからこそ、振り返らずに話しかけると、ハロをいじっていたらしい赤眼のシンアスカから返って来た言葉は、「…知りませんけど」という無愛想なもの。
予想はしていたけれど、余りに憮然と答えるから、手を止めて振り返った。ハロが逆さまになっていた。目のランプがチカチカ瞬いている。

「お前、いつも刹那と一緒にメシ食ってるじゃねえか」
「だからって俺が刹那の事、なんでも判るわけないじゃないですか」
ころころと転がされるハロ。
オレンジ色のハロは珍しいだとかなんだとか言って散々遊びつくしたのに、まだ飽きてないのか。
「返せ。そいつは俺の相棒だ」
「こいつって、パイロット補助なんですよねぇ?いいですねー2人で動かすのって。楽そうでありますねぇ」
「お前なぁ…」
何が楽なもんか。
コロコロ転がされる続けるハロは、アアアア、と悲鳴を洩らす。このままだと本当に破壊されそうで取り上げた。デュナメスの専用シートのスコンと収める。
そもそもデュナメスのメンテナンス中は、ハロの定位置はこのユニットの中だ。

「そんなにハロが気にいったんなら、アスランに作ってもらえ。得意なんだろ?コーディネーターってのはそういうのが」
「別にコーディネーター皆が得意なわけじゃないですけどね、隊長が作るのは小さいヤツだけだし、最近忙しいらしくて部屋にもあんまり戻ってこないぐらいですよ。それならアムロさんに作ってもらった方がいい。このオレンジのぐらいに大きいやつ」

聞きながらも、アムロだってアスランに劣らない程、忙しいんじゃないかと突っ込みを入れようとして辞めた。
さっきから何を不貞腐れているのかと思えば、どうやらシンはアスランが居なくて寂しいらしい。
最近戦闘も立て続けに起きているし、出動回数も多い。今日とて補給艦とのランデブーと開発途中の新型MSのチェックだとかで、アムロと一緒に艦を出て行ってしまった。
「あいにくと、俺はお前お守り役じゃない。ほら判ったら刹那連れて来いって」
「アンタが迎えに行けよ」
あっさりと返されて、溜息で返した。
「…お前、今日の仕事担当、聞いてるだろ?…俺の整備補助だ、補助!」
「だからって刹那を呼びに行くのが俺じゃなくたっていいだろ!」
使えない。
(こりゃ駄目だ…)
どうやら相当寂しいのかヘソを曲げているのか。
ハロを取り上げられて手持ち無沙汰になったから仕方なくとばかりに端末を手にとってはいるようだが、画面を見つめてはぼけっとしてるばかり。ては動いていない。
「おまえ、やれば出来るんだからやれよ…」
「やりますよ。やりゃあいいんでしょ」
ようやく手を動かし始めたけれど、当初の目的を忘れてる。

「だからお前、刹那を、だな…」
「アンタが行けばいいだろ」
ふりだしに戻る。…もう諦めた。


シンが、どうしてデュナメスの整備補助にまわされたか、理由は判っている。
こいつは、アスランザラが居ないと、まるで聞かん坊なのだ。どうしても譲れないような事があると、すぐに人に楯突き、人の言う事も否定し、己の望むままに進もうとする。反発力が人よりもずっと多い。まるで手に負えない。
普段、ひとりでぼうっとしていれば可愛げもあるし、懐いてくる素振りも見せるのに、一線を越えれば容赦がない。
昔、刹那の事を聞かん坊だと言ったことがあるけれど、比じゃない。シンはまるで猛獣だ。
そんな猛獣シンが、唯一大人しく言う事を聞くのが、あのアスランザラだ。
…と言っても、縄で縛ってるわけでも恐怖で言うことを聞かせているわけでもない。ただ単に、2人が恋人同士というだけの話だ。
シンはアスランに対して、いつもきゃんきゃんと反発しているように見えるのに、よくも付き合っていられると思う。アスランが全て受けとめているのだろうか。
2人が仲良く触れ合っているところなんて見た覚えがない。いつもシンが喚いているイメージだ。それをアスランがなだめる。
ベッドの中では大人しいのかもな、と下世話な事を考えた。

「…なぁ」
そこに、不意に声。少しばかり上擦ったシンの声に、どうした、と返した。
問いかけたシンは、少しの時間を置いてから、ぼそっと質問を投げかける。
「…アンタってさ、どうして刹那と付き合う事になった?」
「………いきなりだな、おい…」
驚いてみせるが、こっちも似たような事を考えていた。
…なんともフィーリングだけは合うようだ。
この赤目のシンとは、妙に合うところがある。たとえば、家族構成だったり、その現状だったり、そうして今の心の状況なり。憎しみに駆られたシンと、それを吹っ切れない俺は、似たもの同士なのかもしれない。

「教える気ないならいいですけどね」
「別に、言うほどのモンでもないさ」
どうして刹那と付き合っているのか、それを知りたいってのは、裏を返せば、シンが今現在、そんな恋愛事情で悩んでいることがあるからだ。
(…アスランは艦を離れていて、シンが立腹…ああ、なるほどね)
状況が読めた。
「俺と刹那は、お前たちみたいに喧嘩したまま出かけるような事はないぜ」
「なっ!」
頬を一気に真っ赤に染めたと思ったと同時、シンは持っていた端末を、ずるりと落とした。
「こら、おまっ!」
端末が床に落ちる前に、手が届いたのは反射神経のたまものだ。
「俺、喧嘩したなんて、一言も言ってない!」
「言ってなくても、顔にそう書いてあるんだよ」
顔は口ほどに物を言う。
シンの場合、口もきゃんきゃん喚いて色々な事を言うが、表情はそれ以上に判りやすい。何でも表情に出てしまう、驚くべき素直さ。
思わず口端で笑った。
「心配しなくても、すぐに戻ってくるだろ。…ハロ、アスランたちの帰還予定はいつだ?」
「アト、4時間ゴ!」
間髪おかずにハロは答える。
シンは、ぐ、と喉を鳴らしてから、耐え切れなくなったのか、一目散に逃げてしまった。
赤い制服の背中が、どうにもこそばゆかった。

残ったのは、山ほどあるデュナメスの整備チェックだったが、ふとシンの落とした端末画面を見て驚いた。
ラジェーターやら動力炉のバランスのチェックが完了していたからだ。
シンは、あの短い時間でプログラムを書き換えてしまったらしい。
端末を握っていたシンの表情は、真剣そのものでもなく、どうみても物思いにふける乙女のような顔つきだったけれど、頭の中と手はきちんと動いていたらしい。
シンは、やれば出来る。本当に。
「よう、ハロ。調子はどうだ?」
「好調!好調!」
嬉しげに耳をぱたぱたと動かすハロの頭をぽん、と撫でた。
同じように、あのシンの頭も撫でてやればよかったと、少しだけ後悔をした。

「ま、それはまたの機会にしてやるか」