ロックオンが帰らない真夜中2時の出来事:シンアスカ
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真夜中にラーメンが食べたくなる事って、誰にでもあると思う。

だから、そっと部屋を抜け出して食堂に向かった。
ラーメンラーメン。
塩ラーメンがいい。
あ、でも味噌でこってりもいい。
いやいや、醤油のがいいかな。このあと寝やすいような気がする。…なんとなく。
どうするか。
食堂に向かいながら考える。
…やっぱり塩かな。
トンコツは夜中に食べると胃もたれしそうだしなぁ。あ、でも想像してたらトンコツも食べたくなった。

「よいせ」
誰も居ない食堂に、こっそり小さな灯りをつけて、キッチンに座りこむ。
下の棚にラーメンのストックがあるのは知ってる。
袋に入った非常食。
誰が買い置いたのか知らないけど、コックさんも容認して置いてあるラーメン。
がぱっと扉を開けた。
うん、ある。
塩と、ああ、醤油がない。味噌もある。
塩か味噌。
さぁどっちにしよう。

「…何をしている」
低い声が上から聞こえた。
見上げると、刹那が覗き込んでいた。その顔はいつもの無表情。
何してるって、見れば判るはずだ。手の中には塩ラーメンが握られているから。
「ラーメン」
「…就寝時間じゃないのか」
「そうだけど。腹が減ったら眠れない。刹那は遅番なのかよ」
「…違う」
「なら刹那だって寝る時間だろ」
刹那もこっそり部屋を抜け出してきたんだと判るから、袋を片手に鍋を手に取った。小鍋ひとつで事足りるのがラーメンのいいところ。証拠隠滅しやすい。
「あ、鍋1つで済むんだからチキンラーメンにしよ。卵落としてさ」
そうだそうだ。チキンラーメン美味しいよな。
あれならトッピングも考えなくていいし、卵ひとつで済む。
ふんふん鼻歌唄いながら、デカイ冷蔵庫を開けた。卵がわんさかあるから、1つ手に取った。…少し考えた。
振り返る。
刹那は相変らずそこに立っている。
「…刹那も食べるんならついでに作るけど」
「食事は決まった時間に食べている」
「腹減ってんだろ。チキンラーメンつくってやるよ」
多分、刹那も腹減ってる。
だって、刹那とは同じ歳で、今日だって同じように出撃してる。体型も似てる。腹ぺこなはずだ。
「席に座ってろよ。作ってやるからさ」
言うと、刹那はしばらくこっちをじっと見ていたけれど、やがて椅子を引いて座った。暗闇の中の食堂、ひとりぽつんと。
厨房の明かりだけをつけているから、刹那がひとり座った食堂は酷く寂しそうに見えた。だから早くつくってやろうって思った。

鍋に水を入れて、コンロに火を入れる。強火にして一気に沸騰させている間に、とんぶりを探そうとしたんだけど、見つからない。
あらゆる棚を開けたけどない。おかしい。深皿だけは見つかった。しょうがないこれでいいか。

刹那をちらっと見た。
ひとりで寂しそう。だから早くはやく。

「チキンラーメン、食ったことある?」
「……ない」
「やっぱりなー。じゃあ今日は初夜食で、初チキンだな」

じゃあ、絶対うまいの作らないと。
チキンラーメンぐらいなら、誰だって美味く作れる。早く沸騰しないかな。
ラーメンは袋から出したし、卵ポケットを上にしてセッティング完了。

刹那が夜食を食べるなんて、滅多にない。
刹那の同室はあのロックオン・ストラトスで、抜け出そうとすれば、きっと気付くだろうし、刹那だってよっぽどの事がなければこんな風に夜食に付き合うこともない。
今夜は特別だ。

早く沸騰しないかな。
早くしないと、待つ間に、刹那の同室のロックオンがこの艦に帰ってくるかもしれない。早くはやく。証拠隠滅しなきゃいけないんだから。
ああ、そういえば先に卵落さなきゃ。

2つの卵を、テーブルの角でコンコン叩く。そっと麺の上に落とした。
1つは成功、1つは麺の下に落ちて、黄身が割れてしまった。しょうがないから、失敗したのは俺の分。

もう一度、ちらりと刹那を見た。
刹那の目線の先には、食堂に備え付けられたモニタ。そこには、艦の現行が表示されている。
モニタには大きく「異常なし」の一文字。今、艦は静かにイレギュラーなく航行している。
けれど、それは、刹那にとってあんまりいい文字じゃない。

ロックオンが帰ってない。
…まだ、帰ってない。
俺達は、こんなに呑気にラーメン食おうとしてるのに。
あ、湯が沸いた。

「刹那、おまたせ」
「……これは」
「ああ、これに今からお湯を入れる。で、3分ぐらい待つ。麺が柔らかいのがよければもうちょっと待つ。俺は3分でいいけど。刹那は?」
「…同じでいい」

お湯を注ぐ。いいにおい。
ラーメンのにおい。
おいしそう。
ラップした。待つ。3分。その間に、「異常なし」のモニタが、「着艦あり」になればいいのに。
待つ。
ちゃんと待つ。
腕時計なんてないし、別に3分計ってるわけじゃないけど。
刹那の隣に座って、静かな食堂で待つ。
喋る気も起きないから、じっとしてる。モニタにはずっと「異常なし」。艦も静かなもの。
時々、艦体に何か当たったのか、揺れたりするけれど。
あっという間に3分ぐらい経った。

「あけていいよ。熱いから気をつけてさ」
箸を渡すと、刹那は慣れた手つきで綺麗に持ち、けどラップを剥がすのに苦労しながらラーメンとご対面。
「うまそー!」
いただきます。
手をあわせて、箸を入れる。
麺は、ちょっと延びてた。…待ちすぎたかな。

刹那が隣で、やっぱり無表情で麺を啜ってる。
それを見ながら、こっちも食べる。
黄身が潰れたやつ。
だけど、その分、麺にからんで美味しい。
でも刹那のもきっと美味しい。
刹那は黄身をすぐ潰す派。
掻き混ぜて食べるのも美味いよな。刹那、初めてにしてはラーメンを判ってる。

「熱いからゆっくり食べていいよ」
「…熱くない」
「熱いかもしれないだろ」
「…問題ない」
「そうだけどさ」

夜中にラーメン。
なんか悪巧みしてる気分。…決められた食事に反してるわけだから、本当にいけない事だけど。
ラーメン作る。刹那は待つ。俺も待つ。
帰ってこない。
ラーメンは美味しかった。けど直ぐになくなった。
だから、もう皿の中の無くなったラーメンの事は、頭は切り離されて、ほら、またモニタを見る。俺も見る。…気にならないわけが無い。
あの人、生きてるのかな。
刹那は、ずっと表情が変わらない。
だから、俺も変えちゃいけない。…ような気がする。

「美味かった」
ぼそっ、と呟いた言葉に、驚いた。
振り向いた。刹那がじっとこっちを見ていたからだ。
「ラーメン」
「ああ、美味かった?よかった。今度作り方教えてやるな」
って言っても、教えるような複雑な調理法は1つもないんだけど。
具沢山の味噌ラーメンあたりなら、少しぐらい調理らしいことするけど、チキンラーメンなんてお湯注ぐだけで簡単に出来てしまう。
それに、刹那はもう夜中に起きてくることはないだろう。多分。…てか、無いほうがいい。
モニタは静か。
艦も静か。
皿の中は、スープも残ってない。
困ったな。もう刹那を部屋に戻さなきゃいけない。
一人の部屋、戻すの嫌だな。

「おかわりする?」
「腹が膨れた。充分だ」
「…ならいいけどさ。じゃあ、皿片付けちまおう。証拠隠滅な」
「隠滅?」
「こんなの食べたって判ると、たいちょーがうるさい」
「うるさいのは、おまえの隊長だけじゃねえぞ」
刹那に話かけたはずなのに、帰ってきた声は、全然違う人のもの。
振り返った。
「あっ!」
思わず指さし。
だって。
食堂の入口に、緑のノーマルスーツ。ヘルメット小脇に抱えて。

「ラーメン食べてんなら、俺にも作っておいて欲しかったもんだ」
「だって、アンタ戻ってなかったじゃないか」
「しんがり任務全うした俺に言う言葉がそれかよ…」
つかつか歩いて、刹那の隣に腰掛け、窮屈そうなノーマルスーツの首筋を緩めて、背もたれに身体を預けて、はぁーと深い溜息。
「…でもなんで。アンタの帰還、艦内情報に出てなかった」
「就寝時間過ぎてんのに、わざわざアナウンスする必要もないだろ。それよりほら、ラーメン」
ノーマルスーツ着たまま、手を振って早く作れって仕草。
「いいのかよ。こんな時間に」
仮にもMS隊のリーダーが。
「お前らだって、今食ってただろ。俺にも食わせろって。なぁ、刹那美味かったか、ラーメン」
聞かれて、刹那は何も答えなかった。
ただ、返事の代わりとばかりに席を立って、厨房へと歩く。
「シン」
刹那の声。聞き返す。
「ん?」
「作り方、教えてくれ」
鍋を手にとった刹那が言う。
けど、鍋を持つだけで、他にどうしたらいいのか判らないらしい。
刹那は、いつもの無表情で真顔で、聞いてくる。
だから、笑って答えた。

「いいよ、教えてやるな。ラーメンの隠し場所とか、卵のありかとか色々な」
なんだか嬉しくなって、厨房に駆け込むと、後ろから疲れきった声が、余分な事まで教えんじゃねえよ、って飛んできた。
聞いてやらないことにした。


刹那が初めて作ったラーメンは、とてもおいしそうに見えた。