「あっ、あ、あっ…!」
いつもなら、こんな声など出ないのに。
「…ひっ、あ、ぁ…!」
背がしなり、腰を突き出している。サーシェスが腰を揺らすたび、出て行こうとすればまだ離すなと自ら腰を引き寄せている。サーシェスの背中に足をしがみつかせ、その身体を離さない。
そんな浅ましい事をする、これは本当に自分なのか。
「うっ、ぁ、あ、…も、っ…!」
ありえない喘ぎ声。何故今日はこんなにも。
刹那は自分に起きた身体の変化に驚いていた。なんて気持ちいいセックスなんだ。今までどうしてこんなにも深い快感を感じなかった?
サーシェスの抱き方は以前と少しも変わっていないと思うのに。
まるで自分の身体が変化したかのようだ。ほんの1時間程度の短い時間で。


謁見の間から、抱え上げられてこの部屋に来るまで、サーシェスは酷く優しかった。
黒髪を口に含んで甘く噛んでみたり、耳の中に舌先を差し入れて、唾液で濡らしてみたり。まるでそれは恋人にするかのような愛撫。
サーシェスはずっと笑っていた。喉の奥で声を鳴らしている。
それが、あのガンダムパイロットを1人しとめたことによる快感なのだろうか。…きっとそうだろう。この男はそういった他人の生き死にと人としての価値に深い快感を見出す。
人を殺せば金が手に入る。
勝利すれば栄光が手に入る。
ただそれだけの愉悦だ。…しかしそれはどんな麻薬やセックスにも変えがたい快感だった。

「…あの男を殺した事が、そんなに嬉しいかお前は」
言われて驚く。
何を言う。殺せて嬉しいのはサーシェスだろう。あの男を撃ち抜いた一発の銃声。

「あっ、あ、…ぁあ、あ!」
正常位で突かれ、奥底までサーシェスが届く。背中が撓ってシーツから浮き、肩と頭で身体を支えている状態だ。シーツを掴んでいなければ、身体がどこかへ弾かれてしまいそうになる。
強い力で押さえつけられるようなセックス。シーツを掴む指の感覚がどんどん無くなっていく。
「…っあ、…も、う…」
「もう、どうした? もうやめろ、か?」
違う。首を振って答えたいのに、それさえ出来ない。髪がぱさぱさと振り乱されて、声も動作も何も出来ない。
喉の奥から洩れるような声を、ただ垂れ流すだけだ。

「お前に撃たせれば良かったな」
やめろ。
「あぁ…けどお前は拳銃はからしきだったか。はは、間違って頭じゃなくて顔のド真ん中を撃ち抜くかもしれねぇな!」
やめてくれ。言うな。もう、それ以上は。
喉の奥が痛い。
鼻の上がツンとなる。…なんだこれは。
サーシェスの手が、高く上げられた刹那の足首を掴み上げた。それを引き寄せて、胸の突起に歯を立てて吸い付く。血が出そうな程の痛み。
「…っあ!」
「血がダラダラ流れてやがった。俺の腕も落ちたモンじゃねぇだろ?頭を撃ちぬいたぜ一発だ。今頃脳ミソが散らばってるだろうな。どうだ掃除をしたいか?それなら部屋から出してやる」
「…っ、あっ、あああ!」
やめてくれ。叫びたいのに。
殺した。この男がロックオンストラトスを殺した。あの男を。
あの、……!

「泣いてやがる…」
動きをぴたりと止めれば、組み敷かれた身体は、痙攣と激しい呼吸を繰り返していた。
ぜぇぜぇと激しい息を吐きながら、それでも顔を背けてシーツに埋めようとする。
サーシェスは動きを止めたまま刹那を見下ろし、動向を見つめた。
「…っあ…」
ひくひくと小さく震える背。サーシェスの目線から逸らされるように捻られた身体。
激しく胸が上下しているが、これがセックスの息苦しさだけが理由ではないだろう。
「…っ」
必死で逸らされた顔。
硬く閉じられた刹那の瞳から、涙が流れ落ちている。
どれだけ、きつく目を閉じても、それは堰を切ったかのように溢れて零れた。
「…泣けたのかお前は」
穏やかな声。まるでサーシェスではないような。
…泣いている?
そんなわけはないと刹那は胸の内で思う。
泣けるわけがない。どんなことがあっても泣かなかった。クルジスでどれだけひもじい思いをしても、幼い身体をこの男に犯されて体内をめちゃくちゃにされても、何食わぬ顔で拳銃をつきつけ親を殺しても。…泣かなかった。
涙など不要なものだ。あれは乾燥を招くだけのものだった。
砂漠で泣けば水分が飛んでゆく。


「……っ…はっ…」
唇を噛み締める。けれど堪えきれず、声が洩れる。
あぁ、もう、何故セックスを止める。何故見ている。
やめるな。やめないで、ぐちゃぐちゃにすればいい。いつものように、その圧倒的な力で覆い尽くすように!
涙も汗も唾液も精液もわからない程、かき回せ。

腰を緩く振って、サーシェスに身体で告げる。もっとだと。
もっと、深く。もっともっとセックスをしてくれ。
身体は1つしかない。求めている。この男の身体を。
刹那の懇願を、サーシェスは無言で受け止めた。身体が小さく揺れだす。あぁ受け入れられた。

「でもな」
サーシェスの手が、刹那の頬にかかる。
涙を手のひらで受け止めて、頬を掴みあげる。その仕草にロックオンストラトスを見た気がした。指の太さも熱も何もかも違うのに。
顔を上げればそこには赤い髪。…違う。…この男は。

「…アイツを殺せを言ったのはお前だ」

そうだ。…俺だ。

刹那は再び目を閉じた。指は、サーシェスのもの。声も熱も埋めている硬さも、全てこの男のもの。
ロックオンストラトスはもうこの世には居ない。…殺せと言ったから。
撃たれたんだ。この男に。
ロックオンの頭から流れ出た血が、床に血だまりになっているのを、刹那も見てしまった。
見なければ良かった。
あのまま、サーシェスの肩に顔を埋めて、銃声が鳴り響いたあの時、身動きしなかったように、そのまま目を閉じ続けていればよかったのに。
硝煙の混じる臭いと共にサーシェスのキスを受け止め、離されたその瞬間。見てしまった。血だまりの中でうつぶせに倒れたその姿を。

(仕方なかった…!)

ロックオンストラトスは、殺されるしかなかった。
何故来たんだ。来なければ死ななかったのに。
戦場で駆るエクシアを見れば、操縦者が違う事にロックオンは気付いたはずだ。ならば、容赦なく、有無を言わさずに撃墜すればよかったのに。
何故、刹那Fセイエイが生きているという希望を持ったんだろう。
もう死んだ。…死んだんだ。刹那など。

堰を切った涙が、ぼろぼろと零れ落ちる。
サーシェスが動くたび、こめかみを伝って流れ落ちる涙が、髪とシーツに吸収されていく。喉が痛い。鼻の奥がつっかえたように苦しい。頭が痛い。画像が離れない。ロックオン。ロックオン。…あぁ。なくしていく。

「……ソラ、…」
「どうした」
「俺の、名、まえ…」
喉がひくついて、声が出ない。焼けたように熱い喉奥。鼻が詰まる。それでも。

「ソラ、ン…」
もう、刹那Fセイエイは居ない。
ロックオンストラトスも、もう居ない。
この世界からは消えうせた。

サーシェス。
今目の前にいるこの男だけが全て。
もう、この男しか居ない。本当に、この世界にはこの男しか。
腕を伸ばし、首に手をかけて背中に腕を回して胸に縋りつく。

「やっと名を思い出したのか。ソラン」
抱きついた頭をサーシェスの手が撫でる。胸に押し付けるように抱きしめられて、刹那は熱い息を吐き出した。
「ソラン」

呼ばれた名に、「はい、」と小さく返事をした。


***


冷たい床の感触を感じる事が出来たのは奇跡だった。
(…生きている)
目覚めた途端にそう思えたのは、あの銃声を聞いた途端に死を覚悟したからだ。あの拳銃に確かに撃たれた。流れ出す血も感じていた。それは致死量だったと思うのに。
身体中が痛む。意識はあっても五感は痛みばかりを訴えてたまらない。

どこからか、冷たい水が落ちる音が聞こえる。それは小さな水滴のようで、壁にしたたる地下水の溢れたものだと判るまでに意識が回復し、のろのろと目を開ければそこには石畳が写った。
布と言うにもおこがましい程の、酷い汚れと臭い。
目線を上へと向ければ、石畳の壁のはるか上方に遠い空が小さく見えた。
ここは地下牢か。

身体を動かそうとして、頭に激痛が走る。身体中の痛みよりもさらに酷い鋭痛が、ズキズキと広がり、身体全体にまで及ぶ。
なんて酷い頭痛だ。

(…当たり前、か…)
頭を撃たれたのだ、自分は。
正確に言えば、こめかみを。
致命傷にならないギリギリの傷だった。
皮膚が裂け、血が噴き出して、意識は一瞬で無くなった。それからは記憶が無い。
殺されると思ったのに、まだ生きている。

拳銃をつきつけた時、あの男は確かに殺意を抱いていた。あのまま撃たれれば確実に殺されていたはずだ。
けれど刹那が何かを囁いたその直後、殺気は失せ、代わりに遊び道具を見つけたような愉悦の混じった顔に変わっていた。
あきらかに銃口は、ずれた。
こめかみを狙われたのは、おそらくあの男の狙い通りなのだろう。殺すのをやめたのだ。刹那のあの言葉を聞いて。

『殺せ、だとよ』

言われた言葉を覚えている。
殺せ、と。…刹那は言った。唇を見ていたから確かだ。殺せと動いていたのを知っている。けれど、その身体が酷く震えていた事もロックオンは知っていた。

…殺せなんて。
あいつが言える言葉じゃない。

「…ッ…せつ、な…」

助けてやらなくては。
あの男に傾倒し心酔しているように見えても、その心はおそらく完全な服従に至ってはいない。
見捨てる事が出来なかったのだ。かつての仲間であるこの俺を。
あの子供が愛しくて、身体をあわせた。何度もセックスをした。だから知っている。あの身体は蹂躙される事など望んでいない。
何故あの男に縋った?
お前はそんなところに居ちゃいけない。お前は、そうして誰かに縋って生きていかなくてもいいんだ、刹那。

「せ、つ…な、…!」

名を呼ぶのが精一杯だった。
刹那の気力の失ったあの顔が瞼の裏にこびり付く。
助けてやる。俺が、お前を解放してやるから。
一緒にここを出よう。

硬く決めた決意とは裏腹に、ロックオンの意識は再び深い闇の淵へと沈んでいった。