サーシェスが、刹那にと宛がわれたこの部屋に長く居る事はない。
常に、戯れに遊びに来ては、刹那の身体で遊び、飽きれば何処かへ行ってしまう。
一晩かけて遊んでゆく事もあるが、それも極稀だ。
常に予告なくやってきては、刹那の身体を弄って遊び、欲望を吐き出せば、部屋を出て行く。
キングサイズよりも大きなベッド。羽のように軽いクッションが幾つも置かれ、部屋のあちこちに金細工の装飾品が置かれている。
それでもこの部屋は牢獄だ。
窓は1つも無く、太陽の光さえ入らない代わりに、幾つもの照明が部屋の隅々に埋っている。ほのかな明かりを照らし出しているが、強固な石積みの壁が、全ての光と音を遮断している。
ドアは2つ。1つは風呂とトイレに続くドア、もう1つは城の通路へと続いている。
通路へと続くドアは、開けてはいけないドア。
あそこを開ければ外には出られる。日の光も見る事が出来る。
鍵は常に掛かってない事も刹那は知っていた。
それでも、刹那が、あのドアから外へ出る事は、おそらくもう無いだろう。

サーシェスが全て。
あの男がこの部屋にやってきて、あの男だけを見て、抱かれて、そうして全てになってゆく。

大人しくしていろよ。
サーシェスが告げて、部屋を出て行けば、一人になる。
あとは孤独ばかりだ。何も考える事も出来ず、刹那は眠りにつく。
次にサーシェスがやってくるのはいつだろう。…心待ちにしているわけでは無いけれど、彼がやってこなければ、自分に存在価値はない。
今は、サーシェスの遊び道具として、生きる事を許されている。

うつらうつらと瞳を閉じ、ゆらゆらと流されるように波間のような意識の中を泳ぐ。
緩みきった神経の中で、最初に響いた音は、幾人もの足音だった。
「……、」
それは刹那の部屋の前で止まり、やがて何かを蹴倒した音が響いたと同時に、飾り立てられた部屋の中に踏み込んできた男は数人。逆らうまでもなく組み敷かれ、何も身につけていない身体を押し倒され、尻の孔を開かされる。
この人数、そしてこの臭い。
刹那は抵抗をやめた。
抵抗など無駄な事だと、判ってしまう。

麻薬に溺れた傭兵崩れの男が十数人。どうやったって勝てるわけがない。


あっという間だった。
もっと早く彼らの存在に気付いていれば、もう少しマシな抵抗は出来たのか。
しかし、彼らの殺気も察知できないほど、自分の戦闘神経が弱りきっているのか原因だと認めざるを得なかった。
ならばこれは自分の責任だ。
組み敷かれて、慣らしもせずに挿入された後孔は限界に広がり、襞に食い込んで、腰を動かされるたびにズキリと痛んだ。おそらく血が流れている。

そんなに力まかせに挿入をしなくとも、本来ならば、この身体は簡単に開く。
サーシェスが教えたことだ。挿入する時だけ力を抜き、奥へ挿り込もうとしている時に息を吐く。長く長く。途中で呼吸を詰まらせてはいけない。身体を強張らせればそれ以上収められなくなる。
無理に入れれば身体を傷つける。なるべくなら血を出したくはない。…ならば出来るだけ、楽に気持ちよくなったほうがいいだろう。
だから。
「…手を押さえろ、もっと。挿らねぇ」
「下手くそだな早くしろ」
鼻息の荒い声がそこかしこから響いている。両足を担がれて、腰を押さえつけ、口の中に押し込まれたのは誰のターバンなんだ。臭い。
両手を押さえられて、やがてじわじわと身体の先端から感覚が遠のいていく。ぴりぴりとした痛みに似た感覚が指先を覆い、腕へと達して四肢が動かなくなってゆく。
力を抜くのが一番楽だと知っている。けれど、拘束されてしまえば、自分の身体を支えるためにどうしても力んでしまう。完全に勃起したわけでない男の浅黒い竿が、無難に挿入されるはずもなかった。半分を飲み込んだところで止まっている。それに焦れて強引に腰を突き入れようとし、身体を揺さぶる。これではどうしようもない。

口の中に押し込められたターバンから甘いにおいが香る。
薬まで使うのか。
刹那の身体にも、この男達自身も。
使われた薬は神経を麻痺させるものらしい。手足がぴりぴりと小さな痛みを訴え始め、やがて小さく痙攣して動かなくなってしまった。
刹那に使われた薬とは違う甘いにおいは、男達が吸引している薬だ。大麻だろうか。その目に正気は無い。
…もう無理だ。この男達を止める術は無い。

「これ以上ヤったらバレちまう。傷はつけるな」
男の誰かが言った。
…無理だろう。あの男にはバレてしまう。

「いいんだよ傷ぐらいつけてやれ。もうこの砦には用はねぇ」
「薬を積んだトラックは?」
「今、裏につけてある。あとは人革の施設まで走るだけだ」
「最後にどうせならサーシェス隊長の稚児の味ぐらいはな…」
「こんなちっぽけなガキが」
「早くしろ次は俺だ」

この男達は逃げられない。
誰よりも敏感で、誰よりも執拗深い、あの男が気付かぬわけがない。
この城に貯蔵された薬まで強奪しておきながら、なんて浅はかな作戦だ。

…サーシェスはどうするのだろう。殺しにくるだろうか。
この男達の命は無い。おそらくは、皆、殺される。サーシェスによって。
では、自分は?
幾人もの男に犯されたこの身体を見たら、あの男は怒るのだろうか。
汚れた身体はいらないと、投げ捨てるのかもしれない。
…いや笑うんだろう。あの男はきっと。


刹那の身体をひっくり返してうつ伏せにさせ、尻を高くあげて四つんばいになれと命じる。
無理だ。薬が身体全部に染み渡って力が入らない。
首もロクに振れない刹那に、男達は笑った。
口の中のターバンが唾液で濡れて色を変えている。顎が痛い。もう外して欲しい。声なんてどうせ出ない。助けも呼ばない。…ここであの男以外に、呼べる名も知らない。
熱を持ったかのように後孔が熱い。これも薬の影響なのだろうか。
ずくずくと何度も挿入を繰り返し、やがてぴたりと止まった腰。低い咆哮が響いて奥底に精液を叩きつける。震える男の身体を感じながら、生暖かな精液を体内で受け止めた。
ゆるゆると腰を動かして残りを吐き出し、ずぷりと抜くと、肉の音がした。
失った体温を追うように、後孔がきゅうう、と締まる。
完全に孔が閉じる前に、別の男の指が、孔を広げた。一度飲み込んでいた場所だ、指で広げれば簡単に開く。そこに差し入れられた二度目。
「はやくしろ、先がつっかえている」
「知るか」
まるでおもちゃを横取りする幼児のようだ。手を伸ばして先に掴んだものが所有権を得る。
刹那の身体をむさぼる腕は、一体何人の男がいるのかさえも判らない。
男の人数を把握しようとして、刹那は諦めた。
どうせ、終わらない。
脳髄までイカれた男達の相手だ。簡単に終わるわけもない。

…あとどれだけ続くのか。
サーシェスはいつ帰ってくるのだろう。
これだけの性交の跡が残れば、あの男は気付く。
もうどうしようもない。隠す事も出来ない。
…それ以前に、今この正気の無い男達とのセックスの果てに、嬲り殺されるのだろうか。
薬を強奪して逃げるといっていた。手慰みに犯しつくした後、証拠隠滅のために殺すかもしれない。
顔を見てしまっている。
あぁそうか、殺されるのか。
生かされる理由がない。ならばこれが最後のセックスになる。

「…挿んねぇならクチで、…」
顎を持ち上げられて、ズボンの中から中途半端に勃起したそれをにゅるりと取り出す。くさいにおいが鼻をついて顔を背けようとしたところで、口の中のターバンが引き抜かれた。息をつく間も無く、唇に先端を押し付けられる。
ぬぐっ、と響く肉の音。ぬるぬるとした先端が、刹那の唇を何度も滑る。顎を掴んだ手が頬骨を押さえつけ、痛みに口を開けば僅かな隙間に押し込めるように、にゅるりと口の中に挿入された。
歯列を割って、奥まで届く。大した大きさではなかった。太いが短い。喉の奥深くまでは届かない。
「…んっ、…!」
これならば楽かと刹那は目を閉じる。呼吸をする隙はなさそうだが、鼻は無事だ。
…くさい。呼吸をするたびに、汚いモノと強烈な男の臭いが、目と鼻にこびりつく。
「おっ、う、…出、…!」
唾液が絡み、やがて完全に勃起したそれがぱんぱんに膨らんで、刹那の口ではじけた。あっという間だった。
男の低い咆哮の後に、口の中のそれが大きく震え、硬い硬いそれから生暖かな体液がぶちゅぶちゅと嫌な音を立てて、咥内に発射された。たまらず顔を逸らそうとして、口の中から吐き出している途中の陰茎が、ずぶりと抜ける。
顔にびちゃりと掛かった。
開いたままの刹那の口から、唾液と混じって泡立った精液がどろりとシーツに落ちて沁みてゆく。
咳き込んだ刹那を、男の腕がしたたかに殴りつけた。
「…なんで吐き出しやがった!バレるぞ、くそ、」
そんなこと、今更。
シーツに沁みる精液が、酷い臭いとなって湧き上がる。
吐きそうだ。
後孔を犯されて、口の中まで詰め込まれている。
こんな人数のセックス、刹那の身体に手を伸ばせない男達さえ、ベッドサイドで自分のものを扱いて欲望を吐き出しているそんな状態だ。

後孔の出入り口付近を、先端とエラの張った部分で、ずくずくと擦るように刺激している。
動く腰は止まない。
口端からだらだらと零れる精液に構わずに、また新たな男が刹那の顎を持ち上げて鼻を摘み上げた。
開いた口に、勃起しかけたモノが再び喉奥まで挿入される。

苦しい。…痛い。
はやく、…終わらないか…。

終われば殺される。それは判っている。
けれど、それはサーシェスに囲われた日々とて同じだった。
この城から逃げるような事をすれば、サーシェスは刹那を殺すだろう。
部屋から出ただけでも、仕置きが待っている。
逃げようとしたのかと揶揄され、悪い子だなと仕置きを始める。

自由など、何1つなかった。
この部屋から、もう随分と出ていない事に気づいた。
刹那が部屋から抜け出したのはほんの数回で、けれどそれも日が経つにつれて飽きてしまった。サーシェスに仕置きをされるのも嫌だったし、外に出たとて状況など変わらない。
ただ、このベッドがあるだけの部屋で、サーシェスを待つ日々を続ける。
時折、戯れに刹那の髪を切らせたり、爪を研がせたり、絵本のようなおもちゃを差し入れる事はあった。
窓1つない部屋、金銀の装飾品が石の壁を彩るけれど、この部屋に不定の変化を与えるものは少ない。
一体どれだけこの部屋に居るのか。日の光さえ浴びていない。ただ毎日のようにセックスの相手をし、風呂に入って身体を洗い、サーシェスが居なければ眠り続ける。
これが本当に人間のする事なのか。
わからない。
もう、自分がなんのために生まれてきたのかさえも。

ただ、瞼を閉じれば思い浮かぶ風景がある。
記憶に残っている思い出はある。
ガンダムマイスターと呼ばれた。
エクシアを神だと、信じた。
刹那と名を呼んで、ぬくもりを与えた男が居た。

もう随分昔の話に思える。…あの男はまだ生きているだろうか。

(よそう…)
こんな状況で、何を思い出す事がある。
ソレスタルビーイングとガンダムマイスターの名を捨てたのは自分だ。
今はもう名も無い。

あの男は、名を呼ばない。
腕を伸ばされて縋った。唇に吸い付いて欲望を受け止めた。
ここにいろといわれたこの部屋で、ただ、あの男を待っている。

唯一になってしまった。
あの男に縋る事を知ってしまった。
触れられる。抱いてくれる。必ず帰ってくる。…まだ捨てられてはいないから。まだ。

けれど、これでそれも終わる。
どれだけ続くのか判らない。狂気の男達の欲望を受け止め終えれば、この命は果てる。
…死体となった身体を見て、サーシェスはどうするだろうか。
汚れた部屋と、汚れた命のない身体。
処理をしろと言われて、焼却炉に投げ込まれるだけだろう。
顔色1つ変えない。
無数にある玩具の1つが無くなっただけ。

きっと、あの男にとってはたったそれだけの事。

なんて、あっけない。


「っあ…!」
ベッドから離れた場所で、驚きのような悲鳴が聞こえたのは、一瞬。
挿入を繰りかえしていた男の動きが、ぴたりと止み、力を失った身体が、刹那に覆い被さる。
口の中を蹂躙していたモノは、ずるりと抜け出てしまった。

悲鳴。
銃声。
刃を振り翳し、肉に食い込む音。
断末魔。
懇願、命乞い、それを聞き入れられず絶命する声。

ほんの短い時間に、部屋は地獄と化していた。


***


血の臭いが充満した部屋。
切り刻まれた死体、身体の一部がそこかしこに散らばっている。切られた腕、吹き飛ばされた首。
いったい、何体の死体が。
刹那が生活の大半を過ごす大きなベッドにも、死体は乗り上げている。だらしなくズボンが下げられた男の脳天が切られている。だらだらと流れ出る血液は、ベッドの上に並ぶクッションを濡らして血に染めた。
鼻をつく、血のにおい。
その中でただ一人、呆然と宙を見つめる瞳。
ベッドのシーツの上、だらりと四肢を投げ出した刹那は、見慣れた天蓋の飾りを見つめてゆっくりとまばたきを繰り返した。

「派手にやられたもんだな」
天蓋だけが映っていた瞳に、人の影が映りこむ。
見れば、返り血さえも浴びていない男の姿が見えた。
赤い髪。まるで太陽のような。

あぁ、そうか。
何が起こったのかを理解し、眼球を動かして周囲を見つめる。しびれた身体は動かない。まだ薬が抜けないか。

部屋中の床に、幾つもの死体が横たわっていた。
撃ち抜いた頭や、身体のそこかしこから流れ出る赤。
部屋には、死臭が漂っていた。
普段、甘いオイルの臭いばかりが鼻につくこの部屋は一転し、殺害現場と化している。
大きなベッド。純白のシーツは、真っ赤に染まり、点々と飛び散った血液と体液がシーツを真っ赤に染めていた。
つい今しがたまで刹那のナカに埋って腰を振っていた男はもうこの世には居ない。
刹那のナカに埋っていたモノがずるりと抜き出る。白獨の精液を垂れ流す。
つい今しがたまで、ただひたすらに腰を振っていた男。散々かき回して気持ちいいのだと低い声を上げ、突然銃声に、そのまま絶命した。
背後から撃ち込まれた弾丸は、急所を容赦なく撃ち抜いて命を奪っていく。
直後、陶酔しきっていた男達は我に返ったかのように悲鳴を上げ、手に武器を取ろうとし、その隙もないままに、ほんの数秒で幾つもの命が散っていく。
許してくれと願い乞う男達へも容赦なく刃を向け、銃弾を撃ち込んだ。

散ってゆく、命の赤。
断末魔の悲鳴。
あぁ、殺されていく。
自分も殺されるのだろうか。

動かない身体を抱え、刹那は漠然と思う。
容赦なく、不心得者を殺してゆくアリーアルサーシェスの表情は修羅か。…いや、この男は、人を殺す事に感情など篭めない。
普段と表情を何1つ変えず、淡々と進められていく、処理。

おそらく、サーシェスは何もかも知っている。
拳銃とナイフを振るって仲間を殺す、この男に隠しておける事など、何1つ無い。

絶命する男達の悲鳴を聞きながら、刹那は瞼を閉じた。
耳だけに響く、死ぬ人間の声。
首を動かす事さえ困難な身体。
男が抜け出た孔からは、どろりと精液が零れ落ちて内股を濡らし、ごぼごぽと溢れてシーツに沁みていく。何人もの精液を受け止めて、何人とも交わった。においが染み付きそうな程の精液の量だったのに、死体から流れる血のにおいの方が数段酷い。

全ては、サーシェスの策略だったのか。
今ようやく判る。
この部屋へのガードを外して、信頼のおけない部下を、近場に置いた。
あぶりだすためだったのか。
…不謹慎な味方を排除させるために利用されたのだ。この身体は。

ただ呆然とサーシェスの顔を見つめる。
刹那の真横には、先程まで刹那のナカに埋まっていた男が、絶命して伏せている。サーシェスの銃弾が撃ち込まれるその瞬間まで、刹那の身体に身を埋めていたその男の最後は幸せだったのだろうか。…そんなわけがない。

「強い薬を使ったみてぇだな」
刹那の口の中に詰め込まれていたターバンに鼻を近づけて、すん、と嗅いで投げ捨てる。

「地下の貯蔵庫にあったヤツも持ち出してやがったな…やっぱりか」

呟くように文句を言い、僅かに顔を顰める。

「随分と盛んだったみたいじゃねぇか」
刃についた血を降って落とし、死体を蹴り飛ばして刹那の横に座る、男。アリーアルサーシェス。
指が伸ばされて、刹那の胸に散った返り血をなぞった。拭き清められる事の無かった血は刹那の胸も腹も赤く染めていく。

「隊長、終わりました」
「おう。結構居たな」
「はい。薬も地下のものを運び出しているところでした」
「だろうな。この部屋も、薬くせぇ」
「隊長の言うとおり、裏にトラックが止まってました。全員仕留めたとの報告が」
「そうか。死体は焼け」
「この部屋はどうしますか」
「掃除させてまた使えばいいさ。俺は気にしない。コイツだって元はガンダムパイロットだ。死体の臭いが残ってようが気にならねぇだろ?」

指先で、刹那の頬を辿って血を伸ばす。
戯れの遊びのように。
仲間の裏切りを炙り出すための道具として刹那を使う。
あぁ。この男はこうして笑うんだ。
人を殺して殺して、血を浴びて、そうして、何事もなかったかのように、ただ、笑うんだ。

未だ動けない刹那を見下ろし、その身体の爪先から頭のてっぺんまでを見つめ、「ふん」と鼻を鳴らした後、腕を伸ばして腰を抱く。
力の入らぬ刹那の身体が、サーシェスの胸の中に収まった。
「きたねぇなァ」
だらりと力の抜けた口には、男の精液がこびり付き、身体中には返り血が滴っている。内股から流れ出るのは精液と刹那自身の血液だ。
「こんだけ一方的にヤられるとは思わなかったな。お前、反撃はしなかったのか」
言われて、答える事が出来ない。舌まで麻痺している。
…反撃だと?
反撃どころか、抵抗さえ、するべきものでないと思い知らされている。
抵抗したとて、殺されるのは自分だ。あれだけの人数の男に、勝てるとも思えなかった。

「牙は折れて、屈服心だけが残ったか…」
刹那の顎を持ち上げて目線をあわせ、サーシェスは笑う。

まさか、ここまでになるとは思わなかった。
予想以上だ。
ほんの数ヶ月の軟禁で、よくもここまで折れたものだ。

まるで抵抗もせず、牙も見せずに、サーシェスの言葉だけを聞き、身体を許す。
複数の男に犯されれば隠れた牙でも見せるものかと思えば、こんな簡単に凌辱されてしまった。
これが本当に、死線を潜り抜けたクルジスの少年兵で、あのガンダムのパイロットだというのか。
所詮、この程度だったというのか?

(いや…まだだな…)

顎をさらに上へ持ち上げ、瞳を近づける。
くすんだ赤い目が、サーシェスを力なく見つめていた。



***


「…ぁ…ぐ、…」
唇が、動くようになった途端、刹那から洩れた声は悲鳴とも呻きとも取れる声だった。

広い浴槽に、腰までがようやく浸かれる程の、薄く張られた湯の中に2人。
まるで子供を抱き上げるように、サーシェスの胸に抱えあげられながら、刹那はどうする事も出来ずにいた。
薬はまだ効いている。
四肢に力が入らないままだが、感覚だけは徐々に戻ってきたようだ。試しにと、刹那の後孔の中に深く埋めた指先で、内壁を引っかいた。
身体がビクンと跳ねて、指先が動く。
「…っあ、あ…」
「もう少しだな」
仰け反る喉。倒れこんでしまわぬよう、後頭部を支えて肩口へ顔を押し付ける。
首筋にかかる刹那の吐息が、熱い。

「…まだこんなもんじゃ綺麗にもならねぇ」
湯の中で突き入れられた指は、4本。
後孔はぎちぎちに広がっている。
唯一入らなかった親指を、サーシェスは挿入させようと孔に沿うが、それ以上に広げられる事を、刹那の身体が拒む。
「おいおい、このぐらいいけるだろう」
今更拒絶してるわけではないのだろうが、ようやく動けるようになった身体には、先程の凌辱が恐怖として植えついているのか。
「しゃらくせぇ」
「ひっ…!」
ねじりこませる親指。
湯の中に血の色が滲む。
「…っ、あ、ぁ、あ…!」
「俺を拒むのか」
「…っ、…!」
緩く振られる首。
違う。拒んでいるつもりはない。…だって拒絶など無意味だと知っているから。
でも、ああ。
心は許しても、身体が拒絶する。
これ以上は無理だ。壊れてしまう。…壊れて。

「…む、…ぅり、ッ…」
切れ切れに叫ばれた言葉に、サーシェスは口端を歪めた。
そうか。無理か。
親指をねじりこむ動きを止めれば、刹那の身体が一瞬緩んだ、その隙に。
「ひいッ…!」
親指を捻り込むのではなく、4本の指を根本まで深くナカに押し込める。
ビクンと大きく跳ねた刹那の身体。途端、湯に溶けた白い精液。
「…痛いんじゃなかったのか?」
サーシェスが笑う。ひくひくと小刻みに震える刹那の下半身から、びゅくびゅくと精液がほとばしる。
湯に混じって消えてゆく精液と、薄く溶けて広がる血液。
深くまで埋めた指を中でばらばらと動かして、刹那にさらに快感を与えていく。
「ぁ、…あ、…!」
「声は出るようになったみたいだな。手は?足は?」
動けない。首を振る。
声とて、出るのは言葉にならない喉の奥を震わせただけの声だ。
指先は湯の中で、急速に感覚を取り戻しつつある。
けれど、刹那の意思で動かす事は不可能だ。
サーシェスが与える快感に、本能的に反射を繰りかえしているだけで。

「そうか、そりゃ都合がいいな」
ぐり、と指を中で一周させるように刺激を加える。強引な動かし方に、刹那の身体がまたひくりと跳ねた。
苦しい。痛い!

この行為が、先程の男達との強姦と何が違うのか。
刹那の意思が生きた事など、ここに来てから一度も無い。
いつだって、一方的な性欲の処理ばかり。
イきたくともイく事も出来ず、眠りたくても眠れない日々。
そのくせ、欲しいと願う時にサーシェスは居ない。

何がしたいのか。
何のための生なのか。
この閉ざされた城で、刹那は日が経つごとに、何かを忘れていく。

サーシェスの肩に縋りついて、皮膚に刻まれた文様を見つめる。
この逞しい身体の一部となって、溶けて消えてしまいそうだ。
今はただ、サーシェスの与えるこの痛みに溺れ、凭れかかる肩のあたたかさに縋る事しか出来ない。

疲弊し、体力の全てを奪われながら、刹那はゆっくりと目を閉じた。