真っ赤な太陽が沈む。 ビルの谷間を縫うように、じわじわと沈んでいく太陽。 あかい。 あかい、赤。 ビルを焼き尽すように、その太陽は静かに沈む。 それを見つめる目も、また赤かった。 茶色味を帯びたその目は、今は太陽に照らされ、赤に染まっていた。 ベッドに寝てばかりで血色の悪い頬も、太陽に照らされれば赤く染まる。 赤く赤く。 染まるその顔を、ロックオンは静かに見つめていた。 …赤なんて。 大きな太陽を覆い隠すように、ロックオンはカーテンを引いた。 部屋は薄暗闇に包まれる。赤い目が、色彩をなくしていく。モノクロの世界へと変わる。 「…ぁ…」 「どうした?」 至極、やさしく。 ロックオンは微笑みかける。 ベッドにくくりつけられたままの、眠りの姫。 「…もう、夜になる。寝よう。な?」 「…、……か、……」 「うん。いいんだもう。太陽は沈んだ、ほら、もう夜になる」 お前が見つめた赤色はもう無いよ。 囁き、瞼に唇を落とす。けれど、赤を見つめるその目は伏せられる事は無かった。 小さくため息を吐き、ベッドに乗り上げ、赤の残像を見つめつづける目を塞ぐように、小さな身体を抱きしめた。 胸でその顔を覆って、瞳には暗黒を写す。 お前には、もう色なんていらない。 赤なんて色を映す必要はない。 「…か…、…、が……」 「どうした?今日はよく喋るな」 手入れをした黒髪をやさしく梳く。 髪を洗った後の、柔らかい香りがロックオンの鼻を掠めた。 身体は常に洗い清めている。 綺麗に、綺麗に。 この身体の処理をするのは全て自分でなくてはならない。 誰にも知られてはいけない。この身体が、まだ存在する事を。 「ソラン…」 名を、呼ぶ。この名前を呼んだ時、一番反応があるのだ。身体をぴくりと振るわせ、機嫌がよければ目を合わせる。 「ソラン、…ソラン、」 本当に呼びたい名は違うのに。 小さな身体は、名を呼ばれたと同時にひくりと僅かに反応してみせ、ゆるゆると腕を上げて、ロックオンの腰に絡み付いて、服を引っ張る。…今までにない反応だった。 「今日は…そういう気分なのか?」 頬を取り、顔を上げれば焦点の合わない目がそこにある。 ゆっくりと、服をまさぐり、脱ぎやすいようにあつらえた病人服に手をかけて、紐を外した。はらりと落ちた1枚の布。白い肌が浮かび上がる。その背中には大きな傷。 触れて、唇を落とす。 すでに傷は、痕になりかけている。傷口は塞がった。弾も取り除かれて、心臓は動き続けている。奇跡だった。 ロックオンの腰に回された手は、ゆるゆると背中を辿る。 今日の刹那は良く動く。 「せつな」 喜びに、身体を抱きしめて引き寄せた。 名を呼んでも、反応はない。けれど、抱き締めたロックオンの肩越しに、遮光カーテンの隙間から洩れる赤い光が見ている事に気付いた。 ロックオンの背中に回されていた手が離れ、窓へと伸ばされる。まっすぐに。 「…ぁ…あ…か…」 「こら、見るんじゃない」 「……あ、か…」 「あぁ、赤だ。…赤だから。見るな」 その色は見ちゃいけない。 赤は、あの男の色だ。 城の通路を逃げさる、あの男の背中に映し出された、赤い髪。…真っ赤な。 そうしてお前の眼に映った最後の色なのだろう。 …それは血の色と同じ、あかいあかい色。 「…か……」 「もういい。もういいから」 「…あか、…は、……か、み、…」 震える唇がつむぐ声。 赤は、神。 …あの男は神だと。 「違う。違うだろ、刹那」 神じゃない。神なんかじゃ。 何も映さないその瞳に、映るまぼろし。 その口がつむぐ、植えつけられた嘘の信仰。 ロックオンは静かに刹那を抱き寄せた。 ぱくぱくと口を動かし、何事かと呟く唇を塞ぎたくて、深いキスを重ねる。 そうしてようやく伏せる事が出来た刹那の瞳に、ロックオンは安堵する。 お前の赤は、もういない。 終 |