まるで口から、身体を食われ尽くされるようだ。
唇と唇が触れ合っている。言葉にすればただそれだけなのに、刹那は崩れ落ちそうになる身体を、サーシェスの首に腕を巻きつける事で耐えた。何も身にまとっていない刹那の地肌を擦るように、サーシェスの服が敏感な胸の先端を刺激する。
「…んっ…っぁ…」
ずくりと何かが疼いて、刹那は内股を擦り合せた。出して放っておかれたままの精液が皮膚にどろりと絡みつく。

喉を落ちる唾液も、合わされた唇を動かして擦り付けるその温度も。
後頭部と頬を鷲掴みにされ、圧倒的な身長差でもって、上から押し付けられる体温と身体。
食われる。
…この男に食われて、この逞しい肉体の糧にされてしまいそうだ。
サーシェスのキスはいつもそう思える程に、野獣じみている。
この男のキスは、乱暴で、横暴だ。
それが横暴だと判ったのは、別の男とのキスを経験してからだった。
幼い頃は、これを受け止めるのに必死で、けれど怖くてたまらなかった。畏怖。…身体の奥底に植えつけられた。
上から被さる男の身体、それを受け止めるすべがなかったあの頃。今も大して変わらない。ただ、サーシェスの首に巻きつけるための手足が伸びただけだ。

サーシェスが、戯れに口先だけで口付けをするのは、幾度も重ねられるキスの内の数回だけ。いつも一瞬で交わされる軽いキスは、この男が部屋を出て行く時か、挿入が終わった後か、それとも酷く機嫌が悪い時の酷いセックスの前兆か。
口先だけのキスは楽だった。ただ目をつぶればいいだけで終わる。…けれど触れるだけのキスは、サーシェスではない別の男を思い出す。そう、唇を触れあわせるだけのキスが酷く好きだったあの男に。
今、こうしてまったく正反対の激しいキスを受けながらながらも、刹那は忘れかけていた男の顔を思い出した。

「…ん…」
思わず洩れた吐息。
サーシェスのキスがぴたりと止んだ。

「…なに別の男の事を考えていやがる」

即座に言われて、刹那が閉じていた目を見開く。
…どうして、判るんだ。
唇を合わせながら至近距離で彼を見れば、迷いのない目が刹那を見つめていた。後頭部の髪を、ギリ、と掴まれて、恐怖が宿る。心臓を直接手で握られているかのようだ。呼吸が止まる。
…けれどそれも一瞬で、次の瞬間にサーシェスの手は、刹那の髪を優しく梳いていた。
…怖いと、思った。
この男を。
戦うことは怖くはない。死ぬ事さえ怖くはない。けれど人を怖いと思うのは、酷く久しぶりだった。
そうだ、7年前も、この男が怖かった。
間近で何もかもを見透かしたように刹那を見つめる目を受け止めることが出来ず、目を伏せた。
耳元で僅かに笑った声が聞こえて、また唇が触れ合う。本能で顎を引いたが、それを許さずに唇はねっとりと絡みついた。
唇を押し付けてくるようなキスに、また顎を引いてしまう。それを許さない男の手と唇。
「…んっ、…ん、」
後頭部を包むようなサーシェスの手が、刹那の顔を固定する。もっと唇を触れ合えと、強制的な口付けを交わして、唇を擦り付け、もっとだと強請する。

…もう、この男はこの部屋から出て行くというのに。

どうしてこんな深いキスをしようとするのか。
出掛け支度を済ませ、懐には拳銃も持っているというのに、まるでセックスに入る前のような深いキスを交わして唾液を咥内に送り込んでくる。
刹那だけは、服も与えられず、後処理もされないまま、ベッドの上でサーシェスのキスを受け止める。
未だ快感が燻っているこの身体を、どうしたいというのだろう。

「ん、っ、ん、」
喉を鳴らし、唾液を飲み込ませておきながらも、サーシェスの手は、いつの間にか刹那の下肢に伸びていた。中心をゆるゆると扱いてみせる。
ついさっきまで、あれほど抱き合っていたのに。…もう、さんざん出した後だ。出るわけがない。勃起さえも難しいというのに、サーシェスは扱いてみせて敏感なそこをひくひくと震えさせてみせる。
手袋ごしに触れられる快感は、酷くもどかしい。
体温の感じない手は、いつものそれとは違っていて、新鮮ではあったけれど。
そうして刹那の身体で遊び、勃起も完全ではない刹那の身体を見、まあいいかと納得した後、ようやく離れた身体は、戦争をする男の姿へと変わっていた。

「今日はおとなしくしていろよ?帰ってきたら遊んでやる」
覇気と目線だけ、戦争屋のそれへと変貌させておきながら、睦言を言う。
大人しくしていれば、ご褒美にお前の好きなモノをやると言って、刹那の顎を指先で辿った。まるで猫か何かの扱いだ。
触れられて身体が小さく動いた途端、身体の奥深くにずくりと疼く快感の残り火を感じる。
サーシェスはそれを見て笑って、小さなスイッチを入れた。

「ん、…」
もぞりと身体が動く。尻をシーツに擦り付けた。
「また勝手に抜け出して、困らせるんじゃないぞ?」
何を言う。刹那がサーシェスを困らせるような事は何1つしていないのに。
散歩をしただけで咎められたあの日の事をまだ怒っているのか。いや、そう言って遊んでいるだけだ。脱走するつもりなどかけらもない刹那に向かって、逃げるなよと言う。
逃げるわけがない。…逃げる場所なんでどこにも無いのだから。
この男に全てをささげている。
身体も、ガンダムも、その命さえも。

刹那がこの男に抵抗を示すのはほんの僅かな事で、たとえば、過度のセックスに及んだ時、やめてと叫ぶぐらいだ。
それも最近では、慣れてしまって、抵抗を口にすることさえ少なくなった。
本能的な不快や恐怖が刹那の身を強張らせる事はあっても、彼の全てを受け入れるよう身体はいつも開いている。
あれほど嫌だったスカトロじみたプレイさえ、何度もさせられている内に慣れてしまった。嫌な事には変わりないが、幾度かの経験で対処法を身体が覚えた。

「帰ってきたら俺と何がしたい。言ってみろ」
言われても。何を望めばいいのか判らない。どう抱かれたいかと聞かれているようなものだ。
「たまには人数を揃えてみるか?お前だって色々試したいだろう」
それは嫌だ。首を緩く振った。
サーシェスは笑う。
「そうか。ならそれにしよう。お前はソレスタルなんたらに居たんだ、あの頃はどれだけ抱かれた?俺が教えたとおりに、男を喜ばせて自分に都合のいいように作り変える事は出来たのか?」
ずけずけとはっきりした物言い。
言葉の裏に、そいつの事を考えていたんだろうと、サーシェスは訴えてくる。…その罰として、体内に埋まるもののスイッチを入れていった。
答えない刹那に笑って、もう一度触れるだけのキスを残すと、サーシェスは、部屋を後にした。
ドアが閉まった音と、いつもは施錠しないはずの、鍵をかけられる音。
残されたのは、静かな空間と、サーシェスが刹那の体内に置いていったままの、鳴動する玩具だけ。


上半身をゆらりと傾がせて、ベッドに倒れこんだ。身体を動かせば、下腹の奥の方で、小さな刺激が体内で動き、腸壁を刺激し続けているのがよく判った。
これをどうしろというんだろう。
前立腺を掠めないぐらいに浅い場所に挿入された玩具は、自分で抜き出す事は簡単だった。
こんな緩い刺激では、イく事もない。
この玩具を咥えたまま、俺のも食ってみろよと笑って、実際にやってみせて善がらせる。
奥深くに突き入れられた玩具に当たる、サーシェスの先端。
それがたまらない快感を生み出して、腰を振り乱した。つい1時間も前の話だ。
人工物の鳴動と、野生的な男の動きと。翻弄されるまま刹那は酔い、乱れた。
お前も気持ちいいだろうが、俺もイイぜ。
笑い、飽きるまでそうして遊び、何度も吐精しあった。
サーシェスは、よほど気に入ったのか、その玩具は未だ刹那の体内にある。電池が切れるまではこのまま中で鳴動を続けるのだろう。

(…出してもいいのか…)
激しい快感は無いが、それでもゆるゆると与えられる刺激は、眠りにつきたい刹那の精神の邪魔をする。いっそイき続けて失神すれば眠れるのだろうが、それでも緩い刺激のみではイく事さえ出来ない。
こんな玩具での、ままごとのような遊び。
今までだってしてきた事を、何故今更これみよがしにしてくるのか。
以前はもっと酷い事を平気でしてきたのに。
もっと大きな玩具を突き入れて、そのまま数日放置された事がある。
もうイかない、もう出ないと言ったのに、それでも玩具は延々と前立腺を刺激し続け、射精のないオーガズムを感じさせ続けるのだ。気を失う事でようやくその拷問のような快楽から抜け出す事が出来たのを覚えている。
今回も、そうして遊ぼうというだけなのか。
それにしては感度が緩い。
すぐに帰ってくる、とサーシェスは言ったから、それまではこのままで居た方がいいのかもしれない。勝手に出したなと笑われてまた仕置きをされるのは嫌だ。

ベッドの上で、小さな刺激に身を委ねながらも、刹那はサーシェスを思った。

いつ、この関係は崩れるのだろうか。
おそらくそれは、自分の死をもってだろうとは判っている。
あの男が飽きれば、この身体は、AEUかPMCに売られるのだろう。
ガンダムマイスターとして、この身は高く売れるはずだ。
サーシェスの傍を離れるのならば、殺される覚悟は出来ている。自分で命を絶つ事も出来るだろう。
すでにエクシアは手にはなく、サーシェスが搭乗している。もうあれはサーシェスのものだ。あの見事なまでの操縦技術で、エクシアを使いこなしているのだと、見なくても判る。神の使いだと崇められたあの頃のように、神々しいまでの存在感を放って。

もう、ソレスタルビーイングに戻る事は、出来ない。
戻れない。裏切ってしまった。失ってしまった。
紛争根絶、それだけを暗示のように自分に言い聞かせて、ソレスタルビーイングに居場所を作り、自分の存在を見出していた。
あのクルジスで、生き残ってしまったから。生きてしまっているから。…だから、何かをしなくちゃいけない。
それだけの日々だった。

シーツの上で、横向きに倒れた刹那の目に映るのは、部屋にちりばめられた装飾品の金色ばかり。
無機質な、飾り気もなにもなかったソレスタルビーイングの部屋とは大違いだ。何も無い部屋。情報収集のためのパソコンと、ベッド1つあれば充分。あとはガンダムマイスターとしての使命だけで生きている。
(こんな事になっていると判ったら、あの男は怒るだろうか…)
…怒っているだろう。こんなガンダムマイスターに、失望しているだろう。
そう思えば、笑いたくなった。
笑い方を忘れた顔では、笑う事など出来なかったが、それでも刹那は、腹の中で今の自分の滑稽な姿を笑い飛ばす。
この身には、どちらにしろ絶望しか残されていない。
彼が飽きれば終わりだ。
そして自分が先に朽ち果てても終わり。
それでもいいと望んだ。仕方なかった。愛している、あの男を。

だから、せめて。
優しいキスを教えたあの男が、自分を忘れますように。
どうか、どうか、憎らしく思いませんように。殺しになど来ませんように。

刹那の祈りは誰に届く。
祈りを聞きとめる神は何処に。

自分にとって、神だと崇める対象が、野獣のようなあの男だと気付いて、叶いそうにないなと、また腹の底で笑った。