ほおら、もっと鳴いてみろ。

煙の立ち込める部屋で、裸の男達が酒瓶を片手に笑い続けている。
球体の天井の、そう広くはない部屋で、壁につながれた小さな裸体を見つめる男は数十人。
遠巻きに眺めては口笛を吹き、時には繋がれた身体に酒を頭から浴びせてみたりと、おおよそそれは常人のする事ではない。
壁に繋がれた身体は、小さな少年。
その手足には鞭の跡が色濃く残っている。同じ箇所に何度も何度も繰り返しつけられた傷は、皮膚に幾筋もの青い跡を残し、内出血が止まらない。
足が震え続けている。
体内に注ぎ込まれた液体は腹の中でめちゃくちゃに暴れて内臓を侵食していくようだ。悲鳴を出せばその瞬間に耐え切れずに零れるだろう。
僅かな刺激さえも命取りになりそうな状況に、唇を噛み締めて耐えた。

ただ、じっと見られているだけ。
痴態を晒させたいだけだ。
自分の方が優位だと、服を引ん剥いて裸にさせ壁に吊るし、ただ見ている男たち。
我慢が出来なければ出してもいい。
そう言われた、その言葉が、一番悔しいから、出来もしない我慢を続けている。…そうする事を判っている、男達は、笑う。

「……っ、…」
唇の隙間から声が洩れる。
あぁ、もう。

堪えきれずに、開いた足の間から、液体がぽたぽたと流れ落ちていた。内股と足を伝い落ちる姿はまるで子供のおもらしのようだ。
頭から浴びた酒に混じって、流れ落ちて床へと沈む。身体が熱い。
足の指先まで震えだす。どこもかしこも震えているが、一際酷いのが足の指だ。床をひっかくそれが酷く際立って震えて見える。
がちゃがちゃと鳴る音は、頭の上で拘束された両腕で、手首に嵌められたのは牢獄で使用されている腕輪のような手錠だ。
鍵は、刹那の足元に放置されている。
…取れるなら取ってみろと言われ、けれどこの足の震えで取れるわけもない。
開放への鍵は目の前にある。それなのに。

「…ぅ、…あ…」
何かを言いたくて、けれど言葉にならない。この口は日々言葉を忘れていく。
頭の中に霞がかかったように視界が悪くなっている。そうしてきっといつかは何もかもが見えなくなるのだろうと思った。
何もかもを忘れる。
サーシェスに抱かれる回数が減り、あの部屋から連れ出されこうして男の弄び相手をする事が増えてきた。
忘れてしまう。
自分は誰なのか。サーシェスの望みはなんなのか。どうしていまここにいるのか。
忘れたくない。
殺したあの男の名も、きっと忘れてしまうだろう。存在さえも忘れる、きっともうすぐ。
ならば、今だけは。今だけは思いだしていてもいいはずだ。
「…ックオ、…」
頭を撃ち抜かれた。あの血だまりを見ている。
あの男は、もういない。

そして、自分を飼いならしたあの男さえも、きっと、もう。


息を吸い込んだ途端、慣れた甘い臭いが鼻の奥をついた。その度に指先がぴりぴりと痛みに似たしびれを与え、力を奪っていく。
力を抜けば、体重分だけ手首に痛みが走り、頑丈な鎖と腕輪が肌を傷つける。
足は限界で、立っていることさえままならない。

もう、だめだ…。

駄目になる。壊れてしまう。
酷い倦怠感の中に、激しい痛みと、それをも突き破るような快楽を与えられている。
何が気持ちいいのか、何が悪いのか。

死ぬ。
ここで、自分は殺されるのか。
あの男に。
…それを望んでいたはずなのに、どうして今震えるのだろう。
今、痴態1つ見せるのが怖くて怯えている。
何故怯える?
何故この身体は意味もなく抵抗をする?
もう何も怖がることはない。怯えることも、無くすことも。

あぁ、自分はまだ、あの男に、サーシェスに抱かれたいのか。
だから、まだ生きたいと望んでいるのか。

セックスはいい。どれだけ酷く抱かれても痛みがあっても、最後には開放が待っている。
肉体的な開放のために必死で腰を振って快感に縋る。吐精を阻害されても、セックスの終焉はやってくる。意識を失ったとしても終る。
いずれ、身体は開放される。

「…み、さ、…ま、」
まぶたの裏に見えたのは赤。
呟いた言葉は、刹那の口の中で消えた。
周囲の男達の笑い声が頭の奥へ響き聞こえる。
意識が遠のいていく。限界まで我慢しつづけた身体は、意識を手放したがってる。
赤。
赤い髪。赤い血。
赤い。

かみさま。

…あの男は、自分を好き勝手にして、いつだってめちゃくちゃに抱いていたのに。
部下へと、この身体を与えられる事だって一度や二度じゃない。こうして見世物のように扱われる事、薬を使われた事、吊るされて痴態を晒させるこんな事さえも初めてではないのに、どうして今更壊れることを恐れる。
壊したいというのなら、いっそ全てを壊されてもいい。
もう、何もかも失ってもいい。
どうせあの男は最後には自分を捨てる気だ。それを判っている。
足手まといになれば、この身体に飽きれば、いつだって。
それでも生に縋り付いている。なんておかしい矛盾した茶番だ。ようやく気付いたその時、塞き止められていた身体から一気に力が抜けた。

生きたい。生きたいだけだ。

「ぁ、あ、…あ、あああぁ、あ…」
孔を塞いでいたそれが抜かれ、根元を縛り上げていた紐を解き、先端の小さな孔に突き入れられていたものも全て引き抜かれ、拘束だけは外されずに目の前で全てを吐き出す。
体内から溢れ出したものを止ことさえ出来ず、嗚咽を上げながら吐き出した。
痴態を晒しながら、ゆっくりと意識を手放す直前に見えたのは、赤色だった。


***


大きなデスクに肘をつくサーシェスの前に、姿勢正しく報告を続ける男が居た。

「そうか。ここを手放すか」
「はい。住処を移す作業は着々と。主要以外の機材は、全てAEUに売却してあります」
「…は!あの不良品をか?」
「言わなければ判りません」
「違いねぇ」
淡々と進められる報告を聞きながら、サーシェスはちらりと目線を下へと動かした。その股間で小さな頭が揺れている。
舌打ちをしたい気分だった。

「全ては明日、片付きます。おそらくもうあの組織に察知されているでしょう。……それにつきまして、例の男の件は」
サーシェスの股の間に座る少年の後頭部を見つめ、思い出したかのように言う。
「例の…?あぁ、地下牢に居るアイツか?」
「はい。恐ろしい事にまだ死んでおりません」
「そうか。すげぇなさすがあのガンダムのパイロットなだけの事はあるな。…さあて、どうしてやっかな…」

頬杖をついていた手を動かし、少年の頭に置けば、頭を揺すっていた動きを止め、ちらりとサーシェスを見上げる。
何かの指示があるのかと思ったらしい。けれどサーシェスは何も言わず、ただ口端で笑うだけ。…続けろという事だ。そう解釈して、再びねちねちと口淫を繰りかえす。

「AEUに売りつければいい。明日一緒に。なあソラン?」
名を呼ばれてはいるが、この行為をやめろという事ではないだろう。ただひたすらに頭と舌を動かす。ぼたぼたと唾液と精液が、顎から落ちていた。
「もうお前には興味もねえか、あんな死にぞこないの男は」
「…それでよろしいのですか」
「ああいいぜ。元々そうするつもりだった。殺さずに渡してやりゃあいい。ふっかけろよ」
「了解です」
伝える事は以上だと口を閉ざした男が、部屋から出て行くのをサーシェスは目線を定めずに見つめていた。
そうして部屋に響く音が、ぬちゅぬちゅと濡れた水音と肉の交わる音だけになってから、ようやくサーシェスは口端に浮かべた笑みを消して、ただ舐めているだけの少年を見下ろした。
…なんて陳腐な舌使いだこれは。

「おい、誰がそんな事しろって言った」

尻を足で蹴飛ばしてやれば、口の中に挿れたものに歯を立てたから、容赦なく髪を掴みあげて顔を上げさせた。
くぽん、と口から肉が外れる音がし、開いたままだった口からどろりと唾液が零れ落ちてサーシェスの足に落ちる。顎の力はとっくになくなっている。もう2度もこの咥内で出してやったから、口の中も顎も服も絨毯さえも真っ白に汚れて、汚い事この上ない。
舌打ちをし、刹那の顔を至近距離で覗き込んだ。

「悪い子だ」
「……っ、…」

目は死に絶えて、抵抗する気もないのか、サーシェスの胸に腕をつく。その手が精液に汚れていた。
「触るな」
「ぐっ」
後頭部をもう一度引き上げ、刹那の腕を身体から離す。

「…っな、さ、…」
舌ったらずな口が、何事かを言ったのが聞こえ、サーシェスは今度は耳を近づけた。
「あぁ?なんて言ったんだ」
先程まで喉奥まで男のものを咥えていた喉は、刹那が望む声を吐き出させない。
それどころか、髪を掴みあげられ、満足に顎も動かす事が出来ない始末だ。散々咥えさせられた所為で顎の力もない。喋れるわけがない。

「悪い事をしたら何と言えと俺は教えた?」
「…め、…さ、…い…」
「聞こえねぇな」
「……っあ…!」

必死になって謝っているのは判っている。そうしろと教えたからだ。
あの男を捕らえて、もう何日が経っているのか。
あの日から徐々に生きる気力を失っている刹那を見ている。
サーシェスの元へ帰ってからも、僅かに目の中のあった反抗心はとうに消えて、残ったのは腐った魚のような目の色だけ。
セックスをしても締まりがなくてつまらない。
本人にしてみれば必死で奉仕しているのだろうが、それにしても力を失いすぎた。

「お前、もう俺とヤる気はねえんだろ」
「…が、…、」
言えば、必死で抵抗しようと眼球だけが動いた。

「あ?俺が嫌ならまた他のやつにするか。お前を抱いてくれるやつは沢山いるぜ?味見させた奴らは皆ハマりやがった」

こんな死人の目をしたガキのなにがいいのか判らない。
まだ、あの男を捕らえるまでの方が楽しかった。
仕方が無い。そろそろ潮時かとも思っていたところだ。

まぁいい。
「っあ…!」
まるで人形を投げるかのように刹那の頭をベッドへと投げ捨て、唾液と精液でぐちゃぐちゃになった股間を、数あるシーツの中から1枚を引っ張り出して拭い、風呂場へ向かった。
「……め、さ…」
まだ謝ってやがる。
ベッドに埋もれた小さな身体を見て、舌打をした。

もう少しぐらい、面白くなると思っていた。



***



「おい、出ろ」
言うに事欠いてなんて事をと舌打ちし、ロックオンはゆっくりと目を開けた。
相変らずの石畳の床。
もうどれだけの間、この牢獄につなぎとめられているのか。
あの赤い髪の男の目の前で、こめかみを撃たれた挙句、暴行されたまま殆ど手当てもされていない。
こんな状態の人間によくも。

「出ろ」
言われる言葉は必要最低限の言葉ばかり。ようやく立ち上がってみれば、足がふらついた。食事さえまともに取っていない。
もう何日ここにいるのか。
はじめの内は、1日1食が運ばれてきたが、時折忘れられたのか食事さえ手に入らない日を交え、水さえ飲めない日もあった。
傷口は時折開いてじくじくと血を流す。おざなりに巻かれた包帯には血が滲んでいた。
それでも。
今、牢獄の重い扉を開けた男は、銃を突きつけてロックオンに出ろと促す。

「何で、俺が出なきゃならない…」
開放されるいわれはない。殺すつもりならここで発砲すればいいだろう。

「おめでとう。お前はAEUに売られる事になった。今日ここで」
「…何」

ライフルを構えたまま、にたりと笑った男が説明をする。そのまま、喉を震わせて笑う男の声は止まらなかった。
機嫌がいいのか、それとも頭がイカれているのか。

(…多分、どっちもだろうが、後の方が正しいんだろうな)

薬で、イカれてやがる。
こんなになるまでに薬を吸うとは傭兵失格だろう。
この砦に来たその日、その兵達の統率の乱れなさに驚いた。ここまで純度の高い傭兵の集団。なんてレベルの高いエキスパートが集まっているんだと思ったものだが、今、この男はどうだ。
見れば、牢の監視者さえも、薬を腕に打ち込んでいる。これは何が起こっているんだ。あれだけの熟練さは何処へ行った。何故突然ここまで……、

「…AEUに売られる、…といったな…」
カラカラの喉から搾り出した声は、自分の声ではないようだった。焼け付く喉が渇きを訴えている。
今日ここでAEUに売られるとこの男は言った。
「あぁそうだよ、裏門にもうトラックが来ている。さっさと歩けよ、おい」
…という事は、AEUには、この傭兵の砦の情報が洩れているということだ。…ここに、ガンダムマイスターが居ると、AEUは知っている。
そしてこの、組織の末端の男達の薬漬けになっている。
以前とはまるで見違えてしまったこの砦の傭兵達。
AEUに洩れている情報。

「…そうか、そういう事か…」
「何が、……っう!」
ひるんだ一瞬の隙だった。
足を繰り出して男のみぞおちを蹴り上げると、持っていた銃が床へ落ちた。
遠くの看守が何事かと見つめたその瞬間に、不自由な腕に握られたはずの銃は、看守の額を撃ち抜いていた。

「早撃ちで俺に叶うと思ってるのか…」

まさに一瞬の行動だった。そのまま気絶した男から拳銃を奪い取り、拘束された手でくるりとトリガーを回すと、自らの拘束具を撃ち抜いて外す。
拘束させるなら、手も足も目も拘束するべきだった。
こんな簡単なもので、ガンダムマイスターを縛り上げられるわけがない。

「急がないとな…」
足を踏み出そうとして、思いの他自分の身体にガタが来ている事を知る。持久戦には持ち込めない。
急がなくては。
早くしないと手遅れになる。
身体中が痛んで、歩くことさえもままならないが、銃は撃てる。あの距離で正確に狙い撃ちたい場所を撃ちぬけた。
まだ、戦える。

早く。
早くしなければ。
おそらく、ここに、間もなくガンダムの介入がある。

「AEUに情報がいってるなら、ソレスタルビーイングも動く…!」
ガンダムマイスターを2人も失っている。
ソレスタルビーイングが今、一番恐れるのは情報の漏洩だ。
おそらく次はティエリアが来るだろう。この場所さえ判れば、躊躇わずGN兵器を放つ。それが一番確実な方法だ。あの戦術予報士ならきっと動く。
アレルヤが来る可能性もあるかもしれないが、確実に殺すつもりならティエリアを派遣するだろう。アレルヤは情に流されやすい。

「刹那…!」
拳銃に弾がフルチャージされている事を確認して、ロックオンは牢獄の石畳を走り抜けた。
時間がない。

何を考えている。あの赤い髪の男は。
あれだけの技量と傭兵を持つ、あの男ならば判っているはずだ。
AEUに情報を渡せば、ソレスタルビーイングも来るだろうという事を。