キラヤマトが見る、刹那とシンの相性について。
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『…いつもの事だが、援護を頼む』

溜息交じりの通信が入ったから、僕は、はい了解です、と返して、ストライクフリーダムに装備されたドラグーンを切り離した。いつでも援護できる状態で待機しながら、前方で激しく散る火花を見る。
僕のポジションは艦隊のすぐ横。
カタパルトにあがってきたデュナメスが綺麗に射出されて、前方の光の中に入っていった。すぐに遠距離からのライフル攻撃が始まって、あの人も大変だな…なんてあらためて思う。
MS隊のマスターなんて、よくできると思う。
アスランもリーダーだけど、あの人はさらに上で総まとめの位置にある。僕達は彼をマスターって位置づけてる。
MS隊のひとたちは、本当に癖のあるひとたちが多くて、それを纏め上げるのはどれだけ大変なんだろうと思う。…なんていう僕もその癖のある隊員のひとりなんだけど。
そういえばこないだ戦闘報告書がまだ出てない!って探しまわってたのもアスランとロックオンさんだった。ついでにシャワーのノズルが壊れたとかで直してくださいよって言われてたのもあの2人。うわ、本当に大変だよね。
「…僕、この立場で本当によかった…」
MSを操縦して、味方の援護と艦隊を守るのが僕の役目。ちらりと横を向けば、エターナルがある。ブリッジを拡大すると、ラクスが艦長席の横で凛々しく座っていた。ピンク色の髪が無重力に靡いて、とても可愛いと思う。
ラクスは僕の目線に気付いたのか、そっと微笑んで小さく手を振った。僕はそれにはにかむように微笑んで返す。…見えてないと思うけど。

改めて、前方の戦闘を見つめた。
僕達のさきがけとなって突貫してるのは、シンのインパルスと、刹那のエクシア。
彼らの機体は、近距離戦に向いているから、突っ込むのは判るけど、…でもどうみても2人は突っ込みすぎ。
だからこそ、ロックオンは僕に援護を頼む、と言い残して、2人の援護に入ってる。
この場合、僕が援護する対象っていうのは、もちろん、ロックオンの援護じゃなくて、シンと刹那の援護だ。

でも、ここで確認する限りでは、とりあえず大丈夫そうだけど。…あ、戦艦から白旗があがった。なら、もうすぐカタがつくのかな。


***


基本的に、僕はいつも最後に着艦する。
戦闘終了後、皆の着艦を見守ってから、最後にカタパルトからMSデッキに入る。だから、僕が帰るとデッキの中は戦闘を終えたばかりのMSで一杯だ。
シンのインパルスは、もうとっくに入ってバラして専用ハンガーの中。で、その前にエクシアやデュナメスが置かれているわけだけど。
今日はなんだか様子がおかしかった。
人が一角に集まっている。それもエクシアの前あたりだ。
…何があったんだろう。
コックピットでモニタを拡大してみたけれど、人だかりが多すぎて、何が起きているのか判らない。
「なんだろ…?アスラン、判る?」
まだセイバーのコックピットに居たアスランに通信をつなげてみた。セイバーの位置なら見えるかと思って。
アスランは少し黙った後、「いや、…」と小さく笑って、「お前も見てみろ。面白いことになってる」なんて、あいまいに答えて教えてくれない。
「面白いこと?…誰が居るの?」
「シンと刹那だよ」
「…ん?」
何その組み合わせ。…あの2人が何を話をしてるって言うんだろう。…てか、あの2人って会話できるの?

「こわいっていうより、興味湧くなあ…」
出歯亀だって判ってるけど、僕はついつい興味が湧いて、急いでコックピットから降りると、ひとだかりを掻き分けた。

「…何が起きてるんです?」
もしかして喧嘩かな、と思った。だってあの2人だ。
すぐにキレちゃって感情を露にするシンくんと、口下手らしくいつも黙ってるけど戦闘やらガンダムにかける情熱は人一倍…な刹那くん。
喧嘩…かな。
喧嘩だろうな。
だって、それが一番ありえる。

けど、僕が覗き込んだ、人だかりの中心では2人は喧嘩なんかしていなかった。
それどころか、本当におかしな光景が広がっていたんだ。
「…なに、これ?」
「あら。キラもいらしたのですね」
「ラクス。どうしたの」
「みなさん、何を見ていらっしゃるのかと思って。…そうしたら、おふたりが、お顔を見つめ合っているものですから」
「はぁ…うん、そうだね…」
「なんでこんなことに」
「それは、今から起こるんだよ」

ラクスの隣には、マスターの、ロックオン・ストラトスさん。
2人は人だかりの最前列に立って、2人を見つめている。
そう、みんなの視線の先には、確かに、シンくんと刹那くんが居た。
…いたんだけど、それは本当におかしな光景。
「…なに、やってるの…」
格納庫の床で、2人は、あぐらをかいて座り込み、膝を付き合わせて見つめあっているんだから。

2人の傍には、お互いのヘルメット。まだMSから降りたばっかりだって判る。ノーマルスーツの前をちょっと寛げただけの姿。
なんでこんなことになっているのかよく判らないけど、なんでもシンくんが、突然に刹那くんを呼び止めたらしい。なにやら話をしたと思ったら、いつのまにか床に座ってこの状態になっているそうだ。

「…2人は何の話をしているんですか?」
「まだ今からだ」
「……このまま見つめ合って固まってるってこと?」
「そういう事だな」
「……」
そんな説明だけじゃ何も判らない。…だから、何が起きるっていうんだろう。
僕達は見守るしかない。
廻りを囲んだひとたちも、見守るしかない。

しばらくして、シンくんが、ふ、と手を持ち上げた。
何するつもりだろう。
まさか、殴るの?
ビンタ?げんこつ?
僕は一瞬で色々と嫌な想像をしたけれど、シンくんは持ち上げたその手で、刹那くんのほっぺたを、ぎゅむっ、とつねった。

「…!!!???」
…っていう思いと驚きは、多分、シンくん以外の全員の気持ち。
刹那くんの両のほっぺたをぎゅむーっとつねったまま、その手を離さない。…なにやってんだろう、本当に、ねぇ…?
つねられた刹那くんも、いつものポーカーフェイスを崩すこともない。怒らない。まばたきもない。
…なんで?

シンくんは一体何をしたいんだろう。
この子は本当に突然思いもがけない事をすることをするから、僕も驚く事が多い。
けど、まさか刹那くんにこんな事をするなんて、思いつきもしなかった。
ハラハラする。

むぎゅっ、と摘んだまま、シンくんは、意味もなく「うん」と頷いた。
「…笑えばいいよ、刹那」
「………」
また、突拍子もないことを言う。
なんでそうなるんだろう。ほっぺたひねりながら、笑えばいいよ、って変だ。
だいたい、ほっぺた持たれたまんまじゃ、刹那くんは何も喋れない。…判ってるのかな。

返事が帰ってこないから、シンくんも言葉を継ぎ足す。
「笑えない?…なら、怒れよ刹那」

今度はそれ?…え、シンくん。どうしたの、君。
意味の判らない会話。
多分、彼らを囲んだギャラリーみんな思ってる。でも誰ひとり口を開かない。
ひとまず、この2人がどうなるのか気になるんだ。

「刹那、いっつも、そんなむすーっとした顔してるから、よくないんだよ」
「………」
「なぁ、俺、今日の戦闘で、別にお前を腹立たせるような事してないだろ」
「…お前につねられるような事をされた覚えもない」
「いや、刹那もっと喋れって言いたいんだよ、俺は!」
「…喋ることがない」
「あるんだよ!お前喋らないから、MS乗ってても何考えてるのか判んなくて困るんだ!」
「指示は後ろから出ている。それに従う」
「なんだよっ、そんな指示だけじゃ、俺達うまいこと動けないじゃん!」

シンくんが、ぶちっと切れた。ほっぺたを弾くみたいにして、手を離す。
「だから!黙られたら、判るわけないだろ!お前が右、俺が左ってそれだけじゃ判るわけないじゃん!」
「判る」
「判んない!」
「…判れ」
「無理言うなよ、馬鹿ッ!」

あー。ついに始まった。
シンくんが、一方的に怒鳴るだけだ。
どうやら2人の会話は、これだけで決裂したみたいだ。
喧嘩になるかな。一方的な喧嘩かな。…だったら止めないと。…僕が出なくても、ロックオンさんやアスランが傍にいるから、きっと彼らが止めてくれると思うけど。
どうするのって目線をアスランに向けた。
アスランは、やっぱり俺か、って顔をして、シンくんに近づいた。さすがアスランだ。

「シン、落ち着け。怒鳴ったら会話にならない」
「判ってますよ!判ってます!でもさ!」
「落ちついて話をしなければ解決しないぞ」
アスランは落ち着いて、諭すように話かける。けれどそれ以上、彼らの会話には絡む気はないらしい。
子供は子供同士、解決させなきゃしょうがないって判ってるからだ。
「シン、お前はどうしたいんだ」
だから、そうやってフォローだけ、アスランが入れる。
シンは怒鳴りながら答える。
「だから!…ええと、どうしたらって…、あー、コミュニケーションっていうか!連携っていうか!…そういうのが取れないと、俺達全然うまくやれてない!」

シンくん。…君、上手くやれてないって気付いてたんだ。
気付いていただけ凄いなって思った。本音。

ひとしきり怒鳴って、言いたい事をシンくんは言ったけど、一方、怒鳴られて頬をつねられた刹那くんは、やっぱり何も言わない。上唇と下唇が接着剤でくっついたみたい。離れる素振りがない。

(…うーん…難しい話だなぁ…)
コミュニケーションとか連携とか。そういうのは、アイコンタクトっていうか、雰囲気とか。そういうのが重要になるはずだ。MSに乗っていても。だから、これ以上シンくんと刹那くんが上手く絡むには、この2人がもっと友達みたいに仲良くならなきゃ難しいんじゃないのかなぁ…。
そう思った時、ラクスが、ぽん、と手を叩いた。
横を向くと、にっこりと微笑んだ顔。まるで、お花みたいだなと思った。
けど、彼女はこの艦でいちばんの権力者で。つまりラクスの言った事は、そのまま命令にもなるわけで。
みんな、ラクスを振り返った。
それは、ギャラリーも、僕もアスランも、ロックオンさんも、シンくんと刹那くんだって同じだ。

「…お友達になるのでしたら、お部屋でご一緒に、仲良くお話されてはどうです?」
にっこり。微笑んだラクスの言葉を、みんなで考えた。
ええと、部屋でゆっくりお話って事は、どうすればいいのかって方法を考えて、いちばん早く意見が纏まったのは、やっぱりマスターリーダーのロックオンさんだった。
「ミス・ラクス。…まさか、シンと刹那のために、部屋を用意するってこと、かな?」
「ええ。お部屋、空き部屋がありましたわ」
「ラクス、仲良く話っていうのは…」
「おふたりが一緒のお部屋で過ごせば、きっと仲良くなりますわ、ね、キラ!」
そんな風に笑顔で僕に微笑まれても。
…ええと、どうやって返したらいいのかな…僕は。

結局。
ラクスの提案に、その場では小さなどよめきが起きたけれど、ラクスの言った事は撤回されることもなく、シンくんが「冗談じゃないですよ!」って、きゃんきゃん騒いでも、刹那くんがきかないフリをしても駄目だった。
2人の部屋は即座に用意された。荷物の運び出しも、この提案を面白がった廻りの人たちが楽しそうにやってみせちゃって、つまりその日の夜から、2人は同じ部屋で寝ることになったんだ。
とばっちりを受けたのは、ロックオンさんとアスラン。
2人が同室になったから、2人が相部屋になったんだ。リーダー同士が相部屋っていうのも凄いけど。
いかんせん、ラクスが2人で仲良く、って提案したから、誰も文句は付けられず、2人の仲を邪魔するような事も出来ない。
僕にだって、どうする事も出来なかった。

そうして、シンくんと刹那くんの同室生活は、始まったわけだけど、それは前途多難な日々の幕開けだった。

ねえ、ラクス。
いくら2人が同じ部屋になれば仲良くなるっていってもさ?
部屋にベッドが1つしかないっていうのは、おかしいと思うんだ。