ぴよぴよって音がしそうなほど、気持ち良さそうに眠っているシンの唇から、ちいさな声がした。
「たいちょー…」って。

シンがよくいう寝言だ。たいちょう。
でもそれって、今の隊長である僕のこと?
それとも、昔ミネルバの隊長であるアスランのこと?
僕はどっちか判らずに、シンの寝言を聞くたび、苦く笑うしかない。
ねぇ、君の心は今どこにあるんだろうね?聞いてみるけれど、シンは幸せそうに蹲って寝てるから何も言えないまま。
黒髪がさらさら流れていて、きれいだった。この髪の1本まで、シンが僕のものになったらいいのにね。


***


「シン、隊長、って言ってご覧」
「は?」
「隊長、だよ。僕を呼ぶ時そうやって呼ぶでしょう」
「なんで」
「隊長命令」
「………隊長」
「うーん…なんか違うなぁ…」
「なんなんだよ」

大人しく言うことを聞いてくれたシンは、僕の一言で機嫌を悪くした。
だって仕方ない。シンが隊長って言っても、それがどっちを示しているのかなんて、わかるわけが無い。
僕の執務室で、シンは思いっきり眉を顰めた。いきなり隊長って言えっていうから言ったのにその態度はなんなんだって顔に出ている。ああ、怒らないでねシン。
僕はシンへと手を伸ばす。その手に触れてくれてもよかったし、胸に飛び込んできてくれても良かったけれど、シンは僕が伸ばした手の平に、大量の書類をどん、と置いた。うわ、重っ…。

「それ、今日中にやらなきゃならないのであります」
「えっ、無理じゃない…かな?」
「無理じゃない。ぱりんって割ってもいいから」
「割れるわけないでしょ」
「とにかくやれ」
「ええっ…」

無理だよ…、と言えば、思いっきり鋭い目線で返された。真っ赤な眼は時々本当に怒った色になるから怖い。
おかしいな、僕と君は確かに上官と部下ではあるけれど、でもそれ以上に恋人同士なんじゃ無かったっけ。

君が、僕の事を好きって言ってくれたことがない。
僕ばっかりが、シンに好きって叫ぶけど、それは簡単に受け流されているばっかりで、シンのこころに響いているかどうかは不明。いつもの事だから慣れたけど、寂しさに慣れちゃったみたいでちょっと辛いです。

「隊長すきって言ってみて?」
「ふざけてる暇があるなら仕事しろよ!」
「わぁ!」
ついに本気で怒ったシンが、持っていた書類をバン、と僕にぶつける。暴力反対。けどシンの手の早さは治らないし、僕もシンを直ぐに不機嫌にさせるのは、もう出会ってから…いや、出会う前からずっとだ。君がインパルスに乗って、僕と戦っていた頃からずっとずっと対決とか戦闘とか殺し合いとか。そういう関係だったから、今こうしてザフトで二人仲良く仕事してるなんて、ある意味スゴイ奇跡だった。

シンが僕の部下になるって言われた時には驚いたものだけど、その直後に、
「俺が監視してやります」
って言われて、わ、これって愛っていうより愛憎だねって思わず苦笑。
アスランは追い討ちをかけるように、キラはすぐサボるからきっちり監視するんだぞ、とか言うから僕はむくれた。

シンはなんだかんだ言いながら、僕の面倒をよく見てくれるけど、その言葉の端々にはするどいものが常に仕込んであるみたいで、かなり怖い。
そりゃあ簡単に仲良くなれるなんて思っても居なかったけど、でもシンは、僕と寝たりキスしたりする。
最初にセックスに誘ったのはもちろん僕で、キスをしたのも舌を入れたのも、シンのを舐めたのも、挿れるのも全部僕だった。
シンからベッドに誘うことはないから、シンの機嫌を取りながら、今ならいいかなってタイミングを見計らってベッドに誘ったりする。
シンは嫌がる素振りもなく、抵抗もせずに僕に抱かれてくれて、あぁ、そうだ、最初の一度目だけ、「俺が女役かよ」ってボヤいただけで、あとは特に問題は無い。
今だって、僕の溜め込んだ書類をせっせと捌きながら、どんどん僕の机に仕事を積んでいくシンは、仕事熱心でびっくりする。
…アスランから聞いていたのと、だいぶ印象が違うなぁ。

「オーブと回線繋ぎますよ」
「え?」
「今日、あっちの准将と回線繋ぐって言っていたじゃないですか。来月の合同軍事演習の件で」
「あ、そうだっけ?」

忘れてた。あっちの准将っていうとアスランの事だよね。…まさに噂をすれば、というやつかな。
僕はオーブとの回線会議で必要な書類をシンから受け取って、モニタのスイッチを入れた。
モニタに映し出されたのは、1ヶ月ぶりに見るアスランの顔だった。

「久しぶりアスラン」
『元気そうだな』
「なんとかね。シンがよく働いてくれてる」
『そうか。シンは?』
「ここにいるよ」
僕はちょいちょいとシンを呼び、モニタに映るように僕の横に立たせる。アスランはシンを見た途端、顔を綻ばせた。

『元気そうじゃないか』
「お陰さまで」
『…キラはちゃんと仕事してくれてるのか?』
「あんまりやってませんよ」
「ちょっと、シン!」
なんてこというの!僕は僕なりに必死にやってるよ!でもシンはそんな僕を一蹴。
「こいつ実力隠すんです。全然本気でやってないですよ」
『はは、まぁサボってないならいいさ』
「よくないですよ、仕事がたまるばっかりです」

シンは僕には見せてくれないような微笑みを交えながらアスランと会話を楽しんでいた。
…なぜか疎外感を感じた僕は寂しくなりつつも、ここでスネてもしょうがないって、一応笑ってみてるけど、…でもなんか…あんまり気分はよくない。
僕の話で盛り上がる二人は楽しそうだ。…久しぶりの会話だろうから、気持ちはわかるけど、ね。

「アンタっからも何とか言ってやってくださいよ」
『俺が何か言ってキラがよくなる…っていうのは昔から無いからなぁ…』
「あーそういうの苦手そうですもんね、隊長は」
「えっ?」
「ああ、間違えました、…アスランさん」

えっ、って突っ込んだのは僕。
だって、隊長って。
今、隊長って言った。アスランの事、隊長って!
その言い方は、まるであの眠っていた時の寝言と一緒だったから、僕はアスランと回線を繋いでいるのも忘れてシンの手を取った。

「シン、君!」
『キラ?』
「ちょっ、離せよ、キラ」
「でも!君、いま!」
「あー、とにかく、俺との会話はいいですから、さっさと話して終わらせてくださいよ。この後も仕事がっつり詰まってるんです」

シンは僕の言葉に答えずに、掴んだ腕も振り払って落として、モニタの前からさっさと姿を消した。まるで逃げるみたいに!
「ちょっ、シン!」
ねえ、今、君、アスランのこと、隊長って!
『キラ?どうしたんだ』
モニタの向こうでアスランが不審げな顔をしていたけど、僕は正直、気が気じゃなかった。


***



「シンは酷い子だね」
シンの両手首をまとめあげて頭上で押さえつけ、僕はシンの首筋に噛み付くように齧りつく。

「アンタのほうが、よっぽどっ…!」
「僕は酷い事なんてしてないよ。だって今だって、シン、気持ちいいでしょ?」
「どこ、がっ…!」

ほら。そうやって口が悪いところも酷い。
ベッドの中で、シンは身体をくねらせていた。気持ちいのと恥ずかしいのとイキたいのと。多分全部がごちゃまぜになっているから苦しくてしょうがないんだ。
君の口から洩れる言葉って、どのぐらいが本当で、どのぐらいが正しいんだろうね。
悲しいぐらい君の事を大好きな僕は、シンの一言や一つの動作にいつも振り回されてばっかりだ。
今日だって、たった一言で。
あんな、たった一言の言い間違いでこんなにも辛い想いをしている僕が居る。

「ねえ、もう本当の事だけ言ったらいいよ、シン」
「なにが、っ…!」

本当は気持ちいいくせに、気持ち良くないって言うし、イきたいのに我慢したりする。
顔見せてって言っても見せない。声も聞かせない。舐めてって言ったら…時々してくれるけど、深いセックスにならないとそこまでしてくれる事は少ない。

愛されてない。
きっと、僕は愛されてなんかいない。

(しょうがない、よね…)
あれだけの事があって、きっとシンの中では恨みつらみばっかりがあるんだろうから、そう簡単に愛してくれるって事は、絶対ありえない。
でもそれなら、どうして僕の部下になるって志願したの?どうしてこうしてベッドでは触れさせてくれるの?それも君が僕にする罪の形なの?
僕がどれだけこころを寄せても、君は一向に僕を好きになってくれないのも復讐?
…それって本当に酷いよ、シン。

だから僕は腰を深く挿れて、シンの気持ちいい場所であり、痛みさえ生まれるようなところを執拗に責めた。

「ひっ、ぃ、っ、うっ…」
喉を仰け反らせて喘ぐシン。その顎とか首筋とか黒髪がうなじにぺったりくっついてる様とか。本当綺麗。かわいい。
今はぎゅっと眼を閉じてるけど、瞼が開くと、透明みたいに澄み切った真っ赤な眼が現れる。いつだって息を呑む瞬間だ。
外見はこんなに可愛いのにね。
君は、ものすごい強気で勝気で、僕はどうしたらいいか判らなくなるよ。

「ねぇ、シンは僕のこと、本当は好きでも何でもないんでしょう?」

言えば、シンはひくりと跳ねてから、ゆっくりと僕に目線を合わせた。
何言ってるんだ、って表情では訴えてくるけど、…知ってる。だって本心でしょ?君の。

「知らなかった?君は眠った後に寝言で、隊長って言うんだよ。よく言う。あれってアスランの事を言ってたんでしょう?」
「なに、…」
「それとも違うどこかの隊長?…どこの隊の人?」
「何言ってるんだ、キラ、アンタおかしいよ」
「おかしくないよ、ねぇ、どこの隊?そのひとは左遷させようか。シンのこころを持って行っちゃう人なら傍には置きたくない」
「アンタ…」

シンは驚いた顔をしていた。
そりゃそうだよね。僕はおかしいことを言ってる。でもだってしょうがないでしょう。君は僕を見ないから。
あぁ、くやしいな。
どうして僕は君にこんなに憎まれなくちゃいけないんだろう。
どうして僕は君を手に入れられないんだろう。

「君は、中途半端に期待もたせておきながら、こんな扱いする。そのほうが、ずっと酷いと思わない?」
「ちょっとまてよ、アンタ、言ってる事がわかんない」

シンとセックスしながらこんな会話。
あぁ僕、なさけない。
なのに、まだシンがブツブツ言ってるから悔しくなった。ごめんなさいって言ってよ。アスランの事考えてましたって。アンタに抱かれながら別の人の事考えたって。言ってくれたら、今お仕置きしたら許してあげる。
シンは僕のものって、朝までかけてゆっくりとね、抱いて抱き締めて、もういやって言っても許さないぐらいにたくさんたくさんするから。
謝りたくないなら、いっそのこと、僕を恨んでるからだって言って。アンタの事なんか好きでもなんでもないですって、トドメを刺して。
僕を殴って怒って、それで突き放せばいいのに。そうしたら僕はめちゃくちゃになれる。…もうシンに嫌われたのならどうしようもないって。きっと壊れるぐらいに君を酷く抱けるのに。

「馬鹿、ちょっ、キラ!おい!一旦離せ、おまえおかしいっ…」
「そうだよ、僕はおかしいんだ、おかしいんだからいいじゃない。もうどうしようもないんだから、だったらっ…うわっ!?」

素っ頓狂な悲鳴が上がったのは、シンが腹筋で起き上がって、僕の身体をベッドに押し倒したから。
挿入したままなんて無理のある体勢交換。
僕も痛いし苦しいけど、シンはもっと苦しい。
でも、僕の上に乗り上げたシンは、痛みを通り越して、どうにも怒った顔で僕を見下ろしていた。

「最初から説明しろ。お前わけがわからない」
「説明って…」
「いきなりなんでそんな事言ってるんだ。そういえばこないだもおかしかったよな。いきなり隊長って言えとか。なんなんだよ」
「なにって…」

だってそもそもそれが原因で。
君が寝言でアスランの事を呼ぶから!
言えば、シンは真っ赤な目を大きく見開いて、「はぁ?」とあからさまに不機嫌な顔。

「なんでそこでアスランさんが出るんだ」
「だって隊長って言ったでしょ!」
「は?隊長はお前だろ!」
「そうだよ、僕だよ!君の隊長は僕だけなのに、アスランの事も隊長って言ったじゃない!」
「それは言葉のアヤだろ!?」
「じゃあなんで寝言で隊長ってうわごとみたいに言うの!?」
「話がめちゃくちゃだ!落ち着けよ!キラ!」
「ほらぁ、僕のこと、キラっていうのに、みんなの前では隊長って!」

叫んだ。
もうこうなったら全部言ってやろうと思った。
だってどうせ何を話をしても、シンとは喧嘩になるんなら、もうこうなったらとことん喧嘩してやるって。
でもシンは、目をおっきく開いたまま、「意味判んねぇ…」と髪をかきあげた。

僕達、セックスしてるのに、なんでこんな事してるんだろ。

「あのな、みんなの前で俺がキラのこと、キラって言えるわけないだろ?」
「いえばいいのに」
「いえない。フツーは、隊長って呼ぶ。だから、キラって呼ぶのは、今だけ」
「……そう、なの?」
「なんで気付かないんだよ…」

シンは天をあおいだ。
っていっても、僕の部屋の天井だけど。


「アスランさんは、昔、隊長って呼んでたけど、そう呼んじゃ駄目だって事になったんだ。…それからはアスランって呼んだりしてたけど、やっぱり最初に呼んだのが隊長だったから、癖が抜けない」
だから、間違って呼んじゃったっていいたいの?
シンに目線で聞けば、こくりと頷いた。バツが悪そうに。
だって、でも!
「…僕のことは隊長って呼ばないとき、あるじゃない…」
「それは…。キラを隊長って呼び慣れる前に、こういう関係になっちゃったからだろ…!」

早口で言うと、シンはふいっと横を向いた。
…シン?
隊長って、みんなの前では呼ぶのに?
2人で居る時はキラっていうんだよって僕が言ったから、そっちが普通になっちゃってるってこと?
ねえ、シン。横向いてたら判らないでしょう。

「シン」
呼ぶけど振り向いてくれない。
でも、そのほっぺたが、赤い眼とおんなじ色をしていたから、僕は思わずシンに抱きついた。

「シン、かわいいね!」
「うわっ、ちょ、マズイって、ナカのがっ…」
「きもちいい?」
「よくないっ」
「嘘ばっかり。この口は本当に嘘ばっかりいうね」
「アンタがそうさせてるんだ…!」
「うん、そうだね、ごめんね」

ほっぺたをぺろりと舐めた。でもシンの頬は甘くない。真っ赤なのにね。
うわ、どうしよう。かわいいね。シン。
だから堪らなくなって、僕はシンをぎゅうぎゅう抱き締めたまま、気持ちいい思いをさせてあげた。

「わ、ちょっ、駄目だ、キラ、ぁ!」
「うん、顔隠せないね。だからこのままイっていいよ。見ていてあげるから」
「み、見るなァ!…ア!」
必死で顔を逸らすけど、無理だよ。だってシンの身体は僕の腕の中にあるんだから。簡単になんて逃げれない。ほら、顎を逸らしても駄目。唇が赤く染まってそれも綺麗で、僕は喘ぐシンより大きな口をあけて、唇に絡みついた。
上も下も、僕ので埋めて、ぎゅうって抱き締めたら、シンは大きく震えてイってしまった。
唇を合わせたまま、シンの吐息が僕の中に流れ込む。
吐き出してしまったシンの白いのが、お腹の上に飛び散って、僕のを痛いぐらいに締める。ひくひく痙攣してるから、こっちもたまらない。
ああ、なんかシンで全部埋っちゃうみたいだね。

しばらくして、唇をようやく離せば、涙に濡れた顔で、熱い吐息を吐き出すから、僕はまた欲情した。


***



「隊長って寝言で言うのはどうしてだろうね?」
「わかんないですよ…」
「嘘。じゃあ誰を思い描いてるの」
「キラ…なんじゃない?」
「嘘ついて」
「嘘じゃないだろ。多分」

ほら、多分って言うし。本当はアスランとかじゃないの。
僕はむくれる。
シンは僕の膝の上に頭を置いて、ぼーっと天井あたりを見ていた。
疲れきってるけど、眠気はないみたいで、目はおおきく開いてる。かわいい。
さらさら流れる髪に触れてると、シンも腕を伸ばして僕の髪に触れて、一房とって触れるけど、手を持ち上げている事にもすぐ疲れたみたいでぱたりとシーツの上。うん。無理しなくていいよ。

「寝言だから正確な事なんか判んないけどさ、キラ…だと思う」
「根拠があるの?」
「…白服」
「ん?」
「夢の中にいつも出てくるのは白い服だった。俺が知ってる白服は、艦長かキラ」
「そっか」

夢の中に僕は出演?それなら嬉しい。たいちょうって、夢の中では言うんだね。
愛しくなって、額にキス。ちゅって音を立てると、やめろよって。はいはい、今日はこれ以上はしません。
名残惜しげに唇を離す。でもなんだか満たされた気分。こういうのも悪くない。
穏やかな気持ちになりながら、目を閉じると、シンはそういえば、と口を挟んだ。
その先を言わなければいいのに、シンは、

「オーブのアスランさんも白い軍服、なんだよな」

なんていうから、僕はまたシンにお仕置きしなくちゃならないじゃない。